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漆黒の狩人《イエーガー》アルティメス  作者: 北畑 一矢
第4章
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アスクレピオス

 その皇宮の地下で観戦していたルヴィス達は思いもよらない援軍を見て、言葉を失っていた。

「黒いシュナイダーの他に、まだあんなものを……」

「しかし、たった二機であれだけの群れを相手するなど……」

「今は、彼らに頼るしかあるまい……。誰であろうとな……」

 ルヴィス達はこれまで自分達の窮地を救ってきたあの巨人の他に仲間がいたことを驚かずにいた。ただ、援軍というよりは少し心許ないことは変わらず、未だ窮地でもあることを再確認する。

 だが、彼らにとってはそれに託すしか頭の中はゴチャゴチャとなっており、余裕というのが全く見られなかった。


「…………」

 ルーヴェは周囲にいるヴィハックを見渡すとライフルをアルティメスの右腰に掛けると反対側にある黒い剣から突き出る柄を握り、そのまま抜刀する。

「ルヴィア、いきなりで申し訳ないが、アレを使え」

「! 本当にいいのですか?」

「この状況を打開するには、大技を使うこと以外あるのか? それにウイルスの感染を止めなければならないしな……」

「分かりました」

 ルーヴェに指示されたルヴィア―ナは背中、脚部の後ろにあるスラスターを噴射して、アスクレピオスを空に飛ばせる。

 背中から伸びる大きなマントの形状をした翼、さらにはシルクハットにも見える頭部に、鋭さがある足のつま先、そして右手に持つ異様に長いライフルから、まるで西洋の魔法使いが空を飛ぶ光景だ。

 それを阻もうとヴィハックが一斉に飛び掛かるが、その場にいたアルティメスが刀を振り、薙ぎ払われる。先に飛び掛かっていたのが残骸と化して、残っていたヴィハックは即座に飛び掛かるのを止め、様子見し始める。

「狩られたいのは、どいつだ?」

その焦りを見抜いたのか、ルーヴェは余裕かつ、上から見下すように化け物を挑発するのだった。


 アスクレピオスが空に浮かんでいく姿をモニターで見ていたルヴィスは「何をする気だ……?」と声を漏らす一方、無事皇宮に着陸した飛行艇から降りたエルマ達も同様に空を見上げていた。

「アレを使うつもりね。確かに、彼女には適任かも」

「どういうことですか? ラヴェリア博士」

「アスクレピオスの力は、戦い(・・)以外(・・)で発揮されるの。ルヴィア―ナ殿下なら、きっと使いこなせるってことよ」

「はあ……」

「さあ、私達も行きましょう。ここからは私達の出番よ」

「はい!」

 ラヴェリアはノーティスの問いに簡単に答える。

 しかし、ルヴィアーナの性格をよく知っているノーティスはどういう意味なのか分からず、頭に「?」が浮かび上がったままだった。

 彼女達はそのまま皇宮の中へ急いで向かっていく。ラヴェリアがいう出番とはおそらく、のちにクレイオスが起こす奇跡に関係するものであった。


「ええと、確か……」

 タイタンウォールの全高より少し高くクレイオスを飛ばしたルヴィア―ナは、あるものを取り出すよう意識を集中させる。両目が青白く光るとコクピットの脇から長方形の形をした紫色のボードが彼女の前に出てきた。

 その表面は薄型のパソコンに似たキーボードとなっており、これを操作しろと言外に伝わってくる。それに促されるように両手をその上に置いたルヴィアーナは十本の指で入力をし始め、最後に「ENTER」と書かれたボタンを押すと両手をレバーに戻した。

「行くよ、アスクレピオス……!」

 主であるルヴィアーナの声に応えるようにアスクレピオスの水色の両目が光り、背中にあるマント状のウイングが左右に開いた。さらに肩部、背部、脛から青白く光る粒子が放出され、外の空気に混ざるように広がっていく。

「フル……パワー!」

 ルヴィアーナが両手にあるレバーを前に押し出すと放出される粒子が多くなり、さらに外へと広がっていく。粒子はレヴィアント全体まで広がり、空が青白い光に包まれていった。

「グゥウウ!」

 アスクレピオスが放つ光を嫌ったのか新型は背中の翼を広げ、アスクレピオスがいる空に飛んでいく。

 リザードを駆逐しながらその様子を見ていたルーヴェはアルティメスの肩に搭載されたガトリング砲を新型に向けて撃ち込む。ガトリング砲から放たれる実弾は新型の前を横切り、新型はそこで留まった。

