始まり
彼が今目の前にいる実の父に憤る理由。それは十年前、ギャリアの悲劇が起きた直後にあった。
あの時、ルーヴェリックとその母はいきなり倒れ、床に伏した。二人の体を診断した医師からは、のちにデッドレイウイルスと呼ばれる新型のウイルスに感染していたことが判明する。
それからというもの、症状は着実にステージを通り越し、やがてルヴィアーナやバルダたちカルディッド家に看取られながらその命を落とした。
その後、遺体は丁重に処理され、墓の下にその身を埋められていった……
――はずだった。
実はというと、二人の遺体はウイルスに対抗するための研究材料として廻されていたのである。もちろん、その研究に携わっていたラヴェリアは即刻二人の遺体を元にワクチンを作り出そうとしていたのだ。
ちなみに二人の遺体を彼女にあてがったのは皇帝の指示であり、これを見た時には親族を何の躊躇なく研究に送り出すのも尋常ではない。その冷徹な判断を下す皇帝にラヴェリアは絶句していた。
非人道的に思えるが、遺体を解剖、研究に役立てることも別に珍しくもない。実験用として生きた動物をモルモットとして行うことなど、日常的なのである。
その二人の体を調べていくうちに、ラヴェリアはあるものを発見した。
「! こ、これは……!」
二人の体にある細胞が別の細胞に変化し、ウイルスを抑制させていたのである。この現象を知ったラヴェリアは速やかにその細胞を研究していくと、ヒト型の細胞がデッドレイウイルスを取り込んで進化したものだと判明したのだ。
その証拠に二人の体は日にちが経っているにもかかわらず、体がヴィハックへと変貌していないことからウイルスの抗体が出来上がっていることに気づく。
また、研究を行う前に二人の体を触れてみた結果、心臓の微かな鼓動を感じ、まだ死に至っていないことにラヴェリアは驚愕した。ウイルスに感染した後、体内で拒絶反応が起き、抗体を作るために一度仮死状態に陥らせたと彼女は推測する。
もし仮死状態に陥っているなら、もう一度目を覚ます可能性があることを感じたラヴェリア。しかし、親子二人を目覚めさせることではなく、ワクチンを作ることが目的である彼女はそのはざまに苦しんだ。自分の夫を殺めた過去が蘇り、その手には何も掴めないほど震え切っていた。
彼女が考え抜いた選択は、人類を救うこと、そして親子を目覚めさせるという二つを同時に選んだのだ。あの二人はおそらく目覚めるはずだと賭けに出たラヴェリアは、その体から抗体の一部を採取し、それを基にウイルスを撃退させるワクチンを作り出すことに成功した。
すぐさまそれを大量に作り出し、世界中の国々に向けてその製造方法を公開させた。するとウイルスの感染者が急激に減少し、瞬く間に世界中から不安が消えていった。
その偉大な功績を残したラヴェリアは、皇帝から勲章を頂くことになり、誰もが彼女を褒め称えた。ところが、彼女の顔は全く晴れず、それを見せないように喜ぶだけの仮面を被っていた。
そして、勲章を頂く当日、彼女は帝国から姿を消した。仮死状態についていたルーヴェリックと母をコールドスリープで保存し、飛行艇ごと国からオサラバしたのだった。
ちなみにその製造方法が書かれた情報はデータベースに残されており、さらにはデッドレイウイルスに関する情報もそこに含まれていたのだ。このような情報を残したのは、この国を滅んでほしくないラヴェリアの心遣いだったのかもしれない。
それから五年後、ルーヴェリックは目覚めた。ラヴェリアがデッドレイウイルスを抑制するゼクトロンシステムを完成させ、コールドスリープで眠りについていた彼を目覚めさせたのである。
目覚めた彼にラヴェリアは協力体制を取るように説得したことがすべてのはじまりだった。
そして今、彼は生まれ育ったガルヴァス皇宮に戻ることになった。
「何が欲しい? お前たちの望みを叶えてやろう」
「…………」
皇帝の囁きがルーヴェリックの耳に入る。誰もが飛びつきそうな話ではあるが、相手は皇帝、その言葉に裏があってもおかしくもない。まさに取引という名の見えない駆け引きが二人の間で起きていた。
ルーヴェリックは飛びつこうとせず、じっと顔を下に向けて無言を貫く。
その様子を近隣で見ていたラドルスたちは浮かない顔をしたままだ。彼の真実を知ってなのか言葉が全く浮かび上がらない。
その無言が数秒続き、沈黙が訪れようとしていたその時、ようやくルーヴェリックの口が動いた。
