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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第三章 絶対ルマティ教社会主義国 ルマティア
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第40話 ライバルとの決勝戦

 特筆すべきことなく、優勝を勝ち取った者たち。

 警備隊の隊長から入隊したばかりの兵卒まで、割愛しながら順繰りに紹介しよう。


「ま、決勝戦もこんなもんかの……青茶でも飲も」


 一人目ローガ。

 決勝戦すらも、手刀のみで相手を昏倒させ優勝。


「はい、おしまい……闇魔法師相手には、目だけの情報で戦っちゃだめだよ」


 二人目シノ。

 闇魔法による搦手と身体能力で、相手を翻弄ほんろうして優勝。


「決勝戦の相手も張り合いが無いネ。くじ運、悪かったネ」


 三人目ラウラ。

 身体能力のみで相手を昏倒させ優勝。


「これで優勝賞品の熊掌ゆうしょうはおじさんのものだね。あぁでも、今人気の、ビスケットとナッツと果物を混ぜて作った、ハルヴァもいいな」


 四人目ギンジ。

 決勝戦とあってか、積極的にポイントを取って優勝。


「よくここまで力を付けました。これからも、もっと精進するように」


 五人目ロジェオ。

 同じ区分けになった弟子との戦いに勝利して優勝。


「優勝じゃぁぁぁああああ!!!」


「一騎打ちに備えるか」


「これで私の傭兵業も、バラ色に染まることでしょう!」


 六、七、八人目の元傭兵の男たちも、いつも通りに優勝。


蓮華れんげパイは僕のもの……」


 九人目のテンジ。

 猪突猛進してくる怪力相手を華麗にいなし、紛淆ふんこうさせて優勝。


「よし! これで優勝だ!!」


 十人目のリフ。

 準決勝とは打って変わって特に苦戦せず、持ち前のセンスで優勝。


「クソ、優勝したというのに、午後の一騎打ちの所為で緊張が解れない」


 十一人目のアリス。

 こちらもリフ同様、優勝候補を倒したことで楽々に優勝。

 

