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30億だけ持たされた私の異世界生活。  作者: 夢寺ゆう
第1章 異世界転移
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29.殺さぬ訳と襲撃


 キサラギの街の外れ、一際大きな屋敷がある。

 そこには1人の貴族の娘が数人の護衛と共に暮らしている。


 屋敷の大きさと住んでいる人間(・・)の数が釣り合っていないのには理由がある。

 屋敷の大部分を獣人の為に割いているのだ。

 いや、ここは自分のためと言った方が正しいのかもしれない。


 屋敷の最奥――、

 昨夜、日が変わり少し過ぎた頃、黒装束の2人組が連れてきた獣人がそこで今も尚スヤスヤと寝息をたてて眠っている。

 あまりにもそっくりな寝顔は2人の髪色が正反対でなければどちらが姉でどちらが妹なのか見分けがつかない程だ。


 無意識のうちにお互いの手を握り合い、非常に愛らしい寝姿を見せている双子に1人の人影が近付く。


 そして、バシャリッという音と共に双子は目を覚ました。


 驚くほど冷たい何かを全身に浴びせられ、一気に意識が覚醒する。

 姉である黒髪のルルが慌てて身体を起こし辺りを見渡すと、そこは昨夜泊まった牢屋とは明らかに違う場所であることを確認する。


「ここは……」


 ポツリと呟くと自分と握り合っていたもう1つの手がぶるりと震えたのを感じた。


 隣を見ると全身ずぶ濡れのリリィが寒そうに身体を震わせながら横になっていた。

 そしてようやく自分の身体もずぶ濡れだったことに気が付いた。


 ――なにこれ……? と自分も冷えた身体に震えを感じていると、いきなり後ろから声を掛けられる。


「ようやくお目覚めかしら? またずいぶんと寝ていたわね」


 バッと振り返ると、そこにはバケツを持ち、厭らしい笑みを浮かべながらこちらを見下ろしている女性が立っていた。彼女があのバケツに入っていた冷水を2人に浴びせたのは一目瞭然である。


「……お、姉ちゃん……?」


 リリィが目を覚ますと、ずぶ濡れになっている自分と姉の身体。姉と睨み合う女性。女性が持っているバケツを見てある程度どういった状況なのかをすぐさま理解する。


 ルルは妹を背に庇うようにしながら目の前の女性を睨み付けるように見上げる。


「ハルの言った通りになったようね……」


「……あら? あの小娘はこうなることを予想していたのかしら?」


 一瞬うーんと考える素振りを見せた女性だが、すぐにパッと顔を上げて笑みを作る。


「まあいいわ。どうせこれから逃れることはできないのだから」


 そう言って女性は懐から真っ黒なチョーカー、いや、首輪を取り出した。



「さあ、貴女達は今から私の物になるのよ」



 女性が小声で呪文を唱えると、2つの首輪がふわりと浮き上がり、2人の首へとひとりでに巻き付いていった。


 ――これでこの娘達は私から逃げられない。


 獣人コレクターのファネルは、その事実に厭らしくほくそ笑むのだった。





        ×  ×  ×





 獣人コレクターのファネルが住む屋敷は林で囲まれていた。

 屋敷の前には舗装された道が通ってはいるが、屋敷の左右と後ろ、そして道を挟んだ向い側も林が続いている。

 

