31.(物理的な)痛みを越えて
「……っ……ああーーーもうーーーー!!!」
ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!!
左腕は痛いし、左肩は滅茶苦茶痛いし、髪の毛グワッて引っ張られて痛いし、ロイド師匠に色々と教えてもらってそれなりに強くなったと思ってたのに、あの大男とはドラゴンとミジンコくらいの差を見せつけられたし。
何かもう、痛みとショックと苛立ちが一斉に襲ってきて何をどう処理していいのか分からない。
「……門番が居眠りしてるとはいえ、そんな大声出したら気付かれるぞ」
「……! カイ! 大丈夫!?」
「ああ。ちょっと衝撃で気を失ってただけだ。背中とか超痛いけど。それより誰がどう見てもお前の方が重症だぞ」
ハルは自分の姿をもう一度見る。
転がったせいで全身土にまみれており、左肩は矢が刺さったままダラダラと血がながれている。
ついでに左腕も蹴られた部分が青く腫れ上がっており、どう見ても打撲以上の怪我はしていた。
「とりあえずその矢は抜いて止血した方がよくないか?」
「……そだね」
貫通して背中側から飛び出ている矢をゆっくりと抜いていく。こういうとき、弾丸じゃなく矢で良かったと思う。
弾丸では貫通しなかった場合厄介なことになる。
「……グゥッ……痛ゥー……!」
「大丈夫か?」
「…………はは、ダイジョブダイジョブ。以前比べ物にならないくらい、それこそ死ぬほどヤバい怪我もしたことあるし……」
もちろんハルが命を落としたあの轢き逃げの時のことだ。
と、そんなことより矢を抜いた分さらに血が流れ出てきた。
(しまったな……止血出来るような物がないや)
邪魔になるということで武器以外の荷物はほとんど置いてきた。上に羽織っているフード付きジャケットを脱いで傷口を押さえてもいいのだが、生憎これも色が茶色で分かりにくくはあるが、土まみれなのでこんなもので傷口を押さえたらそれこそバイ菌が入ってしまいそうだ。
「……仕方ない、後は気合いで行くか」
「おい、ほんとに大丈夫か? これで消毒しておくか?」
「え、消毒液なんて持って……」
そう言ってカイが取り出したのは消毒スプレー、もとい、催涙スプレー。それも先程ハルが渡した最強の催涙スプレーだ。
「うん、そんなんで消毒したら私死んじゃうよ? それが原因になって死んじゃうよ? 死因:傷口に催涙スプレーを吹き掛けたため、ってなっちゃうよ?」
「冗談だ」
軽口を叩けるくらいカイは復活しているみたいで安心した。
カイだって気絶する程の勢いで木に叩きつけられたのだ。全身に激痛が走っているはずなのにこうして気丈に振る舞っている。約10歳の少年が痛みに耐えて頑張っているのにお姉さんである自分が弱音ばかり吐いていられない。
ハルは気合いを入れて意識を痛みからルル、リリィの奪還の方へ切り替える。
「それにしても、あいつは何者だったんだ?」
「……昨日ルルとリリィを拐った奴だよ」
「はぁ!? じゃああいつもファネルの仲間ってことか?」
この口振りから本当に気を失っていてアランと呼ばれていた小さい方も見ていないのだろう。
「いや、それは違うって言ってたよ。私も気になったから訊いてみた」
「信用できるのか?」
「私達みたいな格下相手に嘘を吐く必要はないよ」
ハルの言葉にうっと言葉を詰まらせる。カイも自分達が明らかにあの大男の格下だということは十分に理解しているからだ。
「だから今はそのことは置いておこう。まずはファネルだよ」
「ああ」
ハルとカイが立ち上がる。
カイは地面に転がったダガーを腰にしまい、ハルも散らばった矢を回収する。
「…………っ」
自分の左腕がどこまで動くか確認してみたが、想像以上に辛い。
握力は明らかに低下しており、無理に力を込めると左腕に激痛が走るのと同時に左肩からは血が溢れ出す。
(これは本当に急がないと……あー、服の中が血で気持ち悪い……)
矢筒に7本の矢が入っていることを確認し、先程まで自分に刺さっていた矢をクロスボウにセットする。
弦を引くときに襲ってきた激痛に表情を曇らせるが、何とか耐える。
「……じゃ、行こうか」
2人は林の先にある屋敷を睨むように見つめ、まずは壁にもたれ掛かりながら居眠りに興じている門番に狙いを定めた。
× × ×
腰の鞘に剣を収め、腕を組ながら壁にもたれ掛かるように眠っている男は、耳元でしたヒュッという風切り音と共に意識を覚醒させる。
「な、何だ!? ……ん? 矢?」
自分の顔の横の壁に突き刺さっていた矢を見てすぐに襲撃だと判断した男は腰の剣を抜き、辺りを見渡す。
すると、ちょいちょいと後ろから服の裾を引かれたのでそちらを振り返ると、そこには10歳前後の猫耳を生やした少年が立っていた。
「お前、一体どこから……ッ!!!! ギ、ギャアアアアアア!!! め、目ガァ!!!」
いきなり顔にスプレーを吹き掛けられ、それが目に入った瞬間目が焼けるような激痛に襲われる。
完全に視界が奪われ、眼球が溶けるような感覚に苦しみ悶えながら地面に転がっていると、上から子供の声が降りかかった。
「門番中に居眠りしておいて一体どこからはねぇだろ……」
その声はどこか呆れていた。
