最終話 捨て猫が鳴けるまで
最終話となります。
そしてさらに月日は流れ、わたしが拾われて一ヶ月となったある日のこと。
「ジャンジャジャーン! むぎちゃんも今日から首輪デビューです。これでもう、うちの子やね」
オカーサンはそういうとわたしに緑の首輪をつけてくれた。そういえば同居猫もこのような首輪をつけていたな、どうも飼い猫の印なんだとか。
オカーサン達に拾われてずいぶん大きくなった。体重は一キロ近くある、体も以前の三倍ほどの大きさになった。まだまだ成猫とは言えないが、子猫の域は脱しているだろう。
だが、やはりというか未だに鳴けない。オカーサンは心配しているが、大丈夫だ。この家にいる限り、鳴けなくても問題はない。
今日は念願の二階に挑戦してみるつもりだ。朝ごはんを食べ終えたわたしは、りびんぐに向かう。もう階段は苦にならない。よし、同居猫は窓の外を見張っている。今がチャンスだ。
抜き足忍び足で、りびんぐを通り抜け通路に出る。よし、気づかれなかったようだ。
小躍りしそうな気持ちを抑えつつ、通路奥の階段へと向かう。
ついにここまで来たか、以前は越えられなかった階段……だが今のわたしは違う! ふおおおおお!
全速力で階段を上る。なんともあっけない、前まではこんな段差も上れなかったのだなあと感慨に浸った。
階段の先にはまたもや細長い通路があり、左側に二つ、右側に一つどあがあった。すべてに小窓がついいている。左側から一つ一つ回ってみることにした。
最初のヘヤにはべっどと机があった。どうも他のヘヤより狭いことを考えると、少年のヘヤなのであろうか。意外にさっぱりしている。あの少年の性格からすればもっと散らかっていてもよいものだが。
次に奥のほうのどあをくぐる、あれ? またしても同じような、べっどと机が置いてあるヘヤに出た。今度は物が散乱していて、実に歩きにくい。わたしは確信する、ここは少年のヘヤだ間違いない。だとすれば、先ほどのヘヤは誰のものだろうか? オトーサンかオカーサンのヘヤかな。
最後に右側のどあをくぐった。さきほどの二つのヘヤをあわせたほどの大きさがあり、巨大なべっどが二つ並んでいた。ここはオトーサンとオカーサンの寝床だ。べっどの数から考えるとやはり、最初のヘヤは少年、オトーサン、オカーサン以外の誰かのヘヤだ。まさか、同居猫のヘヤではないだろう。猫は机は使わんからな。
そして驚いたことにヘヤの中にもう一つどあがあった。どあに窓は無かったがは開けっぱなしにしてある。せっかくここまで来たのだから、全部回ってやろう。
どあの先にはまたも階段があった。ほいほいっと階段を上る。
ま、まぶしい!
太陽さんのはじけた光、吹きつける風には暑さも感じられる。たくさんの植物が並べられ、鮮やかな緑色を露見させている。
外だ! なんと最後のどあは外に繋がっていた。正確には巣のてっぺんに来たのであろう。下を見れば地上との距離が分かる。
夢中で日なたに寝転がりゴロゴロと体を回転させる。ああ、やはり外はいい、家の中も悪くはないがやはり外の気持ちよさには劣る。よし、これからは度々この場所に通うことにしよう。
それから太陽さんが顔を隠すまでそこで遊んだ。夕暮れ時になり、空が真っ赤に染まる。そろそろ戻らなければな、皆が心配してしまう。
わたしは名残惜しくも階段を下りていった。
今日は珍しくショクドーには家族全員が揃っていた。わたしが下りると、入れ替わりで同居猫が階段を上って行った。
少年にご飯をいただく、もぐもぐ、ご馳走様! 久しぶりにはしゃいだせいかひどくお腹が空いていた。相変わらず山のように大量に盛られたご飯であったが、一瞬にしてわたしの腹に消えた。
「あ、むぎちゃん首輪つけたんだね。これで家族の仲間入りやね」
「かわいいでしょ? わたしが今朝つけてあげてん」
どうですかオトーサン似合ってるでしょ? えっへん。
ご飯を食べた後、りびんぐに上がった。おや? 窓が開いているぞ、同居猫はいない、二階に行ったのだな、しめしめ。
窓際にぴょんと飛び乗ると外を覗く、目の前には塀があり、窓との間には猫一匹がようやく通れるくらいの小道があった。
この小道は本物の外だ。すぐに戻るし、ちょっとだけなら出てみても……いいよね。
小道に飛び降りると、足の裏に久々の土の感触を感じる。ううむ懐かしいな、昔はずっとこの土を踏みしめていたのか。
目の前にそびえる塀はかなりの高さがあった。昔ならば上れなかっただろう、だが今はもう成長している、このくらいの高さなら……えい!
ジャンプの途中で塀を蹴り二段ジャンプ、なんとか塀に上ることが出来た。
塀から見える景色はわたしに高揚感を与えてくれた。今のわたしならばなんでもできる気がする。だって、もう子猫ではないのだからな、ふふふ。よしこの塀の向こうに下りてみよう。下りた先にどんな景色が広まっているか確認するだけだ。それが終わればまた塀を乗り越え、巣に帰ればいい。ほっ!
