問い掛ける幼女
フレイス前線基地の廊下では、ネローヌとリルカが連れ立って歩いていた。
俯きがちに進む二人の足取りは重く、一様に疲れた顔をしている。
「申し訳ありません、リルカさんまで巻き込んでしまって」
「そんな、自分から着いて行ったんだから」
頭を下げるネローヌに、リルカは気にしていない風で笑って見せる。
今まで二人は、マツリとグレイスが脱走した件について上層部から叱責を受けていた。
「でも良かったよ、そんなに怒られなくて」
説教を受けた時間は長かったもののの、実際に受けた処分は一週間の謹慎を言い渡された程度。
以前の活躍が加味されたとはいえ、 自分の隊から脱走兵を出したにしては甘すぎる。
「恐らく、黙認されているのでしょう」
そう告げて、ネローヌは暫し黙考を始める。
今までマツリは、帝国に対する敵意を隠そうともしなかった。
食堂等で他の兵士達と交わす雑談の内容は、話題は如何に帝国を潰すかに終始していた。
同様に、グレイスの身に起きた悲劇も良く知られている。
上層部がそれらを把握していれば、この時期に脱走した理由にも推測が付くはず、
例え数は少なかろうと、二人の戦闘力は圧倒的だ。
彼女達が勝手に暴れてくれれば、帝国軍の戦力を削ぐことになる。
停戦中とはいえ、帝国と解放軍の間に横たわる断絶が無くなった訳ではない。
上層部からすれば、得はあっても損はしないという判断なのだろう。
帝国側が抗議するかもしれないが、解放軍とは既に無関係であると言い張ればよいのだから。
「今頃、何してるんだろうね……」
遠く離れたマツリを思い浮かべ、リルカは窓の外へ視線を向ける。
良く晴れた空には、白い雲がぽっかりと浮かんでいた。
※
マツリ達が脱走してから時を置いて、帝国ノルスレー地域に位置するポカイク基地にて。
程ほどの規模を持つ基地の最上階には、真っ赤な絨毯が敷き詰められ、上等な机や椅子が並んだ部屋がある。
普段なら軍の会議や高等な儀礼が行われている場所も、今は様子が違っていた。
「は、放してくれ……」
部屋の中央では、胴体を踏み付けられた総髪の男が苦しげに呻いている。
帝国の軍服を纏った男の顔は、暴行を受けて無残に赤く腫れ上がっていた。
「それは、全部正直に喋ってからだな」
男を踏み付けているのは、十にも満たないような黒髪の幼女。
「し、知らない、俺は何も知らないんだ!」
腹部をしっかりと固定された男は、上半身を揺すって必死に抗議する。
「だってよ、グレイス?」
幼女の振り返った先には、巨大な鎌を背負った青肌の女性が佇んでいた。
「いえ、この方は嘘を付いています。魂の色は、まだ鈍く濁ったままです」
男の顔を冷ややかに見つめるグレイスの瞳には、暗く淀んだ炎が移っている。
「ったく、素直に吐けば苦しまなくていいのに」
「まだやってるの、あんたは……」
と、背後の扉が開き、帝国軍の軍服を纏った紅い髪の少女が姿を現した。
彼女にとって、ここは勝手知ったる昔の住処。
いつものように帰還した紅蓮の戦乙女を、基地の帝国兵は何の疑いもなく迎え入れた。
それに留まらず、マツリ達を捕虜扱いで侵入させたのが運の付き。
基地は三人に蹂躙され、あっという間にその制御を奪われていた。
「おう、そっちはどうだった?」
「全然駄目ね、資料は全部放棄されてるみたい」
黒く塗り潰された紙の束を見せ、シェイリスは残念そうに首を振る。
「そうか、少しは手掛かりがあるかと思ったんだが」
ここは、二度目の戦いの前にシェイリスが滞在していた基地。
そしてまた、彼女が博士の姿を最後に見た場所でもある。
しかしマツリ達が訪れたとき、ここは既に研究施設としての役割を終えており、博士の姿は影も形も無かった。
「紅蓮の戦乙女、何故裏切った! 貴様は、帝国軍の恩恵を受けていながら……」
「悪いけど、あんたに忠誠を誓った覚えは無い」
「何だと!?」
倒れたままの男につかつかと歩み寄ると、シェイリスは刺すような視線を向けた。
