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調べる幼女

 マツリ達がその街に着いたのは、西の空に日が傾きかけた頃だった。


 「ここがジョベイルか」


 街と外界を隔てる門は無く、簡素な案内板が立っているのみで。

 どこにでもありそうな建物が並ぶ、地味な宿場町がそこにあった。

 こんな場所なら、グレイスが記憶していなかったのも頷ける。


 「特に帝国軍が周辺を警戒している様子も無いようです。これなら苦労せずに街へ入れそうですね」


 使い魔に周辺を探らせていたグレイスが、ふと緊張を緩める。


 「そうなのか?」


 「古い研究所だから、もうとっくに閉鎖されているはずよ」


 「そんな場所、何で行く気になったんだ」


 抱いていた戦意が掻き消え、拍子抜けしたマツリは頬を膨らませる。

 研究所へ向かうと聞いて、優性部隊との激しい戦闘を予想していたのだ。


 「疑ってみようと思ったのよ、今まで当たり前に受け入れていた事実を」


 信じていた常識も、認識していた現実も、全てがあやふやに思える。

 自分が生まれ育った場所を訪れて、確固たる証を見つけたかった。

 

 「あんたが不満なら、止めてもいいけど?」

 

 「いや……行く」


 少し黙考してから、マツリはゆっくりと首を縦に振った。


 「何故ですか?」


 「これからぶっ倒そうとする相手だ、調べておくに越したことはないからな」


 よくよく考えてみれば、マツリは博士について何も知らない。

 抱いている激しい憎悪は戦意の原動力になるが、それで瞳が曇ってしまうのは論外だ。

 この戦いに、負けは許されないのだから。


 人気の少ない市街を通り抜け、マツリ達は街の奥へと進んでいく。

 シェイリスの案内で着いたのは、寂れた建物の並ぶ静かな一角。


 「ほんとに使ってないんだな」


 目的の研究所を見たマツリは、残念そうに肩をすくめた。

 この世界では珍しい、正方形型の三階建て。飾り気の無い純白の壁には、殆ど窓が無い。

 敷地はかなり広いようで、ここからは端までが確認出来ない程だ。

 閉鎖されてからは長い間誰も訪れていないようで、窓にはあちこちでひびが入り、壁面は長い蔦に覆われている。

 当然守衛らしき人物もおらず、マツリ達はあっさりと正面玄関へ進めた。


 「鍵が掛かってますね」


 いかにも分厚い金属で覆われていそうな鈍色の扉には、厳重に閉じられていた。


 「ええと、確か――」


 この扉を開ける為には、いくつか面倒な手順があったような……

 細い記憶の糸を探りつつ、シェイリスは開錠方法を探す。

 と、わしゃわしゃと頭を掻く彼女の傍で、一つ大きな破砕音が響いた。


 「こっちの方が早い」


 驚いて音のした方を見れば見れば、扉から離れた場所の壁がマツリの拳で粉々に粉砕されていた。


 「……あんたねぇ」


 確かに通れるようにはなったが、なんと乱暴な。

 呆れる二人を置いて、マツリはつかつかと建物へ入っていく。


 「何か使えそうなものは、っと」


 埃の積もった廊下には照明も無く、何処となく不気味な雰囲気が漂っている。

 しかし、それくらいで臆するマツリでは無い。

 無造作にしゃがみ込んんで、通路へ放置された残骸を漁っていた。

 が、そのどれもが朽ち果てていて、役に立ちそうなものは無いようだ。


 「行儀悪いですよ、もう」


 遠慮の無さすぎる光景を見て、グレイスは眉間に皺を寄せる。


 「別にいいだろ、誰も住んでねぇんだし」


 「ねぇ、シェイリスさん」


 ぶっきらぼうに返され、同意を求めるように振り向くグレイス。

 ところが、最も怒り出しそうな相手はそれを咎めるでもなく、通路の真ん中に立ち、焦点の合わない瞳で虚空を見つめていた。


 「どうかされましたか?」


 「ううん、ちょっとね」


 グレイスの声に我を取り戻したシェイリスは、二、三回眼を瞬いてから感慨深そうに呟いた。

 この場所に立った瞬間、シェイリスの脳裏にはいつかの光景がありありと蘇っていた。

 家族と、皆と共に過ごしていた、幸福な日々の記憶が。


 「今は、進まなきゃ」


 いつまでも呆けている訳にはいかない。

 頬を二、三回叩いてから、シェイリスは力強く歩き出した。


 「こっちよ」


 その背中を追って、マツリ達も研究所の奥へと進んでいく。


 「これだけの施設、やはり研究には帝国軍が関与を?」


 薄暗い廊下を歩きながら、話題は自然と研究所の内情へと向かっていた。


 「正確なことはアタシも知らないけど、元々ここは軍事兵器の研究所として設立されたはずよ」


 十年前の大戦後、帝国は新たな戦いへ向け更なる軍備増強を目論んだ。

 研究所をこんな田舎に作ったのは、亜人達に察知されない為。

 広大な敷地面積を活かし、大砲や攻城兵器などの大掛かりな兵器を研究していたらしい。


 「その発想が変わったのは、ママ……博士が来てからね」


 「優性計画か」

 

