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オオカミ姫の守護騎士  作者: オガタカ
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プロローグ

初めまして、オガタカと申します。

今回が初めての投稿になります。

駄文ではありますが、楽しんで頂ければ幸いです。

「これは壮観だな」


 欝蒼と茂る針葉樹林、その全体を見下ろすことができる崖の断崖に立つ人影が呟いた。

 月明かりが背を照らしている為、その人物の顔は詳しく分からない。しかし瑞々しい声音とスラリとした立ち姿、たなびく長髪から、その人影が若い女性であることは分かる。


「これが……欧州、妖魔ディアボロスの雄、人狼の一族が滅びる瞬間か」


 崖の上から彼女は目を細める。

 彼女が見ているのは自らの眼前に広がる針葉樹林にそびえ立つ一つの建造物。森の中で一際異彩を放つ白亜の城だった。

 中世のヨーロッパの城を思わせる外装から、その城が建造されてから長い年月が経っていることが伺える。その城は圧倒的な存在感を持って佇んでいた。

 しかし今やその城は所々から煙を上げている。そして城の周囲にはまるで砂糖菓子に群がるアリのような黒い粒が蠢いていた。

 それは人間と、狼の顔を持つ人ならざる獣人……人狼の入り乱れた戦いだった。

正面にそびえ立つ城門を破ろうと軽機関銃を放ちながら突撃を行う重装備の人間たち。そんな彼らを阻もうと、城を護る人狼たちは人の姿から全身を剛毛に包まれた狼の姿となり果敢に銃弾の嵐に飛び込んだ。

 翻る人狼の爪。一拍遅れて肉片と血しぶきが宙に舞い、その凶爪を受けた人間は腹部から真っ二つになって地面に倒れる。誰が見ても致命の一撃。人狼は倒した男には目もくれず、牙を剥いて新たな獲物を探す。

その瞬間、


「……は?」


 人狼の胸に小さな穴があく。彼はゆっくりと自らを撃った人間を見た。

 そこには先ほど両断したはずの男が上半身だけとなった姿で銃を向けていた。その現実に人狼は目を見開く。

 上半身だけになっても生きていて、更には戦い続ける人間。それは彼の常識ではありえなかった。


「ば……」


 馬鹿な、という人狼の呟きは激しい銃声に掻き消される。銃声が止んだとき、人狼だったものはただの肉塊になり果てていた。

 銃の弾を撃ちきった男はチラッと自らの下半身があった場所を見ると、何事もなかったかのように腕で這うように城門へとにじり寄っていく。

 周囲ではそれと似たような光景が起きていた。

 人間ならば致命傷である攻撃を、人狼たちは的確に放つ。本来はそこで戦闘を続けることなど不可能。しかしそれで終わりだと勘違いした人狼たちの隙だらけの背中に、ボロボロになった襲撃者たちは淡々と銃弾を加えた。

 腹部を抉られても、腕がもげても、何事もないかのように無言で戦い続ける男たち。目には人間の持つ恐怖や憎悪などの感情は浮かんでいない。

 その姿はまるで指示された通りに動くロボット。ただ戦う事のみを指示された兵器だ。

 また何よりも異様なのは首が胴体と離れ、心臓を潰され力尽きた男たちが、一様に灰となって、崩れ落ちるように消え去ったことだ。

 ――まるで映画の日の光を浴びた吸血鬼のように

 ともかく、ものの数分の戦闘で防戦に出た人狼たちはほぼ全滅していた。今起きているのは散発的な戦闘で、組織だった戦いではない。

 これは決して人狼が弱かったわけではない。人狼たちは持ち前の身体の強靭さと、鋭い牙と爪で数倍ものの敵を倒している。

 ただ……数が違いすぎた。今、城門の前に群れているのは人の形をした戦闘兵器だけだ。

 その光景を見て彼女は肩を小さく震わす。


「……数を集めれば、試作型プロトタイプでもそれなりには戦えるか」


 一見すると怒りに肩を震わせているようにも見えるその姿。しかし彼女の微笑から読み取れるのは、個々の能力に優れた人狼たちを量で蹂躙した戦闘結果に対する喜び。そして傷つき倒れた人狼たちへの嘲りだった。


