第69話…覚醒
「まさかっ?!白竜公スィーラスーズ殿っ?」
赤き竜の長の娘の声に、ぬいぐるみは無言で尻尾を振る。
彼女らの前には、ぬいぐるみの蹴りで吹き飛ばされ起き上がろうとする巨人。
霜の巨人の戦士ベリンは、地面で後頭部を打ち一瞬目眩がしたのか、頭を振っている。
強壮なる巨人。
その姿を前に悲痛な鳴き声が響く。
「キュ~キュ~」
それは赤き鱗の幼竜の鳴き声。
その鳴き声に、かつて赤き竜の祖と戦場を駆けた者が問うた。
「赤き鱗の子らよ、お前たちは何をするために此処に来た?」
幼竜たちは答える。
言葉に成らぬ鳴き声で答える。
我らは戦うために此処に来た。
門の向こうより攻め寄せる略奪者と戦うために此処に来たのだと。
「ならば、お前たちは何故立ち上がらない?」
幼竜たちは悲痛な鳴き声で答える。
戦ったのだと!
それでも勝てなかったのだと!
なぜ、自分たちはこんなにも弱いのだろうか?
なぜ、自分たちはこんなにも小さいのだろうか?
なぜ、自分たちには力が無いのだろうか?
立ち上がる巨人。
あの巨人を討つ力が幼竜たちには無かった。
戦い、傷つき、力つきた…
せめて、成竜だったなら!
せめて、後100年の時間があったなら!
そう嘆く赤き鱗の子らに、偉大なる赤き竜の一族と共に戦った者が問う。
「お前たちが戦うべき時は何時だ?
10年後か?100年後か?それとも800年後か?」
幼竜たちは答える。
違う!
今だ!
今、戦わないとならないのだ!
「ならば戦え!
戦えるから戦うのでは無い!
戦う力があるから戦うのでは無い!
戦わねばならぬから戦うのだ!!」
幼竜たちは鳴く。
どうやって戦うのかと…
力無き身体で、小さな身体で、どうやって…?
「知っているはずだ!」
何を?
「見てきたはずだ!」
力強い声に、幼竜たちの鳴き声が止まった。
知っている?
見てきた?
何を?
幼竜たちの脳裏に映るのは碧竜の姿。
そうだ!
知っている!
その姿を見てきたのだから!
碧竜に出来て!
赤竜に出来ぬ道理があろうか?!
遥か西の異界に繋がる門。
そこより流れこんだ高純度の魔力が、西の砦より魔法陣を通り此処まで満ちる。
今こそ目覚めよ!
赤き竜の血よ!
風が吹いた、灼熱の砂漠を駆けるような熱風が吹いた。
それは体長1メートルしか無い小さな赤竜の幼体達から吹き付けていた。
流れてきた魔力が、体内に蓄えられていた魔力が、物理的に有り得ない現象を産み出す。
それこそが魔獣の証し、赤竜たちの身体は熱風と光に包まれ物理法則を凌駕する。
光は肥大し輝きを増し、その光が消えた時、そこには巨大な魔獣の姿があった。
体長7メートルの巨体。
蛇を思わせる長い身体に鋭い鉤爪が付いた強靭な後ろ脚を持ち、前腕は分厚い皮膜の大きな翼。
頭部は鰐を思わせ鋭い歯が剥き出しに並んだ口と後頭部に生えるは四本の角。
全身を覆う鱗は見るからに硬く、燃え上がるような赤色に輝いていた。
それは赤き竜王国の力の象徴たる魔獣。
かつて王国の危機に赤き竜の長王と共に空を駆け、王国を救った赤き鱗の一族の末裔。
かつて赤き鱗を持つ盟友と共に戦場に立った者は、亡き盟友に語りかける。
800年前に盟友を見送った時と同じように。
「大丈夫だ、盟友よ。
例え力を失い、知恵を失い、獣に堕ちたとて、その想いは継がれるのだから。
時が過ぎ、人の子が我らの事を忘れさっても、その想いが忘れ去られる事は無いのだ。
何度でも、何度でも、盟友の子らは戦うのだ。
この地を守るために戦うのだ。
その血から、盟友の想いが消え去る事は無いのだ。
赤き竜の血は、この地を守り続けるのだ」
見ているか盟友よ。
嘆きと共に逝った盟友よ!
汝の血は!汝の想いは!絶えてなどいないのだ!!
「「「ギャオォォォォーーーッ!!」」」
5匹の赤き成竜の咆哮が響く。
「成竜化?そんな事が?」
驚きの声を上げる赤き竜の長の娘。
その眼に映るのは赤い鱗を持つ5匹の巨竜。
だが、それすら畏れぬ強壮な者が居る。
「幼竜が若竜に成長したのか?」
手斧と呼ぶのも馬鹿馬鹿しくなるような巨大な片手斧を握り立ち上がる強壮なる巨人。
「たかが亜竜の若竜ごとき、西の砦の戦いでも我ら霜の巨人の敵では無かったわ!」
霜の巨人の戦士ベリンは戦の咆哮を上げる。
「我こそは!ジーリの孫、ガガの子、吹き付ける氷雪を切り裂く刃ベリン!
