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元聖女のギルド経営録 ~借金まみれですが、腕利きの変人たちが揃っています~  作者: ヤソタケル


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第1話 女神に祝福された少女

挿絵(By みてみん)

 王都アクロポリスの中心にそびえるティア大聖堂。


 青空に伸びる白亜の尖塔、その下には朝日を受けて輝く色鮮やかなステンドグラス。正面の大扉から正装した貴族や教会関係者が続々と入り、広大な礼拝堂の長椅子は次第に埋まっていく。


 今日は、新たな聖女の認定式が執り行われる日である。


 礼拝堂の最奥には、両手を広げて人々を迎える女神ティアの石像。その慈愛に満ちた顔を仰ぐ祭壇では、純白の祭服をまとった聖職者たちが最後の準備を進めていた。


 一方、奥の控え室では、一人の少女が胸元をしきりに気にしている。


「……曲がっていませんか?」


 銀の聖印にそっと指を添えるのは、十三歳の少女グロリア。背中に流れる長い白金色の髪と透き通るような白い肌、幼さの残る顔立ちが印象的だ。


 華奢な身体を包むのは、普段の修道服とは違う純白の儀礼服。柔らかな布が肩から足元へ落ち、胸元では磨き上げられた聖印が控えめに光る。今日のために整えられた衣装だけに、少女には何もかもが落ち着かないらしい。


