天からの使者
地上に降り立った新型は稼働限界を引き起こされたディルオスを押し倒し、尋常ではない膂力で胸部を引き剥がす。さらに空いた手でむき出しになったコクピットの表面も剥がして露わになったアドヴェンダーと対峙する。
「!……く、来るな!」
無理やり表に出されたアドヴェンダーは右腰のホルダーに仕舞っていた帝国特製の拳銃を取り出し、銃口を新型に向けるが、恐怖心が勝っているからか狙いが定まらない。
新型はお構いなしに右手でアドヴェンダーを掴み上げる。大きな手で掴まれたアドヴェンダーは悲鳴を上げながら脱出しようとするが、新型の握力に叶わず、足をジタバタするだけである。
新型は大きく開けた口の中にアドヴェンダーを放るとそのまま噛み砕いた。
「「‼」」
鳴ってはいけない音が周囲に木霊し、その音を耳にしていたヴェリオット達はどのようなものなのか察してしまい、言葉を失ってしまう。
その音が何度も続くように新型はアドヴェンダーを咀嚼し、最後に飲み込んだ。今度は別のディルオスに興味を移し、移動すると先程と同様にアドヴェンダーを食らっていく。
それを外から聞いていたヴェリオットはコクピットの中でいつ来るか分からない恐怖に震えていた。その恐怖を表に出すように手も震えている。
「……何もできずにこのまま終わるというのか!? 国を守ることも、殿下を守ることも……! ふざけるな……!」
ヴェリオットはその恐怖を感じながらも自身の矜持を再確認し、奮い立たせる。しかし、彼と共に戦う巨人は一向に動かず、声も届かない。虚しさだけが四方に囲まれた空間に漂い続ける。
隣にいるグランディも同様であり、巨人からは毒にやられたかのごとく指一つすら動けずにいる。そこに 大量のリザードが襲い掛かっていて、二人を含めた十数ものディルオスは黒い物体に覆い被されたまま物言わぬサンドバックにされていた。
もはや絶体絶命という展開に、遠くからモニターで見ていたルヴィス達は歯がゆい思いを抱いていた。
「クソッ! このフザけた状況を打開できる手段はあるのか! このままでは……!」
「……あるとすれば、あの黒いシュナイダーしか……」
「! ……気持ちは分かりますが、新型やあれだけの数を一機だけで倒すこルーヴェできるのですか? ましてや、新型はシュナイダーでは通用できないというのに……」
「だが、それ以外に方法があるのか? 今の我々に、頼る者がいないというのに……!」
懺悔にも似たラドルスの言葉にルヴィスは言葉を失うように押し黙る。その言葉通り、今のガルヴァス軍には絶望的とも言えるこの状況を打破できる手段がない。
仮にあったとしても、新型にはシュナイダーでは対抗できないのが現状であり、頭では分かり切ってはいるものの、今あるものに縋ることしかないのだ。
自分がいかに無力であること、何もできずにただじっと見ていることしかできないことをラドルス達はそれが自分の限界であることを悟るように、ただ痛感していた。
だが、その感傷を割り込むような警告音が四角の空間に鳴り響いた。
「! 外部から何者かがこちらに通信を呼びかけています!」
「?」
「スピーカーに繋ぎます!」
通信を傍受した士官は早急にキーボードを入力し、通信を繋げるとスピーカーから一人の人間の声がこの空間に響いた。
『ガルヴァス皇宮、応答しなさい! ちょっと、聞こえる!?』
「!?」
(この声……!)
スピーカーから発する声が周囲に響く中、ラドルスはそれが聞き覚えのある声だと知って、とある人物の顔が過る。
『私は、ラヴェリア・ベルティーネ。あなた達には知らない名前ではないわよね? 返事しなさい!』
「! まさか……」
ここでルヴィス達もようやくその人物を知る。思ってもいない人物の声を聞いた彼らは開いた口が塞がらなかったようで、困惑していた。
何年も前から帝国を去った人物がなぜこの地に戻って来たかは分からないが、余裕がない彼らはその疑問を跳ね飛ばし、黙って耳にするしかなかった。
通信を呼びかけるラヴェリアはエルマ、ノーティスと共に、帝国が保有していたとされる島の地下に隠されていた大型の飛行艇を操縦し、大空を横切っていた。
『どうやらピンチのようだけど、助っ人を呼んできたわ! あなた達にとって、最強と呼べる助っ人をね!』
『聞こえますか? ラドルス殿下、ルヴィス殿下!』
「その声は、ノーティス!? まさかこの女を連れてきたのか!?」
『はい! もちろん、ルヴィア―ナ様も乗っております!』
「そうか! だったら、彼女の声を聞かせてくれ」
『今は……ちょっと』
「今は、ってどういうことだ!」
行方を眩ませていたルヴィア―ナとノーティスが戻ってきたことにラドルス達は喜ぶものの、なぜか義妹の声が聞けないことに彼らは言い募る。それを察知されたのか通信を切られてしまい、不信感を表す。
(最強の助っ人……まさか!?)
