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30億だけ持たされた私の異世界生活。  作者: 夢寺ゆう
第5章 記憶
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22.無反動砲(ロケットランチャー)


 砲撃が鳴り止む。

 

 海から流れてくる潮風に乗って、赤く染まった硝煙と砂煙がこちらに漂ってくる。

 嗅覚に優れているシュナでなくとも分かるこの死肉の匂い。焼け焦げたような、吐き気を誘う血と肉の匂いが頭を伏せて身を隠していたハル達にその惨状を伝えた。


 冒険者で血や死体に慣れているシュナですら、たった今起こった出来事に吐き気を催す。

 改めて実感させられた。人は、簡単に死んでしまうということに。


 自分の胸の中で震えているリリィをより一層強く抱き締める。

 リリィの震えを癒すためではない。己の震えを、恐怖を、抑え込むためだ。


 目は塞いでいたものの、聴覚に優れたリリィがあの爆音を、蹂躙された人達の一瞬の悲鳴を聞き逃したとは思えない。この僅かな時間で何が起こったのか理解はできなくても、人が大勢死んだという事実は把握できたはずだ。


 シュナの胸の中のリリィが小さな声で呟いた。


「お、ねえちゃん、は、どこ、ですか……?」


 その声の震えは恐怖からなのか、それとも……最悪な状況を想像してしまったからなのか……。


「…………」


「…………」


 少女の問いに即答することができない。

 3人とも状況だけは正しく理解しているからだ。

 ルル、アマネ、そしてカイ。この3人がいると思っていた場所に集まった人々は、突如現れた獣人兵によって皆殺しにされた。原形を留めている死体が一体何人いるのだろうか。


「おねえ、ちゃんは、どこですか……!」


「……リリィ、静かにするんだ。奴らは獣人。聴覚も優れていると思った方がいい」


「いや……いや……!」


「…………っ」


 嫌っ嫌っと頭を抱えながら首を横に振り続けるリリィ。

 やはりこの子はしっかりと現状を把握している。把握しているからこそ、その現実が受け止めきれない。


 そんなリリィを尻目に強く歯を噛み締めるハル。

 正直ハルはマヒユ教徒が大嫌いだ。獣人大好きをスローガンに活動しているハルにとって、その獣人を殲滅対象としているマヒユ教は一番の敵だと言っても過言ではない。




 ただ――これは違う。


 ハルはこの世界で獣人も人間も何の隔たりもなく毎日を幸せに暮らせていける、そんな世界を夢見ている。そこには当然獣人も人間も必要だ。

 だが、この世界の最大宗教は獣人を排除することを目的としたマヒユ教であることは紛れもない事実であり、この夢を実現させるには必ずぶつかることになる宗教でもある。


 でも――これは違う。


 正々堂々とは言わない。力の無い者が強大な敵に立ち向かうのに、何の策もなく正面からぶつかったところで負けるとか以前に勝負にもならない。卑怯上等。そうでもしなければ、単独で巨大な勢力に勝てるはずもないのだから。



「それでも――これは違うだろ……!」



 ぎりっと噛み締めた唇から血が滲む。

 

「……ルル達があの場に留まっていたとも限らない。実際私達は3人が見つからなかったからここに上がってきたんだし、諦めるのは早いよリリィ」


「……はい」


「だがどうする? あんな魔道具見たこともないぞ……一撃であの像の頭を破壊できる程の威力があるにも関わらず、その威力を保ったまま何発も放つことができている。まさか、あの魔道具もこれと同じで使用者の魔力を必要としないのか……!?」


「そんな……それじゃあ、向こうにも、シュガレットさんと同じくらいの、魔道具研究者が、いるってことですか?」


「いいや、アレ(・・)は魔道具じゃないよ」


 見たこともない魔道具にシュナとリリィが困惑していると、ハルが獣人兵達が担いでいる兵器が魔道具ではないと言い放った。


「……なに? あの筒が魔道具じゃないだと? お前、あの筒が何なのか知っているのか? あれは一体なんだと言うのだ?」


「ロケットランチャー。無反動砲と呼んでもいい。私のクロスボウみたいな照準と引き金がついてて、筒上のコイルの中に棒磁石を入れたときに発生する誘導電流を利用してロケット弾に点火する装置があの筒の中に入ってる」


「ハル……?」


「爆風を筒の後ろから放出することで射撃時の反動を軽減してる。反動が少ない分、肩に担げるような小型で軽量な発射装置からあれほどの威力の砲弾を発射することができる。ただ爆風を後方に噴出させるため、発射時は後方確認を怠ってはならない」


「待てハル。お前……何故そんなにも詳しい……?」


「…………そりゃ――」


 ハルが答えようとした時、リリィが突然後ろを振り向いて手で口元を押さえた。


「お、ねえ、ちゃん……」


「「……!」」


 リリィが見ている方をハルとシュナも確認してみると、そこには確かにルルとアマネと思われる人影が建物の影から顔を覗かせていた。到底声が届くはずのない距離だが、聴覚に優れているリリィにだけこちらを呼ぶルルの声が聞こえたようだ。


