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捜す幼女

 「何だ、これ」


 目の前に現れた異形の姿を見て、マツリは口をあんぐりと開けていた。

 体長およそ20m程、全体が長い毛に覆われた毛玉のような体からは、鋭い牙が何本も覗いている。

 薄暗い通路の中で、窓から差し込む月明かりだけがその巨体を照らす。

 決して狭くは無い通路が、その体で完全に塞がれていた。

 壁にめり込む体を窮屈そうによじりながら、怪物はじっとマツリ達を見つめていた。


 「外種? でも、こんな種類は」


 恐れと戸惑いを含んで、未知の怪物を前にしたグレイスはぽつりと呟く。

 瞬間、わなわなと蠢く白い毛の奥で、ぎらりと双眼が煌めいた。


 「来るぞ!」


 マツリの声を合図にしたように、奇っ怪な叫び声を挙げて怪物はマツリ達へ突進した。


 「おいおい、ここじゃあんなペットを飼ってたのか?」

 

 「冗談じゃない」


 状況に似合わない軽口を受け、シェイリスは顔をしかめる。


 「とにかく、ここは逃げましょう」


 猛然と迫り来る怪物に背を向け、マツリ達は通路を駆け出す。


 「なあ、お前の炎でどうにか出来ないのか」


 「ここで力を使ったら、建物が燃えちゃうでしょ!」


 マツリの不用意な問いに、シェイリスは目を剥いて怒り出す。


 「あんたこそ、自慢の馬鹿力はどうしたのよ」


 お返しとばかりに、シェイリスは横目で睨み付けた。 

 マツリの凄まじい腕力なら、あのサイズの敵など恐れるに足らないはずだが。


 「オレにだって、触りたくないものくらいあるっての」


 ぶっきらぼうに呟きながら、マツリはうんざりした表情で腕に着いた染みを撫でる。

 あの怪物から飛来した紫色の液体が、服に幾つもの染みを生んでいた。。

 恐らく体液だろう、べっとりとした粘性の液体は、僅かな量でも凄まじい匂いを漂わせている。

 生ゴミと吐瀉物が混じり合ったような、嗅ぐだけで気分を遠くさせる異臭。

 もし正面から怪物と戦えば、この匂いとまともに向き合ってしまう。


 「好き嫌い言ってる場合じゃ」


 「あそこに入りましょう」


 丁度曲がり角に入った所で、グレイスが不意に側面の扉を指差した。

 幸い鍵は掛かっていないようで、横開きの扉はすぐさま開いた。

 三人は室内へ飛び込み、怪物が曲がり切る前に慌てて扉を閉める。


 丁度扉が閉まり切った瞬間、轟音と共に怪物が通路を走り抜けていった。

 暫く鳴り渡っていた地響きは、数秒経ってようやく消える。


 「ど、どうにかやり過ごせたみたいね」

 

 脅威が去り、張り詰めた緊張が一気に解ける。

 胸を撫で下ろしながら、シェイリスは一つ溜息を漏らした。


 「さっきのは冗談だけど、本当に知らないのか?」


 「人間以外を研究してたなんて、聞いたこと無いわ」


 マツリの問いに、シェイリスは首を振る。

 優性計画は、人間にのみ焦点を絞った研究である。

 他の研究所がどうだったかは知らないが、少なくともこの研究所で動物実験を行っていたはずが無いと。


 通路に収まり切らない程の巨体が、外から迷い込んだとも思えない。

 マツリは首を傾げるが、それに答えが出る訳も無く。


 「ところで、この部屋は何でしょうか?」


 闇に包まれた室内を、グレイスの呼び出した人魂が照らす。

 ぼんやりとした灯に映し出されたのは、幾つもの本棚が並んだ細長い空間。


 「ここは確か……資料室だったと思うわ」


 辺りを見回して、シェイリスはぽつりと呟く。

 帝国中から集められた精鋭達は、研究の日々の中でも鍛錬を惜しまなかった。

 ここはそんな研究者達へ向け、帝国中から収集された様々な本や資料が保管されていたのだ。


 「丁度いい、捜しと洒落込もうぜ」


 化け物騒ぎで忘れかけていたが、元々の目的は調査だった。

 これ幸いと、マツリは資料室を探り始める。


 「何か見つかれば良いのですが」


 「……今更お勉強なんてね」


 寂しげな目線を向けつつ、すっかり埃にまみれた本達を撫でるシェイリス。

 見られても問題の無い資料室の一部は、成長した実験体へ向けても開放されていた。

 最も、勉強嫌いなシェイリスは殆ど訪れていなかったが。


 「こいつは」


 と、山積みになった本達に首を突っ込んでいたマツリが、体半分本に埋もれたまま声を挙げた。


 「何か見つけましたか?」


 「見ろよ、凄そうな表紙が付いてるぜ」


 集まって来た二人へ、マツリは誇らしげに黒い本をかざす。

 重厚に装丁された本は、その小さな顔をすっぽり覆い隠す程に大きかった。


 「で、何が書いてあるの?」


 「それが……さっぱり読めん」


 「あんたねぇ」


 とぼけた顔で首を傾げたマツリを前に、シェイリスは肩をすくめる。

 