「いやー効果絶大だねー、そのスプレー」
「あの苦しみよう、失明レベルだろうな」
壁に刺さった矢を回収して門と屋敷の間の門道を走り抜ける。
屋敷の玄関まで辿り着いた2人は一度止まり玄関の扉を引く。が、当然鍵が掛かっている。
「…………よし、呼び出そう」
「……は?」
ハルは扉に付いているノッカーの輪っかを二度三度扉に叩きつける。
しばらくすると中から足音が聞こえ、扉の鍵が開けられる音がする。
ハルはカイにジェスチャーで合図を出し、カイはそれに頷くとハルの後ろに隠れるように立つ。
「はい、どちらさまで……っ! 何だおま「黙って」っ!」
ハルはクロスボウを出てきた男の顔面に突き付ける。
「ああなりたくなかったら、大人しく質問に答えて」
男がハルの後ろを見ると、門の近くで門番を任せていた男が顔を押さえ、叫びながら倒れている姿を見つける。
「わ、わかった」
両手を上げて従う意思を見せる男。
「まず、今ファネルはこの屋敷にいる?」
「お、奥の部屋にいらっしゃる」
「今この屋敷にいる護衛の数は?」
「お、俺と門番合わせて7人だ」
護衛は残り5人。
この広い屋敷にしては随分と少ない。
「屋敷内の構造は?」
「ファネル様のお部屋と客間が2階にある。い、1階は俺達の部屋とキッチン、大広間があるだけだ。」
「それだけ?」
「あ、ああ」
「……おっかしーなー、ここは″獣人保護″のファネルさんのお宅のはずなんだけど、保護した獣人はどこにいるんだろう?」
「あ、ああ。保護した獣人はここにはいない。別の別荘を与えている」
「別荘?」
「そうだ。この屋敷から見て街のちょうど反対側に建っている」
「……はぁ」
1つ溜め息を吐く。
舐められたものだ。非常に不愉快である。
「……あのさ」
「……? ッッ!!!?? ガッ!!」
男の顔に向けていたクロスボウを足の方へ向け、男の足の甲を撃ち抜く。
「嘘を吐くならもう少しまともな嘘を吐いた方がいいよ。私達をここから遠ざけたいのは分かるけどさ、流石に街の反対側はやり過ぎじゃない?」
足に風穴を空けられた男は膝から崩れ、足を押さえながら屋敷の中に向かって叫んだ。
「敵襲だ! 全員武装してグワアアアアアアアッ!!!」
カイにスプレーを浴びせられ、最後まで言う前に男の言葉は悲鳴に変わる。
しかし、初めの言葉だけで敵の護衛が集まってくるのには十分だった。
1階の異なる部屋から剣を持った3人の男が現れ、ハル達の姿を確認し近付いてくる。が――、
「カイ。一気に行くよ」
「ああ」
ハルは痛みを堪えながら新しい矢をクロスボウにセットし、弦を引く。
1番先頭にいる男の足元目掛けて矢を発射する。
走っていた男は次踏み出そうかという場所に矢が飛んできたため、つんのめる形で倒れ込む。
そこにカイが素早く近付き催涙スプレーを倒れた男に吹き掛けた。
スプレーをもろに浴びた男が悶え苦しんでいるところに後ろにいた男2人がカイに斬りかかる。
カイはスプレーを自分のフードの中に投げ入れ、腰のダガーを抜くと片方の剣を受け止める。
そしてもう片方の男はハルが放った矢を腕に受けて剣を落とし、苦しそうにうずくまる。
そしてハルはすぐにカイと相対している男の方へ駆け出してカイのフードに入った催涙スプレーを取ると、男の顔目掛けてスプレーを吹き掛けた。
「ぐおぉぉぉぉぉっっっ!!!」
ついでに腕に矢を受けた男にも吹き掛ける。
「ガアアァァァァァ!!!!」
これで護衛はあと2人だ。しかし、この叫び声を聞いてもここまで来ないということはここにはいないのか?
だが、玄関に出てきた男は護衛は7人おり、ファネルは奥の部屋にいると言っていた。
それが本当なら、その奥の部屋とやらは防音の可能性がある。他の護衛やファネルが来ないのはこの叫び声が聞こえてないからである。
「……さ、奥の部屋に行こっか」
「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「だいじょーぶ。それより急ごう」
「あ、ああ」
貧血気味で視界が微かに霞んでいるもののまだ大丈夫だと自分に言い聞かせて男に刺さった矢を引き抜き、床に刺さった矢も回収する。
奥に続くであろう廊下を進むと、すぐに他の部屋とは違う大きな扉に行き着いた。
「……ふーん、また随分と立派な鳥籠だこと」
屋敷の外観と中の構造を比較するに、この先にある部屋はかなり広い空間である。
ここにファネルがいる。恐らく残りの護衛やファネルに囚われた獣人達。そして、ルルとリリィもいる。
ハルはジャケットにまで血が染まっている自分の左肩を見る。感覚だが背中側も同じくらい血が染まっているだろう。
そしてアルと呼ばれていた大男に蹴られた左腕も外で見たときよりもさらに腫れ上がっている。
(もうちょい頑張ろう……約束したからね)
――2人は私が守ると言った。
自分で言ったことくらい守らないと人として駄目だ。
ハルはふらつく足元に力を込め、扉を勢いよく開けた。
「ちわー! 三河屋でーす!」
ここでハルにしか分からないボケを挟んでくる程度にはまだまだ元気なハルだった。
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