通じない
「話……うん、まひろん。言わなくても分かってるよ」
私の思い切った切り出しに栗原はこう答える。嫌な予感がするがその続きを促した。
「まひろんの恋路は俺が責任を持って応援する」
やはり……見当違いの答えに私は大きく溜め息を吐いた。私のことを女装趣味だと突飛な勘違いをするような男が、「話がある」の一言だけで私の気持ちを察してくれるはずがないんだ。
「いや、私の話は違うんだ。違うんだよ」
「え、そうなの」
「栗原が何を考えてその結論に至ったのか、そこには割と興味があるけど、私が言いたいことではないんだ」
「うん」
栗原が黙った。私の焦燥感が伝わったのかもしれない。彼が黙るのは随分珍しいことのような気がする。今のうちに簡潔に言いたいことを言ってしまうべきだ。
「栗原、君は全部を勘違いしてる。私は女だよ。男じゃないし、女装もしてない」
「そうか……」
栗原にしては殊勝な態度で、大人しく考え込むように下を向いたのを見てどうやらわかってもらえたようだと無い胸を撫で下ろす。
そもそも簡単な話だ。私が男ではないという至極当たり前で単純なことを、分かってもらうだけなのだ。
「さあ、分かってくれたんならそれでいい。さっさと弁当食っちゃおうぜ」
「うん」
私は傍目にも分かるようにウキウキと弁当を取り出した。話が分かってもらえて嬉しい、との言語外メッセージを栗原に伝えるためである。
今日の弁当はアスパラのベーコン巻にから揚げ。いつも通り玉子焼きも入っている。前に筑前煮の隣にから揚げが配置されていた時は衣がべちゃべちゃになっていて大いに絶望したものだが、それを兄ちゃんに伝えてからはかなり改善されている。実はから揚げを口実に筑前煮を排除してもらおうとしたのだが、それは成功しなかった。色気のない煮物より私はもっと肉を食べたい。
ちらりと横目で栗原を見るが、彼は弁当を取り出しても未だに黙ったままだった。箸はゆっくりと運んでいるようだが、ぼんやりして見える。嫌いなものでも入っていたのかと様子を窺うと、中身はともかく弁当箱が私のより小さかった。私が大食いであることは自他ともに認めるが(この弁当箱も完全に男物だ。黒と紺の並ぶ売場からかろうじて赤を探し出したのだ)、成長期の男がこんな量しか食べないとは。私が森山家に染まりきっているだけで、世間とはこんなものなのか。
しかし他人の食生活に口を出すのも大きなお世話だ。私は黙ったままの栗原を眺めながら、すべてを口に収めて咀嚼した。食事中にだんまりもなあ、とも思ったが、彼は意外とお育ちがよくて静かな食事を是としているのかもしれない。
結局食べ終わるのは私の方が早かった。大食いに加えて少々早食いの気もあるが、自覚していても簡単に直せるものではない。私は栗原が食べ終わるのを待って口を開いた。
「さっきの、なんだっけ……恋路って何?」
「ああ、あれ?」
栗原はよくぞ聞いてくれたとばかりにその瞳を輝かせた。
あ、なんか嫌な予感がする。私は体を固くする。
「いや、大したことならいいんだ。やっぱり……」
「まひろんがさ」
「はい」
ひよった発言は聞くことなく話し始める栗原。次は何を言われるのか逆に楽しみになってきた。
「前から思ってたけど、まひろんって水城さんのこと好きでしょ?」
「好きか嫌いかで言ったら、当然好きだけど」
しかしあまりに予想の斜め上を狙って来たので注意が削がれてしまって、何の気なしに正直に答えてしまった。答えて後悔した。
だってさっきまで栗原はなんて言っていた?私の恋路について話していたはずだ。そこにあかりの名前が出てくるということはつまり……。
「だよね!!そうだよね!!!!」
がばり。
突如栗原は体を起こし、元気に立ち上がった。
「お、おう。どうした」
思わず声を掛ける。
「そうだと思ってたんだ!!!安心してまひろん!!!俺は絶対応援するから!!!」
それだけ叫ぶと自分の弁当箱を掴んで暗室から走り去った。
その内容で栗原の誤解が全く解けていないことを察した私は、自分の弁当箱を片付け、暗室の鍵を手早く閉め(使用中灯を切ることを忘れずに)、走って栗原を追いかけた。
「あ、てめ!栗原!!この!待ちやがれ!!」
周囲の目は一切気にならなかった。相当頭に来ていたのだ。言ったことを理解しない栗原のおつむにも、それを何とか御せない自分の能力にも、そもそもこの状況そのものに。
昼休みの校舎なので人通りは多い。私が叫んで追いかけているのは多分彼には分からなかったのだろう。
結局私は教室に着くまで走り続け、自分の席に座るなり横っ腹の痛さに苦しむことになった。食後の全力疾走が祟ったのだ。栗原は当然、とうに教室に着いていて、横っ腹を擦る私を「まひろん……大丈夫?」などと言って見下ろしている。
これで私と栗原の関係が教室中に知られることとなったわけだが、それについて抵抗する余裕はなかった。腹の痛みでまともに声が出ない。それにこの男が懐っこく他人に絡むことはよくある話だ。
「ふざけんな、このやろ……」
酷い鈍痛の中でぜえぜえとそれだけを吐き出したわけだが、栗原はそれを聞いて嬉しそうに目を開いた。
「まひろんが怒った!」
「そりゃ、怒るだろ……」
なんでそんなに嬉しそうなんだ。訳が分からない。宇宙人だ。
なんだかまともに相手をするのも疲れてしまって、私は頭を机に沈めた。
昼休みはまだ15分以上残っている。不意な運動のせいで高鳴った鼓動を何とか鎮めて、私は昼寝を決意した。
「あ、寝るの?」
そうだよ、だからほっといてくれ。
「おやすみ、まひろん」
机の木目を焦点が合わないまま見つめながら思う。そういえば、さっき走りながら、相当汚い言葉を散らしていたような気がする。
あれ、どうだっけ。
サブタイトル弄りました(二字熟語縛り流石にきつい)