表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/77

第24話…竜蹄

 ユーリア・ウォードエンドは恋の仕方を知らなかった。


 貴族家の令嬢にとって結婚とは家の都合で決まる物。

 いつか父が結婚相手を決めてきて、その相手に嫁ぐ。

 そこに愛や恋が入る余地は無い。


 だからユーリアにとって恋愛とは、吟遊詩人が唄う恋歌や舞台で演じられる恋愛劇の中にしか無い物だった。

 たまたま出会った貴族家の男女が恋に落ち、偶然に相応しい家柄同士で結婚にいたる。

 そんな話は実際にある。

 だが、それは奇跡の類いだろう。


 顔すら知らない相手に嫁ぐなど珍しくもない。

 そんな環境で好意を持った相手に嫁げるなど幸運以外の何ものでも無かった。


 しかし、ユーリアは恋の仕方を知らなかった。

 彼女はジャスパー・ファーウッドを好きになりながら、どう好意を表せばいいのか分からなかった。

 

 それでも、いずれはウォードエンド辺境伯家からファーウッド家に縁談の話がいき、二人は婚姻する事になる。

 公式愛妾の産んだ娘とはいえ、騎士家のファーウッド家とウォードエンド辺境伯家では家格が圧倒的に違う。

 ファーウッド家が断る理由などあるはずもない。

 

 だからユーリアがジャスパーの妻になるのは確定された未来だったはずだ。

 それでユーリアの恋は実るはずだった。


 そのはずが…

 ジャスパーが連れてきたのは美しい獣人(ライカン)の少女。

 騎士として鍛えられた筋肉質な身体のユーリアとは違う、細く女性的な肢体を持つ少女。

 ジャスパーが獣人(ライカン)の少女と毎夜寝室を共にしている事は間違い無かった。


 結局、ユーリアは恋する人の寵愛を得られなかった。

 当然だろう。

 恋の仕方を知らず、何も出来なかったユーリアにジャスパーが振り向くはずもないのだから…


 それでも…


 今、ユーリア・ウォードエンドの前では、彼が戦っていた。

 ユーリアを救うために、己より遥かに強大な敵と戦っていた。


 騎士物語の一幕のように、(ドラゴン)に乗り颯爽と助けに来たわけではない。

 擦り傷だらけで薄汚れて泥臭くて、それでも騎士は彼女を救うために戦っていた。


 「ジャスパー卿をお守り下さい…」


 少女騎士には、恋する少年騎士のために祈る事しか出来なかった。


 ========


 大猪鬼(ハイオーク)ヨーク・シャ・バラッハの戦斧(バトルアックス)が唸りを上げる。

 空振りする際の音だけで、その技量は解る。

 戦闘種族たる猪鬼(オーク)の氏族で随一と称される戦士に相応しい技量。

 その身体は大きく、大きな骨格には相応しい量の筋肉が搭載され、その外側を薄く覆う脂肪は持久力の高さを保証する。


 対するジャスパーは、人間という種族の中で14歳と成長しきっていない年齢の身体。

 その背は同年代の中でも低く、細く筋肉質な身体は太りにくい体質で日々の鍛練で脂肪を使いきり持久力に乏しい。


 武器を持ち戦う種族として劣り、才能として劣る。

 努力により得られる物は多い。

 才能が目に見える事は少ない。

 それでもジャスパーとヨークの体格差を見て、天が与えた物の差を理解しない者はいないだろう。


 ジャスパーはヨークの戦斧(バトルアックス)の間合いから大きく距離を取る。

 騎乗では騎兵槍(ランス)を使い、騎獣から降りた時の武器であるジャスパーの片手半剣(バスタードソード)

 一方、ヨークの戦斧(バトルアックス)は騎乗時に使うために柄が長く、人間の分類なら長柄斧(ポールアックス)と呼ばれそうな代物。


 (武器の間合いに差がありすぎる)


 1メートル程度しかない剣と2メートルを越える柄が長い斧。

 間合いの差は圧倒的。


 (体格、技量、武器に圧倒的な差があるのに、油断もなく堅実って…)


 ジャスパーは勝機を探るが、体格、技量、武器の全てでヨークは優る。

 さらに最悪なのは、それだけ有利な状況でヨークが全く油断せず堅実な戦術を取る事。


 (そっちが有利なんだから、もっと力任せに来いよな)


