4.それでいいのかカイ君や
「へえへえ。ここが校舎なんだね。で、こっちが訓練施設と」
突然訪問しにきたアインツベルク王国第一王子のライン王子に、学校の施設を案内していく。
ライン王子の乱入でフリーズしたシルシには一度ギルドへ戻ってもらい、今は2人だけだ。
今日の授業は既に終了しており、子供達や教師役の冒険者2人はもういないので大きな騒ぎになることはないのだが、それでも護衛が自分1人だけというのは何ともヒヤヒヤを隠せないハルだった。
「もういいんじゃないですか? 早くさっき渡した手紙を持って王都に帰ってくださいよ」
「ひどいなー。何でそんな邪険にするのさ?」
「いや私だって、王子がちゃんと護衛付きであらかじめ連絡しといてくれたらこんな風に言いませんよ」
たとえ自分の敷地内とはいえ、王子と2人はやはり怖いものがある。
「それに学校を見るって目的はもう済んだじゃないですか」
「ああいや、今回の目的はそれだけじゃなくて――」
「ここにいたか、ハル」
王子の言葉を途中で遮るように、後ろから声が掛けられる。
振り向くとそこには、授業が終わり次第すぐにどこかへ出掛けていたシュナの姿があった。
「シュナ? どこ行ってたの?」
「ギルドへな。それで少し会ってもらいたい者がいるんだが」
会ってもらいたい人がいると言われシュナの後ろに視線を向けると、そこには簡単な装備に身を包んだ15、6歳の少年が立っていた。
「なになに? シュナちゃん結婚でもするの?」
「け、結婚!? そんなわけ……って何故ライン王子がここにいるのですか!?」
シュナの反応は最もである。シュナの後ろにいた少年も開いた口が塞がらないといった様子だ。
「まぁそれは置いといて、彼がどうしたって? ていうかそもそも誰?」
「ああ……彼は今日の朝稽古の時に山でモンスターに襲われていたので助けに入ったんだが、それから何やらおかしなことを言い始めてな」
「「おかしなこと?」」
ハルとライン王子が少年に視線を向けると、少年は微かに頬を赤らめながら答えた。
「別におかしなことなんて言ってません。ただボクはシュナさんに弟子にしてくださいとお願いしただけです!」
「だからそれがいきなり過ぎると言っているんだ。なぁハル。お前からも言ってやってくれないか? 今日初めて会ったばかりでいきなり弟子とかおかしいよな?」
「…………………………いや? いいんじゃない? 別に。弟子にしてあげなよ。ほら、シュナの戦う姿を見て憧れたんだよきっと」
「なっ、何故こいつの味方をする!」
理由は単純明快。ハルは人のことが言えないからだ。初めて会った人にいきなり弟子入りを申し込み、断られても最終的にお金で釣るという経験則の持ち主だ。
「ていうか、そんな朝早くから君は何で山になんていたの?」
「…………クエストの帰り、だったので」
「あー、まぁ早朝は一番モンスターが出にくい時間でもあるしね。その判断は間違ってないと思うけど。運悪くモンスターに見つかっちゃったわけか」
「はい……」
「…………?」
いきなりテンションが下がった少年に首を傾げながらも、ハルはシュナに師匠になるくらい別にいいではないかと言おうとしたとき、ライン王子がハルの肩を掴んで1歩前に出る。
「そのクエストは、君1人で受けたの?」
「…………っ」
その問いに少年が肩を震わせる。
既に話を聞いていたのかシュナは悲しげに目を伏せ、ライン王子はその反応で大まかな事情を把握する。
そして、その雰囲気でハルも何となく分かってしまった。
「他に、仲間が2人いました……2人とも同郷の幼馴染みで、一緒に冒険者になって、田舎から出てこの街で初クエストを受けたんですが……2人は、モンスターに……」
まさに、現在ハルが最も懸念していたことが起こってしまっていたようだ。
成り立て冒険者の初クエスト。きっと彼らもその田舎ではそれなりに鍛練を積んできたはずだ。それでようやく冒険者となり、初めてのクエストで2名の命が散った。
クエストとは、受けるクエストを決めた際に必ずギルドからそのクエストについての説明を受ける。そこで無理そうならば断ればいいし、ギルド側は決して強制はしない。依頼者は基本、依頼したクエストを達成してくれれば初心者だろうがベテランだろうがどっちでもいいという考えなので、それこそシュナのような獣人冒険者でなければ依頼者側から断るなんてことは滅多にない。
つまり、クエストを受けるもやめるも、全て冒険者次第なのだ。
故にクエスト中での事故で死亡した場合もギルドや依頼者は一切責任を負わないし、全て冒険者の自己責任となる。
4人の間に重たい空気が流れる。
少年は俯き肩を震わせ、ハルはその様子に様々な考えを頭に浮かべる。
やはり、まだまだやることは山積みのようだと。
「……とりあえず、いったん屋敷に戻ろうか」