 さて、ここまでが特筆すべきことなく優勝したメンバーだ。

 彼らの活躍は、後の強者との一騎打ちで見れることだろう。

 ここからは、名勝負を繰り広げた者たちの戦いである。


 記念すべき一組目は、


「ここであったが百年目! 俺の方が強いってことを、証明してやるよ!!」


「その慣用句、使いどころが間違っているぞ。私は最初から、逃げる気も負ける気もない」


 因縁のライバル同士の戦い。リクライ対ケイシュンである。

 兵卒同士の珍しい戦いとして注目度はそれなりに高く、観客席は満席に近い。


 訓練では互いを高め合う為に協力し合っていた二人が、今は決勝戦で互いを蹴落とし合う為に戦おうとしている。一組目の試合としては、十分すぎる程の試合となるだろう。


「へッ! 相変わらず細かい奴だぜ、お前はよ」


「私の所為にするな、教養のないお前が悪い」


「んだと! というか、お前はそういう文句を平然と言える性格の悪さを、何とかしろ!?」


 リクライがふざけた発言をして、それをケイシュンが冷淡に指摘。それにリクライが赫然かくぜんと吠えまくるという、いつもの光景だ。


「なッ!? 私のどこが性格が悪いと!?」


「自覚なしかよ!?」


 ただ今回ばかりは、リクライの言葉が気に入らなかったらしい。

 最も指摘されたくない相手から指摘され、らしくなく色然しょくぜんと声を上げるケイシュンに、リクライが信じられないと驚き返す。


 珍しくいっぱい食わされたようだが、第三者からすれば、これも特に変わらない日常だろう。


「あの二人、決勝戦なのに全然緊張してねぇな」


「だから新人なのに、ここまで勝ち抜いてこれたってことか」


「まだ成人したてのガキだってのに、やっぱ才能ある人類ってのはすげぇなぁ……」


 もうすぐ試合が始まるというのに、両者は普段と変わらずうるさく漫罵まんばし合っている現状。観客も、肝が据わった彼らには驚かざるを得ない。


 兵卒だというのに決勝戦で緊張せず、平然としているのは才能故か、それともそういった性格なのか。

 ともかく、両者ともに試合で高いパフォーマンスを発揮できるのは、揺るぎない事実だろう。


 そしてそれを、二人とも分かっている。

 これから互いに蹴落とし合う仲だというのに、互いに向けあう歓楽かんらくした顔色が、両者の信頼を如実にょじつにしている。


「まぁいい、勝った方が正しいんだ。とっとと、おっぱじめようぜ」


「そうだな。珍しく、お前の意見に賛成だ、リクライ」


 審判に指示されるまでもなく、リクライとケイシュンは怡怡いいと鼻で笑いながら、距離を離した。

 両者が適切な距離まで離れたと同時、審判は「それでは、両者離れたところで、決勝戦、始め!!」と、試合開始を宣告した。


「搦手は使わせねぇぜ!!」


 リクライが試合開始の宣告と同時に、背負っていた武器を取り出し、前に出る。

 リクライの大きな背中でも隠しきれていなかった、それなりに大きい武器だ。


「そう来ると思っていたよ!」


 リクライの行動を事前に予測していたケイシュンは、小さな火球を連射――中位の火魔法フラマライエを行使して対抗する。


「当たらねぇな!!」


「早い!?」


 しかし、リクライは小さな火球の連射を、その俊英しゅんえいした身体能力で回避する。ならばと、ケイシュンは移動先を予想して、火球の射出角度を変えたが、


「あめぇな!」


――読まれたか!?


 角度の変更に気付いたリクライは後ろに退き、反対方向から距離を縮めてきた。

 フラマライエでの牽制は画餅がべいか。オドを消費だけして、後にたたることだろう。

 ケイシュンはフラマライエを止め、腰から一本の木剣を取り出した。つばに綺麗な装飾が施された、普通の剣だ。


「ラァ!!」


「ッ!!」


 重い。

 リクライの横薙ぎをケイシュンは剣で受け止め、殺しきれない威力は、後ろに飛び退くことでどうにかした。

 体格も、筋肉量も、筋肉操作も――接近戦では上のリクライの攻撃は、まともに受けない方がいい。


 リクライは横薙ぎの続けざまに、武器の柄頭側に付いた刀身を振り回して、ケイシュンの首を狙う。

 

「ク……」


 完全には避けられなかった。

 首に小さく血が滲む。


「武器による一撃! 西側の選手に一点!」


 ケイシュンはリクライの武器を睨み、観た。

 前方には斧の形をした刀身。後方には三日月の形をした刀身が付いた、両刃の長い武器だ。


――あれは確か、沙門が重宝していた護身具……


月牙鏟げつがさんか」


――リクライが扱う得物は、前方には斧、後方には三日月の刃が付いた月牙鏟である。


 アンタクが居た太古から、五百年以上前の、アルヒストがまだ何十カ国にまで分かれていた時代まで。沙門が他国や豪族ごうぞく匪賊ひぞくの侵略から自他を守るだけでなく、相手を殺さずに鎮圧する為に重宝していた護身具である。


「おうよ、沙門の人に作ってもらった特注品よ。どうやらお前のは、普通の剣みたいだな。生真面目なお前が好みそうな、小綺麗な剣だぜ」


「だからどうしたという」


「リーチの長さに攻防を備える両刃。俺の月牙鏟の方が、有利ってことだ」


 機能面に優れた武器を扱う自身に対して、何の優位性もない剣を扱うケイシュンを、リクライは揚揚ようようと煽る。

 確かにそれはそうだが、


「武器はそうだろうな」


 勝敗の分け目は、何も武器の良し悪しだけで決まるわけではない。ケイシュンは冷ややかに煽り返してやった。

 煽り返されたリクライは額に青筋を浮かべ、


「ッ!!!」


 怒り狂い、長い月牙鏟を豪悍ごうかんに振り回して、ケイシュンに切りかかる。

 それを、


――来た! 大振り!!


