21.虐殺
この状況を予想できた者が、一体何人いただろう。
いや――そんな者、いるはずもない。
もし、本当に予想できていたというのなら、その者はきっと予言者だ――
「な、何が起きたんだ……?」
突然の爆音に衝撃、街の人々の悲鳴に首都ベーダは一瞬にしてパニックに陥った。
その爆音の正体は探すまでもない。
その場にいた誰もがすぐにその正体に気付いたからだ。
何故ならそれは、街のどこにいても見られるように計算されて設計されており、出店が並ぶ港付近にいたハル達でも少し目線を上げれば見ることができるからだ。
「そんな……」
誰かがそう呟いた。
この街の、いや――この国の象徴である慈母神マヒユの像が、この街の中心にそびえ立つマヒユ神の像の頭の部分が、爆音と共に吹き飛んだのだ。
一瞬の静寂の後、悲鳴は街中に広まった。
逃げ惑う人々。しかし爆発が起きたのは街の中心で、逃げるとするならば住民は街の外側へ逃げようとする。ハル達がいた港付近に当然その逃げ惑う人達が集まってくる。
「くっ……皆、離れないように近くに集まって!」
ハルの声に近くにいたシュナ、リリィはすぐにハルの元にやって来る。
「ルルとアマネは!?」
「分からない! 近くには見当たらない! この人の数では匂いでも無理だ!」
「リリィ、音は!?」
「む、むりです! 悲鳴と足音で、全部かき消されます……!」
「くそっ……!」
ハルは無造作に左目の眼帯を取る。
この魔眼が左目に発動してからたいぶ月日も経ち、シュナ達の魔力の色や流れ方は覚えている。魔道具で人間の姿に見えていたとしても、体内を流れる魔力までは錯覚させられない。
「…………っ」
必死に辺りを見渡すが、それらしき人物は見当たらない。しかも次々に人が溢れかえって来るため、目の前を様々な魔力の光が通りすぎていくのを見ていると、すぐに酔ってきてしまう。
「ぐっ……!」
いったん左目を強く瞑る。あれ以上見続けたら本当に酔って、先程まで食べていたものが逆流してしまいそうになる。
それにハルは、まだ体調の方も万全ではない。
「……シュナ、リリィ、カイ、いったん移動しよう。少し高いところに移動すれば見つかるかもしれない」
眼帯でもう一度左目を覆い、いったんルルとアマネの捜索を中断する。確かアマネは剣を持っていたはずだし、2人が一緒にいるのならまず大丈夫だろう。シュナの強さのせいで薄れがちだが、彼もシュナとの修行の成果かかなり強くなっている。まずは自分達の安全の確保を優先すべきだ。
「おい、ハル……」
「ん? なに?」
「お前……カイは一緒じゃなかったのか?」
「……は?」
バッとつい先程までカイがいた場所を見る。
しかしそこにカイの姿はなく、逃げ惑う人とその人達に踏まれたのであろうリンゴが落ちているだけだった。
「さっきまでここにいたじゃん! シュナも見てたでしょ!」
「それを言うならお前の方が横にいたではないか! それにルルやアマネだってさっきまでは近くにいた!」
どうやらこの人の流れに流されてしまったらしい。むしろシュナとリリィが集まれたこと自体ラッキーだったのかもしれない。
「とにかく、やっぱりどこか高いところに行こう。上からならこの眼でカイ達を見つけられる」
「ああ、そうだな。リリィ、はぐれないように手を繋いで――ッ!! 伏せろ!!」
シュナの声に慌てて頭を庇う。
近くにいた人達もシュナの声が聞こえたのか一緒になって頭を抱えるようにしてその足を止めた。
そして、次の瞬間――
またもや強烈な爆音と衝撃が街を襲った。
しかも、今度は一発や二発ではない。計7発の爆音が全て頭の無くなったマヒユ神の像に直撃した。
「なっ……!」
いきなりの出来事に一発目はてっきり、マヒユ像の内側から頭の部分が爆発したものとばかり思い込んでいた。誰かが爆弾でも仕込んでテロを起こしたのだとばかり。
