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秘密



 エメラルドリゾート北西部の山脈で、小規模な地震が頻繁におこって、付近の鉱山では作業に支障が出ている。

 また一つ気がかりなことがなくなったところで、僕は再び精力的に依頼をこなすことにした。

 黒龍を倒す。

 その思いが、伝説の剣を手にしたときからシュナやローバントの分まで乗り移ったかのように、僕の中で膨れあがっている。

 とりあえず、休業状態の鉱山の中へと入ってみた。地震と言うからには、原因は地下にあるに違いないのだ。

 坑道を奥へと進む。

 「なんだろう? 変に胸が騒ぐ・・・」

 奥へと進むにつれ、胸のあたりが妙にもやもやとしてくる。

 高揚感、それに陶酔感、戦いを前にしてのそれとは微妙に違う何かを感じるのだ。

 坑道内には地震による影響なのか、それとも地震の原因そのもののせいなのか、『地』属性の魔物が無数に徘徊している。

 魔物にはたいてい、その住む場所や環境によって属性がある。

 主だったところで言えば、エルフの隠れ里に危機をもたらしたキャタピラーなどは『水』属性だし、翼龍などは『風』属性、ドラゴンの多くは『火』属性、ガーゴイルは『地』属性、ゴブリンなどは『闇』属性、となる。

 もちろん、精霊というわけではないこれらの魔物は、いくつもの属性を兼ねているから、属性を気にかけるほどの影響はあまりない。

 キャタピラーの時には逆属性の火を使うことで楽に戦ったが、その程度のものだ。

 が、今回は異常に『地』属性に偏りすぎている気がする。

 もちろん、今の僕にはどれも雑魚でしかなかったから、多くの疑問を抱えつつもサクサクと奥へ進んでいく。

 そして、坑道の最下層、突き当たりにまできたとき、疑問が一気に解けた。

 「・・・わかってみると単純だったな」

 掠れた声が僕の口から漏れていた。

 坑道の奥の壁が崩れ、その向こうにあった別の空間とつながっている。そして、その空間の中心には巨大な半透明の獣がいて、足を踏みならしたり、飛び上がったりと暴れていたのだ。

 巨大な犀のような姿だ。ただその獣皮はごつごつとした岩石で、黒曜石でできたようなトゲが背中と額、それに尻尾に何本も突き出ている。

 「ベヒモス・・・大地の上位精霊がなんだってこんな所にいるんだ?」 問いかけてみたところで返事のあろうはずはない。が、もしかすると問いかけたこと事態がおかしいのかも知れない。いるのが当たり前で、単に誰も気付かないだけだったのかも。

 おそらく、この姿は僕にしか見えていないのだ。

 半透明に見えていると言うことは、ベヒモスはこの物質世界に実体化していない状態。つまり、精霊界に存在している。ここは山の中で地の精霊力が強く影響しているから、精霊界との接点の一つになっているとしても不思議はない。

 物質世界であるこの世界と、精神世界である精霊界とが重なり合って存在している。この場所に坑道がつながったことで空間のバランスが崩れた。そのためにベヒモスが暴走している。

 そう考えれば、この状況も説明が付く。

 だから『地』属性の魔物がやたら湧き出していたのだ。

 そして、僕の胸の奇妙な感覚は、僕の中にある精霊獣の卵が『地』の精霊力に感応しいたせいだったのだ。

 状況は理解できた。が、問題はどう解決するべきか、だ。

 崩れた空間バランスを直すなんて芸当は神様でもなきゃ出来やしない。村の魔術師たちなら結界を張って閉じ込めるだろうし、精霊使いなら精霊界への扉を開いてベヒモスを押し帰すだろうけど、僕にそんな力はない。

 「どうしたものかな・・・」

 倒してしまうとか、リッチィのときみたいに卵に吸収させるって手も考えられなくはない。が、少しばかり無謀すぎる。

 なにより、僕の中の精霊力は水が主だ、属性から言って地属性のベヒモスには分が悪すぎる。

 「どうしたものかな・・・」

 もう一度呟いてみるが、これは呪文と言うわけではないから、何度呟いてもいい考えが沸くはずもない。

 が、考えているだけでは埒が明かないし、あまり時間はなさそうだった。度重なる地震で地盤が緩んだのだろう、壁や天井が崩れ始めている。地の精霊たるベヒモスが生き埋めになって滅するとは考えにくい以上、今すぐに手を打たなくては解決はほぼ不可能になってしまうだろう。