ハルの言葉にシュナも頷き、少年とライン王子も連れて4人で屋敷へと戻ることにした。
× × ×
「シュナ、師匠になるのがそんなに嫌なの?」
ライン王子が少年を慰めている間、ハルが小声でシュナに訊ねると、シュナは腕を組んで難しそうな表情を作る。
「いや、別に嫌だというか……師匠と言われても実感がないというか、何をすればいいのか分からないというか……」
シュナの珍しくハッキリとしない物言いに見かねたハルも一緒になって腕を組み、考える。
「と言っても、私やカイだってあの2人に付きっきりで何かしてもらってる訳じゃないし、まぁあの2人が忙しいってのもあるけど……とにかくそう難しく考えなくてもいいんじゃない?」
それに……とハルはリビングのソファーに座る少年を見る。
「今の彼に必要なのは、心の拠り所なんじゃないかな……?」
シュナもハルの視線を追って少年を見る。
少し考える素振りを見せ、1つ大きな溜め息を吐いた。
「はぁ……分かった。ただ、1つ頼みがあるのだが、いいだろうか?」
シュナの頼みにハルも仕方ない、と首を縦に振った。
「と、いうわけで、今日から新しい仲間になったアマネ=クライシス君です」
夕飯前になり、屋敷のリビングに集まったカイ、ルル、リリィに新メンバー、アマネ=クライシスを紹介する。
しかし偶然か必然か、3人の視線は違うところに向いていた。
「何で」
「王子が」
「ここに……?」
見事なリレーである。
新しく紹介された新メンバーより、その横にいる第一王子の方が気になるらしい。当たり前か。
「いやー、ちょっと用事があったんだけど、色々あって訊きそびれててさ」
「訊きそびれ? 王子、何か訊きたい事があったんですか?」
これはハルからしてみても初耳でつい王子に注意が向いてしまう。しかしここでハルまでアマネをスルーしてしまえば流石に可哀想である。
「と、その前に……彼は一応今日からシュナの弟子兼私達のパーティーメンバー兼雑用係ということになったから。何かあったら彼に頼むといいよ」
「「「…………?」」」
今の説明で理解できる者も少ないだろう。
しかし、これは彼の望みでもあるのだ。鍛練などでシュナの時間を奪ってしまう代わりに師匠であるシュナだけでなく、パーティーメンバーであるハル達の手伝いや雑用も引き受けると言っている。
「…………」
カイが何かを見定めるようにアマネを上から下まで見つめる。これまでハルを含め良い人間がいることも分かってはいるのだが、やはりまだ全ての人間に気を許したわけではないということだろう。
だが、恐らくそれは杞憂に終わるだろう。
彼は冒険者で、モンスターの恐ろしさは身を持って体験している。今更意思疎通のできる獣人に嫌悪するとは思えないし、何より、獣人であるシュナに弟子入りを申し込んでいるのだ。
「えっと……」
カイにジッと見られ、どうしていいか分からなくなったアマネはシュナに視線を向ける。しかし当のシュナは色々あって疲れたのか、リリィに肩を揉まれてホンニャリしている。
「お前、ちょっとついてこい」
「へ?」
カイはそれだけを告げてリビングを出て行ってしまう。
どういうことですか? とハルに視線で説明を求めるが、ハルだってカイが何を考えているのかが全て分かるわけではない。
両腕でさあ? というポーズを取り、首を傾げてると、廊下から大きな声でアマネを呼ぶ声が聞こえてくる。
「早く来い!」
「は、はい……!」
結局外へと出て行ってしまった2人は置いといて、ハルはライン王子に向き直る。
「それで? 訊いておきたいことって?」
「ああ。それなんだけど………………あ」
ライン王子がハルに訊いておきたいと言っていたことを話そうとした瞬間、王子の足元に青く光る魔法陣が浮かび上がる。
これには見覚えがある。ロイドの転移魔法の魔法陣だ。
青白い光に包まれたライン王子は、何かを言う前にシュンッと転移されてしまった。
そして誰もいなくなった空間にヒラリヒラリと1枚の紙が。
『馬鹿が邪魔した』
その紙にはカイよりは綺麗で、ルルよりは汚い、そしてリリィよりは丸っこくない字でこう綴られていた。
「……結局、何しに来たか分からず仕舞いだったなぁ」
今頃こっぴどく怒られているであろう王子の姿を想像しながら、ハルは深く溜め息を吐いた。
「な、何なんですか! あの馬!!」
バンッと大きな音を立ててリビングの扉を開け放つアマネ。その表情は半泣き状態だ。
その後ろには、どこか満足そうな顔をしたカイの姿もある。
「よし。こいつを仲間として認めよう」
「嫌われ者の仲間が欲しかったのね……」
呆れたように言うルルの言葉にハルも納得する。
どうやら2人は、馬小屋にいるユニーのところへ行ってきたらしい。
でもカイ君や? 基準がそれでいいのかい?




