第39話 熱い前哨戦2
近況報告になかった人物とその戦い。
五回戦の一部の試合から抜粋。
第二試合目。
出場者はボトーとローレンである。
そして更に、
「元とは言え、神将。有名人物。さいっこうに燃えてきたぜ!! ウッピョォォォォォ!!!!!」
「…………」
なんとボトー対ローレンという、大会大盛り上がりの組み合わせであった。
雄叫びを上げるボトーとは真逆で、ローレンはただ静かに見やるのみ。
「さぁ、観客のお前らも一緒に!! ウッピョォォォォォぉおぉぉおおおおお!!!!!!」
「「「ウッピョォォォォォぉおぉぉおおおおお!!!!!!!」」」
両手の前腕だけをあげ、マッスルポーズをとって叫ぶボトー。彼の催促に、観客も各々マッスルポーズをとって馬鹿うるさく叫ぶ。
喧喧囂囂牛もうもう。うるさすぎて、同じ試合場の試合を観る観客や、ローレン目当てで観戦しに来た者たちは『何だこれは!?』と、怪顛して耳を反射的に塞ぐほどだ。
ボトーの快男児っぷりが、地元の者たちには大好評なのだ。そのうえ、ファンサービスもしてくれる為、彼を好むファンは多い。
雰囲気は完全にボトーに飲み込まれている。アンコウエン外からローレン目当てで観戦しに来た者もいるが、やはり地元の超有名人。
観客はボトーのファンで溢れかえっている。
だがその喧騒の中でも、ローレンは耳を塞がずにボトーをずっと見やっていた。
精神統一。見ただけで分かる相手の強さ。オドの量だけでは開くことができない実力。
そんな観察をしているローレンを見て、ボトーは楽しそうに窃笑する。
そうして少しずつ喧騒が弱まっていくと、
「盛り上がっているところ申し訳ないですが、私は負けませんよ。この試合、勝たせてもらいます」
ローレンはボトーに啖呵を切った。
「ぴょ? 言うねぇ、授かりばかリの奴に、負ける道理はないな」
歓声にかき消されそうになるほどの声量ではあるが、ボトーはその生意気な言葉を聞き逃しはしなかった。
彼は快男児だ。言われたら言い返す。煽り返した。
「それが間違っていると示すために、訓練してきたんです」
「言うね言うねぇ!! 最高だぜローレン!! 実質この戦いが決勝戦って訳だ!!」
ボトーもローレンもやる気満々だ。
ボトーは生意気な若者には負けられない。一方、ローレンは勝って大番狂わせをしなければ、神将が真の意味で伊達になってしまう。
二人とも負けられないのだ。負けたくもない。
「では両者離れて」
審判の掛け声がかかり、二人は仕方なく振り返った。
ローレンはただ閑寂に離れ、ボトーは観客にマッスルポーズでアピールしながら離れる。
試合が、
「試合開始!!」
始まった。
何か、ボトーがその大きな背中から二つの武器を取り出す。
見たことのない武器だ。大きさの違う三日月型の刃が交差した、打撃系の武器だろうか。しかもそれを二つ。
――ボトーが扱う得物は鴛鴦鉞、二つ持つことで防御と攻撃を兼ね備えられる近距離特化の武器である。
魁偉であり、土魔法師であるボトーの戦い方に合致した代物だ。
打撃系の武器ならば、距離を詰める必要はない。先ずは離れて、風魔法で牽制しつつポイントを――、
「ッ!!」
「なッ!?」
――は、早い!?
遽然、大きな黒い影が一瞬でローレンに近づいた。
フェルスを行使したのではない。近づいたのは、
――これは、人!!
