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それは十七枚のディスクに収められ、その一枚一枚に手書きで「お誕生日おめでとう」と記されていた。四才から二十才まで、慶ちゃんが毎年の誕生日に一枚ずつ見られるようにと、悦子さんが病室で録画した映像だ。
ベッドに身を起こした悦子さんは、薄手のカーディガンを羽織って優しくこちらに話しかけてくる。でも微笑んではいても、ゆっくり上下する肩からはなにかに耐えている様子が伝わって来る。
『慶ちゃん、五才の誕生日おめでとう。
幼稚園のお友達とは仲良くしていますか。来年はもう小学校ね。背は高くなったかな。好き嫌いしてると大きくなれないから、おばあちゃんが作ってくれるご飯、しっかり食べるんですよ。
小学校に入るとね、お勉強が始まります。国語、算数、理科、社会。ママはね、国語が得意だったのよ。得意っていうか、好きだった、かな。慶ちゃんが小さい頃、ママ、たくさんお話を読んであげたでしょう。覚えてる?ママはね、ご本が好きだったの。
テストの点はあんまりよくなかったから、慶ちゃんにもあんまり勉強しなさいっていえないわ。でも、もしそのお勉強が楽しくて好きになれたら、一生懸命がんばってね。たくさんお勉強すると、いろんなことがわかってとっても楽しいのよ。
パパはね、算数と理科がとっても得意だったの。だから慶ちゃんのおじいちゃんと一緒に、工場でいろんなものを作っていたのよ。慶ちゃんのお部屋の窓に、きれいな音が出る飾りがあるでしょう。あれはね、ウィンドチャイムっていって、慶ちゃんが生まれたときにパパが作ってくれたのよ。
ときどき変なものを作っちゃう人だったけど、とても楽しい人だったわ。あるとき、ママにバネで出来たブローチを作ってくれたんだけど、髪が絡まって取れなくなっちゃって大変だったの。「隙間は樹脂で固めてあるから大丈夫」っていってたのに。
でもね、パパは生きてるときにすごい発明をしたのよ。携帯電話があるでしょう、わかるかな?もしもしするやつね。その携帯電話をね、ちょっと待ってね。
ほら、この紙みたいにね、ぱたぱたって折ったり開いたり出来る仕組みを考えたの。「四ッ折りは二ッ折りの二倍偉い」って自慢してたわ。こっちが表で…、あってるわよね?
発売されたら、お友達に自慢しちゃっていいからね。でも、ちょっとだけだよ。
パパはね、お友達にお願いしてこの携帯電話を作ってもらうことにしたの。パパの工場じゃ、携帯電話はちょっと無理だからね。
慶ちゃんもお友達は大事にするのよ。慶ちゃんが困ったとき、きっと助けてくれるから。それに慶ちゃんも、お友達が困っていたら助けてあげて。
ママも、パパの作った携帯電話で慶ちゃんともしもししたかったな。でも、ちょっと無理みたい。
じゃあ、今年も良い子でね。お誕生日おめでとう』
優しい人だ、悦子さんは。それに、強い人だ。死の床にあって、自分が決して見ることのない息子の未来に向かって笑顔で話しかけている。
それを見て、この人はなにを思うのだろう。友人の妻の死を、ステーキを頬張りながら「ああ、そう、ご愁傷さま」で済ませたこの人は。
「悦子さんが亡くなられたのは、いまから二年八ヶ月前です」
「だから?」
会議室のテーブルの向こうから、鹿島さんはうんざりしたように声を上げた。
「少なくともその時点で、四ッ折り携帯のアイデアが存在していたということですよね」
「そうだろうけど、僕がそのアイデアを小宮山から聞いたって証拠もないし、特許とってないんだからどうしようもないって話、この間したよね」
「アイデアだけなら、だめですね」
プロである私は営業用のスマイルを浮かべて相槌を打った。
「こんな、思い付きましたっていうだけで特許持って行かれるんだったら、ウェルズとかアシモフの小説に出て来る未来の技術でみんな特許取られちゃうよ」
鹿島さんはにやりと笑った。ウェルズやアシモフの名を口にしたくらいで、自分は知的だとでもいうつもりなのだろうか。
「それに、そういうのをひっくり返されないようにするのが君の仕事だろ」
見下すようにいう。