 「喋る方はどうにかなってるけど、読む方はまだ苦手なんだよ」


 冷たくなった空気に耐えられなかったのか、マツリは言い訳気味に呟いた。

 全くの異世界人であるマツリに、難解な学術書を読めというのは酷である。

 基本的な読み書きですら、最近ようやく身に付いたところなのだ。


 「貸して頂けますか?」


 「おう」


 「これは…… ふむ」


 マツリから本を受け取ったグレイスは、興味深そうに中身を眺めている。


 「何か分かったか?」


 「まだ序論程度ですが、恐らくこの本は――」


 グレイスが本の頁をマツリ達へ向け、内容を解説し始めた刹那。


 「この音は!?」 


 不意に上方から聞こえ始めた乾音をに、マツリ達は一斉に天井を見る。

 視線の先では、資料室の天井がみしみしと軋み、曲線を描いてたわんでいる。

 たわみは次第に大きくなり、曲線が山なりを遥かに越えたとき。

 耳を劈く破砕音を伴って、天井が一気に崩壊した。


 「またこいつか!」


 現れたのは、先程まで追いかけっこを繰り広げていた怪物の姿。

 本棚を幾つも踏み潰して、怪物はマツリ達を一心に見つめている。


 「こうなったら……外に出るわよ!」


 最早逃げるのは無駄だと悟ったのだろう。

 シェイリスは部屋の扉を突き破り、通路の反対側に位置する窓を突き破って外に出た。


 「まあ、ここじゃ戦えないよな」


 残された二人も、置いて行かれまいとその背中を追う。

 窓から飛び出てそこは、小さな公園程の広さがある中庭で。

 

 ふと鳴り渡った轟音に振り向けば、三人を追って怪物も中庭に到着していた。


 「……触りたくねぇなぁ」


 「我儘わがまま言ってる場合じゃないでしょ!」


 シェイリスにせかされ、仕方なくマツリは怪物へ突進する。

 弾丸の如く加速した拳が、蠢く体毛を突き抜けて体へ直撃した。

 が。


 「効いて、ない!?」


 拳が放った衝撃は、粘性の体に受け止められていた。

 そのまま拳は体に埋まり、マツリを呑み込まんと周りの肉が腕を引き込んでいく。

 不気味な現象に一瞬マツリは戸惑うが、そのまま呑み込まれる訳には行かない。


 「こん……のぉっ!」


 マツリは地面を軸にして怪物を持ち上げると、ボールのように巨体を放り投げた。

 怪物は数十m上空から落下したが、大地で何度か跳ねて着地しただけで、特に損傷は負っていないようだ。


 「うへぇ、ぬちゃってしたぜぬちゃって」


 グレイス達の元へ飛び退いたマツリは、手に付いた体液を払いつつ顔をしかめていた。


 「こうなったら、アタシの炎で」


 「いえ、普通の攻撃は通用しないでしょう」


 進み出ようとするシェイリスを、グレイスがおもむろに押し留めた。


 「グレイス?」


 首を傾げるマツリの前で、鎌をかざしたグレイスは何事か詠唱を始める。


 「虚ろに漂う者どもよ、現世にその姿を表出せん!」


 詠唱が終われば、グレイスが展開した魔方陣から淡い光が放たれた。

 光の粒に包まれた怪物は、白い毛をぴいんと逆立てその動きを止める。


 「これは、外種の……?」


 眼前の現象に戸惑うシェイリスの脇をすり抜けて、マツリは怪物へ突進していった。


 「喰らえぇっ!」


 マツリの放つ蹴りが、怪物の体へまともに直撃する。

 瞬間、空気が大きく揺れ、ぴりぴりとした衝撃波が肌を刺激する。


 「倒せ……た?」 


 反動で一回転してから着地したマツリは、拍子抜けしたように呟く。

 先程とはうって変わって、怪物は一撃で粉々に砕けていた。

 

 「どういうことなの、グレイス?」


 「この本のお蔭です」


 何が何だか分からないシェイリスへ向け、グレイスはマツリが見つけた黒い本を向ける。


 「この研究所では、秘密裏に外種を研究していました。いえ、それだけではありませんね」


 本の頁をぱらぱらとめくりながら、眉間に皺を寄せてグレイスは話し出す。


 「えっ?」


 黒い本に書かれていた、驚くべき事実。

 それは、マツリ達の存在そのものに関わる事柄であった。


 「シェイリスさん、マツリさん。外種こそが、貴方達の根源なのです」

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