37.神の供物
[水と光。カラエス様とオパール様の初めての共同作業ですね]
髪の長いナイアスがにっこり笑った。いつのまに戻ってきたのか他のナイアス達も彼女の後ろでパチパチと拍手をしている。
......結婚式場のスタッフのような言い回しに思わず瓶を落っことしそうになったぞ。
「そ、その言い方は語弊がありそうだからヤメテね。さぁ、ラタ飲んで」
ラタを抱き起こすと口元に魔力回復薬の瓶の口をあてがう。
ん?こくりと無意識に一口飲んだラタの様子がなんだかおかしい?
「!!!?????」
真っ青になり飛膜をバタバタさせピタリと止まる。
そんなに苦いの?この回復薬。
生きてる?大丈夫?と声をかけかけた時、ラタがむくりと起き上がった。
「...死ぬかと思ったわ...」
「あ、あははは...、ま、まぁ、治ってよかった!!」
「あ!!!」
「あ?」
ラタは自分の足元の青い鱗を見ると、ゆっくりと周りを見渡した。
川を泳いでいるリヴァイアサンの鼻先までかけて行ったラタは、リヴァイアサンの顔に向き直り、
「食用!!あんた!生きてたのね!?」
水色の巨竜にとんでもないことを言うではないか。
「ラタ、ちょっと、食用って何!!?」
滝の上の流れとは打って変わって緩やかに流れる川を悠然と泳いでいた巨竜がピクリと身体を震わし泳ぐのを止める。
「ちょっ、ラタ!よりにもよって食用なんて失礼なこと言うから、リヴァイアサンが怒ったじゃないの...」
どうすんのよおぉ...?と巨竜の首元から恐る恐るリヴァイアサンの顔を覗く。
「へ?号泣?」
そう、水色の美しき巨竜は泣いていたのだ。
深い青の瞳から大粒の涙が溢れまくっている。
アオォォォンと小さく吠えた声をナイアス達が通訳をしてくれた。
[こわかった、と。神様に食べられるから、隠れたの、と言っています]
「あんたは昔、神様達にラグナログの勝者への供物にされたのよね」
「えぇぇぇぇーーーっ!!?」
神様達なんてことを!!
この宝石みたいな美しい水色の鱗に銀の立て髪を持つ尊き存在を食用だと!?
「ゆ、許せない...。私のリヴァイアちゃんに!」
「『おまえの』じゃねぇだろ」
横からカラエスが冷静にツッコんでくる。
「深海の岩穴にいたからオレが召喚獣として契約してやったんだよ」
怠そうに前髪をかき上げて答えるカラエスにラタが鋭い目つきに変わる。
「水の精霊王.....っ!」
「ラタ、気持ちはわかるけど、さっきラタの魔力回復をした薬を作るのをカラエスは手伝ってくれたんだよ。」
滝壺から落ちた時もリヴァイアサンを召喚して助けてくれたけど、あれはナイアス達に小舟から手を離させたのもカラエスだから微妙だわ。
私が説明するとラタは複雑な顔で視線をそらした。
「それでも......バラガ様を傷つけたことは絶対許さないんだからね」
カラエスは眉を上げる。
「忠実なる森の従僕ってことか。今のアイツにそんなに尽くす価値があるのか?」
「............。」
バチバチッとカラエスとラタの視線がぶつかる。
なんだか険悪な雰囲気になりそうなところで、ナイアス達が文字を書いた水の板を掲げた。
[オパール様!もうすぐコランバイン男爵領のウズ村の近くです]
[ここからはリヴァイアサンは大きくて目立つので共に行くことはできません]
その言葉に前方を見ると、大きな水車小屋が見えた。そして水車小屋の周りには青々とした春撒きの小麦らしき草が広がっている。
ふむ、人間の暮らす領域に入るのね。ここから先は陸に上がって歩きかな。
リヴァイアサンはゆっくりと川岸へと近づき、鼻先をタラップのようにして私とラタを丁寧におろしてくれた。
ここで、カラエスやナイアス達ともお別れだ。
「おい。光の精霊王」
リヴァイアサンの頭上からカラエスが腕を組みながら私達を見下ろした。
「おまえの光の船が崩壊したのは、おまえの魔力量がいまだ足りないからだ。
大きな魔法を使いたい時はオレを呼べ。
これから先何があったとしても1人でなんとかしようとするな。
オレが手伝ってやる。ありがたく思えよ」
なんとも上から目線な言い方だが、彼なりの優しさなんだろう。「ありがとう」と私が言うとニヤリと満足気に笑い、次の瞬間には彼の姿は細かな水滴となり飛び散るように消え失せた。
残されたナイアス達はカーテシーのような優雅な礼を私達にすると水の中にポチャンポチャンと飛び込んで行く。
最後にリヴァイアサンが大きな口の中から舌を出し、私の頬とラタの頭を舐めた。
ラタを見つめるリヴァイアサンの深海のような色の大きな瞳は懐かしさと嬉しさが滲んでいる。
ガアアア......!と一鳴きすると水色の巨竜はゆっくりと川底へと潜っていった。
「食用......」
ラタがリヴァイアサンの消えていった水面を見つめてポツリと呟く。
繰り返し終焉を迎えている世界の中で、そのままの姿で生きていた知り合いに再会できたことは本当に嬉しかったのだろう。ラタは何かを考えてるかのようにじっと川を凝視していた。
会えて良かったねとなんだか私まで感動し胸が熱くなったその時、
「......美味しいのかしら?」
急に私を振り返りラタが聞いてきた。
おい、そっちかい!!
「ラタってば、せっかく会えた知り合いを食べようとしないでよ」
「だってお腹が空いてるんだもの」
ぷくぅと膨れたラタの頬が可愛らしい。
眼福。眼福。
「よしっ!早くウズの村に行って何かランチを食べよう!」
ーーこの時、駆け出す私とラタは私の髪から青い花びらが舞ったことに気づかなかった。
不思議に落ちずにずっと横髪に刺さっていた白銀の騎士がくれた青い薔薇。その花びらが一枚宙に舞うと、銀の光を撒き散らしながら青い蝶へと変わる。
青い蝶はひらひらと舞うように飛ぶと快晴の青い空へと消えていった。