 坑道が塞がってしまってはこの場所に来ることも事実上不可能になるから、場合によっては永久的に地震が続くことになりかねない。

 「・・・・賭けだな」

 一つのプランを頭の中で組み立ててみる。不可能ではないが、少し無茶な方法だった。

 「やるしかない!」覚悟を決め、魔力を搾り出しルビーに注ぎ込む。

 『地』の逆属性、『火』の魔法を叩き込む。

 予想通り、大したダメージは受けなかったらしいが、ベヒモスは僕に気付いた。

 姿に似合った反応を見せ、僕に向かって突進してくるのを必死に躱し、勢い余って坑道内に出たところに後ろから再びファイアーの魔法を立て続けに打ち込んだ。

 地の精霊力に守られた空間内では効き目も期待できないが、物質界に出た今なら・・・。

 効果はあった。といっても背中の皮がほんの少しだけ剥げ落ち、肉が露出した、というだけだったが攻撃の足がかりには十分な損傷だった。

 伝説の剣を構え直し、ベヒモスの尾を駆け上がる、その勢いのまま露出した肉に剣を柄元まで突き込んだ。

 普通、ここまで深く突き刺すことはありえない、突き刺してる間に他の敵に狙われたらひとたまりもないし、万が一相手に振り払われたら武器を失うことにもなるから。だが今回は他にどうしようもなかった。

 この場所以外に刃の立つポイントはない。いかに伝説の剣でも振るのは僕、岩並みに堅い皮を切れるわけがないのだから。

 当然のごとく、ベヒモスは暴れ回って僕を振り落とそうとするが、僕は柄を離しはしなかった。

 ここからが肝心なのだ、全身の魔法力と精霊力に自分の意志を乗せ、剣を通しベヒモスに注入する。そう、以前に蛟が僕にしたことを僕がベヒモスに対して実行するのだ。

 あの時は、精神世界が舞台だったから危うくやられそうだったが、今は物質界にいる。純粋な精霊であるベヒモスは存在を維持するだけで相当な力を使っているはずなのだ。

 後は、我慢比べ。どちらが先に力尽きるかの勝負だった。

 ・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・。

 「ん・・。つ!」

 どうやら賭けは成功したらしい。こうして生きているのだから。

 冷たい岩に身を起こして辺りを見回す、あちこち崩れたり崩落していたりしているが坑道が埋まっている様子はない。精霊界とつながっていたらしい空間もただの岩穴に変わっている。何より、ベヒモスの姿がなくなっていた。