 屋敷の入り口には門番が1人立っており、腰に剣を携えてはいるが実に退屈そうに欠伸をしている。


 ハルとカイは向かいの林の中からバレないようしゃがんだ状態でそんな門番の様子を窺っていた。


「よし、それじゃあ作戦を伝えるね」


「ああ」


 背中の装着具から既に矢がセットされたクロスボウを取り外し、安全装置(セーフティ)を外す。

 それを確認してから、ハルは短パンのポケットから1本の液体が入った小瓶を取り出す。


「それは?」


「催涙スプレー。カイには基本これを使ってもらう」


「……? どういうことだ?」


「あれだけ大きな屋敷だし、ファネル以外にも護衛が何人もいると見た方がいい。そうなると1人1人にあまり時間を使っていられない」


 1人に時間を使っているとその間に仲間を呼ばれたりして、それだけファネルの所に行くまでに時間がかかってしまう。

 故に、1人の敵に対し最少の攻撃で素早く戦闘不能していきたい。


「まずは私が敵の足元に矢を射つ。当然敵の動きが止まるだろうから、そこにすかさずこれを敵の目に向かって発射して」


「…………何でそんな回りくどいことするんだ? 催涙スプレーなんかじゃその場は良くてもファネルと戦ってるときに援軍として攻め込まれるぞ?」


「…………」


「護衛の奴らもファネルが獣人を奴隷にしていることを知らないはずないんだから当然同罪だ。そんな奴ら相手に催涙スプレー? 甘すぎるんじゃねぇの?」


「…………そうかな?」


「そうだろ。敵を動けなくする手段なんて他にいくらでもある。それこそ、後で絶対に(・・・)援護に来られないようにするべきだと、オレは思うけどな」


「……!」


 カイは暗にこう言っているのだ。″護衛もろとも殺すべきだ″と。


「……カイは人を殺したことがあるの?」


「……ない。けど、その時が来たらオレは――、「ないなら()らせる訳にはいかない」……!」


 ハルはカイの言葉を遮り、ハッキリとそれを否定する。


「……オレが寸前で怖じ気づくとでも?」


「……ばーか、違うよ。あんな奴らの為にカイが手を赤く汚す必要はないって言ってるの」


「だからって、あいつらのしてきたことは簡単に許されて良いものじゃないだろ! 今まで辛すぎる想いを強いられてきた獣人達の為にも……」


「あ、何か勘違いしてる? 今言ったのはあくまでも理由の1つに過ぎないよ?」


「……え?」


 カイはそこでようやくハルの様子がおかしいことに気が付いた。ハルはいつも通り笑っているつもりなのだろう。

 しかし、明らかに目が笑っていない。

 そしてその瞳の奥は恐ろしいほどに冷えきっていた。


「私はあいつらを殺さないし、カイにも殺させない。というか、私は初めから獣人コレクターを殺すつもりなんて毛頭ないんだよ」


「どういう、ことだ?」


「……あいつらの犯してきた罪が、あいつらの命ごとき(・・・・)で償えるわけがないでしょ」


「…………!」


「誰が殺してなんてやるもんか。誰が死なせてなんてやるもんか。本当の地獄っていうのは死ぬことなんかじゃない。早く死なせてくれって思うくらい辛く苦しいのに、死なせてもらえない状況のことを言うんだよ。私も、そして被害にあっている獣人達もきっとあいつらには本当の地獄を味わってもらわないと気が済まない」


 ハルの冷えきった声にカイの背筋がゾクリと凍った。


「奴らに死という罰は軽すぎる。人権も持たせず命を弄ぶ者に死を選ぶ権利はない」


 そこまで言って、ハルはコロリといつもの表情に、声色に戻る。


「それにカイの心配は問題ないよ。このスプレー、巨大モンスターが食らっても半日はまともに動けなくなるらしいから、人間が一吹きされれば3日くらいは悶え苦しむんじゃないかな?」


 目に直接浴びれば失明する可能性は少なくない。そんな強力な催涙スプレーを何の躊躇もなく浴びせろと言うのだから、ハルも相当怒り心頭なのだろう。


「とはいえ、どれ程の威力なのかは私も知らないから、まずはあの門番で――」


「フッ……さっきから聞いていれば、何とも恐ろしいことを口走る小娘とガキだなぁ」


「「…………!!!」」


 本当に真後ろから聞こえたその声の主は、既にハルの首元に剣を突き付けていた。


「動くんじゃねぇぞ。その腰の矢、お前が弓使いなのはわかってる。お前が矢を取り弓を引いて振り向いてから矢を放つ間に、俺はお前を5回は殺せる(・・・・・・)ぞ」

 

 その言葉に嘘は一切含まれていないのだろう。

 ハルとカイがこんな近距離で剣まで突き付けられているというのに、声を掛けられるまで存在に気が付かないほど気配を完璧に殺せる相手だ。


 間違いなく、ハルやカイの手に負える相手じゃない。

 が、恐らく隙はある。


 何故なら、ハルが今手にしている武器は弓矢ではないからだ。


「…………スゥー……フゥー……」


 一瞬の攻防になる。その為に、集中力を極限まで高める必要がある。

 深く、しっかりと深呼吸をし、既に手元にあるクロスボウの引き金に右手の人差し指をそっとかける。


「おいおい、そこまでビビるこたぁ……ッ!!?」


 前を向いたまま首を右に傾け、左の肩口から後ろに向けてクロスボウの矢を放つ。


 ハルの武器が弓矢だと思っていた敵は完全に不意を突かれた形になり、己に向かってくる矢に反応ができない。


 そのまま命中した矢は敵の左肩に深く突き刺さる。


「グゥッ……! この、舐めやがってぇ!!」


 左肩に勢いよく矢が刺さったことで一瞬後ろによろめくが倒れる前に踏みとどまり、敵も袈裟斬りで反撃する。


 それだけの時間があれば、腰のダガーを抜き、敵とハルの間に割り込むスピードがカイにはあった。


 袈裟斬りで向かってくる敵の剣を逆手に持った2本のダガーを交差させて受け止める。

 しかし、圧倒的なパワーの差の前に、膝が折れ、片膝を地面に付けた状態でようやく静止する。


 ハルもすぐさま左腰の矢をそのまま左手で抜き取りクロスボウにセットし、梃子の原理で弦を引く。

 そして振り返りながらカイが防いでくれている剣を持つ敵に対してそれを構える。


「……!」


 そこでようやく敵の姿を確認した。


「……あなた、昨日の……」


 そう、カイに剣を振り下ろしていたのは、昨夜ルルとリリィを連れ去った2人組の1人。


 全身を黒装束で固め、頭には黒いフードを被り、口元を鼻まで覆われた黒い布でできたマスクで隠している――


 2メートル近くはある大柄の男だった。






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