 ケイシュンは狙っていた。

 リクライが悁急えんきゅうであることを知っている、ケイシュンならではの戦法だ。

 長い故の月牙鏟のデメリット――刃と刃の間の柄に剣を入れ込んで、リクライの動きを止める。そこから、


「ッ!!」


「うぉッ!?」


 懐に入り込んで大きな火球――中位の火魔法フレアを、そのどてっぱらに向かって放った。

 しかし、


「やるなぁ、相変わらず」


「お前の方こそ……」


 リクライは咄嗟の判断で左後方に飛びのき、致命傷を避けた。

 できたのは右手に少しの火傷。傷は浅い。


 流石ライバル。リクライとケイシュンは互いに嘆賞たんしょうし合った。

 互いに一歩も譲らない戦いに、二人の胸中が燃えたぎり高鳴る。


「魔法による一撃! 東側の選手に一点!」


 審判の採点を合図に、二人は前に出た。

 

――視点はリクライに移る。


 長く重い月牙鏟に対し、ケイシュンの剣は少し短く軽い。

 その攻撃は素早く、相手の武器を絡めとって無力化するはずの柄頭側の刀身でも、捕えきれない。捕らえる前に、相手の刀身が引き抜かれてしまっているのだ。


 素早い攻撃はいなすしかない。


「防戦一方か!?」


――まだ速度が上がんのか!? だが、目をこらして見りゃなんてことねぇ!


 長く重い月牙鏟のデメリットを突かれ、リクライは攻めあぐねてしまう。

 自分の方が身体能力が高いとはいえ、ケイシュンとて警備隊の端くれ。間合いを詰め、懐に入り続けるくらいの身体能力は有している。


 だからといって、自分よりも身体能力が低い相手が攻めてくれている状況を――この好機を逃すことはできない。何より、真正面での戦いを嫌がって逃げては、男の名が廃るというもの。


――集中しろ、もっと目をこらせ……


「ッ! ここだぜ!」


「なにッ!?」


 唐突。リクライは見事、ケイシュンの剣を片手で掴み取ってみせた。そこから、


「もらったぜ」


「ガァッ!?」


 月牙鏟をケイシュンの頭部に叩きつけた。間髪入れずに二撃目を叩きこもうとするが、


「チッ!?」


 ケイシュンがフレアを行使。オドの伝播に事前に気付いたリクライは剣を離し、ケイシュンを蹴り飛ばしながら退く。


「痛打の一撃一回! 通常の一撃一回! 西側の選手に三点!!」


「攻撃の手数と魔法はそっちが上、だが身体能力でいやぁ、俺の方が圧倒的だな。近距離、接近戦じゃ、俺の方が有利だってのは、今ので分かっただろ?」


 圧倒的な身体能力の差を見せつけたリクライは、ケイシュンを視覚的にも精神的にも見下ろしあざける。

 一秒間に十数突きも入れる剣の動きを見切って掴む。その動体視力と身体能力たるや、まさしく俊英だ。


 搦手とは相手と同じ土俵に立ってこそ、ようやく力を発揮するもの。

 それは搦手を扱うケイシュンが一番知っていることだろう。


――奴はまだ手札を隠している、侮りはねぇぜ。


 まだ終わりでないことを、リクライは達観たっかんしていた。


「それを埋めるのが、知恵と、経験だ!」


 搦手は多彩であるからこそ搦手。

 ケイシュンは立ち上がって、もう一度真正面から立ち向かった。


「じゃあ見せてくれや!!」


 面白くなってきた。リクライは馬鹿の一つ覚えのように突っ込んでくるケイシュンを、楽しそうに笑いながら迎え入れる。

 始まる剣の突きラッシュ。先ほどよりも早いが、


「へッ!」


 見える! 見えるぜ!


 リクライは剣の動きを尚も見切って、片手で掴もうとした。

 その瞬息しゅんそく


「ハァ!!」


「ぞォ!?」


 身体が出し抜けな浮遊感に襲われ、気付けば空の景色が見えていた。


「隙ありだ!」


「グッハァッ!?」


 ケイシュンの突きが、リクライの腹に突き刺さる。

 痛打の一撃を食らってようやく状況を把握できた。


――倒された、のか!? なにされたか見えなかった!? 