 そして、自分の中に何か異質な力の存在を感じる。体が鉛のように重いし、全身の間接がばらばらになりそうなほど痛い。

 「無茶をしたものだ」

 我ながら呆れて呟くと、重い体を引きづり、町へと戻った。


 メイルリバーの西側に位置する、古い水路を調査に行った研究員達が、一週間前の連絡以来、行方不明になっている。

 救助隊が派遣されたが、今日に至も発見できていない。

 普段の倍近い時間をかけてようやくマイフォレストの村に帰り付き、ギルドへの報告と報酬の受け取りに行った僕に回された次の仕事だ。

 はっきり言って、冒険にでれる体じゃないんだけど。依頼内容から見てもわかる通り、数時間の遅れが生死を分けることになりかねない、とあっては断るわけにもいかなかった。

 「事故、ではなさそうだな」

 古く所々に藻や苔が密生している部分があるが、水路は今だしっかりしていて崩れたりはしそうにない。

 少なくとも生き埋めになったとかではなさそうだ。原因は他にあると考えるべきだろう。

 もはや、手間でしかないほどの雑魚を退治しつつ水路の奥へ奥へと侵入して行く。

 「おーい! 助けてくれ!」

 二時間ほど歩いたところで、突然呼びかけられた。

 明らかに人為的に作られた白い檻の中に、人が数人捕われている。服装や装備から見て救助隊のメンバーだろう。

 「救助隊の人ですね? 研究員の人たちはどこです?」

 近づいてみると、檻ではなかった。どこにも出入りするための扉がなく鍵もついいないのだ。 自然のものな訳はないが、人の手によるものでもないのかも知れない。

 「この下の階にいるはずだ。この通路の奥に階段がある」

 「だが、降りるなら気をつけろ。巨大な人型の魔物がいる。かなり凶暴だぞ」

 「しかも不思議な力を持ってる。この檻もそいつが作ったんだ。一瞬でな」

 救助隊のメンバーが口々に話してくれた情報をもとに、少し考えて見る。

 魔物に関しては村の先輩たちから覚え切れないほどの種類を聞かされている。その中に今回の敵も入っているかも知れない。入っていれば倒すための方法もわかるかも。

 巨大な人型、不思議な力・・・。

 「その魔物。足はありましたか? 色は?」

 足はなく、ジェル状で赤かった。という証言を聞き、僕は敵の正体に大体の目星を付けた。

 人型の巨人と言うことなら多数考えられるが、ジェル状で赤いものとなると極端に狭まる。十中八九間違いないだろう。

 ルビーを外し、サファイアを身に付ける。

 冷気系の攻撃に弱いはずだ。

 「・・・やはりな」

 言われた通り、通路の奥で見つけた階段を下りると、そいつはそこにいた。

 溶岩のような黒っぽい赤い色に、溶岩そのものの足元。禿頭の巨人、溶岩の化物ダオだ。

 その向こう側に、救助隊同様白い檻に捕えられた研究員たちが見える。どうやら、まだ無事なようだ。

 相手の正体に先に気付き、それ用の用意をしていた僕は慌てる必要もなく。ゆっくりと階段を下りると、見た目とは裏腹のスピードで襲いかかって来たダオにアイスの魔法をぶつけた。

 二発、三発。アイスの魔法が当たる度、ダオの表面は白くなり動きが鈍る。

 七発目には完全に動きが止まり、八発目を叩き込んだ途端、勝手に砕けて消えた。

 あとには両手で抱えられる程度の軽石が残っただけだった。

 「敵を知り己を知れば百戦危うからず、ってね」

 敵を倒すことよりも、研究員の人たちや救助隊を捕えている檻を壊すほうが骨の折れる作業だった。

 いまだに体を重く感じている僕には幸いにして楽な仕事だった、ということになる。


 救助隊のメンバーに報告を委ねて先に帰し、研究員の調査に僕は付き合った。ダオなんて大物が出てきているということは他にもいるかも知れないと思ったのだ。

 実際、付き合って良かった。その後も『火』系の魔物が数体出没した。どれも研究員の人間だけでは対処できないレベルの連中だったが、僕には雑魚でしかない。

 手頃なリハビリになった。

 そうしているうちに今日は八日。太陽が西に傾きつつある中、約束通りミュウの家を訪ねた。

 「タークさん。来てくれたんですね」

 「ああ、約束通り来たよ。・・・それにしても、今日は何をするのかな?」

 鼻孔をくすぐる多様な匂いが、言葉による答えを聞くまでもなく教えてくれているが、一応聞いてみる。

 「私が作った料理を食べてもらおうと思って。先日、ようやく母に合格点をもらったんですよ。それで、家族以外の人に食べていただく自信が少しだけ付いたんです。お口に合うといいのですけど・・・」

 「そういうことなら喜んで、ご馳走になるよ」

 思わず、口のほうを合わせるよ、なんてセリフが喉まで出かかったがキザになりそうだったし、ミュウにはこの手の冗談が通じなさそうだったのでやめた。

 テーブルに付くと、始めて数ヶ月とは思えないほど手の込んだ煮物系の料理が少しづついっぱい載せられ、僕を待っていた。

 「うん、ミュウ、この煮込みおいしいよ。おかわりしていいかい?」

 「はい、どうぞ。・・・たくさん食べてくださいね」

 小さな器に少しづつ盛られているので、何杯もおかわりしてしまったのだが、そのおかげで妙なことに気がついた。

 おかわりする度、ミュウが鍋の減り具合をチェックしている。初めは気のせいかと思ったが、どうもそうではないらしい。

 「ご馳走様。すごくおいしかったよ、ミュウ。ここ数ヶ月だけでこんなに上達するなんて、すごいな」

 「本当ですか? 嬉しい!」

 もしかして・・・。

 「ああ・・・。これなら、彼も喜んでくれると思うよ」

 「え? なんで知って・・・!」

 やっぱり、ね。

 僕は味見役だったわけだ、別の本命が現れたということだろう。

 「・・・・・・」

 顔を真赤にしてミュウは俯いてしまった、僕は見ない振りで一口、水を飲んだ。

 なんとなく寂しい気もするが、僕は今アルティナのことで手一杯だし、冒険者の恋人とか妻ってのはミュウには似合わない。

 ミュウには普通な生活、可愛い奥さんのほうが似合ってる。

 「タークさん。私が危篤になったとき、タークさんが懸命に私を助けようとしてくれたって・・・。そう聞いたときは、私、本当に嬉しかった」

 「・・・」

 「私、病院ではずっと独りぼっちでした。寂しいのはすごく嫌だったけど、病気のせいだから仕方ないって、いつのまにかあきらめてました。でも、わかったんです。そんな私のことをずっと気に掛けてくれてた人がいるって」

