3.誓いと衝動
「光の大精霊様」
(あ...)
クリストファー王子の言葉で私は我に返った。
彼は夜着の上に羽織った外套をギュッと握りしめて、見えていない大精霊に向かって話しかける。
「...父が毒をもられました。父にもしものことがあればこの国は隣国に攻め入れられてしまうかもしれません。だから私は薬草を探しにきました。無礼を承知でお願い致します。貴方の聖域を荒らすことをお許しください」
そう言うとクリストファー王子は、私の周りの花達を焦ったように確認していく。
ガサガサと音を立て薬草を探す王子の表情は悲壮だった。先程の幼いながらもはっきりした物言いは王族の教育の素晴らしさを表していたが、今目の前で草をかき分ける彼はこれから迎えるかもしれない親族の死にただただ怯える子供そのものに見えた。
(あの子のお父さんってことはこの国の王様ってこと?)
私はこの国には思い入れは特にない。
ずっと発展していく様子を見てきたが、知り合いがいるわけでもない。
この国がどうなろうと、自分には遠くの国の話のような気がする。
(でも)
親しい人がいなくなるのはこの少年にとってどれほど辛いことだろう。
もし彼の父親が亡くなったら彼は私のように心にぽっかりと穴があいてしまうのではないだろうか。
(ダメだ。それはイヤだ。)
「やっぱり、ないか...ここならば見つかるかもと思っていたけど...だけど、花が咲く夏まで父上がもつはずがない......っ」
クリストファー王子は目を真っ赤にして両拳で地面を殴った。
ふむ。その薬草とやらは夏の花なのね。
だったら...
すっと右手をかざし、夏の太陽の光を想像する。
『でてきなさい。夏の可愛い子供たち。起きてその綺麗な花を私に見せて。』
すると、王子の周囲の土がワサワサと盛り上がり芽がふきだした。
「なっ!?なんだ!?」
王子の頭上には大きな光の円盤が現れる。
「え、あ、熱っ...て、これは!!」
ポンポンポンッと咲きだした色とりどりの花に王子が驚愕の声をあげた。
とりあえずどんな花かわからないし、王子に聞いたところで私の声も聞こえてないみたいだから地面に埋まっている夏の花の種を全部咲かせちゃったよ。
春の花と夏の花でギュウギュウに詰まった野原を見渡したクリストファー王子が一つの小さな青い花を見つけて、はっと目を見開く。
恐る恐るその花を根本から掘り起こした王子は、ゆっくりと私を、いや、私のいる場所をふりかえると泣きそうな顔をした。
「本当に、本当にいらしたのですね。...ありがとうございます。光の大精霊様、あっ、ありがとう...ございますっ」
「とんでもない。私は大精霊様ではないけど、お役に立てたみたいでよかったわ。って言っても私の声は聞こえないか」
(さぁ、早くその薬草を持って帰ってあげて。)
そこで、私は気がついた。彼にはいま護衛の1人もいないことを。
夜着の上に外套だけ羽織っているということは彼は周りのものに知らせずに城を抜け出してきたのではないだろうか。
(子供が暗い夜道を1人で帰るなんて危ないわよね)
そう思った途端、左手の中のオパールの石からキラキラと光があふれだした。
光は私の目の前をまっすぐにすすみ、城下町のほうに伸びると輝く道を作り出す。
この道はきっとあの白亜の城まで続いているのだろう。幻想的な光景に王子は感嘆のため息をついている。ちなみに道を作った本人も私ってすごい!とため息をついている。
「お父さん治るといいね」
聞こえない声でサヨナラの挨拶をしようとする私の目の前で、我に返った王子が見えないはずの私を振り返った。
「礼を言います。光の大精霊様。
私はこの剣に誓って、私の一生を捧げ、貴方の守護してくださるこの国が永遠に平和であるように努めます。」
そう言うと彼は跪き、腰に携えていた剣を鞘ごとはずし、両手で水平に額の辺りまで持ち上げた。
「この剣に誓って」
きっとこの剣は彼の大事なものなのだろう。鞘は美しい意匠はあるが、柄は使い古したかのように何度も握った跡があった。
「この剣を抜くときは、貴方の守護するこの国を守るためだけ、崇高なる貴方を守るときだけと誓いましょう。」
彼は立ち上がり一礼すると、光の道を駆け出した。
◇◇◇◇◇
『キャハハハハ』
『こっちだよー』
『オパールさまー、はなの蜜がとれたー』