ボトー自身だった。
距離凡そ八、九間――十五メートル。筋肉操作と単発のプロテクションのみで、ボトーはその距離を瞬く間に縮めた。
「ぴょぉぉぉぉう!!!」
「グぅウッ!?」
遽然たる出来事にローレンは後れを取り、ボトーの攻撃を諸に――、
「ッ? おぉ! やるじゃねぇか!」
諸には食らっていない。
遅れはとったが、咄嗟に木剣で鴛鴦鉞の打撃を受け止めた。
ローレンの身体は浮遊し、そのまま試合場の端にある壁まで吹き飛ばされる。
壁にぶつかることなく、ローレンは衝突寸前で身を後ろに捻り、壁に両足を接触。受け身を取って、垂直方向へ跳躍した。
ローレンは吹き飛ばされて離れた距離を、ボトーを真似るように縮め――、
「来るか!?」
「――ッ……フン!」
ボトーは正面衝突だと、足を広げ姿勢を低くして構えた。だがローレンは直前で、風魔法――中位のゲイルを射撃して推進力を相殺。直前で正面衝突を避けた。
相殺された推進力は、風魔法の速さに加算される。
都合、
「ク……考えたな」
両の鴛鴦鉞で防ぎきれず、ボトーに被弾した。
ボトーはゲイルの威力に、一メートル程後ろに押しのけられる。
ローレンのゲイルの威力なのか、それともボトーの踏ん張りの力なのか。果然、地面に足を引きずった跡が出来た。
「…………ま、魔法による一撃、西側の選手に一点!」
審判も驚嘆の採点である。
採点に入るまでに、露の間の時間を要した。
――危なかった。さっきの一撃を食らっていたら、確実にやられていた……
正面衝突と見せかけ、突然の遠距離攻撃でボトーを欺瞞したローレンは、距離を縮められないように相手の周りを走って、ゲイルを放ち続ける。
当然、ボトーに被弾することはない。鴛鴦鉞で軽く弾かれて終わりだ。
並みの相手なら、ゲイルの連射で守りが崩れるのだが、流石は警備隊長だ。
舐めていた。遠距離では埒が明かない。
――クソ、上位以上の魔法が行使できれば、戦況は変わるのだろうが……
この大会に於いて、土魔法師が有利なのはローレンも認知している。神器のローちゃんも扱えない。今、手に握っているのはただの木剣だ。自分の力だけで勝ちを取らなくてはならない。
はっきり言って、ボトーに勝つのは苛烈である。
だが自力、基本で闘うのがいかに無縁で、いかに厳しいものだったのかは、この二か月と数週間の訓練を経て重々承知している。
オドの量はこちらが多い。
だから手数で勝負する。
「行くぞ!」
「今度はしっかり正面から来てくれるみてぇだな!!」
周りを走って隙を窺うのは止め、ローレンはゲイルを三発放って詰め寄る。
ボトーは近距離なら話が早いと、懽然と構えた。
勝算は十分にある。
土魔法は移動も、射撃までにかかる時間も遅い。それを二番目に早い風魔法で、手数で圧倒するのだ。
「「ッ!!!」」
「ゲイル!」
鍔迫り合いに持ち込み、ゲイルを爆ぜさせるローレン。
木剣を振るう力とゲイルの力が加わって、ボトーは押し負ける。そして同時に四散した風がボトーを襲い、鴛鴦鉞で捌けずに又もや被弾する。
両者はゲイルの衝撃に弾かれ、人一人分の距離を離して、もう一度、
「「ッ!!!」」
鍔迫り合った。
固い木と木がぶつかり合う高い音が、何度も試合場に鳴り響き、その熱い光景に観客たちは「いけぇ!」「やれぇ!」「ぶったおせぇ!」と歓声を上げる。
大盛り上がりだ。その大盛り上がりっぷりに、違う試合を観ていた一部の観客が感興され、彼らの試合を近くで観たいと移動し始める程だ。
「ゲイ――ッ」
「何度も」
「ゴッ!?」
ローレンが馬鹿の一つ覚えでゲイルを行使しようとすると、ボトーは左手の鴛鴦鉞で木剣を絡めとり、受け流す。そしてすぐさま、右手の鴛鴦鉞でローレンを殴った。
ゲイルは地面に打ち付けられる。
ボトーはローレンが怯んだ続けざまに、
「食らわねぇよ!!」
「グハァッ!?」
蹴りを鳩尾に食い込ませた。
何度も鍔迫り合えば、相手の癖も分かるというもの。ローレンの踏み込み方や剣の打ち方を、ボトーは覚えてしまったのだ。
「痛打の一撃が二回! 東側の選手に四点!」
審判の採点が入り、点差は四対四。
ローレンが鍔迫り合いの手数で必死になってとった四点は、一気に均等になる。
「こっちから行くぜ、ぴょう!!」
まずいと怯懦になったローレンに、今度はボトーから鍔迫り合いを仕掛ける。
ローレンは木剣で右手の鴛鴦鉞を受け止め、左手の鴛鴦鉞を風魔法で弾こうとするが、
「ッ!?!?」
引いて、腹に攻撃を変更――フェイントに欺瞞され、腹に満身の一撃を――、