 「・・・・・」

 「タークさんに優しくしてもらうたび、嬉しくなりました。気がついたら自分が寂しいなんてこと忘れてました。それでわかったんです、あきらめてたら駄目なんだなぁって、すっと力が抜けた感じでした。そのことを教えてくれたタークさんに、一番初めに伝えたかったんです」

 一気に思いを口にしたミュウは一度言葉を切り、二度ほど息を付いたところで、僕の顔を初めて真っ正面から見た。

 「私、好きな人がいます」

 頬だけでなく耳朶まで真赤にして、でも決して僕から目を逸らさずに言った。

 「彼も、タークさんから勇気をもらったって言ってました。それで、やっと自分の好きな道を、料理人になる道を歩く気になったって。それで、それで、良かったら一緒に歩いてくれないかって・・・私、私・・・」

 「オッケーしたんだね?」

 この無垢な子のハートを射止めたのが誰なのか、僕にもようやくわかった。

あの彼だろう。

 ようやく告白する勇気を持てたと言うことか、それにしても、初めての告白でプロポーズまでするとは・・・。

 「彼はね、僕がミュウと会うずっと以前から、ミュウのことを見守っていたんだよ。会いに行きたいけど、ミュウの病気に触るんじゃないかって心配して、遠くから見るだけだったんだ。彼なら、きっとミュウのことを大事にしてくれる。幸せにしてくれるよ」

 嬉しそうな、恥ずかしそうな、幸せそうな顔で、ミュウは僕を見て口を開きかけた。でもなにを言ったらいいか分からなかったのか再び口を閉じ、僕を上目遣いに見た。

 「おめでとう」

 心から言って、僕は席を立った。すでに夕暮れが夜の戸張へと姿を換えている。恋人でもない男が女の子の家に居続けるには抵抗のある時間だった。

 今時、そんなこと気にする奴はいないのかも知れないが、僕は気になるタイプなのだ。


 ミュウの家を辞して、夜の町を歩く。

 少し冷たい風が心地よかった。

 時間も遅いし、宿に泊まろうかと思ったのだが・・・。

 宿に着くと、酒場のほうに例の彼と、ミュウの母親らしき人がいた。僕のためにわざわざ家を空けていたらしい。

 僕に気付いたようだったので軽く会釈して二階に上がる。宿の受付とはもう顔馴染みなので、すぐに空いてる部屋の鍵をもって追いかけてきてくれた。

 逃げる気はないが、母親とは顔を合わせたこともないし、彼のほうも話をしたことはあっても名前すら知らない。挨拶に行くのも妙なものだ。

 で、前にも見た光景を目にしてしまった。

 「・・・シュナ」

 あの明るい赤が、白いシーツと淡いブルーの掛け布団の間に挟まれている。

 で、下半身は丸見えになっていた。下着だけで寝ているらしく鍛え抜かれている割りには女性な太股が・・・。

 「ひゃっ!」

 我ながら恐ろしいことだが、無言でベッドに歩み寄り、夜風に当たって冷えきってる手で太股に触れた。

 意外にも、上げた悲鳴は女性だった。が、さすがにその後の反応は剣士のものだった。

 かぶっていた蒲団を僕のほうに投げつけ、視界を阻んでおいて、その蒲団が床に落ちる前には小剣の切先が僕の喉に突きつけられていた。

 「た、ターク!?」

 「やぁ、また扉が開いてたよ」

 小剣の切先が皮膚を傷つけ、血を一筋流している状態で言うようなセリフではないが、何か妙にのんびりとした言葉が出た。

 無防備で眠り、驚き、戦闘体勢になったシュナの顔が困惑に変わる。

 「・・・趣味の悪い冗談だぞ」

 小剣を下ろしてのシュナの第一声。

 「悪い癖だぞ」

僕もすぐに応じた。

 「女の子としても、剣士としても、危機意識が低すぎる」

 真顔で指摘してやる。

 「・・・そうだな。うん・・・」

 ちょっとキツすぎたかな?