ラヴェリアの言葉に引っ掛かっていたルヴィスの頭に、あるものが過る。それは、あの黒いシュナイダーだ。
それが助っ人というなら嬉しいが、彼は素直に喜べなかった。それを操る人物を信じていいのか分からず、迷いが頭の中をぐるぐると激しく渦巻くのだった。
「ひどいわね、これ……」
「まさか、これらをヴィハックが引き起こしたというのか……!?」
「…………!」
タイタンウォールが破られ、ヴィハックに攻め入られている祖国の惨状を空から見ていた三人はそれぞれ表情が歪み、悲痛なまでの感情が周囲に広がる。
特にエルマは先に避難していた友人達の無事を願っていた。先程から都市機能がマヒしていて彼女のスマホに連絡が届かず、今も声が聴けないのがさらに不安がエルマに押し寄せる。
軍事国家である帝国がこれほどまでに被害を受けている姿など彼女達は見たこルーヴェなく、想像するはずがなかった。
ヴィハックの存在が確認されてからも、鉄壁と呼ばれるタイタンウォールで侵入を防いでいたことから、絶対に帝国が敗北することなどあり得はしなかったのである。
ところが、現在の帝国は絶望を具現化したような姿になっており、未知の化け物どもに都市が一方的に蹂躙されている。抵抗しようにも自慢の軍事力が機能不全に陥っており、蹂躙はさらに加速していった。
まさに国そのものがいつ消滅してもおかしくない状況である。
だが、ラヴェリア達の眼には未だに光が灯っていた。
「ホントに最悪ね。帝国がこんな無様な姿を晒すなんて……誰が予想できたのかしら」
「言葉を慎んでください! いくら帝国に恨みがあるからって……」
「恨みなんてどうでもいいわ。今私が行おうとしているのは、あの人が守ろうとした帝国を救うことなんだから……。もっとも、私以上に恨みがある奴に聞いたら?」
「!」
ラヴェリアの皮肉めいた言葉を聞いて、ノーティスは国に対する侮辱だと激昂しかける。ラヴェリアはすぐに否定し、その矛先を別の人物に向けさせるとノーティスはそれを察したのか思わず口を噤んでしまい、一転して無言となる。
そのまま一歩後を引いたノーティスを見ないまま、ラヴェリアは操縦席にあるスイッチを押して、スピーカーに目を向ける。
「じゃ、始めるわよ。二人共!」
『……分かっている。こっちは、いつでも行ける』
『…………』
彼女の声を耳にしていたルーヴェの声がスピーカーを通じて返事してきた。しかし、もう一人であるルヴィア―ナから返事がなく、一言も発していない。
「どうした? ……やはり怖いか」
「……はい。ですが、これが戦場なんだ、って思うと……」
「あまり気負うな。俺も最初はそうだった」
「!」
「俺達がやろうとしていることは人殺しみたいなもんだ。だが、戦場においてそれを罰する法などありはしない。どちらかの意思が折れるのか、止まることはないのだからな」
「…………」
戦争とは単純に命の奪い合いであると同時に、意地の張り合いである。人間同士の戦いは特に当てはまるため、どちらかが戦うことを止めない限り、争いが終わることはない。それが今までの常識である。
また、戦争に法律などあるはずがなく、人の命を奪うことは推奨されるものではないが、それを咎めることも必要とされていない。両方が奪い合いを続ける限り、それが繰り返されるだけである。
だが、現在は戦争というより生物同士による生存競争の意味合いが強く、一方が滅ぶまで終わることはない。それこそ法が及ばず、届くことなどないからだ。
「そろそろ出るぞ。狩りの時間だ」
「……はい!」
飛行艇が皇宮の前に建てられたタイタンウォールを超えるとその下部に設置されたハッチが開かれる。
その奥にいたアルティメスとアスクレピオスは吸い込まれるように外に逃げていく風を後ろから受けながら一歩ずつ開かれたハッチの場所まで移動した。
「アルティメス、出るぞ!」
「あ、アスクレピオス、い、行きます!」
