第67話…彼女が遺した物
「何も変わらない…敵をやっつける…それだけだ…」
碧竜ハルがブツブツ呟く声にも気づかない。
この時、ジャスパーは自分では冷静なつもりだった。
しかし、故郷を滅ぼされ、家族や顔見知りの村人たちの安否すら解らない状態で、若いジャスパーが冷静でいられるはずが無かった。
そしてジャスパーの側には、彼の状態を冷静に指摘出来る第三者もいなかった。
「人面鳥かっ!!ハル!焼き尽くせ!!」
王国軍と亜人軍が対峙するカランの丘の上空を我が物顔で飛ぶ人面鳥にジャスパーは憤り叫ぶ。
ハルの竜の息が次々に人面鳥を焼き、人面鳥が悲鳴を上げながら地に落ちていく。
「竜騎士!竜騎士が来てくれたぞ!」
ズライグ王国最強の竜騎士ジャスパー・ファーウッド碧竜伯の参陣に王国軍の士気は一気に上がる。
「前衛軍!全軍突撃ーっ!」
その士気を生かすためウォードエンド辺境伯は隷下の前衛軍を突撃させた。
普段は飛行騎兵の影に隠れがちの重装騎兵が轡を並べ騎兵槍を構えて騎兵槍突撃を慣行する。
一方で亜人軍からも、ほぼ同数の猪鬼軍の大猪騎兵が戦斧や重鎚矛を手に咆哮を上げ突撃した。
激突する重装騎兵と大猪騎兵。
人間の乗る軍馬と猪鬼の大猪。
単純に戦闘力を比較するなら殺傷力のある太く長い牙を持つ大猪に軍配が上がるだろう。
しかし、騎兵の強さとは単純な騎獣の戦闘力ではない。
騎獣とは乗り手に従順で、乗り手の意思の通りに動く事が重要だからだ。
突進力こそ強いが動きが直線的過ぎ、狂暴であるが故に細かい指示など聞かない大猪。
最初の激突では戦況は互角だった。
倒れた騎兵の数は両軍に大差は無かった。
だが、その後の動きで差が出た。
「全騎反転!」
重装騎兵は見事な連携で進行方向を変える、一方で大猪騎兵に直線的な速度はあっても細かい進行方向の変更は難しかった。
普段なら大きな問題にならない大猪騎兵の些細な欠点。
何故なら反転で擦れ違った敵と再び戦うより、別の敵の一団に突進すればいいだけだからだ。
この時、大猪騎兵を率いていた大猪鬼ゴノ・ウー・ヂュウ族長は、普段の戦いと同じように擦れ違った重装騎兵を無視して槍歩兵の一隊を新しい獲物に定め突進しようとした。
「族長っ!敵騎兵がっ!!」
「ぬっ?!」
強力で狂暴であり高い戦闘力を持つが操作が難しい大猪は、反転突撃した重装騎兵に対処出来ず。
その横腹に騎兵槍突撃は突き刺さった。
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「人間もやるものですな」
亜人軍本陣を守るのは炎の巨人の軍勢。
肩に『盟主』を乗せた炎の巨人王ヴァティンは自軍に不利な戦況を見る。
敵の前衛は善戦している。
最初に激突した騎兵は、大猪騎兵が柔らかい脇腹に敵騎兵の突撃を喰らい大きな被害を出している。
歩兵も密集体型で呼吸を合わせて長槍を繰り出し、あるいは振り下ろす、そんな訓練された敵歩兵の密集戦術に、戦術も何もなく数の多さしか利点がない小鬼たちは蹂躙されている。
初戦は敵の勝ちと言っていいだろう。
しかし、ヴァティン王に焦りはない。
自分たち炎の巨人が参戦すれば簡単に戦況はひっくり返せると確信しているからだ。
さらに…
「霜の巨人は何をしているのですかな?