 本気で考え込んでしまったようだ。

 「今夜は飲みたい気分なんだけど、付き合える?」

 ミュウのために祝杯を上げたい気分なのだ。エルのことも解決したし、この勢いでアルティナのことも片づけたいものだ。そうすればシュナのことも片づくのだから。

 「僕も飲み明かしたい気分になった。とことん飲むとしよう、どちらか眠りそうになったら叩き起こすんだぞ」


 結局、僕とシュナは翌日の昼近くまで飲み続け、仲良く潰れた。

 目を覚ますと、部屋は真暗で空になった酒ビンが転がるどころか積み重なっていた。いったい何本飲み干したんだかわかりゃしない。

 よく死ななかったものだ。

 闇に慣れ始めた目で部屋を見渡すと、昨夜以上にあられもない姿のシュナが泥のように寝ている。

 今回ばかりは、僕にもとやかく言う資格がないので、ベッドから毛布をひっぱってきて掛けてやり、部屋を出た。

 酒場に下りて水を頼む。

 ちょっと無茶が過ぎた。八日の夜から飲んでいたのだから今日は九日、明日にはリスティンとアルティナ、二人と大事なことを話さねばならない。今夜中に酒を抜いておかなくては。

 「ここにいたのね、ターク」

 人間の酒蒸し状態になっている僕が、冷たい水で酒を抜きにかかっいるところに、場所的に言えば一番似合う人物が現われた。

 もっとも、その表情は普段の彼女にはない真剣なものだったが・・・。

 「・・・酒なら付き合わないよ」

 「ごまかさないでッ!!」

 試しに軽口をたたいてみたのだが、いつもならノってくるところなのに声を荒げて腕をつかまれてしまった。冗談の通じる状況ではないらしい。

 「あれからずっと考えていたわ。塔を奪ったエルフのことを。・・・そして思い出した、私があの塔にいる理由。私の背中に翼がある理由を」

 「・・・!」

 自分がいかに愚かであるかを僕は再認識した。考えてみれば、あの塔と翼を結びつけるものは一つしかない。

 人間を龍に変ええるのであれば、人間の背中に翼を生やすぐらい簡単にできたことだろう。ライラはアラストールの塔を守護する者であったのか。

 「私はエルフと人間、そして魔族とのキメラ。何代も転生を繰り返し塔を管理、守護するのが勤め。でも、完全には思い出せなかった・・・。なぜ塔を守るのか、を。あいつは、黒龍はいったい塔で何をする気なの?」

 「・・・・・」

 これは、生半可な答えでは離してもらえそうにないな。

 「言っておくけど、これはここでだけの話だよ。それと、・・・あいつを倒すのは僕だ。手を出すなよ」

 僕はライラに全てを話した。

 黒龍とランスウェル王家、そしてアラストールの塔の過去の関わりと、今の状況を。

 さすがに、アルティナと僕との関係は話さなかったけど。

 「・・・そんな、じゃ、じゃあ・・・。もう・・・」

 「そうだ。もう黒龍は、あと一手でチェック・メイト。それなのに、こっちは・・・とにかく、明日になったらこの件の関係者全員に真実が告げられる。動くのは、その後だ」

 そう、僕はもう決めている。

 明日、アルティナに全てを伝えたら塔に行く。黒龍とケリを付ける。今までどこにいるか分からなかった敵が、一つの場所にいる。このチャンスを逃すわけには行かなかった。

 「あと数日、塔に戻るのは我慢して、出来るだけ早いうちに片づけるから」


 翌日、僕は夜も明けぬうちからリスティンと待ち合わせた花畑へと出発した。

 朝露に濡れた木々の匂いと、明け始めた朝の光、黒龍の復活なんて話が下らない笑い話に思えるほど平和な情景の中を歩く。

 酒もすっかり抜けて、体が軽い。

・・・心の重さとは対照的に。

 アルティナと黒龍、ライラとアラストールの塔、シュナと黒龍の関係はそれぞれ理解できる、だがリスティンにどんな関わりがあると言うのか・・・。

 おそらく、いや疑いなく、夢の話と彼女が肌身はなさず持っているあの白いペンダントに関わりがあるのだろうが、それにしたってシフォリーではないリスティンが狙われなくてはならない理由が分からない。

 「ターク・・・もしかして、待たせてしまった?」

 昼少し前になって、リスティンが大きなバスケットに付き添ってやってきた。あの細い体のどこにこれほどの力があるのやら。

 「いや、少し頭を冷やして考えを整理していたんだ。待ってたっていう感じはないよ」

 「そう? じゃ、お昼にしましょ。・・・話しは食べてから、ね」

 リスティンを手伝って眺めのいいところにシートを敷く、リスティンはすぐにバスケットの中から次々に料理を出して並べた。

 もちろんリスティンの料理は僕も好きだし、他の時なら手放しで喜ぶところだ。が、本音を言えば今回ばかりは話を早く聞きたいところだった。

 それでも、僕の理性は見事な働きを見せ、大人しくリスティンの出す料理を味わった。焦って問いつめたところで、いい結果にはならないだろう。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・。