「できれば、ラヴェリア・ベルティーネの処遇について検討させていただきたい。彼女もまた、この国を守った功労者。できれば、デッドレイウイルス、ギャリアニウムに関する豊富な知識を持つ彼女をこの私の配下として迎え入れたい」
「!」
すなわち、ラヴェリアをルーヴェリックの元に置いておきたいという願望だ。ルーヴェリックの言う通り、彼女もヴィハックの侵攻を食い止めた存在である。
また、国を再建する名目でシュナイダーの開発を検討したという、紛れもない実績を重ねた彼女にも新たな功績を与えてもよい。それを含めて彼は自身の傍に置いてほしいのだと皇帝に進言したのである。
「…………」
息子の言葉を聞いて、今度は皇帝が無言となる。彼の言葉に隠れていたその意図に気づきつつあえて熟考した。
一方、ルーヴェリックの口から出された提案に貴族たちはザワッと小さく騒ぎ立てる。
貴族ですらない者を自身の傍に置いておくなど普通なら考えられるものではない。ただ、彼女の功績については彼らの知るところではあるが、存外無欲であると小馬鹿にしていた。身分の低い者が成り上がることなど貴族たちにとっては不愉快極まりないのである。
だが、皇帝と同じようにルーヴェリックの意図を感じ取ったルヴィアーナは、小さく微笑む。彼女や娘を含めて彼の知人であること、そして、自分たちの傍に置いておく方が貴族たちも手出しがしにくいからだ。
また、ラヴェリアの技術は天才と呼ぶに相応しいものであり、人類を救うことに貢献できたことを含めれば、これ以上の譲歩はない。
そして、熟考した皇帝の口から出た言葉は、ルーヴェリックの提案に実直に沿うものだった。
「いいだろう。ラヴェリア・ベルティーネについては貴様に任せる。お前たちにもそれに従ってもらうぞ」
「! そんなの認められるはずが……!」
「そうですぞ! たかが平民を、あんな弱虫なんかに……!」
すると皇帝に逆らうように貴族たちからギャーギャーと騒ぎ出す。貴族主義を重んじる彼らにとっては平民の成り上がりなど許されるものではないからだ。しかもラヴェリアを侮辱する声も上がり、ルヴィアーナはそれに怒りを覚える。だが、怒りを覚えていたのは彼女だけではなかった。
「黙れ!! 国が襲われた時、真っ先に逃げまどっていた輩が何を言うか! 自分たちで功績も何も残せてもいない豚共が、戦地に赴く我々に手を貸したことがあったのか! 貴様が言い放つ弱虫とは、紛れもない貴様らそのものだ!!」
「「「「「!!」」」」」
「あの戦いで命を賭けた者を、命を救うために尽力した者を、侮辱する者を私は許さない……!」
「「「…………」」」
ヴェルジュの心からの叫びが周囲に強く響く。その意志を明確に示すようにヴェルジュの握り拳から突き出た人差し指が貴族たちに向けられていた。
誰よりも気高い彼女が自分以外の誰か、自分より身分低い者を庇う発言など珍しい。その彼女の意外な変化に、その叫びを聞いて立ち上がったルヴィアーナだけでなく、隣でその様子を見ていたラドルスたちも驚きを見せる。
糾弾された貴族たちも事実を言われて、幼稚な心に突き刺さったのか、声が出てこない。プライドの高い彼らにとっては誰よりも突き刺さる言葉であった。
「意外だな。誰よりも平民を嫌っていたアンタが、まさか平民を庇うとは、少しは進歩したわけか……」
「……別に、お前を庇ったわけじゃない。どんな理由であれ、この国を救おうとした者が侮辱されることが嫌だっただけだ」
「……フッ」
誰よりもプライドの高い義姉の変化にルーヴェリックは小さく笑う。
ヴェルジュは小さい頃からカルディッド家のことをよく思っておらず、毛嫌いしていた。彼の親族が小貴族というのもあるが、やはり大貴族の母を持つ彼女にとって自分たちは目の上のコンタブでしかない。身分に拘る彼らから嫌われてもしょうがないのだ。
だが、今のヴェルジュはそんな安いプライドが見当たらず、むしろプライドを捨て、現実を受け止めていたのだ。小さな変化ではあるが、周りにとっては大きな変化であった。
ヴェルジュの叫びに、この場が再び静まり返る時に誰よりも高い位置にいた男が再び口を開いた。
「騒ぎ立てるな! お前たちが今この場にいる意味を忘れたわけではないだろう? これ以上騒ぎを起こすようでは、貴様らを裁かなければならん……。いいな?」
「! も、申し訳ございません……! く、口が過ぎました……!」
皇帝による強く重さのある声が響く。それにビビった貴族たちはその重さの前に萎縮し、一歩下がるように表情を暗くする。身分以上に重みが貴族たちにのしかかったのである。
