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アストラル・レコード  作者: 藍沢義也
9/21

砂漠

こうして一ヶ月が過ぎたが、僕の幽体コントロールはなかなか上達しなかった。


「まだ一ヶ月でしょ」とユキは呆れたように言った。「何年もかけてやっと離脱できるようになる人がほとんどなのよ」


ユキの言う通りなんだと思う。焦るような事ではない。


それに、本音を言えば今や離脱していようがいまいが、ただユキに会えるというその事が僕にとって一番重要なのだ。


僕の作った自ビールも半分を切ったので、新しく仕込みを始めた。

出来上がりには3週間かかるから、切らさないように前もって作っておかなくてはならない。


僕自身はテレポートはまだ出来なかったが、ユキがいれば僕たちはどこにでも行けた。


こんな感じだ。

「目を閉じて」とユキが言う。

実際に目があるわけではないので、感覚としては視覚を遮断するという感じ。


「私を感じて」


ユキを感じる。


初めはまるで分からなかったけれど、段々と光のようなエネルギーを捉えることができた。


漠然としていたその光は、意識を集中させていくと濃密な手応えのあるものへと感じられるようになった。


ユキが動けばそれが分かるようになった。

今右に行ったとか左に行ったとか、後ろに回り込んだとか。

暗闇でも人の気配を感じ取る武術の達人みたいだ。


「いいわ。じゃあ、これから繋げるわよ」


繋げる……?


「左手に意識を集中して」


言われた通りにする。


ユキが何しているのか見えないが、左手の回りがもやもやしてきた。

それから、微かな熱を感じる。


その熱は少しずつ強くなり、やがてはっきりとした温かさを感じだ。

膝に乗せた猫の背を撫でている時のような確かなぬくもり。


気持ちよくてうっとりする。


「静かに目を開けてみて」


ゆっくりと瞼を開き、視覚を回復させる。……と。


「うわっ」

驚いて声を上げる。


「あ、ダメよ」とユキが慌てて言うが間に合わず、繋がっていた僕らの手が離れた。


「だめよ、意識を散らしたら」


「ああ、ごめん。……今、手を繋いでいたよね?」


「繋げるって言ったじゃない」


「そんなこと出来るんだ……」


というわけでやり直し。


ユキに手を繋がれた場面を見ただけでこれだけ狼狽えてしまうとは。


今度は、意識を平静に保ったまま目を開けた。


まじまじと二人の手を見る。


繋がっている。

一見ユキの右手と僕の左手が握りあっているようにも見えるが、実際には手全体がすり抜けながらゆるく固まっている感じだ。


「じゃあ、もう一度目を閉じて」


「今度は何?」


「いいから。絶対に私から意識を離さないで。いい?」


「分かった」


ユキと手を繋いだまま、また視覚を切って彼女の光を感じる。

そして、しっかりと捉える。


「行くわよ」とユキが言った途端、ぐっと体がユキに引っ張られるような感覚がして、全身を何かが通り抜けた。


一瞬の事だった。


「もういいわ」


左手からすっと熱が消えた。

ユキが手を離したのだと分かった。


改めて目を開けた僕は、辺りの景色に茫然とした。


「今のが……」


「そう、テレポートよ」


全く、驚くことだらけだ。

もし幽体でなかったら、僕の心臓はこれまでに何度止まっているだろうか。


360度、そこは砂の世界。


この世の果てまで伸びているのではないかと思われるほど広大な砂丘の波。


「サハラ砂漠よ」


まるで、自分の庭みたいにユキが言う。


うん、と僕はうなずいた。うまく言葉が出なかった。


僕らは一瞬にして空間を飛び越えたのだ。


世界最大の砂漠。

知識としては知っていたし、写真なんかはみたことがあるけど、実際にその場に立つと、その美しさと大きさに圧倒される。


僕の存在なんて、あっという間に埋もれてしまいそうだ。


「アメリカ全土と同じくらい広いそうよ」


「そうなんだ……。砂漠がこんなに綺麗だなんて知らなかったよ」


太陽が真上にあった。


日の光の中でユキといるのは初めてだ。


「飛行散歩といきますか」とガイドが言った。


「行こう!」


夢みたいだった。


砂漠を飛んでいると、まるでアラビアンナイトだ。まぁ、アラブではないけれど。


「日本を出たの初めてだよ」と僕は言った。


「そうなの?じゃあ、これが海外デビューってわけね」


「うん。最高だよ、ありがとう」


ユキも嬉しそうに見えた。


サハラ砂漠を吹き抜ける風のように、僕らは縦横無尽に飛び回り、下降しては砂に突っ込んだりした。


自然は不思議だ。

自分が大人であることも、時間も忘れてしまう。


月明かりのユキも妖しくて素敵だけど、お日様の下はまた格別だ。


眩しくて目を細めてしまう。


写真も動画も撮れないけれど、僕はずっとこの光景を焼き付けておこうと思った。


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