近江儀三郎と祖父の密談
北町奉行の近江儀三郎は、田之倉利兵衛慈と親の代から懇意にしていた仲である。公にはしていないが親交があり、今もこっそり茶飲みくらいはしている。
南町奉行の片切進之助が、元悪党の三郎(今の名は善次)を密偵として使っているように、北町奉行の近江儀三郎も子悪党の金兵衛達と手を組み、彼らの従業員を密偵や情報屋として利用していた。
進之介はいつも、北町奉行所のやり方が不満だった。
儀三郎の捕り物のパフォーマンスは分かりやすく派手だが、実際に手を下したであろう上の者は見逃されていたからだ。
「下っぱばかり捕まえたとて、元を根絶せねば悪は蔓延り続ける。あんなもの一時しのぎだ!」
そう思う者はいるものの検挙率は多く、北町と南町はいつも比べられる状態であった。
近江儀三郎の祖父は、譜代大名である酒井家の前当主酒井琢磨だ。今は嫡男の虎之介に代を譲ってはいるが、その権力は健在である。
愛する娘の柊から生まれた儀三郎を可愛がる琢磨。柊の母親である杏も家柄の関係で琢磨の側室であった為、やむなく柊まで側室にしたことを苦く思っていた。
儀三郎は今の居場所が気楽だと言い、「琢磨には感謝することはあれど、恨み言などない」といつも伝えていたのだが、当の琢磨は納得していないようでいろんな手助けをしているのだった。
例えば北町奉行の捕り物の後処理など、表では裁けない悪人達を、個人的な隠密を使って処分していたり等など……。
彼の手の者は琢磨に恩を受けた手練れであり、痕跡を残すこともない。その手練れ達の弟子も多くおり、既に独立したその組織は商人となり身を立てている者も多かった。
個人的な隠密達も、以前は脛に傷を持つ身であり、琢磨に救われた過去がある。
琢磨は嫡男の虎之介に、個人で育てた隠密を明かしていない。酒井家代々に仕える隠密は今後、虎之介に就くことになる。
「わしは今後、家を出て自由に動きたいと思う。酒井家はお前達に託すが、それでも良いか?」
早期に当主を譲る際、正室と嫡男に交わした約束の一つである。
当主は本来、死ぬまで渡さずとも良いものだが、それが欲しいならある程度の譲歩を、と言うことで。
当主のまま動くのには様々に柵があり、多忙であるから動ける範囲が限られる。けれど隠居した瞬間に権力を奪われれば、命も危うくなる。それでも琢磨は責任を放棄し、家を出たいと言うのだ。
特に琢磨は、譜代大名である本多家傍流の出の正室靖子より、下位の地位にある大名の娘であった側室の杏に寵をかけていた。
実際に長年の鬱積により、隠居後に家を出れば靖子側の勢力から抹殺される可能性は高くなる。
酒井家の力は強大だが、あくまでもそれは当主のものだ。築いてきた忠誠は正当に譲られた者へと移るのだから。
靖子は実父と諸々の相談をし、その申し出を受けることにした。
幾つかの条件を付けて家督を譲り、靖子達の知らない隠し財産と共に自由な活動を開始する。隠居と共に別居となり、ハツラツと意欲が漲る琢磨。
儀三郎への支援もその一つで、孫推し活動爺が爆誕した瞬間だった。勿論他にもやることは盛り沢山ではあるが。
周囲の守護を受けつつ、孫と祖父は気軽に会えるようになった。思ったより早く刺客が襲って来たが、勿論返り討ちにしている。
儀三郎は琢磨と酒を酌み交わしながら、世間話をする。琢磨行きつけの芸者の余興もある、程ほどの食事処で。
今日は芸者は呼ばず手酌し、時々相酌しながら肴が並ぶ膳を前に話をするつもりだ。長く琢磨を知る女将も、人が入らぬように心得ていた。
「南町奉行の片切進之介は、亡き母の友人の影響のせいか正義感がとても強い。多少の強引さもあるが、老中になれば、きっと良い働きをすることでしょう」
「他人を老中に推す……と。お前はそれを望まぬのか?」
聞かれた儀三郎は「私は今の暮らしが楽しいので」と笑顔で答える。
「そうか……。まあ、選択が出来るのも幸せだからなぁ。わしもいろいろ、重荷を背負ってきたから分かる。権力と責任はどちらも重いし、使い方も難しい。道を誤り、周囲を不幸にした者もたくさん見てきたしな」
「ええ、私もそう思います。だからこそ私は、多くを望みません」
「それなら良い。話を続けよう」
そして進之介の曾祖父が井伊亮次郎、祖父が庵原雪之丈であり、雪之丈の息子夫婦に息子がいないことを伝えた。
どうやら進之介が庵原家の養子に入り、次期老中を狙っていることも。
「私は進之介の庵原家入りに賛成です。今までの活躍と、大名家の当主になれば反対もないでしょう。養子にならずとも老中になる道もありますが、それをすれば大名達の反発もありましょう。反面彼の血筋は良いので、養子でも大名であれば逆らうことはできなくなるはずです」
「血筋か。嫌な言葉だが、石高で動かせる人も物も多い。それは正しい」
目を強く瞑った後、琢磨は言う。
「お前の考えは分かった。元酒井家の当主として、推薦する書簡を庵原家へ送ろう。わしとお前の連名でな。お前の名は外した方が良いか?」
儀三郎は首を横に振り「まさか、お祖父様だけに押し付けませんよ。推薦の責任は私も取ります」と、良い顔を向けるのだった。
儀三郎は琢磨に相酌し、今度は声をあげて笑ってしまう。
「うまくいけば、少しだけ騒がしくなりますね。虐げられてきた(笑)彼の異母弟は、実母の分家である片切家から本家の片切家に戻されて与力に復帰し、仮初めの同心浅賀清次郎はいなくなる。分家の片切家も養子が必要になりますよね。
まあ、不在だった片切清次郎の方は、過去の裁判の特別指導員(訴状の吟味や法令の確認などの講師)として、地方へ出向していることになっていますから大きな混乱もないでしょう。
ただ同心の浅賀清次郎として関わった者は、顔が似ていることで戸惑うでしょうがね。フフフッ」
「ほほぉ。もうそこまで考えておったのか。浅賀清次郎の知人が驚く顔は、わしも見てみたいものだ。ハハハッ」
片切進之介がライバル視している近江儀三郎は、彼の為にいろいろと動き出していた。
(進之介には亡き妻との間に息子もいることだし、これでお菊さんに余計な手を出す理由もなくなるだろう。男の方にしか得のない政略結婚なんて、女の人には辛いだけだからね。何事も平和が一番さ)
平和主義な近江儀三郎は、身分の犠牲になったお菊を哀れに思っていた。これ以上彼女が身分に振り回されないことを願って。
※実際の与力の出向としては。
町奉行が別の地方(長崎、大坂、京都、佐渡など)の遠国奉行へ異動する場合、奉行個人の家臣として仕えている内与力は、主君に従ってそのまま新しい任地へと同行(出向・転勤)しました。
他には、江戸時代の最高司法機関である評定所には、町奉行所からも与力が参加していました。評定所の実務を支えた役人「評定所留役」として、町奉行所の与力(吟味物調役など)が勘定所などの役人とともに出向し、事件の取り調べや調書の作成にあたっていました。
勘定所の有能な与力(留役)が、評定所の出向で実績が認められれば、奉行などの要職に出世することもできたそうです。
ここで言う片切清次郎の出向は、こじつけなので、はっきりさせずふわっとした設定になっています。