「フラマライエ」


「ッ!? ぶねぇ!!」


 続けざまに、フラマライエを行使しようとしたケイシュン。リクライは両手を使って、月牙鏟を扇風機のように回転させることで、華麗に火球群を弾いてみせる。更に、そのまま月牙鏟を回転させ続け、得物から光魔法を撃つことで反撃を試みた。


 光魔法は当たらない。

 ケイシュンは飛びのきながらフラマライエを行使し続けて、光魔法を相殺する。


「剣による痛打の一撃一回! 東側の選手に二点!!」


 武器が無かったら、今ので負けていたかもしれない。

 リクライは審判の採点を聞き流しながら体勢を立て直し、走り出して先刻の出来事を振り返る。


――なにをしやがった、いったい……


 足が急に浮いたかと思ったら、空が見えていた現実。

 ケイシュンに特に変わったところはない。大会の規則で、隠し武器は事実上不可能。


 魔法での応用。それとも、武器に何か仕掛けがあったのか。

 オドを飛ばした可能性もある。服装もなんてことのない被服ひふくだが、ケイシュンなら何かあってもおかしくない。


 分からない。現状の情報だけでは判断できない。

 このまま考えても、憶測という沼に飲み込まれるだけだろう。

 だから今は考えない。もう一度、倒される覚悟で見極めるしかない。


「もう一度行くぞ!」


「クソ!!」


 ケイシュンがもう一度仕掛けてくる。そして始まる、リプレイを疑うほどの攻防。


「ハァ!!!」


「ガァッ!? またか!?」


 またもや、リクライは地面に転ばされてしまった。


「フゥウン!!」


「二度は食らうか!」


「クッ!?」


 転がった矢先に追撃してくるケイシュンだが、リクライは受け身をとって、片手を身体を起こす為に。もう片方で月牙鏟を振り回し、ケイシュンの侵入を阻遏そあつする。

 二度目となれば、対応もできる。


――ん? なんだ?


 宙に浮いて体勢を戻す中途、ケイシュンの両足に偶然目がいった。まさかと思い、更に自分の両足を目視。そこで新事実に気付く。


――なるほど、足で足を掛けたって訳か。


「二回引っかかって、ようやく分かったぜ」


 ケイシュンの両靴の表面の一部と、自分の両足の裏の一部にだけ、土埃が多く付着していたのだ。足で足を掛けたことによる衝撃。転ばした顛末で、土埃が叩き落とされたのだ。


 なんと初歩的なことか。

 魔法の応用でもなく、武器に何らかの仕掛けがあった訳でもなく、ただの足払い。搦手だからと複雑に考えすぎてしまっていた。


「根拠あり……私の剣に意識を行かせすぎたな。それでは私の胸から上しか見えないだろう。だから足が疎かになった」


 言って、得意そうな笑みを浮かべるケイシュン。

 その通り。だから何をされたのか目視できなかった。自分から目視できなくしにいっていた。


「お前は私の剣の攻撃を捌き、更に俊英な身体能力で掴めはするが、目を凝らして剣の動きを見なければならない。しかしそうすると、私の足払いで倒されてしまう。どうするつもりだ?」


 相も変わらない上から目線。全くもって生意気でいられる奴だ。しかしここは恨みを飲め。


「おいおいおい、その手には乗らねぇぜ。そんな分かりやすい誘導に引っかかるほど、俺はアホじゃねぇ。絶対に近距離で戦わせてもらう。近距離以外じゃ、お前の思う壺だからな」


 リクライは冷静に反言した。

 それに初歩的なことに頼るということは――、


――接近戦じゃ、もう隠した手札はないとみた!


 戦い方は変えない。漢なら搦手も含め、真正面から勝ってみせる。


「では、私の連携をどう打破するつもりなんだ?」


「さぁ? 閃いちまったが、教えねぇ」


 一番重要なことを問われ、ハッタリをかますリクライ。

 それに鼻で笑うケイシュン。

 分かってるじゃねぇか。


――策は今から考えりゃいい!


「ッ!!」


 いままでの如く詰め寄って懐に入り、月牙鏟の弱点を突く戦法で攻めるケイシュン。リクライが突然強くなることはない。剣での突き攻撃か、足払いか、どちらかを捨てる必要がある。


 そしてリクライは剣での突き攻撃を優先した。しかし、


「ッ!?」


 ケイシュンの左足が、リクライの右足首の場所で停止する。

 何をしたというのか。分かり切ったこと。

 踏ん張ったのである。


「捕まえちまったなぁ!」


 左足は右足で、剣は素手で。完全にリクライのターンが。


「甘いな」


「は?」


 瞬息、目を疑った。

 掴んだはずのケイシュンの剣が抜けて、二本に分裂したのだ。


――隠した手札は、まだあった!


