12 王弟は……(怒)
連合軍に潜んでいる影の者は潜んでいたはずなのに優秀過ぎて、司令官付きとなっていた。
雑用だけどと言っていた、が。
いや、それはいいんだけど、その者から届いた知らせに、わたしゃ、長がくだした判断に感服したよ。
* 連合軍の司令官……ある国の王弟と秘書官の会話
ある日の執務室でのことだった。
司令官ことある国の王弟には、何やら物思いに耽っているように見て取れた。
なので彼付きの秘書官は王弟に、何か気になることでもあるのかと訊ねた。
「あの王家に王女の身代わりをさせられそうになった少女だが、とても可愛らしい顔をしていたな。母親という女性とはあまり似ていなかったが、王宮を辞する時に迎えに来た叔母にとても良く似ていただろう。祖父母と孫、曽祖父母となど、世代が離れて似ることがあるというから、珍しいことではないんだろうな」
「珍しいこともありますね。そんなにもあの少女が気にかかるのですか」
「気にかかるというか……たぶん、一人だけ幼かったからだと思うのだ」
そう王弟は答えたが、何やら思案しているようだった。
秘書官は王弟を見つめていた。
顔をあげた王弟は秘書官のことを見て苦笑を浮かべた。
「ははっ、本当のことを言おう。最初に王家の噂のまま信じて、彼女を王女だと思ってみた時に可愛いと思ったのだよ。それが王家の生贄とされそうな王女だと知って、彼女のことを助けたいと思ったのだ」
「ということは、あの食堂で話を聞いた時は、まだ彼女が王女だと思っていたのですか」
「そうだ。あそこにいた者たちは、彼女のことを庇おうとしていたからな。今なら解るが、私もとんだ色眼鏡で見ていたものだった」
「へえ~。珍しいですね、王弟殿下にしては」
「もちろん下心もあったとも。彼女を助けて彼女を王位につけて、自分はその王配に収まろうと思ったのさ」
「えっ? 殿下?」
「意外かい。でもそうでもしなければ、私がどこかの国の王になることなどできないだろう」
「ええっ~? 殿下って、野心を持っていたんですか~。国王様を倒して自分が王位につこうだなんて」
「おい、こら。誤解するなよ。私は兄上を押しのけて王位が欲しいと思ったことはないぞ。兄上は素晴らしいからな。だが、それでも、自分が王になれるとしたら、どのようなことが出来るだろうと、考えたことがあったのさ。だから、夢を見たのだろうな」
「夢ですか」
「ああ。冷遇されたどころか、冤罪を着せられて生贄とされそうな王女を助けて、王女を王位につけて自分が王配になれば……兄上と同じ位置に立てるのではないかと、な」
「国王陛下と同じ位置……」
「それも、彼女を迎えに来た叔母を見て、霧散したがな」
「はあ~? えっ? そこまで疑っていたんですかー!」
「いや、疑うのではなくて、夢想していただけだ」
秘書官が残念なものを見る目で王弟のことを見た。
「……殿下、言ってもいいですか?」
「なんだ」
「一目ぼれをしたのなら、そうおっしゃればよかったのに。そんな無理矢理な理由をつけなくても、一言『愛している』と言えばよかったんですよ」
「お前……年がいくつ離れていると思うんだ」
「そんなの政略結婚では関係ないでしょう」
「政略じゃないだろう! 彼女は平民だ!」
「はっ! それこそ身分をひけらかしてそばに置いたらよかったではないですか」
「そんなことが出来るわけないだろう。彼女は五年間も王宮に囚われていたんだぞ。やっと自由になったのに、それを束縛しようなどと……」
「それならそんな顔をしないでください。縁がなかったとあきらめて、仕事に戻りましょう」
秘書官は王弟を構うのをやめて、仕事に戻ることにしたようだ。
しばし書類をめくる音やペンで何かを書く音が聞こえた。
「……お前、私に冷たくないか」
「自分のヘタレを棚に上げている人に、何を言えと?」
「ぐっ」
「ヘタレと言われたくなければ、あの少女のところに行って、告白してきたらどうですか」
「告白―。そ、そんなこと、出来るわけが……」
「じゃあ、すっきり、きっぱり諦めましょうか」
秘書官は王弟のほうも見ずに言い放った。
王弟はジトッとした目つきで秘書官のことを見ていた。
しばしペンを使う音が聞こえた。
「やはり何も言わずに諦めることは……」(ぼそっと小声)
「じゃあ、今すぐに行ってきましょう」
「はっ? 行くってどこへ?」
「少女の家にですよ。そしてはっきり告白して連れてきてください!」
「連れて……って」
「さあさあ、思い立ったが吉日という言葉があるそうですよ。さあ~、ちゃっちゃっか告白してきましょう」
「どこの言葉だ、それは!」
「なんでも遥か東方の国の言葉だそうです」
「そうか……」
またもしばらく無言の時間。
今度は秘書官が耐え切れずに話し出した。
「で、行くんですか、行かないんですか?」
「その、だな……彼女はどこに行ったのだろう……な?」
「はあ~? 聞いてないんですか!」
「聞けるわけがないだろう」
王弟の言葉に秘書官はこめかみを押さえた。
「確か、身を寄せた先を控えたものがあったはずです。それから探しますから、少女の名前を教えてください」
「名前……なんというのだろう」
「……ええい! 不甲斐ないにもほどがあるわー」
それから、王宮を出た者たちの滞在先を書いたリストを持ってきて、二人して見入っていたそうだ。




