3.僕、参上
「「ハルせんせー!」」
「……?」
外から聞こえた子供たちの声に、視線を手元から窓の外へと向ける。そこにはさようならー! と元気よく手を振る少女2人の姿がある。その姿を見るだけで、学校へ繋がる道を屋敷の前に作っておいて正解だったと思える。
ハルは軽く微笑んで手を振り返すと、再び手元へと視線を戻した。
ここは屋敷にあるハルの自室。
現在この部屋にはハルともう1人、ギルドマスターであるシルシの姿があった。
「王都からの手紙、ですか? わざわざ持ってきてくれなくても取りに行ったのに」
「いえ、最近のサクバ様は忙しそうでしたから」
確かに、忙しくないといったら嘘になる。
ギルドや警備団などとも協力し、生徒の勧誘を始めたのがおよそ3ヶ月前。
そこから徐々に入学希望者が増えていき、現在は15名の少年少女が冒険者の心得を学んでいる。
人間10名、獣人5名と数は若干人間の方が多いものの、そもそもこの街では人間の数の方が多いので仕方がないと言えば仕方がないことである。むしろ獣人の子供が5人も入学してくれたを喜ぶべきだろう。あとは口コミやら何やらで次第に生徒の数が増えていくのを期待するばかりだ。
「まぁ形式上、校長先生ってことになってますからね。この歳で先生なんて呼ばれるとは思ってませんでしたけど」
一応この王立冒険者育成学校の提案者ということと、学校の場所がハルの所有する敷地内ということもあって、この学校の校長はハルということになっている。とはいえ、彼女が生徒達に冒険者について詳しく何かを教えられるはずがなく、そういう専門的なことは実際の冒険者に任せ、ハルが担当しているのは専ら文字の読み書きや算数といった一般教養である。
ちなみに教師役は王都から派遣された冒険者2名とシュナが務めている。
この冒険者2名は1人が最近冒険者を引退したばかりの老剣士、もう1人がその老剣士の孫である女性魔法使いだ。2人とも冒険者なだけあって獣人を全く差別したりはしないのだが、やはり5名の獣人の生徒はどこか固さが感じられたので同じ獣人でありながら冒険者でもあるシュナにも教師役を担ってもらった。
教師達が一切差別せず、しかも教師の1人が獣人なためか、生徒同士は今のところ皆仲良くできていると思われる。ハルは家柄的にあまり友人が多くなかったことも相まって、そういった雰囲気には敏感なので何かあればすぐに気付くだろう。
「何はともあれ、無事始めることができてなによりです」
「ですね。……と、そんなことより、今はこっちか」
シルシから渡された封筒には王家の紋章が封蝋の上から押されており、それが国王からの手紙だということが判断できる。
ハルは机の引き出しから取り出したヒーラ特製の短刀で封筒を開けていき、中の便箋を取り出す。
そこには初めの数行、学校を無事に始めることができたことによる祝辞が並べられていた。
が、それはあくまでも前置きで、本題はそこから先にあった。
「―――ファネルが何者かに殺害された……?」
そう。そこにはアインツベルク王国から遠く離れた辺境の地で、ファネル及びその両親が死体で発見されたという知らせだった。ファネルとは多少因縁があることから、一応ハルにも知らせておくべきだという国王の判断によりこうして手紙で現在の捜査状況などがこと細かく書かれていた。
正直、貴族の称号が剥奪され、国から追放された彼女がどこでどうしていようとあまり興味はなかったのだが、死体となって発見されたとなればまた状況は変わってくる。死体を見る限り、何者かの手によって殺害されたであろうことは間違いないらしい。
――ハルの脳裏に2人の黒装束が浮かび上がる。
(ファネルの屋敷の前で私とカイがあの2人に襲われたことは確か国王陛下も知っていたはず。あの2人の目的は知らないけど、他人を操り、爆破させることができる魔道具はあの2人がミラーに渡した物だった。そして、そのミラーは実際あの2人に殺されている……)
ファネルが所有していた隷属の首輪もアルとアランと名乗るあの2人がファネルに渡していた物だったことは、直接アランに訊いた。ハッキリとした回答は返ってこなかったものの、反応からしてまず間違いなくハルの推察はあっていた。
とはいえ、あの2人の目的は謎のまま。今言えるのは、状況証拠的にファネルを殺した犯人として一番怪しいのはあの2人だってことくらいである。
「えっと……シルシさん。この手紙に返事を書きたいんですけど、王都までどのくらいで届きますかね?」
「王都までですと、そうですね……馬車でもそれなりの時間が掛かると思います」
「やっぱりそうですよね。この手紙だって出してからそれなりの日数が経ってるはずだもん」
日本という何もかもが便利な世界で生まれ育っていたせいで、こういった情報交換方法が未だに慣れない。それこそスマホでもあれば楽なのだが。しかし、スマホを弄っている国王というのも中々シュールなので、これはこれで正解なのだろう。
「大丈夫だよ。手紙の返事なら僕が持ってってあげるから」
…………。
……………………。
…………………………………………!?
