相対する幼女
帝国暫定支配地域第三管区、通称ドレムロ湿地帯と呼ばれる場所は、帝国南東部、解放軍支配地域との境界線に位置する。
その名の通り湿度の高い気候を備えており、常に濃い霧が漂い、鬱蒼と茂る木々に遮られて昼間でも薄暗い。
好んでここを住処とする人々はおらず、かつて冥族の集落があった湿原中央部も、今は朽ち果てた残骸のみが僅かに痕跡を残すのみとなっている。
薄日の中で、肌に纏わり付くような濃霧が満ちている。
動くものの無い滅んだ村に、白衣を着た女性が一人佇んでいた。
「ここは、人から最も遠い者達の住処だった」
湿った土を踏みしめながら、女性は誰ともなく呟く。
「冥界と現界の狭間。もしくは、生と死の境界を別つ地」
泥の中、僅かに残った骨組みを跨いで、女性は何処かへと足を進める。
「この地を総べていた冥族の長は、数千年先の未来をも見通していたという」
やがて女性の歩みは、村の中心部に位置する小さな高台へと向かった。
「果たして彼らは、自身に訪れる滅びさえも予見していたのかな」
と、高台を昇る足が、坂の途中でふと止まった。
「マツリ、君はどう思う?」
にこやかな笑みを浮かべながら、女性はくるりと振り返る。
眼鏡の奥に隠された視線が、後方に立つ三人の幼女達を捉えた。
「……やっと、会えたぜ」
幾多の戦いを経て、ようやくたどり着いた自身の仇。
その姿を見て、幼女は白い歯を見せた凶悪な笑みを浮かべていた。
※
生命の気配が消えた村の中で、三人と一人が相対する。
幼女達の姿をまじまじと見つめていた博士は、意外な顔を見つけて声を掛けた。
「シェイリス、まさか君まで来るとはね」
自分の部下に反逆されたというのに、博士はまるで起こる様子も見せない。
むしろ、その口調はどこか面白がっているふうでもあった。
「ごめんなさい、ママ。どうしても確かめたい事があったから」
一つ頭を下げ、シェイリスは博士の前へ進み出る。
「謝る必要は無いさ、反抗期は誰にでもあるものだからね」
「ねぇママ、私が信じていたものは、今まで教えられてきた世界は、間違ったものだったの?」
揺らぐ自身の気持ちを、シェイリスは真っ直ぐにぶつけた。
一度は母と慕った相手を見つめる瞳は、僅かに潤んでいた。
「それは私が決めることではないね。君はキミが思うがまま、見たものをありのままに信じればいい」
「……なら、アタシは」
突き放したような博士の言葉を受け、シェイリスはじっと自分の掌を見つめる。
自分で選べというのなら、既に道は決まっていた。
後は、前に進む決意だけ。
「御託はいい、さっさと選びやがれ! すぐにぶっ飛ばされるか、オレを元に戻してからぶっ飛ばされるかをな!」
その後ろから、痺れを切らしたようにマツリが前へ進み出た。
既に瞳は爛々と輝いており、全身には可視化できそうな程闘気が満ち満ちている。
「怖い怖い、どちらにせよぶっ飛ばされるんだ」
そんなマツリの様子を見ても、博士は余裕の態度を崩さない。
マツリに背を向けながら肩をすくめ、けらけらと笑うばかり。
「てめぇ、馬鹿にしてんのか!」
「マツリさん、あまり熱くなっては」
今にも飛びかからんとするマツリを、グレイスがおずおずと静止しかけたとき。
「君達の為に、今日は特別なおもてなしを用意したんだ。気に入ってもらえると良いな」
高らかに叫んだ博士の言葉を号令にしたかの如く、幾つもの黒い影がマツリ達の周囲へ一気に現れた。
「何だ、優性部隊か!?」
集団は、マツリ達を一瞬で取り囲んでいた。
数は十数人、格好は普通の帝国軍人だが、顔は一様に白い仮面で覆われている。
仮面には、帝国の紋章のみが大きく刻まれていた。
「でも、こんな奴らアタシは」
仮面の集団は一言も発さず、マツリ達を包囲したまま奇妙な感覚で体を揺らしている。
その不気味な様子は、今まで戦った優性部隊のどれとも違うものだ。
「マツリ、君の記録は実に素晴らしいものだったよ。お蔭で、これ程の成果が生まれたんだからね」
「どういう意味だ!」
「元の素材が粗悪であっても、それなりの力を出せるようになったのさ。まあ、優性部隊程の力は無いけどね」
今までは、外種の体組織を埋め込むのに幼児を連れてくる必要があった。
成長しきった大人では、遺物を埋め込んだ際の拒絶反応が強すぎたのだ。
また、シェイリスのように成功する実験体は、おおよそ百人に一人の割合しか存在しなかった。
しかし――
「……まさか、帝国軍人を実験材料に」
「本望だろう、自分達の犠牲が国の為になるのだからね」
博士の言葉は、成人であっても実験が可能になったと示していた。
年齢や素質に関係なく、誰であっても強大な力を手に出来る。
しかし、何の代償も無しに力を得られる訳が無い。
彼らの異様な様子は、その事実を如実に占めしていた。
「こんなことを、いつまで続けるつもりですか……貴女は!」
突如声を挙げたグレイスは、博士へ目掛け一直線に駆け出した。
「グレイスさん!?」
予想外の事態に、シェイリスは目を剥いた。
「あいつ、人には落ち着けとか言っといて!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
一人前へ出たグレイスを庇うように、マツリとシェイリスも前方へ飛び出す。
三人へ向け、仮面の男達が一気に殺到した。
「喰らいなさい!」
シェイリスが繰り出す炎を恐れもせず、男の一人が戦斧を振り降ろす。
すんでの所で後方に飛び退いた所へ、後方から鋭い矢が飛来する。
「こいつら、強い!?」
その矢を叩き落とし、マツリは戦斧を持つ男へ鉄球を放り投げる。
無防備な男の胴体へ向かった鉄球は、側面から飛び込んだ別の男に受け止められていた。
「中々やるじゃねーか、けどな!」
鎖を引き戻し、鉄球を掴んだままの男を殴り飛ばすマツリ。
その隙を狙って突き出された槍を引っ掴んで、逆に槍を持った男の導体へ柄を食らわせる。
「アタシだって!」
全身から炎を噴出させ、シェイリスは連続して飛来した矢を燃やし尽くす。
ついでとばかりに、地面を伝わらせた炎で射手の体を包み込んだ。
マツリ達が男を引き付けている間に、グレイスは数mの距離を走り切っていた。
「これ以上、貴女の好きには!」
大きく飛び上がり、博士の眼前へ鎌を振りかざすグレイス。
その刃は、博士の体へ触れる寸前で停止した。
「どうしたんだい、止めを刺さないのかな?」
首筋に刃を当てられたまま、博士は妖艶に微笑む。
まるで表情を変えない博士へ、グレイスは悲しげに口を開く。
「もう、もう止めて下さい……姉さん」
途切れ途切れに告げられたその言葉は、深い臓腑の奥から吐き出されたものだった。
リアル事情で暫く更新が不定期になります、申し訳ありません。
ですが、何があっても絶対に最後まで書き続ける所存ですので、最後まで付き合って下されば嬉しいです。