若竜ごときが束になったところで、我を討ち取れるなどと思うな!」
事実として飛行に特化した竜種である翼竜の地上での格闘能力は高いとは言えない。
身長10メートルを誇る霜の巨人の戦士相手に、体長7メートルの翼竜が地上で格闘戦をするなら5匹がかりでも勝てる保証は無いだろう。
巨人ベリンは、熟練した戦士としての判断で、自分の勝率は低く無いと見積り突進した。
翼竜たちは動かなかった。
ただ一斉に顎門を開いた。
「グラムッ?!」
リーヴァの驚愕の声。
それは失われたはずだった。
800年前に失われた力のはずだった。
そうだ!
碧竜に出来て、赤竜に出来ぬ道理があるものか!
5匹の赤竜の喉が光る。
その顎門から光が漏れる。
「竜の息…」
驚愕に呟くリーヴァの目の前で、5匹の赤竜の吐く炎が突進してきた霜の巨人を骨も残さず焼き付くした。
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「白竜公?」
まるで夢でも見ていたかのように、皆が気付けば、ぬいぐるみは消えていた。
「グラム…なのよね?」
問いかけるリーヴァに成竜グラムは鼻を近づける。
そして鎌首をもたげると西の空を見上げて吠えた。
「泣いている?誰が泣いているの?」
グラムと意思疎通するかのようなリーヴァの様子に、碧竜ハルと意思疎通出来る狐嬢の方をユーリアとアンリエットは見たが、狐嬢は首を横に振る。
グラムの意思は解らないという事だろう。
「そう?私も一緒に行くわ」
リーヴァはグラムの背に跨がる。
「ユーリア、北部派遣軍の主将の権限を貴女に委譲するわ。
『旧都』の守備を頼むわよ」
「承りました」
彼女たちは旧王城前に停めていた馬車に戻る。
「良かった、無事だったか」
ユーリアは馬車の姿を見て安堵する。
旧王城を襲撃した亜人たちは馬車より重要な目標があると判断したためか、馬車は手付かずで馬たちも無事だった。
リーヴァは馬車にさされていたグズルーン公爵家の軍旗を掴み、一声吠えたグラムは4匹の同族を引き連れ、西の戦場目指して離陸した。
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何匹斬ったのか?
魔法剣でなければ、刃こぼれや刀身に纏わり付く脂で、とっくに斬れなくなっていただろう。
だが、剣は無事でも振るう腕は限界だった。
まだ剣を握っていられるのは、握力が残っているからではなく、握った指が硬直して開けなくなっているからだろう。
「ハル!しっかりしろハル!」
もう妹の慟哭も聞こえない。
左肩に抱えた妹は何度も血を吐き、その身体からボロボロと鱗が剥ぎ落ち始めていた。
これが最後の機会だろう。
ジャスパーの剣は片手半剣、両手で握って振るう事も出来る、今すぐ左腕で抱えた妹を投げ捨てれば、右腕が疲労で麻痺した状態でも両手で剣を握り振るう事が出来る。
そうすれば…ジャスパーだけは生き残れるかもしれない…
「リーヴァ…」
自分には分不相応な身分の美しい白銀の姫君…
「ユーリア…」
共に戦場を駆けた戦友たる女騎士…
「狐嬢さん…」
初めて抱いた女性…
「アンリエット…」
ずっと昔から側にいてくれた幼なじみ…
左腕に抱えた妹を捨てれば…彼女たちと平穏な日々を過ごせるかもしれない…
もう、妹は助からない。
ジャスパーが見捨てなくても、妹は長くない。
それでも…
ジャスパー・ファーウッドは平凡な人間だった。
それが王国最強の英雄と呼ばれるようになり、爵位を与えられ、王女の降嫁が許され…
全てはジャスパーの力で得た物ではなく、妹の力で得た物。
それなのに…
全てを与えてくれた妹を捨てられるはずが無かった。
十重二十重にジャスパーとハルを包囲する小鬼たち。
さらに遠くから此処の騒ぎを聞き付けた猪鬼や岩鬼たちも駆け付けて来ている。
炎の巨人を従えた、隻腕の美しい幼女が空中からジャスパーとハルを見下ろす。
メーガジット界の亜神たる『盟主』
『盟主』は見下すように言葉を発する。
「もはや、お前たちに希望など無いのだ」
ジャスパーは、もはや動かぬ右腕の剣を地面に突き立て、それを支えに何とか立っていた。
ただ視線のみに不屈を込めて『盟主』を睨みつけていた。
「そこの邪竜が死せば、忌まわしき真竜も絶える」
『盟主』は怒りも憎しみも無く、ただ事実として述べた。
その時だった。
「否っ!!!!」
それは声では無かった。
それは意思だった。
その意思は戦場に集った全ての者に届いた。
全ての者が、意思の来た方向たる東の空を見上げた。
「真竜ならば、此処にいるぞ!!」
それは巨大な竜だった。
白い鱗を持つ15メートルもの巨大な真竜だった。
「我こそは白の鱗の一族・島白!!
かつて白の竜騎士と共に世界を救いし者!!」
それは800年前にアニュラス界を救った偉大な白い竜。
最強と呼ばれた白い竜。
その背に、ぬいぐるみを乗せた白い竜の意思は戦場に響いた。




