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漆黒の狩人《イエーガー》アルティメス  作者: 北畑 一矢
第4章
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皇帝との謁見

「…………」

 そのラドルスたちに沈黙が訪れる。主にルーヴェ、ラヴェリアのこれまでのことを口にした結果、ラドルスたちは皆、表情を険しくしてしまい、手を顔に押し付けながら口を噤ませる。

 途中でルヴィスやヴェルジュが信じられないと言葉を上げるが、それを予想していたラヴェリアは実際に起きたことだと彼女自身が残していたデータを見せ、彼らを納得させた。

「……君たちの事情は分かった。知らなかったとはいえ、ここまで君たちに負担を与えていたことには言い返す言葉もない」

「……別に慰めてほしいわけじゃねえよ。もしアンタたちがそれに加担していたとなれば、話は別だ。……そん時は、この場で潰すがな……!」

「「「!!」」」

「お兄様!?」

「……冗談だ」

 一瞬、空気がピリッと張り詰め、一触即発の状況に陥るが、ルーヴェは思いとどまり、この場に広がる緊張感は自然と収縮された。冗談だとルーヴェは口にするが、その眼には明らかに本気の念が込められており、ラドルスはおろかルヴィスやヴェルジュも背中に冷たい何かが流れた。

 もっとも悪い意味で言えば、敵対するなら叩くという怖いもの知らずの奴が使う言葉である。それを簡単に口にすることは、頭のネジがぶっ飛んでいるとしか言いようがなく、まともに生きてきた人間が口にする言葉ではないのだ。

 ところが、ルーヴェはそんなまともな生活を送ってきたわけではないが、性格が荒むような経験をしてきたわけではない。にもかかわらず、あのような発言をすることの裏側に、その経験を送ってきたことを表していた。

 その証拠に、剣呑とした空気がルーヴェを中心に今も流れていた。彼の眼から発せられる殺気がまっすぐに義兄たちに向けられていたのである。血のつながった兄弟でも命を取るつもりだと言外に伝えていた。

 その予想外の成長というより別人への変貌にラドルスたちはルーヴェに慄く。これほどの殺気を放つあたり、彼もまた自分たちと同じガルヴァス皇族の一人だと改めて思い知ったのだった。

 殺気立てるルーヴェをよそにラヴェリアは自分の考えを伝えるために話題を変えた。

「だったら、一つ頼みたいんだけど……」

「? それは、何かな?」

「あなたたちにとっても、悪くない話よ」

「…………?」

 その話題とは現在、国を立て直すことに必死になっているラドルスら皇族にとって手が出る話だそうだ。不意に笑顔を浮かべるラヴェリアに、ルヴィスはその笑顔に秘められた謎に不気味さを抱く。

 そして、彼女の口から語られた提案に、ラドルスたちだけでなく、ルーヴェたちも含めたこの場にいる全員が驚愕に包まれるのだった。



 それから数日後。

 都市の復興は思ったよりも早く進んでいた。

 ヴィハックが撒き散らしたウイルスの除去を終えるとすぐさま都市部を守護させていたタイタンウォールの修復に取り掛かった。今は仮止めという形で塞がってはいるものの、皇宮内にいる貴族たちは新たに閉鎖区を行き来するためのゲートの開発に没頭していた。

 いつ襲い掛かるのか恐怖に震えるが、皇族らにいいところを見せようと不眠不休で手を動かし続けている。

 一方、街中では建物内で壊れていた電源の復旧を行い、それが終えると侵攻の時に消えていた明るさが徐々に戻ってきた。今では日用品などが売られている店も再開している。

 この国で生きる人々の変わりない一日がまた始まろうとしていた。

 その中で皇宮ではギスギスとした空気が滞ることなく流れており、これまでにない緊張感に包まれていた。

 皇宮全体の真ん中より上の高さに位置する謁見の間。その空間には高級な絨毯が敷かれていて、数多くの貴族らが絨毯の脇に立ち、お互いが向かい合うようにズラリと縦一列に並んでいた。

 中にはそれぞれの名高い家の当主が出席しており、見た感じでは豪華ではあるものの彼らがそこにいることから只事ではないことは明白だ。

 さらにその奥には皇帝の王妃を含めた皇族らも貴族たちと同様に並んでおり、貴族を含めた全員が絨毯の伸びる扉からやってくる人物を迎え入れようとしていた。

 その彼らの後ろには大きな段差があり、その段差とつなぐ階段の先には金の装飾が施された椅子に腰を掛ける銀色の髪と髭を生やした男がこの謁見の間に訪れる人物を待ち構えていた。