 グロリアは幼い頃から修道院で育ち、この日、正式に聖女として認められることになっていた。


「大丈夫ですよ。先ほどから何度も確認したでしょう?」


 隣には、彼女を幼い頃から世話してきた年配の修道女がいる。着慣れた修道服の襟元まできちんと整え、少女の心配を穏やかな笑顔で受け止めていた。


「ですが、もし式の途中で外れてしまったら……」


「そのときは、私が拾って差し上げます」


「シスターも式典に参加されるのですか?」


「儀式のお手伝いはできませんけれど、後ろの席から見守っていますよ。もっとも、そこから祭壇まで駆けつけるわけにもいきませんね」


 修道女は少しおどけてから、聖印の留め具をもう一度確かめる。


「ですから、外れないようにしてあります。安心なさい」


「もう、シスターったら……」


 グロリアの口元がようやく緩む。修道女もそれを見て、ほっとしたように目を細めた。


「緊張していますか?」


「……はい。とても。こんなに大勢の方々の前に立つのは初めてです。それに、私のような者が聖女に選ばれるなんて、今でも信じられなくて……」


「グロリア。あなたはこれまで、本当によく頑張ってきました。病に苦しむ人を癒やし、怪我をした人に手を差し伸べ、誰よりも熱心に祈りを捧げてきたでしょう?」


「それは……私一人の力ではありません。シスターたちが教えてくださったからです」


「ええ。ですから今日は、私たちにも少し自慢をさせてくださいな」


 思いがけない言葉に、グロリアが顔を上げる。


「私たちの可愛いグロリアが、聖女になるのですもの」


「シスター……」


 頬を赤くした少女は、それ以上何も言えずに俯いた。修道女の顔には、いつしか目尻の皺が深く刻まれている。


 控え室の扉を、控えめな音が叩く。


「グロリア様。お時間でございます」


「はい。ただいま参ります」


 グロリアは裾を整えて背筋を伸ばす。開かれた扉の向こうでは、案内役の聖職者が静かに頭を下げていた。


 廊下へ踏み出す直前、少女はもう一度振り返る。


「シスター。私、立派な聖女になれるでしょうか?」


 修道女は一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐにいつもの笑みを返した。


「あなたなら、きっと」


「……はい!」


 深く一礼して、グロリアは案内役の後を追う。足元を覆う白い裾が石床を滑り、やがて曲がり角の向こうへ消えていった。


     ◇


 大聖堂の鐘が鳴り響く。


 礼拝堂の重厚な扉が開かれると、聖歌隊の歌声が高い天井へと広がった。参列者たちの話し声は途絶え、視線が中央の通路に集まっていく。


 現れたのは純白の儀礼服をまとったグロリア。白金色の髪を覆う薄いヴェールと、胸元の銀の聖印が朝の光を受けて輝いている。


 歩みは少し硬い。それでも俯くことなく、少女は祭壇を目指して進む。足元の長い裾が通路をなぞり、居並ぶ人々の間を静かに通り抜けていった。


 祭壇の前で膝をつき、教えられたとおり胸の前で両手を組む。目の前には巨大な女神ティアの石像があり、その手前で大司教が聖杖を携えて待っている。


「グロリア。汝は幼き頃より女神ティアの教えを学び、その御心を胸に刻み、人々のために尽くしてきた」


 厳かな声が静まり返った礼拝堂に響き渡る。


「その献身と信仰、そして類いまれなる神聖の力を認め、我らティア教会は汝を新たなる聖女として迎え入れる」


「謹んで、お受けいたします」


 頭を垂れたグロリアに、大司教はさらに問いかける。


「汝はこれより先、女神ティアの慈悲を世に伝え、苦しむ者に救いの手を差し伸べることを誓うか?」


「はい。誓います。私は女神ティア様の教えを胸に、苦しむ人々を癒やし、困っている方々の力となれるよう、この身を尽くしてまいります」


 まだ幼い声ながら、返答に迷いはない。


 大司教は祭壇に置かれた聖杖を手に取ると、少女の頭上へ高々と掲げた。


「よろしい。女神ティアの御名において、汝を聖女として認めよう。願わくば、女神の祝福が汝とともにあらんことを」


 祝福の言葉が結ばれた、そのとき。


 祭壇の奥に安置された女神像が、淡い金色の輝きを帯び始める。


 最初に気づいたのは、石像の脇に控えていた聖職者だった。目を見開いて天を仰ぐように像を見上げる彼につられ、周囲にも異変が伝わっていく。


「な、なんだ……?」


「女神像が……光っている?」


 足元から広がる光は女神像の全身を包み、やがて祭壇の壁や大聖堂の高い天井までも金色に染め始めた。ステンドグラスを通した陽光とは異なる、柔らかく温かな輝きである。


 聖杖を掲げたままの大司教も言葉を失っていた。


「まさか……これは……」


 女神像から一筋の光が伸び、跪くグロリアへまっすぐ降り注ぐ。


「きゃっ……!」


 驚いた少女が身をすくめる間にも、金色の光はその小さな身体をすっぽりと包み込んだ。白金色の髪がふわりと浮き、ヴェールの向こうで無数の光の粒が踊っている。


 グロリアは胸元の聖印をぎゅっと握る。けれど、光には熱さも痛みもない。春の日差しのような温もりに包まれるうち、強張っていた肩から自然と力が抜けていく。


 聖印から指を離し、不思議そうに両手を眺める。手のひらにも指先にも、降り注ぐ金色の輝きが映っていた。


「……温かい」


 小さな呟きとともに、少女の顔に柔らかな笑みが宿る。


 しばらくして、光は細かな粒となって宙へ舞い上がり始めた。祭壇の上を漂う金色の粒子は次第に薄れ、女神像も元の石の色へ戻っていく。


 そして、最後の輝きが消えた。


 礼拝堂は水を打ったように静かだった。参列者も聖職者も、つい先ほどまで光に包まれていた少女から目を離せない。


 大司教がゆっくりと聖杖を下ろす。その手はかすかに震えていた。


「……女神ティア様の、御祝福……」


「おお……!」


 最前列の高位聖職者が立ち上がり、感極まった声を張り上げる。


「奇跡だ! 女神ティア様が、直々に聖女を祝福されたのだ!」


 堰を切ったように歓声が広がった。


「女神様の祝福が!」


「なんという奇跡だ!」


「聖女グロリア様!」


 席を立って拍手する者、涙を流して祈る者。聖職者たちさえ興奮を隠せず、互いに顔を見合わせていた。


「認定の儀式で、このようなことが……!」


「女神様が、直接お応えになったというのか……!」


 祝福を祈ることはあっても、女神が実際に応じるなど、誰も想定していない。だからこそ、厳粛な儀式の場は驚きと歓喜に包まれていた。


 その中心で、グロリアはまだ跪いたままだ。次々と名前を呼ばれ、何をすべきか分からないように周囲を見回している。


「グロリア……いや、聖女グロリアよ」


「は、はい!」


 大司教に呼びかけられ、慌てて背筋を伸ばす。


「女神ティア様は、そなたを祝福された。これは我らにとっても、まことに喜ばしいことだ。そなたには、女神の御心に応えるべく、より一層の精進を期待しておる」


「ありがとうございます。未熟な私ですが、精いっぱい努めさせていただきます」


 深々と頭を下げるグロリアを、大司教は満足そうに見守っている。


 再び大きな拍手が巻き起こった。高い天井に反響する音と歓声が礼拝堂を満たし、誰かが少女の名を呼べば、別の誰かもそれに続く。


 グロリアは眩しそうに目を瞬かせた。見知らぬ大人たちが、皆、自分に向けて惜しみない祝福を送っている。


 その人々の間に、見慣れた修道服があった。


 礼拝堂の後方、長椅子の端に立つ年配の修道女。控え室でグロリアを励ました彼女は、胸の前で両手を組み、頬を伝う涙もそのままに嬉しそうに頷いている。


「……シスター」


 声は届かない。それでも目が合った途端、グロリアの表情がぱっと明るくなる。


 少女はもう一度、祭壇の奥の女神像を見上げた。慈愛に満ちた石の顔は、先ほどまでと変わらず、礼拝堂を静かに見守っている。


 胸元の銀の聖印を両手で包み、そっと目を閉じる。


「ティア様……ありがとうございます」


 祈りの言葉は拍手に紛れるほど小さなものだった。


「私、頑張ります。困っている人たちを、一人でも多く助けられるように……」


 やがて祈りを終えたグロリアは、祭壇の前でゆっくりと立ち上がる。高窓から差し込む陽光が純白の儀礼服を照らし、薄いヴェールの向こうに白金色の髪を輝かせていた。


 居並ぶ人々へ向き直る少女の顔には、晴れやかな笑顔が浮かんでいる。


 十三歳のグロリアは深く一礼し、礼拝堂を満たす祝福の声に応えた。


 王都アクロポリスに、女神ティアから直々に祝福を授かった新たな聖女が誕生したのである。


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