「じゃあもう一度、よく見てくださいね」
私は映像を巻き戻した。
『携帯電話があるでしょう、わかるかな?もしもしするやつね。その携帯電話をね、ちょっと待ってね』
画面の中の悦子さんが、ベッドの手すりに渡されたテーブルから一枚の紙をつまみ上げる。
『ほら、この紙みたいにね、ぱたぱたって折ったり開いたり出来る仕組みを考えたの。「四ッ折りは二ッ折りの二倍偉い」って自慢してたわ。こっちが表で…、あってるわよね?』
紙を折りながら、ちらちらとテーブルの上に目を遣る。その視線の先には、何枚かの紙が置かれていた。あいにく角度が悪くて、その紙になにが書いてあるのかまでは判然としない。
私は映像を一旦停止にして、書類を指差した。
「この書類、小宮山さんが書いた例のものに見えません?」
「これだけじゃわからないね」
鹿島さんは腕を組んで上体を反らした。馬鹿馬鹿しいとでもいうように。
「そうですよね」
私は笑顔を崩さない。
「ですから、拡大して、補正して、プリントアウトしてみました」
私は三枚のプリントアウトを机の向こうに滑らせた。
一枚目は、画面の中の書類を拡大しただけのもの。
二枚目は、拡大した書類の遠近を補正して真正面から見た状態にしたもの。
三枚目は、輪郭を強調して、文字や図がはっきりと見えるようにしたもの。
そこに浮かび上がったのは、小宮山さんの書類そのものだった。
「鹿島さんの会社で出してるデジカムって、すごくよく撮れるんですね。八Kデジカムっていうんでしたっけ?三年前のモデルでこれですから、たいしたものです」
「こんなもの証拠になるか!」
鹿島さんはプリントアウトを乱暴に突き返してきた。
「いいえ、この映像には十分な証拠能力があるんです。あなたが自分の発明だとして四ッ折り携帯の特許申請をしたのは、悦子さんが亡くなった四ヶ月後ですよ。この映像で、あの書類はあなたが特許申請するよりも先に存在していたことが確認出来ます。
そしてもうひとつ重要な点は、あなたが特許庁に提出した書類と小宮山さんが書いた書類とが瓜二つだということです。
あなたは小宮山さんからこの携帯電話に関する相談を受けて、まだ特許登録されていないことを知った。そのあと、特許登録しないまま小宮山さんが亡くなったことをどこかで耳にしたんじゃありませんか?そしてこれ幸いと自分の名前で特許登録した。
もちろん私の憶測ですよ。でもね、鹿島さん。人のアイデアを盗用するなら、もう少し自分なりのアレンジを加えるべきでしたね。あなたが書いたものと小宮山さんが書いたものとはほとんど同じじゃないですか。知財高等裁判所は、これが小宮山さんの発明だったことを認めるでしょう。あなたは民事だけでなく、刑事の方でも訴追されることになるでしょうね」
早口でまくし立てた。
そして付け加える。
「ご愁傷さま」
自分でもわかるくらい、嫌味な口調だ。それに営業スマイルは、話のどこかでなくしてしまった。
鹿島さんはすごい形相で私を睨みつけている。が、私はそんなの慣れっこだ。とっとと書類をまとめて席を立つ。ディスクも忘れず持って行く。もちろん、今日持って来たのはコピーだけどね。
「おまえ、こんなことして、汚いぞ」
どこがどう汚いのか、鹿島さんほど知的でない私にはさっぱり理解出来ない。
部屋を出て行こうとする私の背中に、鹿島さんが悪態を浴びせかける。
「こういうときに俺たちを守るのがおまえの仕事だろう!それを、こんなことしやがって、おまえはどっちの味方なんだ!」
私はドアのノブに手を掛けたまま振り返った。
「正義の味方よ」
いってみたかったんだ、このセリフ。弁護士を目指したときから、ずっと。
いつか誰かの力になれたとき、誰かのために精一杯やれたとき、そのときが来たらいおうと思ってたんだ、ずっと。
私、いまの事務所はクビになっちゃうかな?クビになっちゃうだろうな。まいったな、まだ車のローンも残ってるのに。出たばっかりの新車のEV、高かったんだよな、あれ。
でも、いいや。少なくとも私は、あんたなんかの味方じゃない。
私は私が泣いているのを教えてくれた、小さな男の子の味方でいようと決めたんだ。