 その人物こそ、この国の代表たる皇帝、ヴェルラ・ライドゥル・ガルヴァスであった。

 そのヴェルラ皇帝はというと、すぐ近くにいる貴族や自身の妻やその子供に目もくれず、動じることなく、背筋を自身の身長を超える背もたれにつけながら、まっすぐに大きな扉を見据えていた。まさに不動の形であり、その存在感を周辺にいる者たちに深く見せつけていた。

 その様子に圧倒されていた貴族の生まれである若い男性は恐る恐る隣にいる貴族の男へと声をかける。皇帝陛下の姿を見ることに少々怯えていた。

「……確か、皇族の兄妹が出席されるんでしたよね? この謁見は……」

「ああ……。何でもルヴィアーナ皇女殿下の兄上も含まれているそうだ。まさかとは信じたくもないが……」

「ということは、あの女狐の……?」

「そんな……」

「生きていたのか……」

 貴族たちからヒソヒソとこの謁見の主役の名前を挙げていく。中には子馬鹿にするようなヤジも飛んでおり、それが段々と広がっていった。よほど小貴族であるカルディッド家を嫌っているようだ。

「…………」

 それに動じず、ただ聞き流していたカルディッド家当主、バルダ・カルディッドは目を閉じながら立っていた。その脇には彼の娘であるノーティスも同席しており、彼らがここにいるのもやはりこの場の主役を迎え入れるためである。

「お父様……」

「気にするな。好きなだけ言わせておけばよい。今日はあの二人の門出でもあるのだからな……。すぐにでも黙る」

「……はい」

(……小さかったあの二人が……)

 ヤジを気にしたノーティスに対し、バルダはこの祝典の主役を祝うように説得し、彼女を(なだ)めた。気にするなと言っているが、やはり二人に対して意識しているのが丸わかりである。

 実はというと、彼には妹がおり、その妹こそが皇帝の王妃であり、この祝典の主役がその子供、つまり自身の親戚にもあたるからだ。その妹の忘れ形見の晴れ姿を真っ先に見たいのだろう。その思いを察したノーティスも彼と同様に視線を同じ方向に向けた。

 そして同じく同席するガルヴァス皇族はそのヤジに心を痛めていた。

「…………」

「相変わらずというか、どうして血筋だけにこだわるのか……」

 無言を貫くラドルスの隣にいたルヴィスは貴族たちの振舞いにため息をつく。

 ガルヴァス帝国は武力主義という面があると同時に、貴族主義という面も持ち合わせている。

 元々、貴族たちも長い歴史の中で数々の功績を打ち立て、国に貢献することで人々からの信頼を手にしてきた。そして、強さを証明し、歴史に名を残すことでその人物、そしてそれに連なる者には高貴という身分が与えられるのである。

 だが、長く歴史を重ねることでその威光は強くなっていき、周囲には段々と手が付けられなくなる。それが過信と傲慢を生み出し、その威光を汚していくのだ。

 しかし、その中にはその威光に負けない一族がいる。それこそがガルヴァス皇族だ。

 長年国を背負ってきたことを自覚し、民を導いてきた彼らは貴族たちよりも重い覚悟をその身に背負わせている。どんなことがあろうともその意志は挫けることはなく、己の意志を貫ける者はただ純粋に強い。

 それは人柄にも大きく表れ、周囲を自分の方へと引き込んでいく。そのカリスマこそが王という称号に相応しく、その者の器の大きさというのが窺える。

 皇帝という称号は威光を振りまくだけの飾りでもなく、国を背負い、民の道標とならんことを表すのだ。多くの貴族たちはそれに委縮し、目に見えぬ強さの前では赤子も当然であった。

 もちろん、ヴェルラも赤子の時から皇帝だったわけではない。そもそも皇帝や皇族、貴族という言葉はあくまで称号であり、人ではない。称号というのは与えられるものであり、その者が特別視されることはあったとしても、それに相応しい実力を持たない者には一生届きはしないのだ。

 皇帝という座につくヴェルラやその血を引くラドルスを含めたガルヴァス皇族、そしてそれに関わる人物のほとんどはその意味を海の底に位置する深海よりも深く理解していたのだった。

