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百二十二話 魔王


「遂にここまで来たか……」


 背の長い玉座を倒して、その背の上に乗る様に座る一人の男がそう呟いた。

 その視線は玉座の更に奥、奇麗な夜天を映し出すステンドグラスの先を見つめて。


「そうね。あの子もあの子も、皆負けた」


 王座の隣、姫が座る椅子へ腰を掛ける黒いドレスの少女が男へそう返答する。


「マリア、ふざけた話だとは思わないか? 俺たちは人形か?」


「人形、確かにそうかも……しれないわね」


 男は溜息を吐き、マリアと呼ばれた女を見つめる。

 どちらも疲れ切った顔をしていた。


 そこに入室する者が現れる。

 羊の様な角と蝙蝠の様な羽、そして先の尖った尻尾を持つ整った顔の男。


 彼は直ぐに膝を付き、首をたれながら報告を上げた。


「王よ、敵軍は凡そ二百。うち二体が途轍もない強さによって我が方の軍を壊滅させております」


「見えてるよ。既に手は打ってある」


「私が出る必要は……」


「無いな。大した戦力でも無い」


「失礼致しました」


 王の言葉は悪魔にとって絶対である。

 そして、その言葉に安心したデーモンはそのまま退室して行った。


「マビト、どんな手を使うの?」


 マリアの問いにマビトと呼ばれた王は、自虐的な笑みを浮かべる。


「いつも通り、最低で卑怯な戦法だよ」


 第四階層階層主『魔王マビト』はそう言った。



 ◆



 魔王マビトは戦闘能力の一切を保有しない。

 身体はいつも焼けるような痛みの中にあり、あらゆる運動能力がレベル1の一般人にも劣る。

 けれど、魔王マビトにはたった一つのスキルがあった。


 【第四階層全魔物完全支配】


 それが唯一にして、魔王が魔王足りえる最強のスキルだった。


 魔王はこの階層に存在する全ての魔物との連絡手段と、全ての魔物に同時に指示を出す処理能力を保有する。

 故に、軍団指揮に置いてかの存在の右に出る者は居らず、この階層に居る全ての魔物は彼の意向にそぐわない行動は一切取れない。


 【全感覚共有】それもまた、第四階層全魔物完全支配の権能の一部である。

 故に、魔王は相手の戦力を凡そ完全に把握していた。

 どんな攻撃手段を用い、どんな戦法を用い、どんな理屈で動いているのか。


 理解する事。

 それが必勝の戦術であると魔王は知っている。


 最初に動き出したのはドラゴンとデーモンだった。

 彼らが引き上げていく。

 ドラゴンは強力な運動能力と魔法では無く身体機関としての魔法的技能、ブレスを扱う強力な種族だ。


 デーモンもドラゴンに並ぶ強力な種であり、様々な魔法を扱う事ができる。


 そんな第四階層の二大勢力である種族を、魔王は全て下がらせた。


 第四階層の形態は【魔界】。朝になる事の無い空と、魔界独自の生態系を持つ植物や環境が至る場所に存在している階層だ。

 その中心部には魔王城と呼ばれる魔王が鎮座する城がある。


 第五階層への階段もこの魔王城の地下にある為、侵略者の目的は必ずこの城となる。


 その城周辺にデーモンを集めドラゴンは雲の上まで上昇させる事で姿を隠させた。侵略者の前にはアンデッド、主にスケルトンとその上位種の軍勢を当てる。

 スケルトン系列は骨を魔力で強化する事によって攻撃力こそ然ることながら、防御力は余りない。弱点も多く、単純に耐久能力も高くない。


 だが、スケルトンからは血が流れない。


 魔王は視覚共有によって黒峰静香の能力に凡そ見当をつけていた。

 では、血液を持たないスケルトンが相手ならどうなる?


 魔王の予想通り、黒峰静香が使っていた相手の血液を抜き出す様な魔法は使用不可能。


 自分の血液を操って武器を作成する程度まで血液操作の力が弱まった。

 しかし、もう一体のドラゴン化した人間の戦力は健在。アンデッドだけでは少し押され始めている。


 だが、アンデッドの軍勢が目の前に居るが故にレイスの上位種であり、物理的な気配が一切しない魔力存在『イノセント』と呼ばれる妖精種が、侵略者の軍勢を取り囲むという作戦から眼を背けさせる事に成功していた。


 侵略者をスケルトン毎囲む様に円形に展開したイノセントが、一気に魔力を解放する。


 イノセントの攻撃手段は、精神系への直接干渉。所謂『催眠能力』である。

 勿論それはレジストされる可能性の高い状態異常なため百発百中とはいかない。


 けれど、円形に侵略者を囲んだ全二百体のイノセントが一人に対して魔法を同時に使えば、レジストされる可能性はほぼ0%。


 セブン・レッド戦闘不能。


 それと同時に上空に滞在させていたドラゴンたちを一気に急降下させていく。


 龍化している探索者の厄介な点はその飛翔能力にある。空を飛べるだけならまだいいが、飛行能力と並みの竜種なら一撃で葬るその火力が同居しているのが厄介だった。


 だが、それをイノセントによる結界式状態異常魔法によって抑えている以上、後の主だった戦力は血液操作の女だけ。


 直接戦闘にはスケルトンを当てる。

 そしてドラゴンは女の攻撃が届かない上空から一方的にブレスを吐き続ける。


 上空を支配するドラゴンにとって侵略者の陣形は無意味。

 血液操作の女に五匹のドラゴンを付け、それ以外のドラゴンは積極的に後方支援を行っている部隊への攻撃を行う。


 物資の運搬、食料の輸送、簡易拠点の確保。

 侵略者にはやる事が多い。そっちを潰せば帰らざるを得ない状況になる。


「これで、必勝。お帰りだ」


 同時にイノセントの陣形に穴が空く、逃げるならどうぞ。

 そんな風に見える逃げやすい穴。


「前に出る? 無理だな戦力が足りていない」


 魔王の視界に黒峰静香が下唇を噛む様子が映った。


 その後、直ぐに彼らは撤退して行った。


「良かったの? ちゃんと殺さなくて」


 死者がゼロという事は無いが、それでも侵略者にはそこまで大きくダメージを与えていない。


「可能性はコンマ1%でも保っておくべきだと思うんだよ」


「あるの? 無いから私たちはここに居るんでしょ?」


「あの時は無かった。けど、それは今無いという証拠にはならないさ」


「そう……まぁ私には良く分からない話だわ。私はただ敬愛する貴方を守るだけだから」


「あぁ、俺は弱いから助かるよ」


「弱い? 皮肉にもならないわね」

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