花火
夜の海は綺麗だった。
けれど、綺麗なものが自然のものだけだとは限らない。
翌日現れたユキが言った。
「花火を見に行きましょう」
思えば、彼女の方から誘ってくれたのは初めてだ。
「花火か、いいね。行こう」
更に言えば、人がいるところに出るのも初めてである。
僕らは、電車なら二時間ほどかかる地方都市の花火大会に出かけた。
ジェット飛行も、もちろんテレポーテーションも使わずにのんびりと空を飛ぶ。
この時間が僕は好きだ。
ゆっくりと飛ぶ分にはおしゃべりをする余裕もある。
それくらいコントロールは上達していた。
ユキは自分のプライベートな事は何も教えてくれなかったけれど、それでも僕らは色んな話をした。
そのほとんどが僕らの生活には直接関係のない、他愛のない話だったけれど、僕は楽しかった。
結局のところ、話題なんてなんだっていいのだ。
彼女の唇からこぼれる言葉達は、音楽のように心地よかった。
たとえ、それがどくぜつであっても。
花火が見えてきた。
ずいぶん遠くから見えるものなんだな、と思った。
花火大会にはびっくりするくらい大勢の観客が集まっていた。人の海だ。
ついテンションが高くなってしまい、
「見たまえ、まるで人がゴミのようだ」とくだらないギャグを飛ばすと、ユキは汚物でも見るように僕を見た。
「なに、それ」
「え…?知らない?ラピュタのムスカだけど」
「知らない」
「嘘だろ……」
ジブリアニメを知らない人なんているのか?
一体ユキはどんな生活を送っているのだろう。
もしかしたら、すごいお嬢様だったりして。
しもじものテレビなんて観ませんわ、みたいな。
それはともかく、幽体離脱は本当に便利だ。
電車も車も使うことなく、人混みで窮屈な思いをしたり、場所取りをする必要もない。
屋台は楽しめないけど。
花火大会も佳境を迎えつつあるようで、次々と、惜しげもなく夜空の大輪がうち上がり、拍手と歓声が上がっている。
間近で見る花火はダイナミックだ。
「もっと近くに行きましょうよ」とユキが言った。
「もちろん」
僕らは人の頭の波を飛び越えて、それこそ火花がかかるくらいの距離で花火を観賞した。
ドーンという音が鳴ると、直接音が聞こえるわけではないのだけれど、その衝撃波と言うか、音の波みたいなものが体にぶつかってきた。
もちろん、直接音が聞こえていたら鼓膜が壊れてしまうくらいの距離だ。
もう、圧巻だった。
目の前で夜空に広がっていく色とりどりの閃光達。
「すごいね」と僕が言うと、
「すごいね」と彼女が言った。
これは本当に僕の人生なんだろうか、と思うほど幸せな気分になった。
ちょっと大袈裟だけど、これが人生の最後の日でも構わない、と思えるような。
「そうだ」
僕は思い付いた事があって、ぐんっと上昇した。「こっち来て」
「なに?」
「上から花火を観るんだ」
この試みは大成功だった。
花火よりもさらに高く昇って、花火を足元に見る。
花火は球体なのだから、どの角度から観たって同じに見えるはずだ。
そのはずなのだけれど、これまでの価値観が根こそぎ爆風と共に吹き飛んでしまうような美しい光景だった。
「これはさすがに初めてだわ……」
ユキは、まるで花火を抱き抱えるように両手を広げた。
「アイコの歌にあるでしょ。"夏の星座にぶら下がって、上から花火を見下ろして"」
「知らない」
「あ、やっぱり」
別に、僕が音痴なせいではないだろう。
「私も思い付いたわ」とユキが言った。
そして、ひゅんと急降下した。
何をする気かと見ていたら、なんと、打ち上がった火薬玉と一緒に飛び上がった。
まるで、抱え込むように。
「え…、ちょっと」
そして火薬が炸裂する。
「ユキ!」
僕はおもわず叫んだ。
閃光で一瞬目がくらむ。
ユキの姿を見失った。
次に見たのは、大きく広がる花の火の中心で、大の字になって「きゃー」って笑っているユキだった。
驚いた。
肉体でないのは分かっているけど、突然の事になるとやはり焦る。
ユキは僕のところまで戻ってくると、
「今度は中心から花火を見たわ!最高!」と、絶叫系の乗り物を嬉々として楽しむ女子みたいな顔をしていた。
さすがに輪の中心から花火を観賞したのは、彼女が人類で初だろうと思う。
よくぞそんな事を思いついたもんだ。
一緒にやろうと言われたが、やはり恐い。
自分が吹き飛んでバラバラになってしまいそうな気がしてしまう。
僕が尻込みすると、いくじなしの弟を見下す姉のような顔をしていたが、それ以上は強要してこなかったのでホッとした。
「それはそうと」とユキが言った。「さっき私の事呼び捨てにしなかった?」
じろり、と僕を睨んでいる。地獄耳だ。
「ごめん、慌ててつい……」
いつも心の中で呼んでいたので、ぽろりと出てしまったのだ。
「師匠を呼び捨てしていいと思ってるの?」
「申し訳ない」
神妙に頭を下げると、
「ま、いいわ」とユキが肩をすくめた。「言っちゃったものは取り消せないし、特別に許可しましょう」
「いいの?」
「ただし、私もあなたの事呼び捨てにするわよ」
やった、と僕は思った。が、
「ところで、あなた名前なんだっけ?」
多分、その時僕は相当悲壮な顔をしたんだと思う。
ユキはばつの悪そうな顔をして、
「冗談よ」と気の毒そうに言った。