目の前を小さな人型の何かが飛び回りだしたのは、クリストファー王子と出会った次の日からだった。
彼、彼女たちは、自分たちはフラワーフェアリー(花の妖精)なのだと言う。
背中に蝶の羽やトンボの羽をもつその子たちは私の掌にのれるほどの大きさで、すんごく可愛い。
フラワーフェアリーたちは結界の中には入れないけど、外側から花や虫の話を沢山してくれる。
城下町のような人の多いところに彼らは寄り付かないから、あれからクリストファー王子のお父さんが助かったかどうかは聞いてもわからなかった。
でも、毎年王子と出会った季節がめぐってくると、お城の国旗の横に青い花と王冠のモチーフの旗が掲げられるようになったから、無事に助かったのかもしれないと私は思っている。
「えいっ」
ポンッ
「こっちも」
ザーーッ
『お花さいたー!』
『オパールさま、すごーい!まほーで水はこんでるー』
あれから私は王子が探していた薬草の花を国中に咲かせようと結界周りで栽培してはフラワーフェアリー達に国中の野原に植えつけに行ってもらっている。
ちなみに夏の花だったこの薬草は、私が無理矢理春に咲かせたせいで冬以外は咲くような花期の長い品種になってしまったが、ほぼ年中採れるので薬草摘みの薬師たちが喜んでいたとフラワーフェアリー達が教えてくれた。
「今日はなんだか城下町が騒がしそうだね。」
いつものように花を育ててつつ、フラワーフェアリーたちと会話を楽しんでいると、なんだか城下町が明るい彩色に飾り付けられている。
普段人のいない城下の畑と野原の境あたりまで人が来ていて、白い馬や貴族のような服装の人、ローブを着た人たち等がなにやら儀式のようなことをしているのも見えた。
ふふっ、あの中に大人になったクリストファー王子もいたりしてね。
『きょうはおいわいなんだってー』
『しんかんさんが、かだんの水やりのときいってたよー』
『おはなたくさんかざってたよ』
「へー、何のお祝いなのかなぁ。楽しそう」
『オパールさまもいってみたらー?』
『ねー』
『でておいでよー』
「え、無理だよー。」
はっ、ついこの子たちにつられて間延びした話し方になっちゃってるよ!
花の栽培で力を使えば使うほど、体が自由になり今では立ち上がって結界内を歩くこともできた。
でもどうやっても結界の外には出れないのだ。
そっと光の壁に触れてみる。
壁はほのかに暖かく、触れると不思議に心が落ち着く。決して悪意から私をとじこめているのではないというかのようにキラキラと輝いた。
『ひかるかべこわしちゃえー』
蝶の羽をもつフラワーフェアリーが言った。
『そうだよーそうだよー』
『さんせーい』
『かべいらなーい』
周りの子たちも出てきて出てきてと次次に誘ってくる。
(壊す、かぁ)
実は今まで何度も試みたんだ。
花を咲かす力のように念じれば壊せるんじゃないかって思って。
でも思ったよりこの薄い結界は頑丈にできているらしく、ヒビひとつ入れることはできなかったのだ。
『えいしょしてみたらー?』
「えいしょ?って、呪文の詠唱のこと?」
うんうんとトンボの羽の子が頷いた。
『おっきなちからがでるんだってー』
『ねー、すっごいよねー』
「詠唱かぁ、でもどんな呪文を?」
うーん。そう言えば、アイツが貸してくれたゲームでも攻撃呪文や回復呪文を使うとき声優さんが吹き込んだセリフが流れていたな。
『オパールさまのちからのうつわにきいたらいいよー』
「ちからの器?...っ」
そう言った瞬間、頭に見たこともない文字が浮かんできた。読んだこともないはずの文字なのに何故か何て書いてあるかわかった。
『我の光、我の力、欲するならば砕け散れ。
ただ塵となりその煌めきを天に示せ!!』
私の詠唱に応えて左手のオパールの石が強く光りだす。結界内に強風が舞い、私の白金の髪が舞う。
(ここから出たい。でも出てどこに行けばいい?
私に帰る場所があるの?)
そう思った瞬間。
(え...!?)
石の光が乱れだした。強風に目が開けれなくなる。
「ばかっ、詠唱時に迷いを見せるな!」
急に知らない声が聞こえた。
詠唱を止めれない!!
『ディストラクティブ・レイッ...』
閃光が走る。
光の壁に無数の光の筋が突き刺さる。
パキン!
結界は割れ、私の目の前で飛散し、
『オパールさまあぶないーー』
割れて尖ったガラスのように私の頭上に降り注いできた。