表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/36

知らない幼女

 マツリが去ったのを見届け、ネローヌは大きな溜息を付いた。


 「私は、何を考えていたのでしょうか」


 マツリの揺ぎ無い決意を前にして、ネローヌは一人苦悩する。

 可憐な少女そのものであるマツリの体は、本人にとって呪い以外の何物でもなかった。

 なら、その容姿に惹かれた自分は何なのだろう。

 まるで芸術品の如く美しい体を、それを持つ人間自身が激しく憎悪しているとは。

 全く予想していなかった事実を知り、激しい動揺が体を駆け巡る。


 彼女に比べれば、自分はまだ幸運だ。

 両親や友人こそ失っているが、故郷はまだ残っているし、体だって五体満足のまま。

 全てを奪われた少女は、どれほどの絶望をその身に抱いているのだろう。

 どれほどの怒りが、小さな体の中で渦巻いているのだろう。


 「ネローヌちゃん、起きてる」


 「リルカさん」


 「良かった、目が覚めたんだね。怪我は大丈夫?」


 「精神的なものですから、後遺症も特にありません。すぐにでも戦線に復帰できますよ」


 そう明るく言い切ったネローヌの顔をまじまじと見つめてから、マツリは悲しげな顔でに口を開く。


 「……もしかして、何かあったの」


 気付かれないようにしていたネローヌだったが、付き合いの長いリルカには筒抜けのようだ。


 「今更になって気付きました。私は、マツリさんのことを何も知らないんだなぁ……と」


 最早隠すのも無駄だと悟り、ネローヌは静かに語り始める。


 「そんなの、当たり前だよ」


 「え?」


 落ち込むネローヌへ、リルカはあっけらかんと答えていた。


 「私だって、マツリちゃんのことをぜんっぜんっ知らないもん!」


 そう言って、リルカは誇らしげに胸を張る。


 「威張る事ではないのでは……」


 「それもそうだね」


 言われてみれば当前の指摘を受け、リルカは照れ臭そうに頭を掻く。


 「きっと、マツリちゃんも、グレイスちゃんも同じだよ。私達、まだ知り合ってほんの少ししか経ってないもん」


 長く感じていたけれど、マツリ達と出会い、黎明部隊を結成してから僅か数週間程度である。

 もうすっかり馴染んでいるが、マツリとネローヌは知り合ったばかりなのだ。


 「これから知っていけばいいんだよ、これから」


 「確かに、そうかもしれませんね」


 自分は、少し急ぎ過ぎていたのかもしれない。

 初めて抱いた感情を、自分の中で持て余していたのだろう。 


 「そうそう、笑顔が一番!」


 「ふふっ、ありがとうございます」


 リルカに釣られて、ネローヌの顔にも笑みが浮かぶ。

 その美しい顔は、咲いた瞬間の大輪を捉えたように麗しかった。


                              ※


 ネローヌが目覚めた翌日のこと。

 朝から姿が見えないマツリを探していたリルカとグレイスは、鉄と煤の匂いが充満する武器庫にて探し人を発見した。

 ――したのだが。

  

 「マツリ……さん」


 信じ難い光景を前に、グレイスは言葉を失っていた。

 武器庫の隅に座るマツリが、普段からは想像できない程にやけた面を晒していたのだ。

 その傍に置かれているのは、棘がびっしりと生え揃い、いかにも凶悪な見た目と化した鉄球の姿。

 頬をだらしなく緩めたマツリは、それをとても楽しげに磨いていた。


 「それ気に入ったの、マツリちゃん?」


 「威力は高いし、見た目もカッコいいし、何より壊れない。最高の武器じゃねぇか!」


 マツリにとって特に三番目が重要なのは、言うまでもない。

 人形遣いとの戦いが終わった後、マツリはちゃっかり鉄球を拝借していた。

 基地に勤めている職人達に頼み、それを自分専用の武器として整備してもらったのだ。

 いかに熟練の鍛冶師とて、普段は兵士達の武装を整備しているのだから、最初は面喰っていた。

 それでもこうやって仕事をこなしてくれたのだから、本職の技は流石である。


 「確かに、使いこなせれば強力かもしれませんね」


 「そうかなぁ……」


 筋が通っているようないないようなマツリの持論を聞かされ、グロイスは神妙に頷き、リルカは首を傾げていた。


 「しかし、一つだけ難点がある」


 マツリの表情が、不意に笑顔から真顔に戻る。


 「それは?」


 「実はこれ、すっごく持ち運び難いんだ」


 「……まあ、そうだよね」


 鉄球をひょいと背負ってから、肩をがっくりと落とすマツリ。

 当然と言えば当然であるが、これ程大きければ置き場所を確保することすら難しい。

 マツリにとってこれくらいの重さは全く問題無いだけあって、実に惜しいといえる。


 「馬車に乗せらんねぇのが辛いよなぁ。一々徒歩で移動するのも面倒くせぇし」


 「お馬さんが死んじゃうよ……」


 冷や汗を掻きながら、リルカは鉄球をまじまじと見つめる。

 間近で見れば実感出来るが、この物体は本当に大きい。

 巨大さもそうだが、中心までぎっしりと鉄が詰まった重さも尋常ではない。

 例え相当頑丈な馬車に乗せられたとしても、馬が運ぶのは不可能だろう。


 と、何かを閃いたマツリが、掌に拳を打ち付けた。


 「そうだ、前にネローヌが使ってたあれで運べねぇかな」


 「転移魔法?」


 リルカの脳裏に、いつか見た緑色の魔方陣が浮かぶ。

 確かに、あれを使えば大きさも重さも問題なさそうに思える。


 「っていうかさ、あれを使えば馬車も必要ねぇんじゃね?」


 「恐らく、それは無理です」


 上機嫌で思い付きを語るマツリへ、グロイスが冷静に突っ込んでいた。


 「どうして?」


 「あの魔法は、あくまで短距離を移動する為のもの。隊長程の使い手であっても、歩いて一日以上の距離は不可能でしょう。それに、あれだけ重い物体を運ぶのは……」

 