「全部見つけたわよ、あんた達が集めたもの全て」
「まさか、倉庫を」
「探すまでも無かったわ」
先程目にした光景を思い起こし、シェイリスの瞳に炎が灯る。
基地の倉庫に山積みされていたのは、臣民から奪い取ったとしか説明の付かない富の数々。
煌びやかな装飾品や宝石類などが、自身の成果を誇示するかの如く無造作に放置されていた。
「本当に腐ってやがるんだな、帝国ってのは」
「マツリさん」
シェイリスの心情を慮り、あからさまに言い捨てたマツリをグレイスが静かに窘める。
「いいわ、事実だもの」
最早シェイリスにとって、帝国は心を寄せる居場所ではなくなっていた。
「それで、そいつがここの新しい基地司令?」
シェイリスがいた頃、基地司令は博士が兼任していた。
彼女にとってせめてもの救いは、この腐敗がシェイリスが去ってからの僅かな間に行われたことだろう。
一週間も経たずにあれだけの蓄財が出来るこの司令官、ある意味では優秀なのかもしれない。
「違う、私はただの……」
「何を言っている、今更責任逃れか!」
頭を振って否定しかけた男を、部屋の隅で転がされていた士官の一人が罵る。
「貴様、あれだけ目を掛けてやった恩を忘れ――」
首だけで横を向き、男は士官と言い争いを始める。
その言葉が、突如響いた轟音で中断される。
男が最後まで言い切る前に、マツリの拳が部屋の床にめり込んでいた。
「悪ぃが、あんたらの内輪もめに付き合ってる暇はねぇんだ」
マツリの拳は、顔の数m先を掠めていた。
飛び散った破片を浴びた男の顔が蒼褪め、半開きになった口から声にならない声が漏れる。
「さ、さっきから何度も言ってる通りだ、私は何も知らない!」
「グレイス、何か手はあるか?」
この期に及んでしらばっくれる男へ、マツリは肩をすくめる。
その気概は天晴だが、こちらかすれば面倒なだけだ。
「一つだけ手段があります、あまり気は進みませんが……」
静かに呟きながら、グレイスは鎌の切っ先を男へ向ける。
「対象者の魂に働きかけ、強制的に魂から記憶を引き出す術があります」
「そりゃいい、最初っからそいつを使えばよかったのによ」
「ただ、一つだけ問題が」
上機嫌に顔を綻ばせるマツリとは対照的に、グレイスは顔をしかめて言いよどむ。
「副作用として、対象者の精神が完膚なきまでに破壊されてしまうのです」
「な、何っ!?」
「成程なぁ、そいつは大変だ」
深刻さのかけらも無い口調で呟いたマツリは、けろりとした顔で男へ向き直る。
「あんたには道が二つ残されてる。正直に喋って解放されるか、このまま黙って帝国に忠義を尽くし、廃人になるか……だ」
一つ大仰な咳払いをしてから、マツリは訥々と男へ告げた。
「言っとくけど、こいつに慈悲の心なんて欠片も残ってないわよ」
「さぁて、どうする?」
最早、男に選択の余地は無かった。
※
「思ったより簡単に吐いてくれたわね」
冷たく吐き捨て、シェイリスは白目を剥いた男の顔を見遣る。
全てを話し終えた後、男は恐怖のあまり気絶していた。
「マツリさんの脅しが効きました」
「脅し? オレは本気だったけど」
「……冗談に聞こえないのが恐ろしいわ」
きょとんとした顔を向けるマツリを見て、シェイリスは冷や汗を掻いた。
「ドレムロ湿地帯、ですか」
机上に地図を広げ、グレイスは腕を組んで考え込む。
男に白状させたのは、博士の現在地だった。
「ここから近いのか?」
「そこまで離れてないわ、けれど」
「ここには、かつてある種族が暮らしていました」
何かを察して言い淀んだシェイリスに続いて、グレイスが言葉を紡ぐ。
「古来から最も死に近いとされてきた部族であり、古の契約術において人ならざる者達を操る者達」
「まさか」
そこまで聞けば、鈍いマツリにも察しが付く。
件の地が、グレイスにとって最も縁深い場所であると。
「そこは、かつて冥族と呼ばれた人々の住んだ土地。……私の、故郷です」




