変わらない幼女
「さぁて、行っくよぉ!」
基地を出発したリルカは、近くの街へと続く細い道を歩いていく。
「別に、無理して感情豊かにならなくてもいいんじゃねえのか?」
その背中に担がれたまま、マツリは横を歩くグレイスに話し掛けた。
「後悔しているんです、自分がもう少し愛想良く出来たら、あんな事にはならなかったのでは、と」
模擬戦での一件を、グレイスはまだ気に病んでいた。
直接的な憎悪を向けられる前に、もっと上手くやれなかったのかと。
「あんなの、どう考えてもあっちが悪いだろ」
あのときグレイスに放たれた内容なんて、ただの言いがかりだ。
「しかし、自分にも原因の一端があります」
「めんどくせぇ奴だな……」
こっちに落ち度が無いのなら、堂々としていればいいのに。
マツリはそっぽを向いてぼやくが、その声にはどこか温かさがあった。
グレイスの過剰な生真面目さは、元来怠惰なマツリにとって羨ましいものに映る。
と、今まで二人の話を黙って聞いていたリルカが、不意に笑い声を挙げた。
「何だよ急に」
「ごめんごめん、すっかり二人は仲良しさんだなぁって」
気持ち悪がるマツリへ、リルカは笑顔を浮かべながら振り返る。
初めて出会った頃から比べれば、二人は随分打ち解けたと言えるだろう。
「そう、見えますか」
「うん、とっても」
「そうですか……」
力強く肯定され、俄に顔を赤らめるグレイス。
そのまま両手で顔を隠し、無言のまま俯いていた。
「それで、俺達はどこまで連れてかれるんだよ」
マツリは何だか面映ゆくなり、あえてぶっきらぼうに話題を変えた。
「もうすぐ、もうすぐだから」
その問いにはっきりとは返答せず、リルカはどこか楽しげに足を進めていく。
暫く歩き続け、空の中心に太陽が昇った頃。
マツリ達は、ようやく街へと辿り着いた。
色褪せた建物が目立ち、街の中は全体的に古びた雰囲気が漂っている。かと思えば、大通りには忙しそうに行き交う人の群れが目立っていた。
基地の近くということもあって、それなりには栄えているようだ。
リルカに先導され、三人は大通りから少し入った細い路地を進んでいく。
「あ、あそこだよ!」
と、リルカが唐突に声を挙げ、路地のある一点を指差した。
そこに見えたのは、石造りの真新しい建物。
リルカはマツリを地面に降ろしてから、木の香りが漂う扉の前に立ち、慣れた手つきで扉を開けた。
「みんなー、元気にしてたかなー!」
大声を挙げつつ室内へ入ったリルカの元へ、子供達が歓声を挙げつつ集まってくる。
「ここって……」
「えっへへ、驚いた?」
殺到する子供達をいなしつつ、リルカはマツリ達へ胸を張る。
エルフ族や人狼族を含め、背中に羽の生えた者や額に目が付いた者など、室内に様々な種族の子供達が集まっている。
彼らは皆、帝国具との戦いで身内を失った子供達である。
「リルカおねえちゃん、このひとは?」
「だれー?」
と、見慣れぬ女性に気が付いた子供達が、グレイスへ怪訝そうな顔を向けた。
「グレイスちゃん、お願い」
「えっ……と、その」
「大丈夫、皆いい子だから」
「は、初めまして、私はグレイス・ツォレインと――」
リルカから後押しを受け、おずおずと自己紹介を始めるグレイス。
「おねえちゃんのかみ、きれー」
「いっしょにあそぼー?」
「えっ……ちょっ、ちょっと待って」
が、あっという間に子供に群がられ、部屋の中央へ連れて行かれてしまった。
「そもそも、何でお前はここに?」
子供の対応に悪戦苦闘するグレイスを横目で捉えつつ、マツリはリルカへ声を掛ける。
「歩いてたら、何だか大きな声が聞こえて来て」
一週間ほど前、この街を訪れていたリルカは子供達が道の往来で言い争っている場面に出くわした。
その喧嘩を仲裁したことをきっかけに、リルカは子供達と仲良くなっていたのだ。
と、建物の奥から、恰幅の良い高齢の女性が進み出た。
纏っているものこそ質素だが、穏やかな物腰はどこか気品を感じさせる。
「リルカさん、よく来て下さいました。建て替えの件、本当に感謝しています」
「そ、そんな。私は別に」
院長に頭を下げられ、リルカは照れ臭そうに顔の前で手を振る。
リルカが子供たちと知り合った頃、ここは丁度問題を抱えていた。