 「さてと・・・じゃ、話して貰えるかな?」

 ポットに入っていた紅茶もすべて飲み干したところで、僕は本来の目的のために水を向けた。

 「えぇ、・・・約束、だものね」

 そう言ってリスティンが話しくれたこと、その大半は僕もすでに知っていることだった。

 かつて存在した帝国、その帝国によって生み出された兵器としての魔物。その究極とも言うべき黒龍の製造と暴走。

 黒龍を止めるため、生み出された白竜。その白竜と黒龍の戦い。黒龍の肉体が封印されたこと、魂が騎士の一人に取り付いたこと。白竜が宝石に姿を変えたこと。

 その後、二人の騎士は各地を巡り王国を建て、黒龍の魂を宿した騎士は眠りに付いた。そして、唯一の女性。シフォリーはその地に留まり白竜が姿を変えた宝石の管理に当たった。

 「・・・私が、そのシフォリーの子孫で、このペンダントの石が白竜の姿を変えた宝石なんですって。もし、黒龍が蘇るようなことがあれば、私は・・・」

 「・・・どうなる?」

 急に喉が渇いてきた。

 シフォリーの血縁の可能性は僕も考えていた。以前見たシフォリーのすみれ色の髪はリスティンそのものだったから。

 だが、あのペンダントが白竜だと言うのは少し度が過ぎる。完全に予想外のことだ。

 白竜が宝石になったと言う伝説はよく知っている。だが、こんな身近に存在しいる、それよりも伝説がこんなにまで真実を伝えているなんて例があっていいものだろうか。

 嫌な予感が背筋を走った。

 「私は、白竜を復活させて黒龍を止めることになるの」

 復活させる?

 まさか・・・!?

 「私の体に白竜の意志を移すことで、復活させられるそうよ」

 「復活させた後は? 白竜は? リスティンは?」

 「黒龍を倒し、そして、そして・・・また、石に戻るわ。・・・私ごと」

 ッ! やはりっ!

 肉体に精神体を憑依させて、力を得るとか復活させるとかいう類の魔法のお約束、肉体を貸した術者自身は破滅する。というわけだ。

 結局、あの四人は自分自身も、子孫も、重い使命を背負い続けてきたというわけだ。

 「あっ! でもそれは、黒龍が復活したらってことよ? そんな真剣に考えないで」

 アルティナばかりかリスティンまでも復活の鍵になっていることに、少なからず動揺し、考え込んだ僕を見て、リスティンは慌てて付け足した。

 彼女は知らないのだ、その時がすぐそこまで迫っていることを。

 「そうだね・・・。じゃ、もう一つだけ聞いておきたいんだけど。ディックがなんでそんなことを知っているのか、とかいう話は聞いた?」

 リスティンの答えは聞いていない、だった。

 無理もない、自分のことを理解し納得するだけで手一杯だっただろうから。黒龍を早いうちになんとかしなくては、という思いがさらに増した。

 それにしても、もう誰一人覚えているものなどありはしないほど昔の、帝国などのために、いったいどれほどの人間が悲劇に巻き込まれなくはならないのだろう。

 人の身を魔物に変えた罪深さとでもいうのだろうか。

 その代償はすでに支払い済だろうし、もし、背負うべきものが今の時代にいるとしても、それは一人だけのはず。こんなに多くの人間を巻き込む必要なんてないはずなのだ。


 暗鬱たる気持ちのまま、城へと向かう。

 どうにも落ち着かない気分ではあるが、少なくとも今夜には肩の荷が一つ下りる。

 今までずっと秘密にしていたことを公にできる、アルティナの前で嘘を吐かなくてすむようになるのだ。

 「タークー!」

 城に付くと、珍しく一人で飛んできたシールが出迎えてくれた。

 ルシオンは王様と打ち合わせ中なのだと言う。

 「王様ったら何度打ち合わせしても段取り間違えるんだもの。せっかくルシオン様が姫のショックを少しでも和らげようと考えてるのに!」

 「無理ないよ。娘を二人とも魔法に奪われかけてる陛下にルシオンほどの冷静さを持てって言うほうが無理ってものだろ」

 シールの説明に何か少し引っかかるものを感じながら、もう勝手知ったる城内へと足を進めた。もう、シールの案内なんて必要ない。うまそうな匂いが黙っていても足を晩餐会の会場へと誘ってくれている。