地面に両足で着地する。かなりの高さがあったのか結構な衝撃を感じた。
下りた先は真っ暗だった。わたしは猫だから夜目はある程度利くのだが……それでもほとんど見えないほどの暗さだった。塀に阻まれて光が届いていないようだ。
もう帰ろう、なんだか急に怖くなってきたぞ。よしもう一度この塀を越える、えい!
ジャンプからの二段ジャンプ、上まで届……かない!? 塀の向こう側は手前側よりも地面が低かったのだ! 通りで強い衝撃を感じたわけだ。
その後も二回、三回とジャンプを繰り返すも届かない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう!? 周りは真っ暗だし……そ、そうだここにいればきっと誰かが探しに来てくれるに違いない。
そう思い、その場でしばらく待ったが一向に助けが来る気配はない。
ワオーン
ひっ、どこかで野良犬の鳴き声が聴こえる。
寂しい、怖い、助けて、どうして誰も来てくれないの? ねえどうして?
ふと頭の中に声が聞こえてくる
いい加減認めたらどうだ、わたしは捨てられたんだ。
ち、違うオカーサン達ははわたしを見捨てたりなんかしない。今日だって家族の証にこの首輪を……
血の繋がった家族にすら見捨てられたわたしが、どうして人間達に捨てられないと思うのか?
わ、わたしはただ迷子になってしまっただけで……
あのときもただ迷子になっただけで見捨てられ、死の一歩手前まで追い詰められた。
わたしはまた捨てられてしまったのか?
そうだ、そういう運命だあきらめるしかない。誰も悪くはない、わたしの運が悪かっただけだ。
捨てられた、この感情だけがわたしを支配する。あのときと同じ……しかたがないと全てをあきらめていたあのときと。
ああ、思えばわたしは十分幸せだった。本来ならばわたしはあそこで死ぬ運命だったのであろう。それをオカーサンに拾ってもらい、ここまで大きく成長することが出来た。
あの人たちの、あたたかさ、誠実さ、優しさ、すべてが大好きだ。本当に感謝している。今までありがとう……
今まで?
どうして?
これからも会いたくないのか?
首に下げたそれは家族の証だろう?
今までありがとう? これからもありがとうだろう!
もっともっと大きくなって成猫になるんだろう?
巣のてっぺんに度々遊びに行くのだろう?
同居猫は? 少年は? オトーサンは? オカーサンは?
彼らにもう一度会いたくないのか!
会いたい
会いたいよ、もう捨てられたくなんかないよ……死ぬのは嫌だ! 寂しいのは嫌だ! 一人になるのは嫌だ!
会いたい会いたい会いたい会いたい! オカーサン! オトーサン! 少年! ちょこ! みんなに会いたい!
捨てられるのはもう嫌だあああ!
「みゃーおん! みゃーおん! みゃーおん! みゃーおん! みゃーおん! みゃーおん!」
あれ? わたし……鳴けてる?
「あっちや、お父さん、お母さん! むぎの声が向こうから聞こえた!」
「おそらくお隣さんの塀の向こうに落ちてしまったんだろう、回りこむぞ!」
「むぎちゃんどこや、お母さんだよ返事して!」
みんなの声が聞こえる? そうだ返事だ!
「みゃーおん! みゃーおん! みゃーおん!」
ぱあっとわたしの周りが明るくなる。目を細めて光源を見る、三人の人影が見える。
「むぎちゃあん! お母さん心配したよ」
オカーサンの腕に抱かれる。
うう、みんな……ごめんなさい、ごめんなさい。
「むぎ、お前ちゃんと鳴けるようになってんな! むぎが鳴いたから俺らも場所が分かったんやで」
「ちょこが窓際でうるさく鳴くし、むぎの姿も見当たらないからもしやと思っていたが、やはり外に出て帰れなくなってしまっていたか」
「むぎちゃんが見つかってほんまによかった、このままいなくなったらどないしよって思てたんや」
ああ、これだ。わたしが鳴くことが出来たのはこの優しい人たちがいたから……この人たちに会いたいという強い思いがあったから。
わたしはもう捨てられはしない、この人たちはわたしを捨てたりはしない。なぜって? 信じているからだ。それ以外に理由はいらない。
「よし、無事にむぎも見つかったことだし帰ろうか! 我が家へ!」
オカーサンの腕に抱かれつつ考える。帰ったら同居猫にはお礼を言わなければなるまい、彼女が異変を知らせてくれたのであろうからな。
明日からもいっぱい遊んで、いっぱい寝て、そうだてっぺんにも行こう。まだまだたくさん楽しいことはある。そうこれからもずっと……
さあ帰るとしようか”我が家”へ。
「捨て猫が鳴けるまで」 完
こんにちは城見です。
今回でむぎの冒険は一応終わりを迎えます。
えーと、多分気づいてらっしゃる方も多いと思いますが、実話です。
むぎは全然鳴けず、外に出て帰れなくなったときに初めて、ちゃんと猫らしく鳴けましたw
最後に、今までお読みいただきありがとうございました。
皆さんのあたたかい支援のおかげで書ききることができました。重ね重ね、本当にありがとうございました。