 新型はそのままアルティメスに矛先を向けるが、ルーヴェはアスクレピオスに近づけさせないことを目的としているため、注意を引き付けるには十分であった。

 空に広がる粒子が地面に向かって落ちてきて、その一粒が新型の皮膚に触れると新型は突如暴れ出し、慌てて地上に降りていくと焦るかのように新型の息が上がっていた。

「何だ!? いきなり……」

 その様子をじっと見つめていたラドルスは何が起こったのか理解ができず、困惑が広がり続けていた。そこに三つの人影が近づく。

 その気配に気づいたルヴィスは振り向くと彼が目にしたのは、先程自分達に向けて通信を飛ばしてきたラヴェリアが笑顔のまま挨拶するように手を振ってきた。その後ろにはノーティスとエルマもいる。

「ラヴェリア!」

「……久しぶり。相変わらず、ドンパチやっているようね」

「!」

 彼女の声を耳にしたラドルス達も遅れてラヴェリア達の存在に気づき、顔を後ろに振り向ける。ルヴィスがラヴェリアに率直な質問を口にする。

「……あの機体は、お前が作ったのか?」

「当たり前でしょ、シュナイダーの開発を進言したのは私なんだから」

「…………」

「そういえば、キールはどうしたの?」

「ワクチンの作成とシュナイダーの修理に駆り出されている。……だが、人手が圧倒的に足りないのが現状だ……!」

 ケヴィルが言葉を濁すように震えている様子から、ラヴェリアは温度がない瞳で様々な苦労が圧し掛かっていることを察した。かつて彼女が予想した不安が最悪の形で的中したのだと思わず不満そうな顔を表に出す。

「なら、私が手伝ってあげてもいいわよ。私のことを受け入れてくれるなら……」

「……分かった。お前の好きにしろ。……だが、これだけは聞かせてくれ。あの機体は誰が乗っているんだ?」

「……あなた方の義弟妹(きょうだい)ってとこかな」

「「「!?」」」

「行くわよ、二人共」

「ちょ、ちょっと待て!」

 ルヴィスがラヴェリアに待ったをかけるが、彼女はそれを耳に入れずエルマ達二人を連れてキールがいる場所まで走り始めた。残ったのは彼女達がいない虚無だけであった。

「どういうことだ……!?」

 新たに投げられた疑問にルヴィス達は消化できず、ただ目の前にあるモニターを見ていることしかなかった。



 空中で粒子を散布しているアスクレピオスと同じ場所で、自身に襲い掛かるリザードを駆除しながら青い粒子に覆われた空を見ていたルーヴェも思わず笑みを零すとアスクレピオスに向けて通信を繋げだ。

「どうやら上手くいったようだな。これなら、地下に避難している一般人も助かる(・・・)はずだ。今のうちに片付けるぞ! こっちに来い!」

「分かりました!」

 ルヴィアーナはクレイオスの粒子散布を中止させ、地上にいるアルティメスの元に降りてきた。すると彼女の目に映っていたのは動きが緩やかになっていた大量のヴィハックの姿であった。

 ガルヴァス軍を追い詰めていた勢いがなく、先程とはまるで様子が違っており、状況が飲み込めないルヴィアーナはルーヴェに説明を求める。

「お兄様、これって……!」

「きっちり奴らにダメージが行き渡っている証拠だ。お前でも充分に倒せる」

「! ありがとうございます!」

「まずはヴェルジュを助けるこルーヴェ先決だ。こっちも生き残っている奴を救う。行くぞ!」

「はい!」

 クレイオスは背中のウイングを展開、さらにスラスターを噴射して、義姉がいるクレイオスの元に向かう。そこに数体のリザードが追いかけようとするが、思うように足を動かせず、体が言うことを聞かない状態のまま、その場に留まるしかなかった。

 数件の建物が壊され、クレイオスが放置された場所にアスクレピオスがやって来た。ルヴィアーナがその周辺を見渡すと少しだけ離れたところにクレイオスが倒れているのを発見する。

「お義姉様!」

 ルヴィア―ナはアスクレピオスの右手に持っている〝ロッドライフル〟を背中に回し、そのままクレイオスに近づく。

 近くで見ると頭から落ちた衝撃で顔の一部がひしゃげており、全身に取り付けられた装甲にも傷が大きく刻まれている。アスクレピオスに抱えられてもなお、クレイオスが未だに動かない様子から、中にいるヴェルジュの意識が戻っていないことにルヴィア―ナは気づく。