 のべつ幕なし。心慌意乱しんこういらんしている間に、ケイシュンの横なぎがリクライの右腋下に直撃する。更にそこから、踏ん張っていた右足が浮き、


「ッ!!!!」


 左の叩き潰しが顔面にヒットした。

 続くラッシュ。最後に、


「ハァ!!」


「ブゥッ!? ガフゥッ!?」


 二本に分裂した剣で、胴体を突き抉った。


「剣による痛打の一撃三回! 通常の一撃五回! 東側の選手に十一点!!」


 何が起きたのか。何を行ったのか。

 

――幾許かケイシュンに視点が移る。


 絶体絶命の危機に陥ったはずのケイシュンが、リクライを出し抜いた方法。それは、剣が主因であった。


『どうやらお前のは、普通の剣みたいだな』


 そう思い込んでいたであろうリクライ。


――だが、剣には仕掛けがあった! 普通の剣ではなかったのだ!


 初歩的な戦略をとることで相手に隠した手札をないと思わせ、加えて一度目や二度目では剣の仕掛けを使わないことで、虚を突き相手に致命の一撃を食らわせる。


――これぞ、これこそが搦手である!


 ケイシュンの剣は子母剣しぼけんと呼ばれる、剣の中に剣が入った隠し武器。

 一見、綺麗な装飾が施されただけの剣に見えるが、それはブラフ。鍔の部分にスライド式の仕掛けがあり、それを動かすことで、中にあるもう一つの刀身を抜き出すことができるのだ。


 母剣と子剣による二刀流。母剣を相手に奪われそうになったり、絶体絶命の危機に陥った時に、子剣を抜いて相手の虚をつく。

 それがまさに、剣も足も絡めとられた、先ほどの絶望的な状況。それを、ケイシュンは抜いた子剣で右脇下に攻撃し、更に、止められた左足の踵からオドを噴出させることで、リクライを転倒させた。


 機略きりゃくで絶望的な状況から逸したのである。


 当たり前だが、隠し武器を含めて、大会には登録してある。

 最後の最後まで温存していた甲斐があった。


「潮時のようだな」


「ふ――ろ、よ……」


 リクライの顔面から左拳を離し、冷たく見下ろしながら、落ちた母剣を拾うケイシュン。歓声で試合場が喧騒にのまれる中、倒れたまま微動もしないリクライが、何か囁いた。


 最後の言葉を聞いてやろうと、ケイシュンが「なんだ?」と覗き込むと、


「ふざけろ、よって、つったん、だッ!」


 リクライが唐突に月牙鏟を振って反撃してきた。

 とはいえ、満身創痍の相手だ。ケイシュンは後ろに退いて軽々と避ける。そして、


「まだやるつもりか? 母剣と子剣での突き攻撃に、踏ん張りをも無意味にする足払い。この戦い、私が有利だと分からないのか?」


 冷静に、泰然たいぜんと、リクライに勧告した。

 だが――、


――こいつ、目が……


「へッ、また、閃いちまったからなァ」


 立ち上がったリクライの目に、精気が宿っている。

 やせ我慢の笑みの向こうに、勝利の確信を抱いている。

 こういった時、決まってリクライは驚くようなことをやってのける。


「ハッタリだな」


 厳戒げんかい留心りゅうしん。慢心はない。

 ここで倒しきる。


 そこからの展開は急転直下であった。


 開いているのは片手だけ。ケイシュンが月牙鏟の間合いの内側に入り込んで、二刀流の手数で圧倒するはずだった。


「掴んだぜ!」

 