「ヴォルフラム。攻略状況はどうだ?」


『おう! 右翼の部隊は城壁を崩して侵入したみたいだが、敵の反撃にあってほぼ壊滅状態だ。左翼は城壁に辿り着く前に全滅。正門は絶え間なく攻めているが……あの鉄の城門を破るのはあいつらじゃ時間がかかるだろうな』


 一通り笑うと、彼女は肩に付けたトランシーバーに語りかける。するとヴォルフラムと呼ばれた、男の野太い声がトランシーバーから放たれた。


「そうか。包囲網はどうだ」


『包囲については問題ない。こっちの方が、圧倒的に数が多いからな』


 戦闘中なのだろう。トランシーバーからは引っ切り無しに銃声や爆発音が聞こえてくる。しかしそんな状況にも拘らず、男の声には恐怖の色どころか、むしろその状況を楽しんでいるような雰囲気が含まれていた。


『それにしても……いつまでこんなチマチマとした攻撃を続けるんだ、朝美? さっさと俺を前線に置けばあんな城なんてすぐに落とせるぞ』


 しかしその男の声が一転、不満げなものに変わる。その変化に彼女の顔の笑みが更に深くなった。


「そうだな。このまま攻め続けてもジリ貧だろう。それに……あの方から預かった兵をこれ以上失うわけにはいかないな」


『なら……』


「ああ、お前に任せるヴォルフラム。任務はしっかり把握しているか?」


『お姫様を生け捕り……だろ?』


「そうだ、あの方の貴重な実験体だからな。間違っても殺してくれるなよ」


『分かってる』


 そう言うと朝美はトランシーバーを口から離し、再び視線を下に向ける。


「狩りの時間だ」


 その瞬間、城に入ろうとするモノたちを阻んでいた鋼鉄の城門が、重機の激突を受けたかの如く轟音と共にあっけなく弾け飛んだ。





 城内の一室。バスケコートほどの広さはあるその部屋は、色褪せた絵画や歴史を感じさせる石像などが飾られ、芸術の素人でも目を見張る歴史的価値が高い装飾が施されていた。

 中心にある黒光りする円卓には、八つの人影が腰を掛けている。白髪の老人からまだ若い背筋の伸びた若者まで、その年齢は様々だ。

 ただ天井のシャンデリアから放たれる鈍い光に照らされた彼らの顔は、皆疲れ切った顔をしていた。

彼らの頭には髪に隠れるように、髪とは異なる毛質の耳が生えている。

 彼らは人間ではない。欧州においては吸血鬼に負けず劣らない知名度を持つ化け物であり、怪物。欧州各地に伝承として残され、様々な物語で人々に恐れられる存在……人狼だ。


「……さて、今我々が置かれている状況を確認しようではないか」


 沈黙を破ったのは、円卓に座る人々の中で最も年長であろう白い髭を胸元まで蓄えた老人だ。足が悪いのだろうか。座っている椅子には杖が立てかけられている。


「皆さまご存じだとは思われますが、将軍を兼任しておられる元老院議員のハーベン卿、ストノス卿、クローレス卿は先ほどの防衛戦で戦死なされています」


 老人の言葉を継ぐように、隣に座る中年の男が立ちあがり口を開く。彼の言葉に、席に座る人狼たちは誰も座っていない空席を見た。


「……酷い状況だな。それにしても、パロウディ卿の姿が見えないが」


 円卓に座る初老の男が一つの空席をあごで示すと、状況を説明している中年の男は神妙な顔で頷いた。


「ええ。パロウディ卿は……」


「――父は正門の防衛に向かいました」


 男の言葉を遮るように凛とした声が部屋に響く。

 室内にいた人狼たちは一斉に声を発した人物を見た。そこにいたのは身の丈ほどはある飾り気のない武骨な大剣を背に背負った美しい少女だった。

 腰ほどもある長い銀髪に、野性味を感じさせる金色の瞳が整った顔に合っている。


「イリス将軍ッ! エレオノーラ様の護衛は……いや、パロウディ卿は本当に正門に?」


「はい。父は二〇人ほどの手勢を連れて正門の防衛に向かいました。エレオノーラ様に関しましても、私がお護りしていますので心配なさらないで下さい」


「うむ。お主の実力に関しては、我ら元老院一同信頼している」


 イリスと呼ばれた少女は、腰掛けていた一人である若い人狼に聞かれたことに平静に答える。老いた人狼は小さく唸ると、空いた席を指さした。