「危ねぇッ」
しかし、咄嗟の反応でローレンは右足を振り上げた。ただそれすらも反応したボトーが、上体を後ろに反らして避けようとしたが、
「のォ!?!?」
ローレンの踵から風魔法が噴出。ボトーの顎に炸裂する。
ローレンはボトーの回避すら予想して――否、そうではない。
ローレンは予想ではなく、確かに詳察していた。詳察してしまったといった方が正確か。
――達人の境地、遅く緩やかな世界。
ローレンは斯様な世界で、ボトーが攻撃を避けようと上体を後ろに反らしたのを、しっかりと確認したのだ。
だからローレンは、遅く緩やかになった世界で踵にオドを集束させ、そこから魔法を放ったのである。
しかし、オドの集束が間に合わず不十分で、撃てたのはゲイルではなくウィンド。身体が斯様な世界に追い付けなかったのだ。ポイントにはなるだろうが、ダメージにはならない。
「痛打の一撃! 西側の選手に二点!!」
審判の採点が入り、観客席は歓声と熱気で盛昌になる。
審判も観客も気付いていない。いや、気付けるはずがない。全員、ローレンが腹案して攻撃を入れたと思っているだろう。
だが現実は何も考えていない反射だ。
唯一それに気付けたのは、
「マジか!? お前、その境地に!?」
彼と戦っている快男児。避けたはずの攻撃から、来るはずのない更なる攻撃を受けた、ボトーだけだった。
ローレンの顔が『入る!』という自信に横溢していたのだ。そして避けられ『そんな!?』という卒遽で顔が引きつった。
ただそれに気付けるということは、
「俺がやっと行けそうってのに、二回りも下のガキに追いつかれちまうとはな!!」
ボトーも遅く緩やかな世界へと、入門しようとしていたからだ。
その世界に気付けるのは、その世界を知る者だけだ。
少年と大差ないローレンに追いつかれた事実に、ボトーは焦慮を露にした。
「この境地が、ローガ殿やハクロウ殿が見ている世界、ですか」
「ふ……あの二人はすげぇぜ、俺たちみたいにまぐれじゃなくて、意図して、かの境地に踏み入れられるからな。実力、戦闘経験、死線の数、全てが桁違いだ」
まるで事前に約束していたかのように土壇場で矛を収め、綽然と話し始める両者。その光景に、観客は疑問符を浮かべた。止まってないで、早く戦いをおっぱじめろと野次を飛ばし始める。
「なら、いつかは超えなくてはならない壁、ですね」
「言うじゃねぇか……俺も、そう思ってたところだ」
ただそんなことは両者にとってはどうでもいいこと。
ローガやハクロウは当然、その強者たちに、遅く緩やかな世界を誘掖したエンタク。
大会が開かれた意味。それを確かなものにするためにも、かの境地はいつか必ず、ものにしなければならない。
――それが卓絶、百尺竿頭であるエンタクの代わりに、アンコウエンを守るということ!
「なら、この戦いの勝者は……」
「どっちが多く、かの境地に踏み込み続けられるか、だな……」
示し合わせたように、呟きあう両者。
戦いの中で互いの力量を知り、武器と武器、全力と全力で触れ合うことで、心が通じ合ったのだ。
「「ッ!!!」」
両者、前に飛んだ。
正面で互いに武器を受け、弾き、隙を狙って攻撃し合う。
ボトーは鴛鴦鉞で、ローレンは初出が早い風魔法でポイントを取り合う。
そして来た。
――先ずは、
「ぴょぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」
「グッァ!?!?」
――ボトーである。
ローレンが鴛鴦鉞を木剣と風魔法で弾き、蹴りと更なる風魔法で追撃しようとした時、ボトーは遅く緩やかな世界に入った。
弾かれたはずの左手の鴛鴦鉞で蹴りを受け止め、右手の鴛鴦鉞で思いっきりローレンの胸部を猛撃したのだ。
ローレンは唾を吐きだしながら吹き飛ばされ、受け身も取れずに地面を転がり続ける。
それを見過ごさないボトー。飛び掛かって、その勢いのままローレンに両の手の鴛鴦鉞で、会心の一撃を叩き込み――、
「舐めるな!」
ローレンは木剣を振り上げて、魁偉のボトーを弾き返した。
プロテクションを重ね掛けしたボトーの全力の攻撃を、ローレンは持ち前のオドの量で筋肉操作を酷使し、剛強に弾き返したのだ。
ローレンは止まらない。
突貫して木剣で切りかかる。ボトーは当然、木剣を片方の鴛鴦鉞で受け止め、もう片方の鴛鴦鉞で反撃を試みた。
しかし、
「ッ!?!?」
――遅ればせながら、今度はローレンが遅く緩やかな世界に入門する!