 歩く道すがら、耳元でシールが何かしゃべり続けているが、僕はもう聞いていなかった。

 アルティナのことが心配だったのだ。

 黒龍のこと、お姉さんのこと、自分のこと、あまりにもたくさんありすぎる。アルティナに受け入れ切れるだろうか、受け入れ切れなかったとき、僕は支えてあげられるか、支えきれるのか。

 考えれば考えるほど、不安になってくる。

 アルティナがどんな反応をするか、頭の中でいろいろとシミュレーションしてみる。だが、どれもいまいちリアリティーに欠けていた。

 そんな状況のまま時間だけは淡々と過ぎ、気がつくと僕を含め列席者全員がテーブルを囲んでいた。

 全員といっても、王様とアルティナ以下、王宮付魔導師ルシオン、仮面の騎士ラングリッサー伯、聖騎士隊長ウェンヘィムに僕。の、六人、シールも入れて七人だけだった。

 晩餐会と言うには少なすぎる人数だ。そしてもう一つ、晩餐会には不似合いな要素がある。ラングリッサー伯も聖騎士隊長も鎧を着込んだままだった。それも儀礼用ではない、実務用だ。

 王とアルティナが長テーブルの上座に座り、向かって右側にルシオン、左側に聖騎士隊長、ルシオンの隣に僕が座り、ウェンスハイムの隣がラングリッサー伯だった。

 もちろん、シールはルシオンの左側、テーブルにのっかっている。要するに、僕の目の前にいる、ということだ。

 「さて、今宵の集いにはいくつか理由があるが、ものを食べるのに理由はいらん。まずはたらふく食って力を付けてくれ」

 王様の鷹揚な挨拶で、なにわともあれ宴が始まった。

 シェフが料理の説明をし、ラングリッサー伯がソムリエにワインのことを聞いている。シールが一生懸命ルシオンに料理の見た目に付いて話をし、アルティナはずっと僕を見つめている、王様は心ここにあらずといった感じで料理をひたすら口に運んでいた。

 一見、何の変哲もない晩餐会。なのに、どこか奇妙な空気が流れている気がするのは否めなかった。

 だが、その空気はデザートに入ったところで突然途切れた。というより、空気はそのまま凍りついた。

 「・・・お姉様はどこ?」

 アルティナの発した一言だった。

 全員が一瞬にして凍りついた。

 ルシオンですら、平静を装うこともできず硬直してしまっている。

 「やっぱり。ターク様もご存じでしたのね。なぜお話になってくださいませんでしたの?」

 全員の反応を観察し、アルティナが少し悲しげに問いかけてきた。

 僕自身も他の人たちと同様、何も知らない振りはできなかった。完全に全て知っているものとしての反応が出てしまう。

 「一国の秘密を、僕の独断で話すわけにはいかなかったんだ。知ったのだってごく最近だしね」

 どのみち、今夜この席で全て話すはずだったのだからと僕は素直に認めた。ここで変に取り繕うことは可能だが、やるべきではなかったし、もうアルティナには嘘を吐きたくなかった。

 「アルティナはなぜ知ってるんだい? 君にはこれから話すはずだったのに」

 「ルシオンが父に話しているのを聞いてしまったのです。立ち聞きなんて、するつもりはありませんでしたのに」

 「!・・・」

 ルシオンらしくもない! ・・・いや、もしかしたら・・・・。

 ルシオンの顔を盗み見る。相変わらずのポーカーフェイスで、感情はおろか表情すら窺い知れない。

 「・・・仕方ありませんね。聞かれてしまっていたのなら、言葉で話すよりも実際に会われたほうが良い。ご案内しますよ。といっても、姫の部屋の反対側の部屋に行くだけですが」

 ルシオンの言葉にアルティナは驚いた顔をしなかった。

 その部屋以外には考えられなかったのだろうし、アルティナ自身も女官たちが出入りしているのに自分は入れず、夜になると見張りの兵が立つことに少なからず違和感を感じていたのだろう。

 三階に上がり部屋に入ると、アルティナの姉君、エルシアナ姫は以前僕が見たときとまったく同じ姿勢で座っていた。

 もちろん、着替えもしているだろうし、身体も拭いてもらっているのだろうが、まったく生気を感じない姿が飾り物の人形のような印象を与えている。

 「お姉さま・・・」

 そっと呼びかけ、アルティナはエルシアナの前に立つ。そして、床に膝をついて椅子に座ったままのエルシアナを見上げた。その瞳に涙が溢れ、エルシアナの足にこぼれ、瞬く間に広がって染みを作る。

