22.役割
高温の水蒸気が届かない場所まで移動したロイドは近くの木にもたれ掛かるように座り込む。
ここまでの魔法の乱発でドッと疲労が出てきたようだ。
「……ちっ、情けないな」
ふぅと息を吐きながら、空を見上げる。
対峙して、改めてアークの実力を思い知らされた。
だが、自分より強者に挑む感覚をここしばらく忘れていたロイドにとって、この緊張感は悪くないとも思わせていた。
「苦戦してんね、師匠」
「……っ!?」
そんな物思いにふけっていると、後ろから突然そんな声が掛かる。ロイドは瞑っていた目を見開き、その驚きを隠そうともせず背後から聞こえた声に振り向く。
「……何でお前がここにいるのさ」
「何となく村の中は危険かなって思って村の外の森に転移したんだけど、何故か辺り一面超熱いサウナ状態になってたから、そこから離れてたら見覚えのある魔力が見えたもので」
突然ロイドのもとに現れたハルは、紅く光る左目を親指で指差しながら答える。
「いや……そういうことを聞きたかったわけじゃないんだけど──」
そこまで言って、ロイドは違和感に気付いた。
(ここまで接近されてたのに、声を掛けられるまでこの僕が気付かなかった?)
数十分前、旧ベーダで目の前にいたアークとは別の場所から、アークに似た魔力を感じた。あれは恐らくハルのものだったのだろう。
実の親子なのだ、特に索敵・感知に優れているわけではないロイドが親子の魔力を勘違いするのも無理はない。ダルキ国王とライン王子の魔力も良く似ていた。
だが、今はどうだ?
目の前のこの少女から、あのとき感じだ魔力は一切感じない。
しかも、索敵に優れていないとはいえ、戦闘経験豊富なロイドが気配を一切感じ取れずに、戦闘素人のハルにここまで接近を許すとは自分でも信じられなかった。
ロイドとアークの膨大な魔力のぶつかり合いを感じてか、辺りの野生動物は一斉に逃げ出し、この近辺には自分以外の生物はいなかったはずだ。
「ハル……お前──」
「そんなことよりさ、あの高温の水蒸気。師匠はあの馬鹿親父と戦っている最中ってことでオーケー?」
ロイドの言葉を遮るようにハルがアークのいる廃村の方角を見つめる。
「……ああ」
「そう。ま、考えることは同じってことだね。でも、見る感じ押されてる? そんな弱ってる師匠は初めて見たよ」
ハルの言葉にぐっと口を紡ぐ。
今のところ優勢か劣勢かで言ったら誰がどう見ても劣勢だろう。
だが、恐らく奴に敵う人間も、ロイド以外にいるとも思えない。
「とにかく、ここもすぐに戦場になる。奴の相手は僕がするからすぐにここから離れるんだ」
「いんや。ここで会ったのも何かの縁。ここは選手交代」
「……は?」
「多分だけど、少ししたら別の相手がここに来る。ロイドはそっちの相手を頼むよ。アランカでも戦ったんでしょ?」
「待て。お前も誰かと戦ってたのか?」
「ベーダでアルとアランに見つかってね……リリィがやられた」
「……!」
その報告にロイドは目を見開く。
それと同時に、ベーダで出会ったウサギ科の獣人2人の顔が浮かんだ。
「……それで、他のメンバーは?」
「アマネとルルにリリィを任せて、シュナとカイにアルを任せた。それから皆がどうなったか分からない」
「おい……それ、アランがお前を追いかけてくる保証はなくないか? 奴がアルの方の加勢に行ったらどうするんだ!」
「それはない」
断言するハルにロイドは首を傾げる。
ハルは懐から十字架の魔道具を取り出し、アルとアランに追われていた経緯を説明する。
「あいつらの目的はこの魔道具。馬鹿親父とは別の目的であの2人は動いているんだ。つまり、あの馬鹿親父を倒すだけじゃこの戦争は終わらない。奴らにこの魔道具を奪われる前に馬鹿親父を倒して、近代兵器も全部ぶっ壊して、それが済んだらこの魔道具を破壊する」
「……今さら娘だからって容赦するような奴には見えないよ」