奴らが背後から敵を突く手筈のはずですが」
『盟主』の作った転移の魔法陣で敵軍の背後、人間たちが『旧都』と呼ぶ800年前の王都付近に転移したはずの霜の巨人たちの姿は見えない。
「ルグニルは『旧都』を落とすだけで十分、それで敵の退路は断てる。
それより…」
『盟主』は上空の魔獣を忌々しく見つめヴァティンの肩から浮き上がる。
「邪竜ですか…」
「たかが1匹とはいえ、あれは放置するわけにはいかない。
あれは世界に害なす物だ」
『盟主』は、残された左手を邪竜に向けた。
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「兄貴!!アイツだ!!」
「『盟主』かっ?!」
20体程の赤黒い身体の巨人に守られた隻腕の美少女。
メーガジット界を統べる『盟主』
「初戦は、こちらが有利だが…
こちらは8千、敵は2万。
長期戦では味方が不利になる。
敵大将を討って一気に決着をつけるぞ!」
「ふむ、それで戦術はあるのか?」
「神鷲に使った手で行くぞ」
「了解」
竜の息を目眩ましにして上昇。
幼竜形態に戻る事で敵の意表を突き奇襲する。
巨人ならともかく、人間の幼女サイズの『盟主』がジャスパーの魔法槍やハルの竜爪脚の一撃に耐えられるはずがない。
この時、ジャスパーには冷静さが無かった。
あんな小さな身体の『盟主』に何故に力こそを信奉する巨人族や猪鬼が従うのかを疑問を思わない程に。
そして同族が滅んだ事を知り絶望したハルは生きる気力を失い、自暴自棄になっていた。
それが最悪の事態を産む。
「戦力で不利ならば大将首を取り逆転を狙う。
しかし、我ら炎の巨人が舐められたものですな」
ヴァティン王が大剣を抜く。
霜の巨人と違い火と熱への完全耐性を持つ炎の巨人に竜最強の攻撃竜の息は効かない。
そして体長10メートルを越える巨体の成竜ならともかく7メートル程度の若竜が格闘戦で炎の巨人に勝てるはずもない。
「よい、ヴァティン下がれ。
妾が相手をする」
空中に浮かぶ『盟主』の周りに無数の光矢が浮かぶ。
魔力矢の魔法の類い。
「邪悪なる白涼。
お前が送り込んだ眷属は此処で果てる。
お前がどんな悪意を持ち、2つの世界に干渉したか知らぬが、それが実を結ぶ事は無いのだ」
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「ハル!行くぞ!」
「竜の息!!」
無数の光の矢がハル目掛けて飛び、ハルの竜の息と激突した。
炎と魔力のエネルギーが爆発し、激しい閃光が視界を塞ぐ。
その隙にハルは上昇する、『盟主』の頭上目指して。
閃光が晴れ、視界が開ける。
その時には『盟主』の頭上に魔法槍を構えたジャスパーと幼竜形態に戻ったハルの姿はあった!!
「殺った!!」
上空より魔力を帯びた騎兵槍を構えたジャスパーが突撃する。
板金鎧すら軽々と貫く魔法槍の刺突に幼女程度の大きさの『盟主』が耐えられるはずは無い。
それが当たり前の判断。
しかし、ジャスパーは知らなかった。
『盟主』と呼ばれる化け物が持つ権能を知らなかった。
その権能とは…
『あらゆる武器で傷つく事が無い』
まさに反則能力。
1つの世界の頂点たる亜神の権能。
焦りもなく、死への覚悟もなく、上空から奇襲するジャスパーを『盟主』は見上げた。
その無表情な美しい幼女の裸の胸を魔法槍は直撃した。
「そんなバカな…」
落下による加速、ジャスパーの体重による重さ、魔法槍の鋭さ。
その全ては、無敵の権能の前に意味は無く。
「無駄…」
直撃したはずの魔法槍は『盟主』の白い肌に掠り傷1つ付ける事なく、軽く振った『盟主』の左手に粉砕された。
しかし、 まだ攻撃は終わっていない。
上空より襲いかかる碧竜。
「霧宮流格闘術!奥義!」
アニュラス界最強の竜の爪が『盟主』を襲う。
「竜爪脚ーっ!!」
一撃で大猪の頭蓋骨すら粉砕する蹴り。
『盟主』は左腕を突き出し…
「確か…こうだったか?」
その技は、戦国の世の戦場で甲冑を身につけた相手を素手で倒すために編み出されたという。
その衝撃は、甲冑ではなく、その中身を破壊する。
戦国の世より伝えられし霧宮流古武術の奥義。
その技の名は…
「それは竜蹄掌っ?!」
ハルは驚愕の表情で『盟主』の使った技名を叫ぶ。
幼竜の短い脚は『盟主』に届かず、『盟主』の掌底は幼竜の腹に触れた。
そして鉄より硬い鱗の防御力すら意味を成さず。
竜蹄掌の衝撃はハルの内臓を破壊した。
「あっ…」
激しく血を吐き墜ちるハル。
「ハルーっ!!」
ジャスパーの叫びが戦場に響いた。
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「下位巨人?