「あの2人、あんなところにいたのか!」


「どうやら私達よりも先に私達と同じことを考えたみたいだね。まずは2人のところへ行こう」


 港に並ぶ獣人兵に見つからないように移動するためには、煙で視界が悪い今がチャンスである。

 ルル達のところへ向かうため駆けている最中、シュナがハルに気になっていることの問いかけを続行させた。


「お前が何故あの兵器に詳しいかは今は置いておく。だが、あれほどの爆破範囲のものをあんな至近距離で撃ったら、奴らだって爆風で吹き飛ばされるはずではないのか?」


「いや、あの獣人兵達の前に一瞬魔力の壁が見えた……きっと発射した瞬間に魔法の障壁を展開してるんだと思う。だから、至近距離では自分も巻き込んでしまうから撃てないっていう弱点もちゃんと解消している。あれじゃますます近付くのは無謀だね」


 シュナ達が見たことのなかった海をハルは見たことがあると言っていた。陸に囲まれたアインツベルク王国に住んでいたら海を見る機会はない。実際、ハルはアインツベルクに来る前は別の国に住んでいたとも言っていたし、他にもシュナ達が知らない知識があってもおかしくないのだ。あの兵器はその知識の1つなのだろう。


 そう結論付けたシュナはすぐに優先事項の入れ替えを行う。

 

(……離れたおかげで少しは匂いが和らいだが……どうやらルルとアマネしかいないようだ)


 2人の発見に安堵するのも束の間、まだカイの姿はどこにもない。

 ルル達のようにあの場からすぐに逃げることができていれば良いのだが、あの場に戻ったところで死体の匂いでシュナの嗅覚は役に立たなくなる。


 すると、シュナ達が向かっている方から別の匂いが大勢で近づいていることに気が付いた。


「ハル、大人数がこちらに向かっている。逃げているようには感じないが……」


「足音も、聞こえます。鎧のような音も、聞こえるので、たぶん兵士や冒険者の方々かと……」


「サランド皇国の兵士達かな。向こうは戦争ではないって言ってたくらいだし、降伏は多分意味がない。あの躊躇のなさを見る限り、向こうの目的はマヒユ教徒を殺すことにある。きっと話し合いも通じない上に、マヒユ教徒が獣人に降伏するとも思えない。どちらかが全滅するまでこの戦いは続くかもしれない」


 いや、きっと続く。もうロイドの迎えを待っている暇はない。今すぐにでも国を出なければ巻き込まれることは目に見えている。ハルやリリィの目にももうはっきりと向かっている場所にカイの姿がないことは映っていた。


 全員の中で優先事項が一致する。





        ×  ×  ×





 何かでかい音が聞こえたと思ったら急に爆風に襲われて吹き飛ばされた。

 ちょうど落下した場所が屋台の影になっていたお陰で、その後も続いた爆音と衝撃の正体は分からずとも直接その被害に遭うことはなかった。


 ただ、20発続いた砲撃のうち、一発でもその被害を受けたのなら、それは致命傷になりかねない。


 たとえ砲弾の直撃は免れたとしても、その近くにいたせいで爆風をもろに受けてしまえば、その衝撃波と高温の熱風により無傷で切り抜けることは不可能と言える。


 20発のうち19発の被害には遭わずとも、そのたった一発で命取りになる。

 彼らの使っている兵器は、そういう兵器なのだ。


 頭がぼーっとする。きっと落下の拍子に頭をぶつけたのだろう。額から生ぬるい液体が顔を伝っていくのを感じる。


 ただ、それ以上に――


「―――っ!! ごほっ、ごほっ…………っ」



 右半身が焼けるように痛い。

 顔も、腕も、足も、動かすことができない。自分の身体から煙が出ているのが見える。

 これ以上、意識を保つことはできない。本能的にそれが分かる。


 どこからか声が聞こえる。

 何を言っているのかは分からない。

 


 ここは、どこだっけ……?


 

 記憶が曖昧になる。

 確かハル達とアインツベルクを出て、サランド皇国に着いたことは覚えている。



 ならここはサランド皇国……?



 では何故、サランド皇国で自分はこのような状態で倒れているのか。

 サランド皇国はマヒユ教の国だ。だから獣人であることがバレないようにするためにシュガレットに幻覚魔法の魔道具をもらったはずだ。


 首から下げていたペンダントを多少動かすことのできる左腕で掴む。

 

 その手が、虚しく空を切った。


 尻尾を動かす。動く尻尾が視界の端で揺れていた。


(そうか……ペンダント、壊れたのか……)



 マヒユ教は獣人の排除を目的とする宗教である。

 


 カイの意識は、ここで切れた。






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