「まあ、座るがいいイリス将軍。父上であるパロウディ卿の代わりだ」


「いえ、私のような若輩には……」


「座りなさい、将軍。今は規律や身分に縛られている場合ではない。非常事態じゃ。皆が協力しなければ切り抜けられない……そんな状況のな」


「了解しました、議長様」


 老人の言葉に席に座る人狼たちも首を縦に振る。それを見たイリスと呼ばれた銀髪の少女は渋々と言った様子で席に腰掛けた。


「さて、皆も理解している通り、我ら人狼は今滅びの危機を迎えておる」


 老人は微笑むと席に座る者たちをゆっくりと見回し、イリスのところで目を止めた。


「イリス将軍。この場にいる武官は貴女だけです。戦闘の専門として、この戦いをどう見ますか?」


 室内全員の目が少女に集まる。少女は天井で淡い光を放つシャンデリアを見上げ、意を決したように目線を老人の顔に戻した。


「では、恐れながら申し上げます。この戦いはこのままでは我ら……人狼の敗北です」


「やはり……か」


「もうこれは全員が打って出るしかない」


「人間に敗れるぐらいならば……自ら城を燃やした方がいい」


 イリスの言葉を聞いて席に付いていた若者が疲れた様子で呟くと、ため息と共に様々な意見が出る。敗色が濃厚であるのは、ここにいる人狼の誰もが理解し覚悟していたことだ。

しかし改めて聞くと辛いモノなのだろう。

 だが元老院をまとめ上げる老人は、特に態度を変えることなく再びイリスに話しかけた。


「このままでは……という事は、まだ我らが勝つ方法はあるという事かな?」


「はい。……とは言っても、これはエレオノーラ様が了承してくださるかが問題ですが」


「確かにのう」


 皆がイリスの言葉に驚き、目を見開く中、老人は皺だらけの手を顎に当てて唸る。イリスは自らに目を向ける周囲の人狼たちを見回すと、再び口を開いた。


「あの敵の攻撃の勢い、そして城を囲う厳重な包囲網から、人間たちの目的は我々人狼を滅ぼすことだと思われます。ならばアイツらから数人でも仲間を逃がすことができれば、人間どもは目的を達成できないということ……言い換えれば我らの勝ちという事です」


「問題はどうやってあの包囲網を突破するのか、ということじゃな?」


「それについては問題ありません。皆を避難させている聖堂の床下から、城の外に通じる地下道があります」


「ああ、まだ残っていたのか。懐かしいのう」


「ん? そんなところに地下通路などあったか?」


 イリスと老人の会話に中年の人狼が怪訝な顔をする。

 するとイリスはやや気まずげに顔を伏せ、そんなイリスの姿を横目で見た老人は意地悪げに口角を吊り上げた。


「実はあるのじゃよ。エレオノーラ様とイリス将軍がまだ幼い頃に悪戯で掘った地下道がのう」


「……申し訳ありません」


「いや、結果的にそれが今回役に立つのだ。お手柄じゃよ、イリス将軍」


 項垂れるイリスを見て、円卓に座る人狼たちの顔が若干綻んだ。

その瞬間、突然大きな轟音と共に城内が揺れた。


「な、何が起きたっ?」


「おい! なんだ今の揺れは?」


 円卓に腰を下ろしていた人狼たちは慌てたように席を立つ。彼らの頭に浮かぶのは最悪の展開。そしてその予感は的中した。


「大変です、正門が敵に破られました! 多くの敵が城内になだれ込んできています!」


 慌てた様子で、まだ幼さを残した人狼の青年が室内に飛び込んでくる。その言葉にイリスを除く人狼たちは息を飲んだ。


「父……いやパロウディ卿が正門を防衛していたはずだ。パロウディ卿がどうなったか、分かるか?」


「い、イリス将軍? 残念……ながら……パロウディ様は敵の将と思われる者に……」


「……そうか、報告ご苦労だった。お前は私と共に近衛隊と合流しろ」


「は!」


 青年の報告を聞いたイリスは、亡くなったという父親に祈りを捧げるかのように目を閉じる。しばらくして目を開いたイリス。その顔は父親を亡くし悲しみにくれた少女の顔ではなく、戦士としての覚悟を決めた者の顔だった。

