18.師②
ドラゴンを移動手段として隷属させた今回の犯人。
何故わざわざドラゴンなんていう高レベルモンスターを選んだのかは不明だが、ドラゴンならキサラギアランカ間も数日、もしかしたら1日で移動できてしまうかもしれない。移動手段としてだけで考えればこれほど便利な乗り物はない。
そしてこの後、何かしらのトラブルでドラゴンが動けなくなってしまった。ここで犯人はドラゴンの回復を試みたはずだ。この後もドラゴンには移動手段として飛んでもらわなければならないからだ。キラースコーピオンやスケルトンソードの異常行動から予測するに、あのドラゴンはグリフトに倒されるまで約2週間くらいはあの場に留まっていたはず。それでも一向に回復に向かわないドラゴンに見切りをつけて、犯人は仕方なくドラゴンを爆死させることにした。
初めはドラゴンをあそこに隠して、街に侵入したとも考えたが、その場合モンスター達の異常行動があのドラゴンのせいならばあの異常行動とマヒユ教徒殺人事件の時期には約2、3週間のズレが生じる。逆に、キサラギの事件とモンスター達の異常行動の時期がかなり近いのもドラゴンの移動速度を考えれば十分に頷ける範囲だ。それにあのドラゴンの首につけられていた魔道具が隷属の首輪なら、あそこまで離れてしまうと首輪の効力が発動してしまう。隠すとしてももう少し街に近づかなければならないはずだ。
故に犯人はもうドラゴンに見切りをつけて、あそこに置いていくつもりでアランカの街に向かった。
もう飛べなくなったドラゴンに用はない。むしろあの首輪から自分が特定されては困ると判断したはずの犯人はドラゴンの魔力量を考えて、自分が十分に距離を取ってから首輪に嵌め込まれた魔道具で自爆の魔法を発動させた。
――はずだった。しかし街に入ってからも爆発の音は聞こえない。
おかしいと思いながらも既に街の中に入ってしまったのだから先に計画を進めようと考えた犯人は、マヒユ教の教会へと向かった。
しかし、そこであの放火事件が起こってしまう。
そのせいで警備団が街をいつも以上に巡回しており、さらには山から帰ってきたハルが犯人よりも先に教会で暴れまわってしまった。
そのせいであの司祭は警備団が付きっきり状態になってしまい、1週間も犯行の機会を窺うはめになった。
その間にドラゴンの様子を見に行けば良かったのだが、一瞬の隙も逃したくなかったのか恐らく犯人はずっと街の中でその機会を窺っていた。
そして放火事件から1週間後、ようやく司祭が警備団から解放された一瞬を狙い、見事に計画を遂行することに成功した。
だが、ここからがさらに犯人の予想を覆した。
夜中に街を出れば門番に顔を覚えられてしまうかもしれないと判断したのか、犯人は翌朝、クエストに出掛ける冒険者達に紛れて街を出ようと考えたのだろう。今まではドラゴンですぐに逃げられていたが、移動手段を失ってしまった以上、一夜でそう遠くまで逃げられるとも思えない。
しかし、その考えが甘かった。
司祭が放火を認めたことで、警備団が思ったよりも早く司祭達の死体を発見してしまった。故に街から出ることが出来なくなってしまったのだ。
「ドラゴンも気になる。街からも早く出たい。今の犯人はこの街の中で気が気でない状態だろう。だから明日の朝に街の外への外出禁止令が解かれれば、すぐにでもドラゴンのところまで来る。……と、ここまでがハルの推理だ」
「……ふむ、あの小娘は探偵になりたいんだったかの?」
「違うと思う。だがハルはあれでかなり頭が切れる。以前この街で起きた事件も、警備団に協力して解決に導いていた。まあその協力も今回の協力もなし崩し的というか、巻き込まれ体質でもあるからな。それでアイツもアイツで面倒見がいいというか、面白そうなことには積極的に首を突っ込んでいくというか……」
もちろん、ハルが何でもかんでも首を突っ込んでいるのだとはシュナも思っていない。
以前はシュナやリリィ、あと仲良くなった『フランベ』の店員が事件に巻き込まれたからだ。今回だって、学校が放火にあっていなければ、関わらなかったかもしれない。
ハルという少女はいつも自分勝手に動いているように見えて、実はいつだって仲間の為に行動している。彼女は大切な人達の為なら平気で命を賭けることができる、強い女の子なのだ。
「しかしシュナ、お前にもそんな表情で語れる仲間ができたか」
お猪口を口にしながら少しからかうようにグリフトが言う。