「馬鹿が!」


 左手で子剣を掴まれた。ここまではいい。

 母剣で反撃してやればいいからだ。首に当てて足払いで転がし、最後の一撃を食らわせる。そのつもりだった。


「ほうはなぁ!?」


「なにッ!?」


 月牙鏟の柄で軌道を上にずらされたのだ。そこからずらされた母剣がリクライの口に。そうだ、なんと母剣を噛んで挟んだのである。

 だが、仮に二刀流を掴まれ封じられても、足払いという保険がケイシュンにはある。


 ケイシュンは右足の踵からオドを放出させ、全力で足払いを試みた。その瞬間に、


「ッんギ!?」


 足に激痛が走る。

 ケイシュンの右足には、何かで潰されたような陥没圧が。

 まずいと思って剣を手放し、徒手空拳としゅくうけんで反撃しようとした。しかし、リクライに近接戦で勝てるわけがない。


 子剣をへし折られ、母剣を噛み砕かれ、殴られ武器を叩きつけられる。

 苦し紛れに上着を脱ぎ、リクライの視界を塞いで距離を取ろうとしたが、上着ごと胸倉をつかまれ、百八十度反対。地面に叩きつけられた。

 倒され視界が揺れ動き、それでも最後まで抵抗しようと手にオドを集中させる中、


「いい戦いだったぜ」


 月牙鏟の前方の斧が振り下ろされる。 笑っていた。清々しいくらいの明るい笑みだ。それが試合の最後の記憶となった。


「KO判定!! 勝者、西側の選手!!」


「しゃあ! 前代未聞の優勝だぜぇぇ!!」


 リクライが優勝する。



※ ※ ※ ※



 大会備え付けの治癒施設。大会で怪我をした選手たちは、このテントにて無償で治癒魔法を受けることができる。

 国営の治癒魔法師をかき集めたおかげか、治癒魔法の精度と効率は高い。当然、無償であり国営である為、完全な慈善となっている。


 慈善を含めて国営の仕事なのだ。


そのテントに、リクライとケイシュンはいた。


「やっと起きたか」


「そうか、私は、負けたのか。リクライ、お前が運んでくれたのか?」


「まぁな」


「すまない。助かった」


 ケイシュンが目を覚ますと、彼の目の前には治癒を終えたリクライが立っていた。

 昏倒した自分がベッドに寝かされ、リクライが目の前に立っている現実。ケイシュンはそこで、自分が敗北した事実を冷静に受け入れた。


「リクライ、優勝おめでとう」


「やめろよ、テレくせぇ。褒めるなんざお前らしくもねぇし……」


 突然の称賛にリクライが頬を赤くし、それもその顔を見せまいと下を向いて照れ隠しをする。

 ケイシュンに自覚はないが、彼が他人を称賛するのは珍しいことだ。知識に富んでいて周りより頭が切れる分、少し他者を軽慢する節があるのだ。だが俊秀しゅんしゅうであり不昧ふまいであるからこそ、自分の立場を弁えることもできる。


「私は素直に称賛しているんだがな………驚嘆したよ、まさか母剣を歯で噛んで挟むとは、思いもしなかった。あれは盲点だったな」


 照れ隠しをするリクライに、ケイシュンは泰然と胸三寸むねさんずんにある思いを吐露とろしていった。

 剣を噛んで挟むなど、到底できないことだ。頭でっかち故の盲点だったと言えよう。


「片手は月牙鏟を持つのに使うから、少なくとも掴まれるのは片方の剣だけ。お前ならそう考えるだろうから、噛んで挟んでやろうって考えついてな」


 長い付き合いだからこそ分かる、相手の思考の予測。見透かされていたことをいけしゃあしゃあと指摘され、ケイシュンは『全く、こいつには驚かされてばかりだ』と、感心と呆れのため息を吐いた。


「それを思いつくこともだが、実行できる起点と身体能力は天晴れだよ」


 驚くようなことをしてくると分かっていたが、それを予測できてしまえば、それはもう驚くようなことではない訳だ。

 ケイシュンは解顔かいがんした。


「それが、俺の持ち味だからな……」


「ふん、その通りだな」


 またいけしゃあしゃあと言いやがって、こいつは。

 だからこそリクライは自分のライバルで、ハオと共に高め合う仲間なのだ。敗北を喫してしまった以上、次は負けられないし、今回ばかりは応援するしかない。


 ケイシュンはベッドから降りてリクライの前に立つと、改まって彼の双眸を見据える。そうして手を差し出し、

 

「リクライ、強者との一騎打ち。私の分まで頼むぞ」


 最後の一騎打ちも頑張ってくれと、握手を催促する。


「おう、任せとけ! 打ち負かしてやるぜ! 必ずな!」


 リクライはケイシュンの手を取り、清々しいくらいに明るくさっぱりした笑顔で、握手を交わした。

 本当に、そんな笑顔を向けられては、もっと応援したくなってしまうではないか。


 ケイシュンは照れ隠しににっこり笑った。

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