「お義姉様、聞こえますか!? 返事してください! ヴェルジュお義姉様‼」

 通信を外部スピーカーに切り替え、コクピットから義姉であるヴェルジュに呼びかけるルヴィアーナ。

 クレイオスのコクピットの中で気を失っていたヴェルジュはルヴィアーナの必死の叫びが届いたのか、意識が目覚める予感を意味するように指を動かし始めた。

「ウ……、ッタタ……」

 ようやく目を覚ましたヴェルジュは周囲が真っ暗であることを自覚すると、体のあちこちにある痛みを感じながら急いで起動スイッチを入れた。

 コクピットの周囲にあるモニターが復活し、クレイオスの頭部にある右目に光が灯った。それを見ていたルヴィアーナはヴェルジュが目覚めたことを知り、生きていたことに喜びを表した。

「……ッ、まだ痛みが走るか……。だが、何だ? こいつは……」

 目覚めが悪いのか手に頭を置いたヴェルジュはモニターに映るアスクレピオスを見て、アルティメスによく似た、正体不明のシュナイダーだと認識する。そこに聞き慣れた声が外から響いてきた。

『聞こえますか? お義姉様』

「……その声、まさかルヴィアーナか!? なんでお前がシュナイダーに……?」

「それは後で聞きます! 今はこの場を退いて、私達に任せてください!」

「!」

 この場を退くという言葉を耳にしたヴェルジュは大きく反応し、レバーに手をかけると再び操縦をし始め、足を動かそうとする。しかし、ルヴィアーナは彼女に立ちはだかるかのように止めに入った。

「待ってください! そのような状態で戦いを続けるなど死にに行くようなものです! ここは思い留まってください!」

「貴様に借りを作られるのは癇に障るが、ヴィハックを野放しにするわけには……」

「だったら、捕まってください」

「は?」

 呆気にとられるヴェルジュをよそにルヴィア―ナは、アスクレピオスのスラスターを噴射させ、ボロボロのクレイオスと共に上空に跳び上がった。

 そして、ヴェルジュは思いがけない人物と再会することになる。


「フン!」

 アルティメスは二体のディルオスに張り付いていたリザードをすべて片付けるとそのまま近づく。そして、ルーヴェは内部通信の近くにある外部スピーカーのスイッチを入れた。

『動けるか? 体の具合も良くなっているはずだ』

『だ……誰だ、貴様?』

『いいから起動させろ。これ以上アンタらがいると面倒だ!』

「……ッ!」

 ルーヴェの安い挑発に乗ったヴェリオットは改めてシュナイダーの起動スイッチを入れる。周囲を見渡すモニターに映ったのは、この前から自分達の窮地を救った黒いシュナイダーであった。

 それを理解したヴェリオットは残った気力を振り絞るようにシュナイダーを立たせようとする。しかし、咆哮によるダメージが残っているのか動きが鈍い。

『! お前……!』

「今度は我々の味方というわけか……」

「そんなのはどうでもいい。今のうちにヴェルジュと共に皇宮に後退しろ。そろそろ来る頃合いだ」

 二人に後退するよう指示を向けるルーヴェの直上にアスクレピオスが現れる。そこにはボロボロのクレイオスが一緒であり、抱えるようにそのまま降り立った。

「無事でしたか、殿下!」

「これしきの事でくたばるわけにはいかんのでな……」

「ですが、今すぐ手当てに行ってください! 機体の方もかなりの損傷が……」

「「!?」」

 クレイオスと共にいた正体不明のシュナイダーから聞き覚えのある声を聞いたヴェリオットはある人物を思い浮かべた。グランディも同様であり、その正体を察するとすぐに冷静を保ち始めた。

「!……ルヴィアーナ殿下、助けに来てくれたのですか。本当にありがとうございます」

「いえいえ、まだお礼を言われるのは早いです。今すぐここから退いてください」

『しかし……』

「だから、アンタらは足手まといだって分からんのか? 今のお前達で奴らに対抗するなど十年速いんだよ」

「何だと!? 言わせておけば……!」

 アルティメスの中にいるルーヴェの挑発に似た発言を耳にして、怒りをアルティメスに向けるヴェルジュ。ヴェリオット達が収めようとするが、ルーヴェはそんなことを知ったかぶりの様子であり、意に介していない。そこにふとある言葉を漏らした。

『……安い挑発に簡単に乗るなど、相変わらずだな。ヴェルジュ』

「!?」

 ルーヴェの不用意な発言によって、ヴェルジュは思わず言葉が詰まる。しかも、前にもあったかのようなそぶりを示す言葉を耳にしたことで彼女の頭の中が一気に疑惑一色に染まっていった。 

 そして、ヴェルジュは驚愕したまま正体を探るような言葉を思わず漏らした。

 

「お前は――誰だ?」



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