 目の前の大猪鬼(ハイオーク)は、腕力だけで戦う岩鬼(トロル)などと違う本物の戦士。

 ジャスパーはヨークの戦斧(バトルアックス)を掻い潜り片手半剣(バスタードソード)の間合いに入ろうと何度か仕掛けるが、それを解っているヨークは大振りせず堅実にジャスパーを寄せ付けない。


 (正攻法じゃ絶対に勝てない)


 ジャスパーは自分の持久力の無さを理解していた。

 さらに格上の相手との戦いが練習などより遥かにスタミナを消費する事も。


 (仕掛けるなら体力が残っている内しかない)


 つまりは今。

 今、勝敗を決する博打を打つしか無い。


 ジャスパーは剣を握り直す。


 「神様にでも祈りたくなるよ」


 ふと妹が遊びに行っていた古びた神社を思いだす。

 妹が師匠と呼ぶ古武術を使う女性が住み着いていた神社。

 あの神社の神様は何て名前だったかな?


 「阿穂之古狛白神(あほのこ・こましろのかみ)様、妹が入れた賽銭分くらいは、僕に加護を…」


 『お稲荷様に祈る方がいいかな?』とジャスパーは砦で自分を待っている狐耳、狐尻尾の美少女を想う。

 

 失敗したら二度目は無い。

 一か八かの大博打。


 ジャスパーは間合いを詰めるべく走り出す。


 =========


 ヨークは、早々にジャスパーの技量を見抜く。

 弱い、あまりにも弱い。

 そもそも人間という種族は弱い。

 鉄が多く採れる世界故に板金鎧(プレートメイル)鎖帷子(チェインメイル)という防御力が高い鎧が発展し、それを纏う事で肉体的に優る猪鬼(オーク)の戦士と互角に戦える。

 その程度の種族だ。

 目の前の竜騎士(ドラゴンライダー)の技量は、猪鬼(オーク)ならば戦士として及第点レベル、体格、筋力は落第点レベル。

 そして竜騎士(ドラゴンライダー)の鎧は、軽いが防御力に劣る硬革鎧(ハードレザーアーマー)

 その程度の鎧では戦斧(バトルアックス)の一撃は防げない。


 「つまらん相手だが…」


 それでもヨークは油断しない。

 前回の戦いで勝利を確信しながら大禿鷲(ジャターユ)を失う敗北をした。

 空中では機動力に劣る(ドラゴン)を地上で旋回させる策に敗北した。

 次は何を仕掛けてくるのか?

 何か勝利するための策を隠し持っているのか?


 「俺を楽しませろ竜騎士(ドラゴンライダー)


 竜騎士(ドラゴンライダー)ジャスパーが剣を握り直し間合いを詰めてくる。

 まるで玉砕覚悟の特攻。

 ヨークは冷静に間合いを測る。

 ジャスパーの剣よりヨークの斧の方が間合いが長い。

 剣の間合いに入られる前に、その身体を両断する。


 「来い!」


 ヨークは戦斧(バトルアックス)を握る腕に力を込めた。


 あと…二十歩、十五歩…

 間合いが近づく…

 あと…十歩…

 ヨークは間合いを読む。

 まだ届かない。


 「何っ?!」


 まだ戦斧(バトルアックス)片手半剣(バスタードソード)も届かない間合い。

 高い技量を持つヨークが読み違えるはずがない。

 だからジャスパーは走り、戦斧(バトルアックス)の間合いに入る手前で剣を投げつけた。


 優れた戦士であるが故に、ヨークは自分に向かって飛ぶ剣に、反射的に戦斧(バトルアックス)を振るい空中で刀身を両断する。

 空中の固定されていない金属製の剣を両断する、圧倒的な技量。

 だが、反射的に大きく振った長い柄の戦斧(バトルアックス)はヨークの豪腕を持ってしても瞬時に振り直す事は出来ない。

 その一瞬の隙にジャスパーはヨークの懐に飛び込む。

 その手には腰の後ろにさしていた短剣(ダガー)