 上司である銀髪の少女の命令に、青年は胸に右手を当てる人狼式の敬礼を行う。

 その光景を一人座って見ていた老人は、手を叩き周囲の注目を集めると杖を使って立ち上がった。そして手を貸そうとした中年の男の手を制すると、静かな、だが確かな威厳が籠った声を上げた。


「イリス将軍は近衛隊を率いて、エレオノーラ様を城の外まで避難させていただきたい」


「了解しました。……皆様は?」


 老人の指示をイリスは間髪入れずに了承し、周りにいる元老議員の人狼たちの様子を窺う。人狼たちは視線を交換し合うと苦笑した。


「我らは……城の防衛に回ろう」


「なッ? 皆様は文官ではないですか! 防衛は我ら兵士に任せ、皆様もエレオノーラ様と共に城の外へ……」


 中年の人狼が放った言葉にイリスが激しく動揺する。

 何故なら今、元老院に集まっている人狼たちはイリスを除いて、人狼の社会における行政や司法を担当する役職の者たちだ。お世辞にも彼らは戦闘に秀でているわけではない。

 元老院議員の中で、戦闘の専門家である武官が少なくとも四名戦死している状況から考えて彼らが戦場に出るのは、イリスには自殺行為に思えてならなかった。


「確かに我らはイリス将軍とは違い、戦闘は不向きな文官じゃ。だがそれでも子供や女たちよりは戦えるだろう。女、子供を助けるために戦うのは、皆の上に立つ者、そして男の責務じゃよ」


「その通りだ。エレオノーラ様には残った皆を導いて頂きたい。その為なら、我らは喜んでこの身を犠牲にしよう」


「皆が戦ったというのに、なぜ我らだけが逃げることができるのか教えて頂けるかな?」


「……分かりました」


 その言葉に他の人狼たちも同意を示す。彼らの有無を言わせぬ口調に、イリスは苦い顔をして頷いた。


「もうそんなに話している時間はなさそうじゃな。では、エレオノーラ様と女、子供を頼みましたぞ、イリス将軍」


「は! 御武運を……」


「お主もな、イリス将軍」


 銃声が段々と大きくなり、敵が近づいてきたことを嫌でも気づかされる。老人は身を震わせると、全身を白毛に覆われた狼の姿に変えた。それに従うように身体を狼の姿へと変えた元老議員たちは、一人一人と部屋を出ていく。

 イリスと傍に付き従う人狼の青年は、彼らの姿が部屋から消えるまで敬礼を続けた。


「イリス将軍……私たちはどうしますか?」


 元老院の人狼たちが皆、部屋から出ていき、人狼の青年は隣に立つイリスに気まずげに話しかけた。彼も元老院の人狼たちが自らの身を犠牲にして、主君と女、子供が逃げる時間を稼ごうとしていることを悟ったのだろう。


「決まっている。急いでエレオノーラ様の下に向かう。我々が求められているのは、元老院の方々の意志を無駄にしないようにすることだ」


「了解です!」


 イリスはそう言うと早足で部屋を出る。目指すのは自らの主君と守るべき者たちがいる聖堂だった。





「よしよし、お主は男の子じゃろ? 泣くんじゃない」


 ドーム型の天井を持つ大部屋、大聖堂。今この場所は、女、子供を中心に八〇人ほどの人狼が詰めかけていた。彼らの殆どは、戦う事ができない非戦闘員だ。

 その大聖堂で整然と並べられた長椅子に座り、灰色のフードを被った少女が人狼の赤ん坊をあやしていた。

 その少女に、右手に包帯を巻いた女性が頭を下げる。


「申し訳ありません、エレオノーラ様。 子供の面倒まで見ていただいて」


「よいよい。困った時はお互い様じゃ」


 エレオノーラと呼ばれた少女は赤ん坊を持つ手を揺らしながら、女性に笑顔を向けた。

 その顔はフードに隠れてよく見えない。しかし薄暗い闇の中でもひときわ目立つ赤い瞳は、腕の中の赤ん坊を優しさに溢れた目で眺めていた。

 しかし少女は、しばらく赤ん坊を眺めるとふとため息をつく。


「はぁ。儂にもいつかこんな可愛い稚児ややこができるのじゃろうか」


「え? エレオノーラ様……意中の殿方がおられるのですか?」


 女性は少女の言葉に大きく目を見開いた。周囲にいた女性の人狼たちや、聖堂の入り口で警戒を行っている兵士も少女を見る。周囲から集まった視線に、少女は困ったように笑った。


