表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アストラル・レコード  作者: 藍沢義也
PR
6/21

競争

昼間の僕は、基本的にぼーっとしていた。


体の方は問題ない。どれだけ幽体夜遊びしていても、肉体はしっかり休息がとれているので、むしろ快調なくらいだ。


問題なのは……自分でもよく分かっている。

お医者様でも草津の湯でも、っていう例のやつ。

恋の病とはよく言ったものだ。

まさに、熱病のようである。


幽体の状態ではそれなりにユキと話せるのだけれど、肉体に戻って思い直すと心拍が上がる。

心臓があるからドキドキが増加するのだろうか?


思えば、彼女には三回しか会っていない。


なのに、このダメージときたらどうだ。

気が付けばユキの姿を思い浮かべ、彼女の言葉を思い返し、僕の思考と記憶は今や、完全に彼女の占領下にある。


いとおしいという気持ちがある。


同時に、僕には手が届くはずもないという切なさもある。


そして、ただユキの事を知りたいという好奇心。


恋はするものではなく落ちるもの。

何かのセリフでそんなのがあった。


やれやれと思う。

ずいぶんと巨大な穴に落ちてしまったものだ。


相手が悪かった。






今日は来てくれるだろうか?


これだけ通信が発達した時代にいながら、僕には彼女と連絡を取る手段が何一つない。


彼女のきまぐれに、ただ淡い期待を寄せるしかないのだ。


今日もいつものように体を抜け出すと、マンションの屋上に上がった。


屋上には鍵がかかっているので、誰も来ない。


僕の夜空を見上げていた。


さて、一体どのくらいまで高く飛んでいけるのだろう?

気圧の影響は受けるのだろうか?

大気圏を抜けられるのか?

宇宙空間に出たらどうなるんだろう?

空気がなくても大丈夫だろうとは思うけど。


真上を見ながら、とりとめもなく宇宙に思いを馳せ、ふと視線を戻すとすぐ目の前にユキの顔があった。


「うわぁ!」


気功でも喰らったみたいに僕が飛び退くと、ユキはまたケラケラと笑っていた。


どうにも彼女には人を驚かせて楽しむという悪癖があるようだ。


黙っていれば、すごく清楚に見える顔をしているのに。


「まだ注意力が散漫なようね」


「すいません、師匠」


なぜ僕が謝るのか分からなかったが、彼女が来てくれて嬉しかった。


もし贅沢を言うなら、あの美しく夜空を飛んでくる姿をじっくり眺めたかったけれど。


「今日のフライトプランは?」とユキが尋ねた。


待ってましたとばかりに、


「海です。機長」と僕は答えた。


ほー、と彼女が腕を組んだ。


「そこまで上達したのかしら?海までは結構距離があるわよ?」


僕はにやりと不敵な笑みを浮かべた。

「競争する?」


やれやれ、と彼女は首を小さく振った。

「身の程を知らないわね」


昨日の自主トレで、僕は結構自信を付けていた。

自分でも驚くくらいのスピードが出せるようになっていた。

自信なんていうものを、わずかでも持ち合わせていた事にも驚くが。


「ここから2時の方向にまっすぐ。海岸線を越えた方が勝ち」と僕は言った。


車なら4時間かかる。


「いいわ。じゃあ10秒ハンデあげる。お先にどうぞ」


「後で言い訳は無しだからね」


僕は心を落ち着け、向かうべき方向に視線を向ける。

それから意識を遠くに。


そして一気に飛び出した。


ジェット戦闘機みたいに家族していく。

夜空を切り裂くように。


速度を測るわけにはいかないけど、これは音速を超えているのではないかと思う。


景色が一瞬で後方へ流れていく。


さすがにユキだってこれには追い付けないと思う。


意識を先へ先へ。その意識を追いかける。


ユキは追い付いて来ているだろうか?


振り向いて確認したいけれど、そこまでは器用に意識をコントロールは出来ない。


とにかく全力で飛ぶ。


5分ほどで海が見えてきた。


我ながら驚異的なスピードだ。


「勝ったぞ!」


数秒で海岸線に到着。

と思いきや、あわやゴール寸前の所で突然数メートル先にユキが現れた。


「なんで!?」


僕はコントロールを失い、減速が間に合わず、ユキに突っ込む。

と思ったらするりとすり抜けて海に墜落した。


ぐったりしてユキのもとに戻ると、彼女は人の神経を逆撫でするような喜びのダンスを踊っていた。


「私の勝ちね。何か賭けておくんだった」


僕はため息をついて、

「なんだったの、今のは?」


「テレポート」

事も無げに言う。


「ずりぃ…。でもずるいけどすごいな。そんな事できるんだ」


「高等テクニックよ」

ユキは得意気だ。


それから僕らは、波打ち際に腰をおろした。


紺碧の空。


その空にイヤリングのように引っ掛かっている三日月が、その光を蒼黒い海に投げている。


「絵画みたいだ」と僕が言ったら、ユキはただ静かに微笑んだ。

そんな顔もするんだ、と思う。


彼女は色んな笑い方をする。

今のはさしずめ女神の微笑というところか。


波が返す返すやってきては、僕らの体をすり抜けていく。


水そのものは感じないけれど、何かにやさしく撫でられているような感触がある。


「面白かったね」とユキが言った。


「まあね」


「すごく速かった。ものすごい進歩ね」


「ありがとう」


ユキに褒められると嬉しい。なんだかくすぐったいような気もするけど。


「これは冗談抜きにして本当にすごいわよ。まだ1週間かそこらでしょ?普通は離脱だけだって初めはそんなに安定して出来ないのよ」


「ああ、それは……」

僕はこれまでの経緯をユキに説明した。


「ビールで離脱してるの!?」

さすがのユキもこれには驚いていた。「ビール飲んだら離脱できるなんて聞いたことないわ」


「昔、いくらを食べると透明人間になる漫画があったけど」


「それは知らない」


「そう」


「でも才能あるわよ。離脱後の成長はあなたの実力でしょ?」


「うん。なんか面白くて夢中になったよ」


「それでいいのよ。ほんと言うとね……」

ユキが言った恥ずかしそうな顔をした。「今日、最初は瞬間移動使うつもりじゃなかったのよ。だけど予想以上に速くなっていて……あ、これはまずいかもって」


僕はじっと彼女の顔を見た。


「それ、本当?」


ユキはカクカクと頷いた。


多分嘘だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