19.師③
冒険者達で賑わうギルド。
この街のシンボルとも言える時計台の1階を使用しており、冒険者ギルドにしては少しお洒落過ぎではないかという意見もなくはない。
ただ、冒険者の街と呼ばれるだけはあって、女冒険者も少なくはない。そうなるとお洒落な冒険者ギルドというのも実はそう悪くはないのかもしれない。
ともあれ、冒険者の多いこの街では獣人も多く住む。
それは獣人差別のこの世界であっても、冒険者は基本的に獣人を差別せず普通の人として接しているからだ。故にそんな冒険者が多いアランカの街には必然的に獣人も多くなる。
だからこそ、獣人が1人この街に入り込んでも街の人間は一切気にする様子はない。
これがキサラギであったらフードは外せないのだが、アランカでは堂々と歩くことができる。
しかもこの街には獣人が営んでいる飲食店まであるという。
非常に居心地の良い街。
だからこそ―――こんな素晴らしい街に、彼らは必要ない。
この刀で一体何人殺してきただろうか。
途中から数えるのを止めた。数えても数えてもキリがないから。行く街行く街に彼らはいる。だが、この刀が斬った数よりも、彼らが罪無き獣人を殺した数の方が遥かに勝る。
別に、それを大義名分にしたい訳じゃない。言い訳がしたい訳でもない。
誰かがやらなければいけない。この世界は間違っている。
好き好んで人を殺している訳ではない。それでも、自分には聞こえてしまうのだ。心なき理不尽に苦しめられている獣人達の声が。
獣人とは本来人間と何ら変わらない。
獣人は悪魔の呪いでも、悪魔の末裔でもない。
人間と人間の間にできた子が獣人になる可能性だってある。そういった例も現に存在する。故にグリフトは獣人の正体を、突然変異だと考えている。
一歩、ほんの少しの歯車がズレただけで、自分が獣人として生まれてきていたかもしれない。人間として生まれてきたかもしれない。結局はその程度なのだ。それなのにこの世界の人間は少し耳の位置が違っていて尻尾が生えているだけで獣人を差別し、虐げ、侮蔑する。
――この世界は間違っている。
何度も何度も自分にそう言い聞かせ、彼は今日も、刀を振るう。
× × ×
「ドラゴンは見に行かなくていいのか?」
背後からのそんな声に足を止める。
冒険者が全員出払った後、警備団が待ち構えている場所とはまるで違う方へと向かおうとした矢先のことだ。
呼び止められた彼も振り向かずに前を向いたまま素直に答える。
「ドラゴンがどうなっているかは知っておるからの」
「それもそうか。それで、次はどこへ向かうつもりだ?」
「さあの……そろそろ王都に行ってもいいんじゃが。何しろ、移動手段を失ってしまった」
「……自爆させなかったのは、この街に被害が及ぶと考えてのことか?」
その言葉にようやくグリフトはシュナの方を振り返った。
「まあそんなところじゃ。あの魔道具は何とかっていう研究者の魔道具と組み合わさっているらしくての、何でも装着された者の魔力を増幅させた上でその魔力をエネルギーとして自爆させるらしい。ただでさえ魔力の量が桁外れのドラゴンの魔力がさらに増幅してしまえば、あの山どころかこの街にまで被害が及ぶ。この街には獣人も多く住むしの」
ハルの推理は初めの方は概ね当たっていた。だが、肝心の部分が間違っていた。
ハルの推理に出てきた謎の犯人はそもそも必要なかったのだ。何故なら、初めから犯人は登場していたのだから。
「儂からも聞きたいんじゃが……お主は昨夜、何故儂にあんな話をした? あの時点で既に儂のことは疑っていたんだろう? なら何故警備団の計画やらを話してしまったのじゃ?」
「……それは昨日言ったはずだ。酔っていようと、話す相手はちゃんと選ぶと。ハル達には悪いが、邪魔をされたくはなかった」
腰の刀を抜き、グリフトに正対して構える。