 アルティナにとって、初めてといっても過言ではない姉との対面、端で見ているほうがつらくなるような場面だった。

 誰もが目頭が熱くなり、涙腺が緩むのを感じていた。

 「・・・あ・・いな・・・」

 !!・・・・・・

 か細い、虫の音よりも小さなささやきが、室内の空気を切り裂いた。全員がその場で硬直する。王などは今にも卒倒しそうな顔色で震えいる。

 アルティナ以外の女性の声だった。この場にいる女性は二人だけだと言うのに。

 「お姉さまっ?!」

 アルティナがすがりつくように身を寄せ、呼びかける。

 「・・・あ・・る・・・・・・な」

 間違いなく、エルシアナはアルティナに反応しいている。

 十年ものあいだ、まったく生気がなかったエルシアナが、なぜ今になって・・・?

 「ありえないことではありません。お二人とも、魔法力に目覚めた御方。アルティナ姫の、かつては御自分も有していたのと同じ性質の魔力に、エルシアナ姫が刺激を受けたとしても不思議はありません」

 珍しく感情を感じる声がルシオンの口を吐いて出る。

 彼は、アルティナが覚醒したときから、この可能性を感じていたのかも知れない。

 エルシアナはなにか言いたげにアルティナを抱き寄せた。十年ものあいだ自力では動かしていなかった腕を必死に動かしているのがわかる。

 ものすごい震えかただ。

 その震える自分の腕を、エルシアナは見つめ、言葉にならない声を搾り出すように発した。

 「・・・は・・な・・れ・・・・・わ・・し・・は・・・あや・・・つら・・・・・・いる・・・」

 一語一語、血を搾り出すような悲痛さでエルシアナがささやき続ける。

 「はなれわしはあやつらいる・・・」

 その切れ切れの語を続けて言ってみる、何を言おうとしているのだろうか。

 「はなれ・・・離れて?・・・・!! 離れて、私は操られている! まさか!!」

 あの震えが、自分の意に沿わない動きをしようとしているのを自分の意志で止めようとしている。そのせいだったとしたら?

 もし僕が黒龍で、将来エルシアナの代わりをつとめられるものが現れると知っていたら?

 エルシアナが黒龍にさらわれ鍵とし使われたとき、なんらかの魔術をかけられていたとしたら?

 「アルティナ! 姉さんから離れろ!!」

 叫びざま飛び出す、僕の目の前で二人の姿がかすみ始めた。エルシアナの身体からにじみ出てきた闇が二人を覆いはじめている。

 二人に向かって走り、腕を目一杯伸ばす。もう少し、もう少しで手がアルティナの肩にかかる、その瞬間、姉妹二人の姿は室内からかき消えた。

 「・・・やられた!」

 エルシアナの心は壊れたんじゃない。魔術で眠らされていたのだ。王家しか知らないはずの秘密を黒龍が知っていたわけ、常に我々が後手に回されていたわけ、それがいやというほどはっきりわかった。

 エルシアナは黒龍のスパイとして利用されていた、のだ。

 「長年、お側に仕えていながら・・・。気付くことが出来なかったとは! なんという未熟!!」

 ルシオンにも事態を悟ることが出来たらしい。

頭を抱えて座り込んでしまっている。

 王様や騎士二人には、まだ何が起こったのか理解できていないようで呆然と立ち尽くしている。

 「僕が先行して時間を稼ぐ、ルシオンは軍を組織して後から来てくれ。僕の力で阻止できればいいけど、最悪全軍を挙げての戦いになるはずだ」

 そう、二人がさらわれた先は明らかだ。復活の儀式が全て終わる前までに追いつければ、まだ望みはある。

 「無茶なことを・・・ですが、他に手があるわけではない。お願いしましょう」

 普段からそれほど血色のいいほうではなかった顔をさらに青くしたルシオンが下唇を噛み締めながら立ち上がる。

 「これを持っていってください」

 ローブの胸元に手を入れ、透明感のある白い女神像を取り出したルシオンが、それを僕に手渡した。

 女神には七枚の翼があり、その一枚一枚に不思議な色で輝く石がはめ込まれている。

 「一種の身代わりアイテムです。詳しい使い方は私も知らないのですが・・・あなたに死なれては、このルシオン。姫様に会わせる顔がありませんから」

 「死にはしないさ」


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