「そんなの端から期待してないよ。でも、師匠は魔法的に相性悪いんでしょ。ヒーラさんのおかげで私の方が属性的なバリエーションはあるんだから、この組み合わせの方が理にかなってる。それに……一応血の繋がった親子。あいつの性格は分かってるつもりだ」
「……だとしても、レベルが違いすぎる。本気で死ぬぞ」
「そうならないように、早めに助けに来てよ」
ハル自身も1対1でアークを倒せる自信はあまりない。
だが、ロイドと2人なら突破口はあるはずだ。
「分かった。アランは僕が相手しよう。ただ、本当にヤバかったら退くんだよ」
「はいはい。了解」
座り込んでいるロイドに手を差し伸べる。
ロイドはその手を握って立ち上がると、それと同時に廃村の方角から巨大な爆発が起きた。
× × ×
「まだ息があります……!」
「……!」
戦場から少し離れた路地裏で手際よく止血を行うアマネの言葉にルルは息を飲む。
冷たい地面に倒れる妹の胸には直径3センチ程の穴が背中へ真っ直ぐ貫通している。位置的にも心臓を貫いているように見える。
「ほ、本当にまだ息が……?」
「はい。リリィちゃん、恐らくですが同年代の子よりも少し心臓が小さいんだと思います。ギリギリのところで心臓は避けています。ただ、致命傷であることは変わりないので、油断はできません……!」
ルルはリリィが昔から自分より少し身体が弱かったことを思い出す。最近はそんなことも少なくなったが、昔はよく熱を出す子だった。
ルルはリリィの口から溢れた血を拭い、ゆっくりと立ち上がる。
「……? ルルさん?」
「……リリィを任せるわ。アタシは戻ってシュナ達の援護に行く」
ルルの言葉にアマネは目を見開いて驚く。
瀕死の妹を置いて危険な戦場に戻ろうと言うのだ。普段の彼女からは考えられない言動だ。
「な、何を言っているんですか! 落ち着いてください、気持ちは分かりますが自殺行為です!」
「落ち着くのは貴方よ。アタシは冷静」
そう言うルルの視線は生死の境で踏ん張っている妹に向けられていた。
「逆にアタシがここに残ってもやれることが無いわ。アマネはルルを背負って街を出なさい。そうね……あの廃村の方角へ向かいなさい。方角が分かってれば後から合流しやすいわ」
「……本気ですか?」
「あいつらがリリィを狙ったということは、アタシら姉妹の幻覚魔法が厄介だと思っている何よりの証拠。今アタシが役に立てる場所はここよりも戦場よ」
アマネはルルの言葉に心の底で納得してしまった。
本来であれば、ルルよりも戦闘能力のあるアマネが、シュナ達の援護に行かなければいけないはずなのだ。だが、ハルからもすぐに戦場から遠ざけられたのは事実だ。今のアマネでは、シュナはもちろん、ずっと年下のはずのカイよりも戦力としては下に数えられている。今だって、アマネが戻るのとルルが戻るのでは、シュナ達の増援をこなせるのは確かにルルかもしれない。自分でもそう思ってしまったのだ。
その事実に悔しさを感じずにはいられない。
そんなアマネの心情を感じ取ったかのか、ルルは俯くアマネの髪を掴み、厳しい口調で言い放った。
「もう一度言うわよ。リリィをあんたに任せる。アタシのたった一人の血の繋がった妹で、自分の命よりも大事な妹を、あんたに託す。アタシが2人を連れて戻るまで、絶対にリリィを守りなさい。お願いよ」
震えていた。
目の前で妹が致命傷を負わされ、生きるか死ぬかというそんな状態の時に、1秒たりとも傍を離れたくないはずだ。当たり前ではないか。
そんな少女が自分の命よりも大事な妹を託すと震えながら言っているのだ。
「……そんな当たり前のことを言わせてしまってすみません。師匠達をお願いします。リリィちゃんはボクが命に代えても守りますので、安心してください。後で合流しましょう」
互いに頷き合い、2人は反対方向へ走り出した。