 躱せないと判断したヨークは腹筋に力を込める。

 骨に守られていない腹部に短剣(ダガー)が迫る。


 決闘を見守る全ての者が目を見開き。

 その眼前で、ジャスパーの短剣(ダガー)は、ヨークの腹部に突き刺さった。


 決闘を見守る猪鬼(オーク)たちが咆哮のような声を上げる。

 その大声は大気と大地を震わせる。


 ヨークの腹部からは血が流れ…

 次の瞬間、ヨークの振るった左腕にジャスパーは吹き飛ばされる。


 「そんな短い得物で、俺の腹筋は貫通出来ん」


 ヨークの猪鬼(オーク)語は理解出来なくても、何が起きたのかはジャスパーにも理解出来た。


 「冗談だろ…短剣(ダガー)で刺して貫通出来ない筋肉ってなんだよ…」


 万策尽きた。

 剣は両断され、手持ちの短剣(ダガー)では大猪鬼(ハイオーク)に致命傷を与えられない。

 ジャスパーは賭けに負けた事を理解する。


 それでも…


 ジャスパーは両手を縛られ捕らわれているユーリアを見る。

 ユーリアが筋肉質すぎると自嘲する身体は、ジャスパーには運動系の部活で身体を鍛えた女子高生のように魅力的な肢体だった。


 「女の子の前で、格好つけないで、いつ格好つけるのかって話だな」


 ジャスパーは勝機を失ったと知りながら諦めず短剣(ダガー)を構える。


 その姿に猪鬼(オーク)たちは歓声を上げる。

 氏族随一の戦士であるヨーク・シャ・バラッハに血を流させた。

 そんな事が出来る戦士は猪鬼(オーク)でも一握りだけだ。

 あの竜騎士(ドラゴンライダー)は称賛に値する戦士だ。

 それが猪鬼(オーク)たちを熱狂させる。

 次は何をする?

 次はどんな策を見せてくれる?

 猪鬼(オーク)たちの眼は、二人の(おとこ)の決闘に集中する。


 だから、誰も彼女に気づかなかった。

 決闘場の柵を壊さんばかりに前のめりに、目の前の熱戦に集中する猪鬼(オーク)たちの人混みを押し退け走る彼女に…


 ========


 猪鬼(オーク)たちの歓声と熱狂。

 目の前で繰り広げられる熱戦。

 それに気をとられ、誰も気付かぬ隙に彼女は駆けた。


 彼女は猪鬼(オーク)たちを押し退け、柵を飛び越え、走る。

 二人の(おとこ)が戦う舞台に乱入したのは。


 「スリジェ!!」


 片翼は折れて用を成さず、飛ぶ術すら失った傷だらけの天馬(ペガサス)だった。

 天馬(ペガサス)スリジェは走る。

 ユーリアの元を目指して走る。


 天馬(ペガサス)とは臆病な種族だ。

 戦うより逃げる事を選ぶ種族だ。

 その天馬(ペガサス)が戦うのは1つのためだけ。

 すなわち家族を守るためだけ。

 天馬(ペガサス)スリジェは家族のために来た。

 家族であるユーリアのために来た。


 「逃げてスリジェ!!」


 ユーリアの叫び。

 片翼を失った天馬(ペガサス)が、例えユーリアの元にたどり着いたとしても何も出来るはずもない。

 ただ殺されるだけ。


 ユーリアの隣で大猪鬼(ハイオーク)バークが激怒する。

 猪鬼(オーク)にとって神聖な決闘を汚した乱入者に激怒する。


 「無粋であるっ!!」


 「止め…」


 ユーリアの制止の声は意味を成さず。

 バークは投槍(ジャベリン)を手に取り投擲する。

 大猪鬼(ハイオーク)の圧倒的筋力で投げられた投槍(ジャベリン)は狙い違わず天馬(ペガサス)の胸を貫く。


 「スリジェーッ!!」


 ユーリアの悲鳴が響く。

 天馬(ペガサス)スリジェの胸に突き刺さった投槍(ジャベリン)は致命傷だった。

 それでもスリジェは止まらない、一歩…二歩…

 それだけだった。

 たった二歩、そして倒れる天馬(ペガサス)スリジェ。


 その走りは無駄だったのか?


 それは無駄死にだったのか?


 違う!


