終幕 悪役令嬢の末路
修道院を出て、野営の準備を始める。
ヨシュアは無言のまま食事を取り、眠りにつこうと横になったところで側近が彼の傍らに立つ。
「ヨシュア様。お話がございます。」
珍しい事もあるものだと思った。
求められていない状況で、彼がヨシュアに話しかけることなどなかったというのに。
「この旅が終わりましたらお暇を頂きたく存じます。」
「暇を?急にどうした、何処かへ行くのか?」
「レイラ様の遺骸を探しに行きます。」
「どうして、お前はそこまで…。」
ヨシュアは目を見張った。
彼は、ただただ穏やかに微笑む。
「これも私の仕事ですから。」
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レイラがこの国に移住して三年の歳月がたった。
この国は王国とは取引があるものの関係の浅い国。
それでも時々風に乗って噂が流れてくる。
ヨシュア様は今年無事に御成婚されたという。
お相手は侯爵家の女性とのこと。
歳下ではあるけれど、学園でも才女と名高い方であった。
きっとヨシュア様をしっかりと支えてくださることだろう。
そしてクレアの名が聞こえてこないことに安堵する。
私は最後まで彼女を利用した。
彼女の危うさを知りながら自由を得るために。
だから…最も罪深いのは私だ。
「セレイラ先生?」
「あ、はい。」
偽名にも慣れて最近は徐々に知り合いが増えてきた。
聞き覚えのある声だからそのうちの誰かだろう。
なんの警戒心もなく振り向く。
そこにいたのは。
「お久しぶりです、レイラ様。」
「貴方、ヨシュア様の側近をされていた…。」
「アーロンです。」
小さな声で囁き合う。
何故彼がこんな所に。
まさか。
偽装が…嘘が見抜かれてしまったのか?
「私が生きていると…わかってしまったのですね。」
王国に連れ戻されるかもしれないという恐怖に心が震える。
だが彼は変わらない笑顔を向け緩く首を振る。
「私はもう城での仕事を辞しています。驚かしてすみませんでした。」
いつもヨシュア様の後始末に翻弄されて、そういう申し訳なさそうな表情は昔と変わらない。
ヨシュア様の我儘に振り回されながらも、最後まで私のことを気遣ってくれた優しい人。
懐かしさに、心が温かくなる。
それと同時に彼があえてこの国を選んでやって来た、その理由が気になった。
彼に問えば真っ直ぐな視線が自身に注がれる。
「レイラ様をお探ししていたのです。」
「何かあったのですか?」
例えば実家である公爵家、父、母、クレアの顔が甦る。
彼らに何か頼まれたのだろうか。
「これを伝えに来ました。」
優しい笑みを浮かべ、レイラの手を取り軽く唇を寄せる。
「ずっと貴女の事が好きでした。今でも変わらず愛しています。」
想定外の回答にレイラの頬へ赤みが差す。
こういうとき、どう返したらいいのだろう。
知識には自信があるけれど、これについては学んでいないわ。
「これから貴女の事は私が守ります。ですからレイラ様、もし貴女が不快でないのならこの手を取ってください。」
気が動転したせいだろうか。
口から出たのは全く別の疑問だった。
「何故この国に私がいるとわかったのですか?」
巧妙に、追われないように。
万が一を考えてそれらしい痕跡を残し、この国への足跡は消してきた。
なのにどうして。
「恐らく王国には二度と戻らないおつもりだったのでしょう。だから自分の死を偽装した。ですが近隣国では何かの拍子に知り合いと出会ってしまうリスクがある。そこで思い出したのが貴女の語学の才能のことでした。王国と関係のある国の公用語を全て習得されている貴女が隠れるなら、最も遠く関係の浅い国を選べばよいと。そこで候補を上げて探った内の国の一つがここでした。良かった、思ったより早く見つかって。」
握られた手に力が籠る。
彼の瞳に籠る熱が、徐々に侵食して私の身を焦す。
「良かった、貴女が生きていて。」
心拍数が上がる。
初めてだった。
会えてよかったと喜ばれるなんて。
生きていてよかったと、そう思ってもらえるなんて。
緊張した面持ちで改めて差し出される手に、ゆっくりと自身の手を重ねる。
同盟には既婚者の方もいらっしゃったわ。
恐らく大丈夫だと思うけれど。
彼女達曰く、信頼する御主人にさえ同盟の事は隠しているとのこと。
この聡い方から同盟の存在を隠し通すなんて出来るかしら?
腕の見せ所ね。
レイラは悪役令嬢に相応しい妖艶な表情を浮かべる。
それから嬉しそうに。
笑った。
fin.
如何でしたでしょうか?
悪役令嬢のための聖櫃同盟の方も読んでいただけると嬉しいです。