いつもなら軽く流せるのだが、酔いに若干顔を赤らめているシュナはそんなグリフトからかいにもいちいち反応してしまう。
「そんな表情とはどんな表情だ」
「自分で気付いておらんのか。お前があの小娘の話をするときはこれでもかと言うほど優しい顔をしておる。よほど今の生活が楽しいとみえる」
「……あの家は私を必要としてくれるからな。この間なんて私に弟子入りしたいと言ってきた人間の男までいた」
「ほう。それはお前に惚れておるんじゃないのか?」
「馬鹿いえ……死にかけていたところを助けてやっただけだ」
「そうか……ま、お前に惚れるような物好きは、そうそうおらんじゃろうしな」
「ちょっと待て、私はまだピチピチの19歳だ。冒険者業を辞めるつもりは毛頭ないが、一生伴侶を作らないつもりもない」
「……お前の伴侶は相当金持ちじゃないと務まらんじゃろ」
「……? どういう意味だ?」
「お前と一緒に暮らすとなると、食費だけで家計が火の海じゃ」
「なるほどな、では試してみるか。この店の料理を片っ端から頼んでみよう」
「やめんか! 魔石や鉱石を売って潤ったばかりの財布をすぐに空にするつもりか!」
昔のようなやり取りに懐かしさを感じながらも、シュナなら本当にやりかねんと密かに冷や汗を流すグリフト。
彼女と別れたのは彼女が16の時。あの頃でも十分に力は付いていたが、今のシュナはあの頃とは比べ物にならないほど成長している。現在の彼女の戦闘はまだ見ていないが、彼女の1つ1つの動作、隙のない立ち振舞い、山の中で彼女の立ち姿を見ただけでも強いと感じた。
この3年、死に物狂いで努力を続けたのだろうと簡単に見て取れた。
「だがシュナよ、お主少しばかり酔い過ぎではないか? 先程の話だって簡単に話して良い内容でもなかろうに」
「……見くびるな。酔っていようと話す相手くらいはちゃんと選ぶ」
「……そうか。まあ、儂は手伝ってやれんが、その犯人が見つかることを陰ながら祈っておるよ」
照れ隠しか、顔を背けて首を掻きながら呟くグリフト。
そんなグリフトを開いているか開いていないか分からないような細い目で見つめていたシュナは、
「グリフト……」
「ん?」
「…………………………き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛」
「え……」
「吐く……」
「待て待て待て!! ここで吐くな! せめてトイレで……っ」
獣人御用達の居酒屋で、老獣人の遠吠えが夜の帳に響いた。
× × ×
翌朝、アランカの街に敷かれていた街の外への外出禁止令が解かれた。
昨日1日街の外に出られなかったため、昨日休んだ分しっかりと稼がなければならないと朝からギルドには多くの冒険者が集まっていた。
そんな冒険者達よりも早くに街を出たのはハル、シュナ、ウィーネ、ダンストンの4人とクワシンを含む警備団15名。これら19名が朝早くから街のすぐ外にそびえ立つ山に登り、例のドラゴンの死骸のある中腹まで来ていた。
それぞれが配置につき、犯人確保の手順を確認する。
まずはこの中で唯一安定した魔法が使えるウィーネが、拘束魔法で犯人を捕らえる。その後は各々の判断でというシンプルかつ大雑把な作戦で犯人を迎え撃つ。
ハルの予想では冒険者達が街の外へ出始めたら、それに混じって犯人も出てくると考えている。
予想の時刻まではあと1時間程だろうか。ここでシュナがハルに声を掛けた。
「…………すまないハル、少し離れたところで休んでいてもいいだろうか?」
「……昨日夜遅くに帰ってきたと思ったら酔っぱらいの二日酔いで、しかもそんな状態であのドラゴンの臭いを嗅いだら気持ち悪くなったとか?」
昨日の晩にハルに叱られ、今朝はルルに叱られ、しかも二日酔いで頭がものすごく痛い。
ハルのこの冷たい視線が本当に温度を持っていたら気持ち良かったのかもしれないが、残念ながら元来視線というものに物理的な冷たさはないので、ここは1つあの腐乱臭から距離を置かせていただきたい。
ハルは冷めた視線をぶつけながら、諦めたように薄い溜め息を吐く。
「ここで吐かれても困るし、時間までどっか臭いの届かない場所で休んできな」
「助かる……」
申し訳なさそうにハルに感謝を述べて、ドラゴンの死骸から距離を取るために山を下る。
ハル達から離れたシュナの顔には既に血色の悪さはなく、その瞳にはどこか強い意思が感じ取れた。