「いや、残念ながらまだおらぬ。イリスは自分より強くないと認めないと言っておるし――」


「い、イリス将軍よりもですか? それは中々、難しい条件ですね」


「……じゃよなぁ」


「あぶー?」


 再び少女は肩を落とすと再び大きなため息をついた。そんな少女を抱かれている赤ん坊は不思議そうに見上げる。


「私だ。中に入れてくれ」


「イリス将軍! 無事でしたか」


「ああ、今すぐ脱出作戦を開始する」


 その時、銀髪の少女と一人の青年が聖堂に入ってきた。イリスの姿を見て室内にいた兵士が敬礼を行う。イリスは彼らを手で制すると、迷うことなく赤ん坊をあやすフードの少女の元へ行き、膝をついた。

 その姿にフードの少女は抱いていた赤ん坊を母親に返すと、椅子から立ち上がった。


「エレオノーラ様。今より、城からの脱出を行います」


「イリス将軍……元老院のじいたちはどうした?」


 フードの少女……人狼一族の王姫、エレオノーラの疑問にイリスの傍にいた青年が顔を背ける。イリスは顔を下げると、絞り出すように事実を伝えた。


「元老院議長、イコルニア卿……以下七名は……防衛に向かわれました」


「……それがじいたちの出した結論……か」


 イリスの報告に周囲の人狼が騒めく。エレオノーラは少し俯くと、再び目線をイリスに向けた。


「ならば我々が行うことは一つ! じいたちの想いを受け取って、無事にこの城から脱出することだ!」


「……では!」


「ああ、脱出を行う」


 エレオノーラの言葉に、鎧を着た二人の人狼が教壇の後ろの板を外す。そこに現れたのは灯りも何もついていない、ただ土を掘っただけの地下道だった。


「先遣隊! この地下道が城の外に繋がっているのは確認したのだな?」


「はい! 敵の包囲網の後ろに出ることを、この目で確認してあります!」


 イリスの質問にたいまつを持った人狼が答える。

 その言葉を聞いてエレオノーラとイリスの視線が交差する。エレオノーラとイリスは、どちらからともなく頷いた。


「近衛兵の数人は、灯りを持って地下道を先導しろ! 女と子供を優先して脱出させるぞ」


「「「は!」」」


 エレオノーラの指示に、すぐに数人の近衛兵が動く。彼らの誘導で非戦闘員たちは流れるように地下道に避難していく。

 その光景を見ながら、エレオノーラはイリスの隣に立った。


「まさかこんな形でコレが役に立つとはな」


「そうですね。幼い頃にエレオノーラ様の城の外を見てみたいという我儘で、暇を見つけては掘っていたトンネルがこんなところで役に立つとは……」


「ふふっ。儂の我儘様様じゃの、イリス」


 そう言ってエレオノーラは笑う。その顔につられ、イリスも頬を綻ばせた。

 彼女たちは主従の関係ではあるが、それと同時に親友でもある。イリスが代々人狼の王族を護る家系の出身であり、更に同い年という事もあり、二人はある頃から勉強も遊びも一緒だったのだ。


「エレオノーラ様、イリス将軍、非戦闘員の避難が完了しました!」


 しばらくしてエレオノーラたちの元に、近衛兵ではない人狼の青年が報告を行う。それは元老院の議会から、イリスの命令でついてきていた青年だった。


「そうか。では、エレオノーラ様を……」


「敵しゅ――!」


 彼にイリスが命令を与えようとした時だった。聖堂に緊迫した叫び声が響くと同時に、聖堂の扉が吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた扉に巻き込まれ、数人の人狼が声を上げる間もなく息絶えた。