「ライン王子!?」
いきなり部屋の中に魔方陣が展開され、そこからアインツベルク王国第一王子であるライン=アインツベルクが現れる。この魔方陣は何度か見たことがあるのでハルも知っている。超高等魔法の1つ、転移魔法の魔方陣だ。
そして、この魔法を使える魔法使いはハルが知るなかでは彼女の師匠と先程話に上がったアランのみだ。
「……あれ? ロイドも一緒じゃないんですか?」
「いや? 僕1人だけど……ああ、転移魔法? これくらい僕でも使えるよ。そもそもこの魔法をロイドに教えたのは僕だし」
そういえば彼はロイドの元師匠だった。
「ま、転移魔法は本来行ったことのある場所にしか転移先を選べないんだけどね。そこはホラ、僕の読心魔法の応用で、ロイドの記憶からこの家を覗かせてもらったんだ」
(人の記憶まで覗けるのか……怖っ、読心魔法怖っ)
「それほどでも~」
(こわっ!!)
隙あらば人の心を読む癖は相変わらず健在のようだ。というかいきなりハルの部屋の中に転移してきて、もしも着替え中だったりしたらどうするつもりだったのだろうか。
当の本人はマイペースに部屋の中をキョロキョロと見渡している。
「ていうか、一国の王子が護衛もなしにこんなところに来ていいんですか?」
「やだなーハルちゃん。そんなの駄目に決まってるじゃん」
あははー、と頭を掻きながら然も当然かのように言ってのける第一王子。確かに王子自身もかなりの実力者出はあるのだが、それでも本来ならロイドかカナタ、そうでなくても護衛の数名はついていなければ城の外にも出してもらえないはずだ。
「…………また仕事をサボって来たんですか?」
「……………………」
「……今すぐ国王陛下への返事を書くんで、それを持ってすぐ帰ってください」
「やだやだ!! 僕もガッコウが見たい! カイ君達にも久しぶりに会っていきたい!!」
「我が儘言わないでください! 王子でしょ!」
「そんな言葉言われ飽きたー。いいんだよ、あそこには優秀な部下がいっぱいいるんだからさ」
今頃王城では大騒ぎになっていること間違いなしだ。きっとあと数時間もしないうちにロイドが転移魔法で迎えに来るだろう。
それにしても……この人こんなに子供みたいな人だっただろうか? 以前は戦ったり、ハルの身体の異変に的確なアドバイスをしたりと頼れるお兄さんキャラだと思っていたのだが、どうやら思い違いだったようだ。
あと、突然の王子乱入でフリーズしてしまったシルシを元に戻さなければならない。
(面白そうな事に自分から首を突っ込むのは大好きだけど、自分のあずかり知らぬところで発生した面倒事に巻き込まれるのは性に合わないんだけどなぁ……)
はぁ……と色々と忙しくなりそうだと溜め息を吐くハル。
そんなハルを見てライン王子は、
「大丈夫大丈夫。ハルちゃんって何だかんだ言って世話を焼いちゃうタイプでしょ? 自分のあずかり知らぬところで発生した面倒事にもいずれ慣れるって!」
「だから勝手に他人の心を読まないでください! あと自分で言うな!」
もう敬語も取れてしまったが、これは仕方がないと自分で自分を許してあげるハルであった。