 ある単語を思い出し、マツリは忌々しげに口を開く。


 「知ってるの?」


 「知りたくも無かったけどな」


 自分に課された実験の合間、博士が得意げに話していたのを覚えている。


 対亜人を想定して武器の改良を進めていた研究者達は、ある課題を抱えていた。

 兵器をいくら高度化させても、それを扱う人間が脆弱なままでは意味が無い。特に、高い身体能力を誇る亜人相手なら。

 博士は、この疑問に極めて明快な答えを出した。

 能力が足りないのなら、人間自体を変えてしまえばいい。

 技術を用いて強靭な人間を造り、魔法や火薬に変わる新兵器として戦場に投入する。

 単騎で百人の兵士に相当する存在を造り出せば、多少能力に勝る亜人相手であっても恐れるに足らない。

 末端の研究員だった博士の存在は、この過激な論文を通じて一躍知られることになる。


 当初はあまりに異端過ぎる考えとして排除されかけたが、そこに皇帝の強力な後押しが加わった。

 どのようなやり取りがあったかは分からないが、博士は皇帝を完全に味方としていたのだ。

 当局の後見を得た博士は思うがままに実験を繰り返し、やがて常人を遥かに超えた力を持つ優性部隊が誕生する。

 彼らは戦場で凄まじい活躍を見せ、今の帝国で博士を公然と非難するものはいない。


 「ったく、理解出来ねぇぜ」


 元々この戦争は、亜人と人間族の差別感情が引き起こしたものだという。

 自らとは違う異質なものを忌避し、強硬な手段を用いても排除する。

 マツリにとっては唾棄すべき理屈だが、その感情自体は否定できない。

 しかし、人間でないものを倒す為に人間であることを捨てるのなら、最早本末転倒ではないか。

 

 「まあ、ちょっと行き過ぎだよね」


 「ちょっとじゃねぇっての」


 マツリの怒りを受け流しつつ、シェイリスは喋り続ける。


 「研究の初期段階では、アタシのように身寄りのない孤児達が使われた」


 帝国が文明的に発展していても、貧困とは無縁でいられない。

 当時の帝都には、大戦によって親を失った孤児達が数多く貧民街をうろついていた。

 研究に用いる素材として、これ以上に都合の良い存在は無かった。

 失敗して誰に咎められる訳でもなく、材料はほぼ無尽蔵に入手できる。

 物覚えの付かない頃から貧民街で暮らしていたシェイリスも、そうやって集められた一人だった。


 「お前は、何とも思わなかったのか?」


 自分の体を勝手に弄繰り回されて、それまでとは違う存在に変えられる。

 普通の人間なら、激しい怒りを抱いてしかるべきだ。


 「むしろ感謝したわ。あんなごみのような生活から助け出してくれてね」


 怒気に溢れたマツリの問いに、シェイリスは静かに首を振った。


 「多分、他の皆も同じように考えたんじゃないかしら」


 シェイリスと行動を共にしていた隊員達は、その殆どが恵まれぬ出自の者達だった。

 いつ命を落とすとも知れぬ日々を送っていた彼らにとって、博士の実験は渡り船といえる。

 安定した食事を得られ、日々の寝床を探す必要も無い。

 そして、実験の合間には博士から優しい言葉を掛けて貰えた。

 親の顔を知らぬ身からすれば、それは初めて受けた愛情だったかもしれない。

 だからこそ、辛い実験にも耐えられた。

 

 「けど、今は分からない。あの言葉が本当に私達を思いやってのことだったのか、それとも――」


 あの村で普通の親子に初めて触れたシェイリスは、博士の言動に潜む違和感に始めて気付いた。

 博士の愛情は、常に結果と引き換えだった。

 褒めて貰うには、何か良い成績を残さなければならない。

 無能は容赦なく切り捨てられ、存在することすら許されなかった。


 「ちょっと待て、何だ?」


 そこまで話したところで、怪訝そうな顔をしたマツリが不意に足を止めた。


 「どうし――」


 遅れて進むのを止めた二人も、異変に気付いて表情を険しくする。

 三人の耳には、微かに聞こえ始めた轟音が響いていた。

 ただの足音では無く、もっと大きな何かが近付いているような。


 音は次第に大きくなり、建物さえも揺れ始める。

 そして、三人の緊張が最大限にまで達した瞬間。


 「来るぞ!」


 激しい破砕音が鳴り渡り、側面の壁が突き破られた。

 衝撃で壁の破片が飛び散り、視界が白煙に覆われる。

 

 「な、何が……!?」


 「分からねぇが、あちらさんはやる気みてぇだ!」


 今だ晴れぬ煙の向うで、通路を塞いだ黒い影は大きく咆哮する。

 それは、宣戦布告を知らせる合図の如く。


 「はっ、相手になってやるよ!」


 鼓膜を震わせる咆哮を前にしても、マツリの顔から不敵な笑みは消えない。

 未知の存在を恐れることなく、幼女は煙の中へと突進した――

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