現場に匂いは残っていなかった。ただ、今回の事件の被害者が全て斬殺死体であったことと、ハルの推理を聞いてシュナはあたりをつけた。ハルの推理は確かに納得のいくものではあったが、もう1人の登場人物、グリフトが犯人だった方がより説得力の増すものだった。ハルはシュナの師匠だからか、それとも美味しいスープをご馳走してもらったからか、グリフトを無意識のうちに犯人から除外していた。
だが、グリフトが犯人だった場合の方がより辻褄が合うのだ。
そして、警備団の死体安置所で司祭達の斬殺死体を見て確信に変わった。
山の中で見たドラゴンの身体に刻まれていた裂傷と、彼らの身体にあった裂傷は全く同じものだった。これもまた剣の素人には分からない域の話になってしまうのだが、逆を言えば、剣の素人ではないシュナの目から言わせてもらえば、あれらの傷は同じ者が同じ武器でつけた傷と言って間違いない。
「……あと、心にも無いことを言うときのお前の癖は、昔から見抜いている」
今回は、今回だけは自分が片を付けなければならないと思った。
幼き頃、自分が犯した失態を師である彼が何度も償ってくれた。だからこそ、師である彼が犯した失態は、弟子である自分が責任を持って償うべきだと。
これ以上被害を増やさない為にも、この殺人鬼を止めるのは弟子である彼女の役目だ。
「ふむ……お前が儂を止める、か。やめておけ、怪我をするのがいいオチじゃ」
「…………っ」
ギリッと歯を噛み締めると、シュナは獣人の脚力を最大限に活かした速度で接近し、刀も抜かず無防備な状態のグリフトに刀を振り下ろす。
「…………な」
しかし、振り下ろされた刃は、何気なく出された右手に摘まむようにして止められた。
「剣に迷いが見えるのう。お主……殺す気も無しに、儂に勝てるとでも思っておるのか?」
「…………っ!?」
背筋も凍る殺気に、シュナは瞬時にグリフトから距離を取る。
(……あれが、グリフトの本気の殺気……)
刀を握る手には汗が滲み、カタカタと震えが止まらない。
まるで殺気が蛇のように全身に絡み付き、無理矢理動きを封じられているようなそんな錯覚に陥る。
……それでも、ここで退くわけにはいかない。
弟子とは、いずれ師を追い越すものだ。そしてそれは、遠い昔に己の師匠が認めたことでもある。
『私はいつか、グリフトより強くなれるだろうか?』
子供ながらに純粋な質問だった。
ただグリフトのように強くなりたくて、他意はなく、ただそれだけが知りたくて訊いた。
そんな子供の質問に彼はなんと答えたか、一字一句思い出せと言われたら少し自信がない。ただ、否定的な言葉だったのは覚えている。
顔を背け、首を掻きながら、意地を張った子供のように言い捨てた。
彼女は彼のその癖をだいぶ前から見抜いていた。だからこそ、あの時の否定的な言葉がとてつもなく、心の底から嬉しかった。
そんな彼を幻滅させたくなくてそれからも鍛練を耐え抜いた。
どれだけ辛くても、あの言葉を思い出したら我慢できた。
彼と別れ、1人で旅をするようになってからも鍛練を続けた。
彼のように強くなりたくて。一心不乱に刀を振り続けた。
ここで退いてしまえば、彼に、何よりもこれまでの自分に会わせる顔がなくなってしまう。
刀を握る手に気合いを入れる――。
震える足に気合いを入れる――。
怯えた瞳に気合いを入れる――。
「そうじゃ、その眼じゃ。成長したのはオツムだけではないというところを、見せてもらおうかの」
紗蘭――と優雅に腰の刀を抜き取ると、まるで一本の杭が身体に通ってるのではと感じさせるほどにブレのない構えを見せる。
彼の構えを見た者は、その全員が口を揃えてこう言うだろう。
――美しい、と。
だが、シュナはこの構えを何度も見ている。
見飽きるほどに、そして、憧れるほどに見てきている。
何度も何度も真似ようとした。そしてその先に行き着いた、自分の型というものも見つけた。
修行の成果を師に見せるとき。
そして、今こそ、己の師を追い越すとき。
シュナの瞳に炎が宿る。迷いも戸惑いも躊躇もいらない。している暇などない。
信じるものは、今までしてきた努力と、己の振るう刀のみだ。