何故、街中に?」
『旧都』防壁上の指揮所で驚愕の声を上げるボロー代官。
「西の『廃都市』が墜ちた時、いきなり街中に亜人が出現したと聞き及びまする」
平の騎士ながら、その経験には皆が一目置く歴戦の老騎士ロロフ卿の言葉。
実際には、地下道を使った奇襲の『廃都市』と魔法陣による転移の今では理由は違うわけだが、ロロフ卿の経験は目の前に出現した巨人が現実であり、亜人軍の攻撃だと理解させた。
「他にも亜人が街中に侵入している可能性は高いと思われまする」
そのロロフ卿の進言に『旧都』守備隊々長ベローズ騎士隊長は、対向策を出した。
「北部派遣軍の騎兵隊に出撃願いたい。
街中の地理に明るい守備隊の者を最低一名付け、機動力が高い騎兵で侵入した亜人を駆逐しましょう」
「それが最善だと我らも思います」
短い休息を取っただけの北部騎士たちは軍馬に跨がり出陣する。
出陣と前後して街の住民たちが、小鬼や猪鬼が次々に出現したと報せに来る。
元々少ない守備隊と北部派遣軍は、対処のため街中を走り回る事になった。
防壁の守備に最低限の見張りだけを残し、持てる兵力を街中の亜人軍駆逐に出した後。
指揮所に残っていたベローズ騎士隊長は、1つの見落としに気付き真っ青になる。
「殿下は?リーヴァ殿下は旧王城に向かわれたのだな?」
リーヴァ・ファーウッド=ペンズライグ王女殿下が、護衛とも呼べない3人の女性と5匹の幼竜だけ連れて旧王城に向かっているという事実。
「直ぐにリーヴァ殿下を迎えに行かねば!」
予備兵力として残した3騎の騎士を率いてベローズ騎士隊長は駆け出した。
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「騒がしいな?」
水害で被害を受け放棄された旧王城に価値など無い。
残っていた財宝や美術品などは、とっくに運び出され、旧王城の警備についている少数の兵士の役割は崩れかけた部分が多々あり危険な旧王城に侵入して遊ぶ悪ガキたちを追い返す事くらい。
その警備兵の隊長である年配の兵士長は街中が騒がしい事に多少の疑問を持ったが、亜人軍が侵入し暴れているなど考えもしなかった。
この時代の情報伝達は遅い。
警備兵たちに最新の情報など知る手段はなく、亜人軍の攻撃を知る事も無かった。
そこに1両の馬車が訪れた。
降りてきたのは、さすがに大型戦車に乗ってくるわけにもいかず、代官から馬車を借りてきたリーヴァ王女。
美姫として名高いリーヴァの肖像画は数多く画かれ、リーヴァの生家グズルーン公爵家のお膝元だった『旧都』では見る機会は少なくない。
そしてグズルーン公爵家の紋章が入った外套。
「まさか…リーヴァ王女殿下」
守備兵たちは平伏してリーヴァに礼をつくした。
「役目ご苦労」
リーヴァは守備兵たちに労いの一言をかけ旧王城内に入った。
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「ギャギャッ!」
「ギャギャ~?」
「ギャギャギャギャ!」
人が住まなくなった旧王城に巣くう大鼠たちが肉の塊である人間を狙って襲いかかるが、5匹の翼竜の幼竜たちに簡単に狩られた。
幼竜たちは誰が狩った獲物が一番大きいのか競っているように見えた。
獣並みの知能の幼竜が本当にそんな事をしているのか謎なわけだが。
「リーヴァ殿下、白竜公の聖遺物というのは何方に?」
「あの塔の地下室のはずよ」
ユーリアの問いにリーヴァは水害でも原型を留めた塔を指差した。
一行で唯一武芸を身に付けたユーリアが先頭を歩き。
中央のリーヴァを守るように魔法銀製平鍋を構えたアンリエットと小剣を持った狐嬢が斜め後ろを付いて行く。
もっともユーリア以外には護衛としての力など無く。
一行の周りをノテノテ歩く幼竜こそが真の白銀の姫の護衛である。
「さて、聖遺物にご対面ね」
リーヴァがグズルーン公爵家に伝わっていた鍵で地下への扉を開けた。
「『明かりよ』」
ユーリアが魔法の明かりを灯した松明を持ち内部を照らす。
広間を抜け、地下への階段を下りる一行。
「ここかしら?」
貴重な聖遺物を納めた部屋にしては、何の装飾もない地味な扉をリーヴァは開ける。
そこは暗く狭い部屋だった。
何が飾られるわけでもない石造りの小部屋。
「これが…?
こんな物が聖遺物だと言うの?」
その場に居た全員が目を疑う。
何もない小部屋の中央に唯一転がっていたのは…
小さな…汚れた…古びた…
『ぬいぐるみ』だった。
竜なのだろうか?
どこか幼竜のハルを思わせる姿の尻尾が大きな竜のような、ぬいぐるみ。
「白竜公様に縁の品なのでしょうけど」
アンリエットがぬいぐるみを拾い、見てみるが特に何でもないぬいぐるみとしか思えなかった。
「魔力は無いわね。
つまり、何かの魔法具では無い。
本当に、ただのぬいぐるみ…」
リーヴァは期待が裏切られたと落胆するが、考えてみれば、強力な魔法具とかであったなら王家が『旧都』に残して遷都するはずは無いだろう。
「800年もの間、原型を留めていたのは凄い事なのでしょうが…」
ユーリアも落胆の色を隠せない。
これからユーリアの故郷である西部を巡る戦いとなるのだから、戦闘に役立つ何かを期待していたのだろう。
アンリエットは、ぬいぐるみを狐嬢に渡し、落胆を隠せぬ一行は地下室から外に向かう階段を登り始めた。
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いつか、この世界に再び危機が訪れるのですぅ。
その日のために、お前を残していくのですぅ。
いつか、この世界に危機が訪れた時、必ず帰ってくるのですぅ。
だから、その時まで、この世界を守ってほしいのですぅ。
忘れてはいけないのですぅ!
必ず!
必ず帰ってくるのですぅ!
必ず!
必ず迎えに来るのですぅ!
その時まで、さらばですぅ!