着実、確実に、木剣は鴛鴦鉞に接近して接触するはずだった。だのに、木剣は接触する寸前で軌道を変え、鴛鴦鉞を掻い潜ってボトーの肩に当たったのだ。
同時に風魔法が爆裂――、
「胴体がガラ空きだ!!」
「ゴフッ!?」
ボトーはローレンの胴体に蹴りをお見舞い。辛うじてだが、風魔法の爆裂を避ける。
「東側の選手に痛打の一撃二回! 西側の選手に痛打の一撃一回! 魔法による一撃一回!」
これでローレンが九点、ボトーが八点となり、試合は中盤に差し掛かる。
そこから終盤までは、ボトーもローレンも遅く緩やかな世界に入門することはなく、互いが互いを切り合い、蹴り合う小競り合いに発展。
点数は十四対十四に。
二人とも顔に痣を作り、頭や唇に血を滲ませ膠着状態に。両者距離を取って、円を描くように動き、隙を伺察しながら牽制し合う。
膠着という名の土嚢を切り崩したのは、
「「ッ!!」」
両者。
ボトーはオドを足元から伸ばして、不意打ちのウォールを。ローレンは木剣で地面を抉って石を飛ばし、更に地面から木剣を振り切って、不意打ちのゲイルを飛ばす。
相殺、ではない。
魔法ではやはり固体であるボトーのウォールが勝ち、ローレンの身体を貫く。一方、小細工を弄したローレンの石が、ボトーの全身を打ち付ける。
「これでしまいにしようぜ!」
「望むところです!」
攻撃を喫しながらも、互いに右手に回って前に出た。
ローレンは木剣にゲイルを纏わせると共に筋肉操作を興隆させ、ボトーよりも一歩二歩と先に前に出る。ボトーが攻撃を繰り出すよりも早く、攻撃を当てて仕留めに――、
「ガァ!?」
背後。刹那、地面から尖石――ウォールがローレンを後ろから貫いた。
まさかの二段構え。ボトーは誘ったのだ。ローレンが前に出るのを。
「ヌぅッ…………」
ボトーは重心を右足に移して、大きく構えた。そして、無防備に飛ばされたローレンの顔面に拳を振るう。
「グヌッヌゥ!!」
ローレンは木剣を盾にすることで、顔面への満身の一撃を防いだ。しかし、その一撃を防いだ所為で木剣が真っ二つに折れてしまう。それに、防げただけで威力までは殺しきれていない。
地面に背中を叩きつけられ、ローレンの視界がガクガクッと明滅する。
――真っ二つに折れた先端側の木剣は、ゲイルを纏ったまま垂直に飛んだ。
「止めだぜ!!」
「グぅ!?」
「もういっちょッ――ガァハァッ!?」
垂直に飛んだ木剣が、ローレンを叩き伏せたボトーの脳天に直撃する。
纏わせていたゲイルを使って、垂直落下させたのだ。
虚の虚を突かれたボトーは盛大に怯み、
「ゲイル!」
柄の方の木剣からゲイルを斜め後ろに放ち、勢いよく飛び出したローレン。繰り出された右蹴りは、怯み、一瞬だけ動けなくなったボトーの顔面に直撃する。
交差して入れ替わる位置。
ローレンは振り返る。ボトーも怯みながらも必死に振り返った。
そして振り返ったと同時に繰り出される木剣と鴛鴦鉞。
速さは互角。威力も互角。
「「ッハァァァァァァアアア!!!!!!!!!!!!!」」
その瞬間、両者の攻撃が交差した。
互いに貫き通し、試合場に風圧と土煙が舞う。その風圧と土煙は、観客席まで届くほどだ。
試合場は見えない。当然、ボトーとローレンも見える訳がない。観客は咳をして「何が起こった!?」「どうなったんだ!?」「どっちが勝ったんだ!?」と、煙を手で払いながら雲散するのを待つ。
十四対十四から、ボトーは通常の一撃と痛打の一撃二回。ローレンは通常の一撃と痛打の一撃二回。両者ともに遠距離での痛打の一撃を残している。即ち、互いに十九点となる。
故に、最後の一撃を先に決めた方が勝者となる。
しばらくして煙は雲散した。
そこには武器を振り切ったまま、兀然と固まるローレンとボトーがいた。
どちらが先に攻撃を喫してしまったのか。観客は審判の採点が入るまで分からない。
果たして、
「ガァッ! ぬ、ぅぅ……」
呻き、痛楚して跪いたローレン。その胸部には、青黒い痣ができていた。
先に攻撃が入ったのはボトーだった。
――故に勝者は――、
「ポイント判定!! 勝者――ッ!」
「やる、じゃねぇか……天晴だ、ローレン」
先に攻撃が入ったのはボトー。審判の採点が入り、試合は終了かと思いきや、ボトーが嘔吐きながら昏倒した。
その首には、ローレンよりも大きく色の濃い痣ができていた。
――故に勝者は、
「前言撤回! KO判定! 勝者!! 西側の選手!!」
――ローレンであった。
絶対的な隊長の敗退。
大番狂わせが、観客を歓声と興奮で湧き上がらせた。