数十年の歴史を誇る孤児院は、建物が老朽化に耐えられず、閉鎖を余儀なくされようとしていたのだ。
しかし、ドルスヴェイン家からの支援を受けて、先日改築が行われていた。
今朝リルカがネローヌへ礼を告げていたのは、この件があったから。
戦火の中で両親を失ったネローヌにとって、彼らの境遇は他人事ではないのだ。
「その子は。新しい入居者かしら?」
「ちげ――違いますよ!」
目の前の女性が放つ気配に、マツリは自然と畏まっていた。
威圧感がある訳ではないのだが、不思議と姿勢が正しくなってしまう凛とした空気があった。
「おおっ、マツリちゃんが敬語を使ってる」
珍しい光景に、リルカも思わず驚く。
「うっせぇ!」
「何で私が怒られるのぉっ!?」
その声が気に障ったのか、マツリは反射的に頭を軽く叩いていた。
「ごめんなさい、余計なお世話だったようね」
「いえ、紛らわしくてすみません」
「す、すみません」
瞬時に冷静な顔で謝るマツリと、その横で頭を下げたリルカ。
そんな二人を見て、院長の顔に笑みが浮かぶ。
「もしかして、貴女がマツリちゃん?」
「あ、はい」
「そう、リルカさんから話は聞いてるわ。話通り、とっても元気なのね」
「……ど、どうも」
普段なら子ども扱いされて瞬時に怒りが爆発するはずが、どうにも調子が狂う。
そっぽを向いたマツリは、居心地が悪そうに背中を掻いていた。
「り、リルカさーん!」
と、子供達と遊んでいたはずのグレイスが、悲壮な声をあげつつリルカへと駆け寄った。
「た、助けて、く、下さい」
どうやら、グレイスに子供の相手は難易度が高かったようだ。
いつもの冷静な軍人はどこへやら、息は乱れ、服はあちこちが脱げかかっている。
「ぐれいすおねえちゃん、もっとあそぼー」
「駄目よ、お姉ちゃんはもう疲れちゃったみたいだから」
グレイスにしがみ付いて懇願する子供達を、院長は優しく窘める。
「そんなぁ」
「その代わり、これからは……」
そう言いながら、院長はおもむろにマツリの体を掴み。
「このマツリちゃんが遊んでくれるんですって!」
「なっ!?」
「ほんと!」
「やったぁ!」
困惑するマツリの周りへ、目を輝かせてた子供達が集まってくる。
逃げる間もなく、マツリは子供に取り囲まれていた。
「こうなりゃ自棄だ、お前も付き合え!」
「えっ、ちょっ、マツリちゃん!?」
隣に立っていたリルカを引き込んで、マツリは子供達を伴い部屋の中央へ移動する。
その慌ただしい様子を、院長は穏やかな視線で見つめていた。
※
「つ、疲れたぁ」
気だるそうな声をあげて、マツリは床に倒れ込む。
その後ろでは、遊び疲れた子供達が穏やかな寝息を立てていた。
既に時刻は昼をゆうに回っており、窓の外からは赤い夕日が差し込んでいる。
「マツリちゃん、何だかんだでご機嫌だったよね」
最初は嫌々だったが、遊ぶうちにマツリもテンションが上がったようで、後半には自分から積極的に子供達の輪に入っていた。
「るっせぇ」
マツリは思わず否定するが、その顔にはまんざらでもなさそうな笑みが浮かんでいる。
「ほら、帰るぞグレイス」
「え、ええ」
「どうかしたのか?」
「私は、どう足掻いてもリルカさんのようにはなれないなぁ、と」
子供達を触れ合い、改めてグレイスはリルカとの違いを実感させられていた。
天性の明るさは、真似しようとして出来るものではないと。
「そんなの、当り前じゃねぇか」
当然のように否定したマツリへ、グレイスが呆けたような顔を向ける。
「最初から言ってるだろ、お前は変わらなくてもいいってさ。今のお前、そんなに悪くないと思うぜ」
「マツリさん……」
ぶっきらぼうな言葉は、マツリが送れる最大限の賛辞だった。
不器用な好意を感じ取り、グレイスの顔が俄に綻ぶ。
「つーか、あんなのが二人になったら疲れるしな」
「ちょっと、それどういう意味!?」
照れ隠しに呟いた言葉へ、耳聡くリルカが反応していた。
「ほら、煩いだろ?」
「ですね」
予想通りの反応に、二人は顔を見合わせて笑う。
「もー、何で私が悪いみたいになってるのぉ!」
「だったら、もう少し静かにしろ」
「リルカさんには、落ち着きが足りませんね」
楽しげな三人の会話は、兵舎に帰るまで途切れることは無かった。




