動物園
ここは街から少し離れた動物園。
飼育員不足、エサ代の高騰、少子化による来園者激減により、収益が激減。
かつて150種類以上いた動物たちも、たくさん他動物へ移住。
存続の危機に瀕している。
今の時代、生き抜くには抜本的な改革…。
あらゆる施策を講じた。
動物のライブ配信はほか配信に埋もれる。
赤ちゃん誕生をSNSやサイトでの告知は、体調によって公開時間が少なかったり、公開できる日と出来ない日がバラバラでネットの写真で満足する人がほとんどだった。
他にもアニメとのコラボ、夜間解放…。
全て他の園がやったことがあり集客効果はほとんどなかった。
園長は頭を抱えた。
永延と頭を悩ませた結果、動物界に改革を起こす。
「パパー!早く行こう!」
彼は小学2年生の父親。
動物学者である。
子供は動物が大好きだ。
何度もここへ来ている。
年間パスポートも持っている。
数ヶ月程の改装工事があり
久しぶりの子供は大はしゃぎだ。
しかし、何か変だ。
「パパー!アジアハナナガハイイロゾウ(アジアゾウ)だってー」
「……は?」
(どうなってる!?)
――改装工事前。
閑散とした園内。
古びた案内板の前で、学者と子どもが立ち止まる。
「ねえ、どうして“キリン”っていうの?」
子どもが首をかしげる。
ガラス越しに、長い首がゆっくり揺れている。
学者は少し考えてから答える。
「昔の言葉が元なんだ。はっきりした意味はもう残っていないけど……そう呼ばれてきたんだよ」
「じゃあ、“長い首の動物”って意味じゃないの?」
「そういうわけじゃないね。名前と特徴が一致してるとは限らない」
子どもは納得していない顔で、キリンを見る。
「へんなの。わかりにくい」
少し離れたベンチ。
園長はそのやり取りを聞いている。
手元には、赤字の決算書。
「わかりにくい、か……」
小さくつぶやく。
視線はキリンへ。
長い首。斑点。黄色い体。
「なぜ、誰も……説明しようとしない?」
学者と子どもの会話が続く。
「名前ってね、分類のためのものなんだ。必ずしも見たままじゃない」
「でも、それじゃ知らない人にはわからないよ」
その一言で、園長の目がわずかに開く。
「知らない人には、わからない……」
紙を握る手に力が入る。
「だから来ないのか」
ゆっくり立ち上がる。
視界に入るすべての動物を見渡す。
ゾウ。
ライオン。
ペンギン。
「曖昧すぎる」
園長の中で、何かが一本に繋がる。
「名前が、悪いんだ」
遠くで子どもが笑う。
「だったらさ、“くびながてんてんきいろ”とかにすればいいのに!」
その瞬間。
園長の口元が、わずかに歪む。
「ふふふ……それだ……」
園長は閉園の危機と再建のため、まともな判断がつかなくなってしまったのかもしれない。
園長は一晩で50種類近くの動物達の名前を再定義した。
住処+特徴+色+種類(本来の名前)
すぐに看板はかけられた。
傍には紙とペン。『感想聞かせてね。』と一文添えて。
ゾウを見た学者と子供――
学者はパニックになりながら抗議の電話をする。
「何だこの動物の名前は!?」
園長は淡々と答える。
「体色の定義を抜いたらハイイロオオカミはただのオオカミになります。
ハイイロアザラシもただのアザラシになります。
そもそも他のオオカミもアザラシもみんな灰色です。こんなの許されますか?
住処の定義を抜いたらアメリカアカオオカミはアカオオカミになります。
全然赤くないですよね。灰色ですよね。
この曖昧さが子供の混乱を招いてるのではないでしょうか?」
「こんなの…逆に子供を混乱を招くだけだ…それに個体差で色が違うのも」
ガチャッ
園長は静かに電話を切った。
小学生は続々と新しい名前に釘付けになった。
『サバンナクビナガテンテンキイロウマ(アミメキリン)』
「えっ!?キリンってウマだったの!?」
これは心理学で言う『知的好奇心の充足』だ。
「知りたい」という欲求が満たされることで得られる満足感。
「でもね!サバンナに住んでるのは僕知ってるよ!」
これは『社会的比較理論』
自分の持っている知識が正しいかどうかを、他人の言動と照らし合わせて確認しようとする心理。
そして、パパさんの怒り。
『認知的不協和の解消』
自分が「正しい」と信じていることと、目の前の「間違い」が共存している状態は、脳にとって非常に不快になる。そのモヤモヤ(不協和)を解消するために、指摘して訂正させようとする心理。
あらゆる心理を突いた。
わざとツッコミどころを残したりして。
ちょっと知ってる大人でも違うだろと怒るように。
『ベンガルシマシマオレンジクロオオネコ』(ベンガルトラ)
子供は喜ぶ。
「トラってネコの仲間だもんね!おっきい猫さんだもんね!早く次見に行こう!」
大人は憤る。
「ベンガルトラには白い個体もいる……!間違ってるこんなの!他はどんなめちゃくちゃなことを言ってるんだ…!?」
園長は限りなく低コストで子供と大人、両方の心を掴んだ。
瞬く間に話題になった。
『名前がユニークな動物園!』
若い層にはウケた。
「ナンキョクヨチヨチシロクロオオサマドリだって!なんだと思う?」
「ペンギン?コウテイペンギンか!」
「せいかーい!うけるよねこれ!」
親世代は賛否両論だった。
「コウテイペンギンがペンギン界の王様で従えてるように見える。この名づけ方は正しくない。誤解を産む。間違えた名前が広まったら大変だ。同種の動物も体色の違いで別の名前をつけている。乱暴すぎる。」
こんな意見もあった。
「ペンギンって南極にしか居ないの?!これは勉強になるかも!覚えやすいし楽しく学べていいね!」
動物園は少しずつ賑わいを見せてきた。
子供や若年層はまるでクイズを解くかのように楽しんでいた。
大人やマニアはひたすらネットで真実を確かめた。
私ならこう名付ける。この解釈は間違っている。
それぞれ感想を書いて意見ボックスに入れる。
それは誰も読まれることはないが効果はテキメンだ。
これも心理を突いた点、カタルシス効果である。
ネガティブな感情を言語化することで、スッキリした感覚を得る現象。
「自分の意見を聞いてもらえた」というだけでストレスが発散されるため、問題が解決していなくても「もう満足だ」と感じさせる狙いだ。
「本当の名前なんて存在しない。すべて人間の都合だ。」
――数ヶ月後
「おめでとうございます。元気な男の子です。」
「良かった…無事産まれて…」
園長は我が子を抱き抱えていた。
「名前……どうしよっか?」
妻が重い口を開く。
彼は動物達の名前問題で、多くの批判やバッシングを受けてきた。
この人は名前に関する話題をすると必ず不機嫌になる。
「もう決めてある。」
「えっ?」
「創史」
「この子が成体になった時の生息地、特徴、体色もまだ分からない。だからこそ、自分自身で『新しい自分を創る史』という意味の名前をつけた。」
「なるほどね……。あとさ、成体って呼び方やめよ?」