 天馬(ペガサス)スリジェは霞む目で見た。

 己の背より跳躍した盟友(とも)の姿を見た。


 青と緑の中間、碧色の盟友(とも)は、跳躍し空中で親指を立てて見せる。

 言葉は通じない。

 それでも、その意味は解った。


 『後は任せろ!』


 家族のために命を捨て走った盟友(とも)が倒れる音がした。

 それでも碧色の(ドラゴン)ハルは振り向かない。

 この時のために、この一瞬のために命を捨てた盟友(とも)のために決して振り向かない。


 森の中、共に騎手とはぐれた(ドラゴン)天馬(ペガサス)

 家族を救うために共に駆けた(ドラゴン)天馬(ペガサス)

 天馬(ペガサス)スリジェの鞍の下にユーリアが入れていた肉を食べ体力と魔力を回復させたハルは跳躍する。


 バークは天馬(ペガサス)の背から何かが跳ぶのを見て咄嗟に鉄製の大盾(ラージシールド)を構える。

 大猪鬼(ハイオーク)の腕力を持って始めて使える硬く重い大盾(ラージシールド)

 それは生半可な攻撃で揺るぐ事は無い。


 「盟友(とも)よ!

 お前のような名馬を『竜蹄』と呼ぶのだ!

 ならばこそ!この技を手向けに捧げよう!」


 その技は、戦国の世の戦場で甲冑を身につけた相手を素手で倒すために編み出されたという。


 「霧宮流柔術奥義!!」


 その衝撃は、甲冑ではなく、その中身を破壊する。

 戦国の世より伝えられし霧宮流古武術の奥義。


 「竜蹄掌っ!!」


 ハルの両手の掌打が大盾(ラージシールド)を打つ。

 その反動で繋がったばかりのハルの右肩の筋肉、腱、神経は再び引きちぎれ、傷口は開き血を吹く。


 バークは大盾(ラージシールド)に何か当たり、その衝撃が思ったよりも弱い事を嘲笑する。

 何の策か知らないが徒労だったと嘲笑する。

 だが、次の瞬間。


 「馬鹿な!?我が腕がっ?!」


 ハルの『竜蹄掌』の衝撃は大盾(ラージシールド)を突き抜け、大猪鬼(ハイオーク)バークの左腕の骨をへし折った。


 「まだまだーっ!」


 右腕は既に使えない。

 だが倒れた盟友(とも)に為に止まるわけにはいかない。

 ハルは痛みを無視して走る。

 天馬(ペガサス)スリジェの乱入と族長バークが巨大な大盾(ラージシールド)の重さに折れた腕が耐えられず倒れた隙。

 全ての猪鬼(オーク)が混乱し止まった隙にハルはユーリアへと走る。

 そして鋭い爪の付いた脚でユーリアを縛る縄を切った。


 「走れ!!」


 ハルの言葉はユーリアにはわからない。

 だが意思は通じた。

 主を助けるために命をかけた天馬(ペガサス)(ドラゴン)の想いは通じた。


 ユーリアは走る。

 裸足で走る痛みも白い肌を晒す羞恥も命を捨てて自分を救いに来た全ての者の前に意味などあるはずがない。


 「ユーリア卿!」


 ジャスパーもユーリア目指し走る。


 「逃げるか竜騎士(ドラゴンライダー)!!」


 怒り追おうとしたヨークの前には死した天馬(ペガサス)の亡骸。

 天馬(ペガサス)スリジェの亡骸は死してなお家族を守る。

 追うヨークの道を阻み、ほんの僅かの時間を稼ぐ。


 「ジャスパー卿!」


 ついに、ユーリアはジャスパーの胸に飛び込んだ。

 

 ジャスパーはユーリアを抱き止め叫んだ!


 「ハルーっ!!」


 「任せろ兄貴ーっ!!」


 ユーリアを抱き抱え走るジャスパーの元にハルは跳ぶ。


 そして、重い大盾(ラージシールド)を押し退け立ち上がったバークの前には、天馬(ペガサス)の亡骸を飛び越えたヨークの前には、全ての猪鬼(オーク)たちの前には…


 巨大な碧色の(ドラゴン)の姿があった。


 碧色の(ドラゴン)は一声吠え空へ飛び立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 決闘への乱入は鉄板のお約束であり、そして族長が言うように無粋でもあり、なんとも悩ましいところ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