「では、陛下が仰ったとおりということで……いいですか?」
「ああ……」
「これにて……。行くぞ、ルヴィア」
「え? あ、はい」
皇帝の重圧を柳のように躱したルーヴェリックはルヴィアーナと共に、皇帝たちに背中を向けながらこの場を去っていった。
「本当によかったのですか? ルーヴェお兄様」
謁見の間から去り、皇宮内を歩くルーヴェリックとルヴィアーナ。そのルヴィアーナが兄であるルーヴェリックに声をかける。
「変に騒ぎを起こすよりもこの国を立て直すことが先だからな。あの男にもまだまだ働いてもらわないと。そのためにもーールヴィア、手伝ってくれるか?」
「!……はい!」
現在、この国の治安はまだ不安定の時期にあり、諸国からの介入が起きてもおかしくない。
タイタンウォールが破られた今、またヴィハックの侵攻が起きる可能性がある。食い止めようにもその対策が追い付いていないのが現状であり、どんなものでも時間が要する。
なら今彼ができることと言えば、自らの地盤を築きあげることだ。ここで父を糾弾したとしてもまた混乱を生み出すだけだ。たとえ証拠が揃っていたとしても。
その証拠の一つであるLKワクチンと呼ばれる特効薬。その正式名称が〝ルーヴェリック・カルディッド〟の名前から取って、自分を汚していたとしても。今は野放しする方がやりやすいのだと彼は判断したのである。
「最初はラヴェリアの待遇をどうにかするのが目的だったからな。ひとまずは安心した方だと俺は思う。それにエルマのこともあるしな」
「そうですね。そう言えば、エルマさんも、抗体が出来上がっていたんですよね?」
「ああ。まさか、こんなにも早く見つかるとは思っていなかったが……」
この数日の間、エルマからデッドレイウイルスの感染が確認された。同時に、ウイルスを抑制させる抗体も見つかり、本人だけでなく発見した医師らも驚いた。
医師は世紀の大発見だと言い放つが、ルーヴェリックたちはあまり公開させたくないと口留めさせた。彼女にも人生というのがあるからだ。
今彼女は元気よく学園に通っている。ワクチンを投与して元気になった三人も一緒だ。
抗体が出来上がる仕組みに関しては、ラヴェリアはこう推測していた。
ウイルスが直接体に入り込み、その中で細胞が適合させるか、それとも定期的にワクチンを投与して抗体が出来上がるのを待つかである。
ルーヴェリックは前者であり、ルヴィアーナやエルマは当時ウイルスの感染が確認されなかったことから後者というのが予想できる。
どちらも危険性があり、特に前者は死亡、そしてヴィハックへ変貌してしまう恐れが多く、知ったとしてもまずやること科学者はいないだろう。なぜなら、自分が死ぬ恐れも否定できないからである。もしこれをやるとしたら、その科学者は既に人間ではないからだ。
ちなみに、ルーヴェリックは学園に通う必要はなくなっている。侵攻を終えてから既に退学届を出しており、皇族としての仕事に専念するためである。
「私だけでも良かったのですが……」
「お前だけカッコつけさせるわけにはいかねえよ。まだ操縦に慣れていないからな」
「でも、またお兄様と一緒にいられることはよいことですが」
「いや、俺たちだけじゃねえよ……」
二人がかなり先を進んでからふと足を止めるとその先には灰色に塗られた扉が先を阻んでいた。そこからさらに進むと扉が勝手に開き、奥へと入っていった。
その妙な扉の先には一人の女性がいた。今学園に通うエルマの母親であるラヴェリア・ベルティーネだ。
「あなたの処遇に関しては、話がついた。今後とも俺の配下として行動させてもらう」
「良かったわ。なら、この人もね……」
彼から処遇を聞いたラヴェリアは表情を緩くするとその後ろにあるカプセルに目をやる。さらにルーヴェリックたちも彼女の隣に赴き、その中身に視線を向ける。
その視線の先には、ルーヴェリックとルヴィアーナ、二人にとって大事な母親でもある、リーヴェル・カルディッド・ガルヴァスがカプセルの中で瞼を閉じ、安らかに眠っていた。
「…………」
コールドスリープの中で未だに眠る母親を見つめるルーヴェ。
その目には強く、揺らぐことのない決心と共に輝きを放っていた。
(あなたが目を覚ます頃には――必ず世界を元に戻してみます)
これで、この「アルティメス」が終わることとなったわけですが、自分の中では終わったとは思っていません。途中から流れがおかしくなった部分が見受けられ、納得のいかない進み方になってしまいました。
時が来たら、構想をまた一から練り直したいと思っています。