 穏やかでない貴族たちが不満を吐露していくうちに、謁見の時間がやってきた。皇帝より遠くにいる軍の士官とは異なる護衛が大きく声を張る。

「ガルヴァス帝国第三皇子、ルーヴェリック・カルディッド・ガルヴァス、および同じく第二皇女、ルヴィアーナ・カルディッド・ガルヴァスのご入来!」

 その大きく張られた声と共に、貴族たちが見守る大きな二枚の扉が左右に開いていく。その奥から少年と少女が姿を現した。

 その二人の登場に貴族たちは初めて見るような声を上げる。その存在については、十年よりも前から知ってはいたものの、顔を合わせることはあまりなかった。ましてや、その片割れが亡くなったと聞いてからも特に興味など薄かったようだ。

 それが十年という垣根を超え、改めて成長を期待した貴族たちの顔は瞬く間に驚嘆へと変わっていった。

 空いた扉から入ってきたルーヴェリックとルヴィアーナ。そのまま敷かれた絨毯の上を歩き、皇帝がいる場所まで進んでいく。また、彼らから振りまかれるその佇まいは皇族という一言で形容しづらいものであった。

 ルーヴェリックは生まれつきの銀髪を隠すことなくさらけ出している。その整った顔立ちと青年に相応しい背の高さも相まって、見る者すべてを驚かせている。

 もちろん、身に着けている服も彼が十年前より着ていたものと似たデザインであり、地位の高さをいかんなく証明させている。ラドルスやルヴィスより一歩引く感じに見られるが、まだ十台という幼さを含めて、より高貴さを演出させていた。

 また、その妹であるルヴィアーナも皇女として相応しいドレスを身に纏っており、持ち前の美しさを際立たせている。同席としていた貴族たちの大半は彼女に嫌でも目が行っており、すでに釘付けである。まるで文字通り主役を演じるかのような振舞いだった。

「何という美しさだ……!」

「あの女狐と同様、いやそれ以上かもしれん……!」

「あれがホントに兄妹なのか!?」

 二人の登場に貴族たちは不思議と胸を躍らせ、開いた口が閉じられなかった。それだけ二人の姿がまさに誰もが理想としたものが具現したものだった。

 まさしく二人が舞台の主役という、これ以上のない演出であった。

「「…………」」

 貴族たちと同様に二人を見ていたノーティスも絶句していた。普段から世話をしていたルヴィアーナはともかく、兄のルーヴェリックも妹に違わずの美しさを見せびらかしていたことに心を奪われていた。その頬に赤く染まる。

 一方、その隣で見ていたバルダはその晴れ姿にどこか安心感を覚えていた。

 ルーヴェリックの母親はモデルのような美しさを持っており、他の貴族からも求婚を申し込まれていた。そのたびにバルダはそれをはねのけ、悪い虫を近寄らせないようにしていた。実は彼もその美しさに妹であることを抜きにしても惚れこんでしまっていたそうだ。

 ある日、皇帝から求婚を申し込まれ、強引に婚姻をされる結果になったのだが、彼女の美しさはさらに増す一方であり、その息子や娘も生まれ、幸せになったのである。

 ただ、その幸せを踏みにじるような出来事が起こり、妹と甥を失ったバルダは深い悲しみに包まれた。何とか立ち直り、忘れ形見である姪と自身の娘を大切に育てた。

 そして、母と同じ美貌を持っていたルヴィアーナに娘のノーティスを護衛に就かせることにした。それが生きていた甥と再会することになるとは彼も予想以上のサプライズだった。

 その甥と姪は貴族たちと皇族たちの列を通り過ぎ、正面に構える皇帝の前に立つ。二人はそのまま皇帝から発する威光に跪き、顔を下に向けた。通り過ぎた貴族や皇族たちも皇帝へと顔を向けている。

「……ルーヴェリックよ、此度の件、よくぞ力を示した。我も喜ばしい限りだ」

「!」

「ルヴィアーナもよく尽力したな。貴君の功績に免じて、褒美もやらんではない」

「! ありがとうございます!」

「「「「「!!」」」」」

 皇帝の口から発したのは目の前にいる兄妹の働きに関することであった。下手すれば、国そのものを失いかねない事態だったため、皇帝はそれに合わせた報酬を与えようとしたのである。

(……随分と気前がいいな。あんなことを(・・・・・・)しでかした(・・・・・)割には……!)

 だが、ルーヴェリックは皇帝の言動に疑いを持ち始める。皇帝が彼に対して行った仕打ちに憤りがあったようで、表情には出さないが、眉を少しだけ吊り上げていた。


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