「全く……一体どこにお姫様ってのはいるんだ?」


 そして、聖堂の入り口には扉を吹き飛ばしたと思われる人間が立っていた。

 長身で、筋骨隆々、白人の大男だ。彼が着ている濃い緑色の戦闘服は、凄まじい返り血で真っ赤に染まっている。

 敵の姿を確認して、扉の近くにいた人狼が大男に襲い掛かる。しかし男の後ろにいた兵士たちが彼らを一瞬で肉塊に変えた。

 唖然とする人狼たちを前に、男はつまらなそうに聖堂を見渡し――


「ん? お前……」


 エレオノーラを見て目を止める。その眼光に不穏なものを感じた瞬間、イリスはその大男に切りかかっていた。


「うおっ! 危ねぇ」


「おい! 早くエレオノーラ様を地下道へ連れていけ!」


「は、はい!」


 しかしイリスの攻撃は大男に軽く避けられる。標的を見失った大剣が、地面にぶつかり火花を散らした。

 大男の背後にいた兵士たちがイリスに銃を向けるのを見て、固まっていた人狼の近衛兵たちは思い出したように迎撃を行う。聖堂は一瞬で乱戦の場へと変わった。

 あの大男はエレオノーラを見た瞬間に目の色を変えた。それはあの大男の標的がエレオノーラである可能性が極めて高いという事だ。

 その事に危機感を持ったイリスは、エレオノーラの近くにいた人狼の青年に、今すぐエレオノーラを避難させるように命令する。青年はイリスの命令に従い、エレオノーラを避難させようとする。エレオノーラは顔を歪めて襲撃者たちと相対する親友を見た。


「イリス、先に行っておるからなッ! どうか無事で!」


 それが難しいことはエレオノーラもイリスも理解はしていたが、エレオノーラはそう叫ばずにはいれなかった。

 エレオノーラは青年に連れられ、何度も振り向きながら地下道に潜っていく。

 エレオノーラが地下道に入ったことを確認して、イリスは大男に牙を剥いた。


「チッ! 逃げられたか……面倒なことになったな」


 大男は舌打ちをすると、行く手を遮るイリスを憎々しげに睨みつけた。

 その言葉を聞いて、イリスは確信する。この大男の目的は、やはりエレオノーラだと。

 そして同時に疑問が生まれる。どうやってこの大男は、先の自分の攻撃を避けたのか。

 人狼の身体能力は人間の反射神経を大きく上回る。更にイリスは女性でありながらも人狼の中でも最強と言っても過言ではない武官……将軍である。

 イリスの攻撃が只の人間に避けられるのは、有り得ないのだ。

 そう……只の人間であれば。


「お前……一体何者だ?」


 この男は只の人間ではない。人狼としての本能がイリスにそう訴えている。

 そんなイリスの感情を読み取ったのか、大男は薄く笑う。


「知る必要があるか? どうせお前はすぐに何も分からなくなるのに」


 男はそう言うとぞんざいに左腕を振るった。一見すると意味不明な行動。しかし、


「なっ?」


 イリスが男の左手を見て驚きの声を上げる。

 いつの間にか、男の手は肘の部分から鈍く光る武骨な刃物に変わっていた。


「馬鹿な……それは――」


「驚いたか? 鋼の鱗アツァリ・レピっていう力だぜ。……まあお前には素手で十分だとは思うが、俺も急いでいるんだ。悪いな」


「……え?」


 そう言った途端、大男の姿はイリスの視界から消えた。

 

 気がついた時、イリスは地面に倒れていた。立ち上がろうとしても足は動かない。必死に腕で身体を支えようとするが、指は床に広がっている生温かい液体によって滑ってしまう。息を吸い胸に鈍い痛みを感じ、自らが胸部を刺されて倒れていることに気づいた。


「す……いませ…………エレ……ラさま」


 声を出そうにも肺が傷ついたのだろう。息を吸った瞬間に喀血し、言葉にならない。

 指の先から感覚が無くなっていることに気がつくも、どうにもならない。死の足音は、イリスに一歩一歩、確かに近づいていた。

 目を閉じて思い浮かぶのは、主君であり、親友である少女の姿。そして――


 イリスの意識はそこで途切れた。


 その日、人狼の城は人狼たちの必死の抵抗も空しく、謎の武装組織によって落ちた。

 残ったのは多くの悲しみと恨み、怒りと憎しみ、そして瓦礫の山となった城跡だけ。

 地下道から城の外に出た人狼たちが、無事逃げ切ったのかは分からない。

 それを知るのは城を襲った武装組織と襲われた人狼たち……あの日を生き延びた当事者だけだった。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

感想、批評などお待ちしています。

誤字、脱字などを見つけられましたら、連絡して頂けると助かります。

では……

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