でも、違った――
今度はしっかりと聞こえた。
爆破直前の、砲声が。
既に元の形が分からないほどに粉砕してしまったマヒユ像。あの様子ではその足元にあった住宅街への被害もただじゃ済まないだろう。
一瞬だけミュートの顔が思い浮かんだが、今はそれどころではない。
「とにかくここは人が多すぎる! 頑張って移動するよ!」
訳も分からずとにかくマヒユ像から離れようと港の方へと逃げ出していく人達の流れに逆らって、ハル達は少しだけ街の中心に向かう。カイ達はこの人波のどこかにいるはずなのだ。ならばここよりも少し高い場所に移動できれば、あとは魔眼で見つけ出すことができる。
いきなりの砲声とマヒユ像の粉砕。
確かに気になるところではあるが、まずはカイ達の安全の確認が先だ。
はぐれないよう3人で手を繋ぎながら街の中心方向を目指していると、今度はハル達の背後、港の方から先程と同じ砲声と爆発音が鳴り響いた。それと同時に高々と上がる水飛沫。
今度は海で先程の爆破が起こったらしい。
「さっきからこの爆発はなんなんだ! どんな魔法を使っている!!」
リリィは震え、シュナは訳の分からない状況に叫ばずにはいられないらしい。
しかし、ハルは2人とは明らかに違う反応と表情をしていた。
「本当に魔法なのかな……?」
「……! なに?」
何とか人の流れに逆らいながら人混みを抜けると、急いで階段を上り、先程までいた場所を見下ろす。
「ハル、どうだ?」
「…………そんなすぐには見つからないよ! ……? 何だろう、人の流れが止まった?」
港へ向かっていた人の流れが急に止まる。
それとほぼ同時に海から水柱が3本上がった。
「またか!? まさかこの爆発音の犯人は港にいるのか!?」
「……そうみたいだよ。どうやらあそこからマヒユ像を吹っ飛ばしたらしい」
眼帯を外している魔眼で、港に目を向けるハル。
そこにはバラバラになった船の破片がプカプカと海に浮かんでおり、昨日まではなかったはずの別の戦艦が港に停泊していた。
そして、港に逃げ込んだ人々の前には、防具に身を包み肩には重々しい兵器を担いでいる獣人の姿があった。
「おい、あれは獣人か!? 何故獣人がこんなところに! しかもあの装備は……」
「…………ヤバいよ」
港に並ぶ獣人兵。後ろからさらに3隻の戦艦が港に近付いてきている。
後ろの戦艦に乗っているのも含めるとその数ざっと数えただけでも200人は越えている。
「ああ、あの兵の数はまずいぞ。しかもあそこにいるのは一般人ばかりだ!」
「いや、私が言ってるのはそっちじゃなくて……」
『我々は獣人の国、ビスト帝国からやって来た兵士だ! 貴様らマヒユ教徒が我々に行ってきた仕打ち、貴様らにとっても我々にとっても特別な今日というこの日に晴らさせてもらう! いいか、これは戦争ではない。もう一度言う、今から行うのは戦争ではない! ……一方的な虐殺だ!!』
1人の獣人の声が響き渡ると港に並んだ獣人兵が一斉に、肩に担いだ兵器の引き金を引く。
それは、本当にただの虐殺だった。
武器を持たない一般市民が、一瞬のうちに粉々になって吹き飛んでいく。
港に逃げ集まった一般市民の数はおよそ1000人。そのほとんど全ての人が、衝撃と爆風で吹き飛んでいく。
容赦することは一切なく、5発10発20発と、たった一発でマヒユ像の頭を吹き飛ばすような兵器を武器を持たない一般市民に撃ち込んでいく。
血の雨が降り注ぐ。
爆煙が赤く染まっている。
すぐさま頭を伏せて身を隠したハル達の近くに、肉片が飛び散ってくる。
その惨状を見せないようにシュナはリリィの目を塞ぎ、強く抱き締める。
リリィはその音と悲鳴と血の匂いだけで全身を震わせ、涙を流している。
そしてハルは――
「待ってよ…………あの、ロケット、ランチャーは…………」