 あの魔法、『虚空を繋ぐ光の扉』は、魔力扱いに長けたエルフ族であっても容易には使いこなせない術。

 魔力量や術の精度を考慮すると、基地からエルフィンクまでの距離を移動できたことでさえ前代未聞だ。

 普通の術者なら、目に見える範囲を移動するだけで精一杯なのだから。


 「そう上手くは行かねぇか」


 がくりと肩を落としたマツリの視界に、一列になって進む兵士達の姿が目に入った。

 食堂や商店とは方向が違うし、何より雰囲気が違いすぎる。

 引き締まった表情に浮ついたものは少しも感じられず、彼らの間には深刻な空気が漂っていた。


 「あいつら、どこ行くんだ?」


 「何処って、教会だけど」


 「へぇ……」


 この世界にも宗教とかあったのか。

 なんて、マツリの心中に素朴な感慨が去来する。


 「これだけ広い要塞ですから、内部に教会や商店等様々な施設が揃っているのでしょう」


 兵士だけでなく、鍛冶師や調理師など様々な人々が生活している。

 様々な需要に答える為、小さな街一つがそのまま入っているような状態になっていた。


 「多分あの人達は、戦場での無事を願いに行くんだろうね」


 「はー、どこでもやることは変わんねぇんだな」 


 世界が違っても、神頼みしたくなる心情は同じらしい。

 神様など一辺も信じていないマツリからすれば、馬鹿馬鹿しい以外の何物でないのだが。


 「もしかしてマツリちゃん、ネフェル神のこと知らないの?」


 「ね……? なんだそりゃ」


 リルカが当然のように語った単語は、マツリにとってはまるで聞き慣れない言葉である。


 「知らないの!? 私達亜人の神様なんだよ!」


 「アレク神を信仰している帝国からすれば、邪神と忌み嫌われていますけどね」


 「何だかややこしい話だな、面倒くせぇ……」


 急に知らない単語が複数登場し、会話の内容はマツリの理解できる範囲を超えていた。


 「あちらとこちらでは信じている神が違う、ぐらいの認識で大丈夫ですよ」


 困惑気味に天を仰いだマツリへ、グレイスがかいつまんで説明する。


 「つーか、何でそんな奴らが一緒になってたんだ?」


 人種も風土も、信じる宗教まで違うのに、何故一度は同じ国として纏まっていたのか。

 無理に同じ国とならなければ、こんな争いも起こらなかっただろうに。

 マツリとしては当然の疑問だったが、他の三人にとっては違った。


 「マツリさん、流石にそれは……」


 その一言で、周囲の温度が一気に下がる。

 きょとんとした顔のマツリを囲んで、二人は完全に絶句していた。


 「ま、マツリちゃんはあのときまだ子供だったのかもしれないから!」


 何だか分からないが、この世界の住人であるなら当然知っているべき事実らしい。

 リルカが慌てて助け舟を出すが、マツリの方は子供扱いされて顔をしかめていた。


 「帝国、正確には『勇士同盟及びに大陸国家よる連合帝国』が設立されたのは、今から丁度十年前。先程マツリさんが指摘された通り、人間族と我々の間には大きな隔たりがありました。しかし、それでも一つにならねばいけない理由があったのです」


 「帝国が出来た理由、それはね――」


 グロイス達がマツリに歴史の授業を始めようとした、そのとき。

 重低音と共に、腹の奥へ響く衝撃が空間を伝わった。

 天井が重々しく揺れ、ぱらぱらと埃が舞い落ちる。


 「て、敵襲ー!」


 戦いの知らせを受けて、マツリの思考が瞬時に回転を始める。

 敵は生きていた人形遣いか、懲りずにやって来た帝国の増援か。

 どちらにしても、返り討ちにしてやるだけだと。


 「外種だ、外種が出たぞ!」


 「がい……?」


 聞き慣れぬ名詞に、マツリの脳内が疑問符で埋まる。


 「そんな、まさか!?」


 「期せずして、説明する手間が省けたようですね」


 何が何だか分からないマツリとは対照的に、二人の顔には戸惑いと驚きが浮かんでいた。


 と、慌ただしく行き交う兵士達の間から、ローブを纏った人影が姿を現した。


 「マツリさん」


 「ネローヌ、もう大丈夫なのか?」


 「ええ、もう吹っ切れましたから、色々と」


 顔色もよく、晴れ晴れとした表情を浮かべている。

 それまでの凛とした氷のような美しさの中に、新緑のような深みを思わせる立ち振る舞いであった。


 「お、おう」


 喜ばしい筈なのに、マツリの背中には悪寒が走る。

 心なしか、自分に向ける視線が怪しいような。

 だがそんな違和感は、今そこにある緊急事態の前にあっけなく消えていく。


 「襲撃は裏手からのようです、私達も向かいますよ」


 ネローヌが杖を翳すと、マツリ達の足元に見覚えのある魔方陣が展開された。


 「空間を司る万象よ、我に力を……! 『虚空を繋ぐ光の門』!」


 魔方陣から出現した閃光が周囲に広がり、マツリの視界は一瞬で眩い光に包まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