38.不穏な霧
結構買い込んだと思ったのに足りなかっただろうか。
私の肩に乗り、口いっぱいにフルーツサンドを頬張ったラタを見ていっそウズ村のパン屋の商品を全部買い占めるべきだったかと後悔した。
「おいひぃ。」
目に涙を浮かべながら幸せそうに美味しそうにサンドウィッチを頬張る姿はスマホがこの時代にあったなら待ち受け画面にしたい可愛らしさだが、頬は大丈夫か?はちきれそうだぞ。
「ラタ、モモンガってたしか頬袋はなかったよね?」
「......それは一体誰の何を指して言ってるのよ?」
目の前の白き聖獣の頬を。いや、なんでもない。
「そ、それにしても綺麗な森だね!」
「話を逸らしたわね」
「いや、ほんとに。王都の高台から見ていた山々や森とは違って、ここの森は木の葉達が生き生きとしているように見えるような...」
今私達はウズの村を出て広大な森の横にある小道を食事を摂りながら歩いていた。ラタ曰くこの道を森沿いに進むと大人の足で小1時間かかるかかからないぐらいでコランバイン領主の館のある町ナキュラに着くらしい。そこにバラガがいるはずだとラタが言う。
「それはそうよ。だってこの森の奥にはバラガ様の住む『精霊の森』があるのよ。そして」
ラタはそこで言葉を切った。
「ラタ?」
「そして、その最奥は世界樹があった場所...」
そういうとラタは森の木々の上空を見つめ懐かしそうに、そして少し寂しげに目を細める。私も釣られて顔を上げたがそこにはただ青く広がる空しかなかった。
かつてはあの高い空に世界樹が青々と葉を広げていたのだろうか。
「『精霊の森』を守るように広がるこの森はバラガ様の祝福を受けているの。だから魔獣は寄り付けないし、森に住む動物達は安心して暮らせるのよ。
そして森の近くにある街や村もその恩恵を受けている。さっきのウズの村の小麦の生産がフロージ王国一なのもそのおかげよ」
ラタは胸を張ってどこか自慢げにそう言うと、今度は何故か眉を寄せて項垂れた。
私が抱えているサンドウィッチのカゴに伸ばした彼女の手もサンドウィッチをつかむことなく引っ込んでしまった。
「どうしたの?」
「オパール」
「ん?なぁに?」
「バラカ様はね。バラガ様は本当に優しいの」
「うん?わかってるよ。私が結界を壊しちゃって怪我しそうになったときも助けてくれたし」
「そうじゃなくて!そうじゃなくて。今のバラガ様は......ううん、なんでもないわ」
ラタ?
「ねぇ、オパール、大事なものが沢山あって全部を大事にしたいときはどうしたらいいのかしら?」
「一体どうしたの?大事なものが沢山?うーん、抱えきれないほどの沢山のものだと難しいね。全部を持ち歩くわけにもいかないし?......でも大事にしたいと思うラタの気持ちを大事にしたらいいんじゃないかな?」
なぜラタが急にそんな質問をしてきたのかはわからなかったけど、私が答えた中に彼女のほしい言葉があったのかラタは目を見開いて私を見つめてきた。
「......そうね!私は私の気持ちを大事にするわ。
ということでまずはその牛肉サンドを食べる!いただきっ!」
「あぁーーーー!!それは最後に食べようと残しておいたやつっ!ラタなんてことを!!」
「はやひもんはちー(早い者勝ちー)」
「あっ!?こら!待て!飛膜使って逃げるなんてずるいわよー!!」
急に元気になったラタがローストビーフサンドを口に加えたままヒュンヒュンと小道脇の木々の上を飛んでいく。
その後を小走りに追いかけていると先にあるY字路に小さな荷馬車と数人の男たちが見えた。
荷馬車の近くまで来るとその男たちが、なにやら森の中から運び出して荷台に積んでいるのがわかる。
「白い花?」
男たちの手元の桶のような入れ物の中を見てつい声を出してしまうと、その内の1人が私に気付き、おや?という顔をした。
「嬢ちゃん『精霊の森』への観光客か?悪いが『精霊の森』には今は誰も近づけねぇぜ。帰った方がいい」
「ううん。森じゃなくてナキュラの町に行きたいの」
『精霊の森』に近づけない?
今は森じゃなくてナキュラが目的地だけど、バラガと合流できれば『精霊の森』を目指すはずだった。なのに誰も近づけないとはどういうことなのだろう?
私が怪訝な顔をしているのがわかったのか、男は足を止めて説明してくれた。
「数年前まではこの森の入り口から森深くにある『精霊の森』までは行けたんだよ。『精霊の森』に入ると奥までは辿り着けずにすぐに弾きだされてしまうけどな。
でもな、ここ数年はそれすりゃできなくなった。『精霊の森』を囲っている湖に黒いモヤがかかって森の姿すら見ることはできやしねぇ。
オレたちはさっきまで、その湖の手前に咲くこの花を摘みに行ってたんだが、今日もすげぇ黒い霧のようなものが覆っていて『精霊の森』は見えなかったぜ」
「だから言ってんだろ。森の精霊様が怒ってんだよ!あの領主野郎が来てからロクなことがないから」
荷馬車に花の入った桶を積みながらこちらを見ていた男が吐き捨てるように言う。
森の精霊様が怒る?バラガは特に怒ってなどいなかったけど一体どう言うこと??
『精霊の森』に何か異変が起こっているのだろうか。
(『精霊の森』の黒い霧か...。後でラタに聞いてみよう)
ちらりと木の上のラタを見ると彼女の周りに木の葉が不自然に舞っている。おそらく、人間の男達から自分の姿を隠すために誤魔化しの術を使ったのだろう。
「おい!!とんでもねぇことを言うな!今日は領主様が帰ってくるらしいじゃねぇか。誰かに聞かれたらどうする!
ほら、荷台に全部積めたら出発すんぞ!枯れた花なんてアクア様には似合わねぇ。早く持っていってやらねぇと!」
最初に話しかけてきた男に言い様を咎められて、悪態をついたもう1人の男は少し不満げに口を閉じた。
「嬢ちゃん一緒に行くか?オレたちもナキュラの町に戻るところなんだ。この辺りは森の精霊様の加護のおかげで魔獣はでねぇが盗賊やらは出るしな。1人じゃ不安だろ。
あいにく荷台は花でいっぱいで乗せれないが、町の入り口まで案内するぜ」
向こうから見たら頼りない少女が1人で野道を歩くなんて危ないとしか思えないのだろう。実際は見た目少女で中身はその辺のおばあちゃん達より年上なんだけどね。
「ありがとう。じゃあ、一緒に行かせてもらおうかな」
同じ道なのに、ここで断るのも不自然だ。
私は男たちと共に再びナキュラの町へと歩き出したのだった。
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◇初めての短編小説『いばらの中のお姫様』を書いてみました。もしお時間があれば読んでみてください。