『一つ言い忘れたけど、あなた達、ちゃんと戻ってきなさい』
『二人共、ご武運を!』
『お願い、帝国を守って……!』
ルーヴェ達がいざ地上に向かおうとした時、モニター内の映像からラヴェリア達が割り込んできて、それぞれ望みというべき願いを言葉にする。それらをしっかりと聞き入れたルーヴェは祖国を守るという新たな決意を表明した。
「……当たり前だ。いくら恨みがあろうと、俺が生まれた国であることは変わらない」
「お兄様……」
ルーヴェはレバーを前に動かし、そのまま飛行艇を降りていった。それに続いてルヴィアーナも彼の後を追いかけるように飛行艇を降りていくのだった。
「空から所在不明の反応を二つ確認! 大量のヴィハックの直上に落ちてきます!」
「「!」」
「映像を回せないのか!?」
「映像出します!」
「「「‼」」」
皇宮の地下から観測していたレーダーの上から捉えた反応を知ったルヴィス達はその正体を巨大スクリーンに回すよう指示する。その映像が映し出されるとルヴィス達は一斉に目を疑った。
「あの黒いシュナイダーは……! まさか、あの時の……!?」
「あれが……! だが、その後ろにいる、あの紫のは何なんだ?」
義弟の証言に上がっていたアルティメスの姿を初めて見て、ラドルスは眉を吊り上げるものの、アルティメスと共にいるアスクレピオスにも意識を向けていた。それを知ったルヴィス達も初めて見るものだったため、言葉が出てこなかった。
スカイダイビングのように空から地上に落ちていくアルティメスは右手に保持しているゼクトロンライフルを真下にいるヴィハックに銃口を向ける。
ルーヴェはレバーに備えられている赤いボタンを押すとそれを通じてアルティメスの右手がライフルの引き金を引き、銃口から青白い閃光が放たれた。そのまま一直線上にある一体のヴィハックを背中から貫き、遅れて地面が爆発した。
「ギィア!?」
「グギィ!?」
その爆発による衝撃で周囲にいた少数のヴィハックが吹き飛ばされ、傍にいたヴィハックにぶつかる。すぐさま体勢を立て直したヴィハックは揃って直上に見上げるとその目には二体の巨人が空から降ってきていた。
「お兄様、姿勢制御って、どうすればいいのですか!?」
「マニュアルにあっただろ! それに従えばいい! それとお前が望めば動いてくれるって! 意識を集中するんだ!」
「!」
ルヴィアーナは慌てて足元にあるペダルを踏み、レバーを前に動かすとアスクレピオスは背中にある大きなウイングを開き、両足が先に地面に降りる姿勢に変わった。
彼女は思うようにできたことを「スゴイ……」と素直に喜ぶ。兄から操作方法を教えてもらったのだが、ここまで思い通りに行くなど思いもしなかったため、一層喜んだ。
ルーヴェもルヴィアーナと同様にアルティメスの姿勢を変え、背中にある翼型のスラスターを動かし、落下のスピードを弱めていくとルヴィアーナもそれに倣って、スピードを弱める。
そのまま二人は数体のリザードに乗っかっている二機のディルオスの前に降り立つ。そのリザードらも頭部をこちらに向けていた。
翼を生やした狩猟の神の名を持つ黒の天使。
奇抜と呼ぶ相応しい外観を持つ医の神の名を持つ紫の魔法使い。
二体の巨人が怪物に蹂躙された戦場のど真ん中に降り立ったことで、周囲の時間がとまったかのごとく怪物どもは手を止めた。しかし、牙を剥き出しにしていることから、警戒をしている様子であった。
ルーヴェ達二人の後ろには大量のリザードとその中に紛れているドレイクが蠢き、胸部を抉られたディルオス数機の奥には新型が待ち構えており、大量の眼光が目の前にいる異物を捉えていた。
「……じゃ、私達も」
「いいのですか? たったお二人で」
「あの二人を信じなさい。それに二人が乗っている機体は、ヴィハックにとって〝天敵〟なんだから。それに私達もこのまま黙っているわけにはいかないんじゃない?」
「!」
地上の様子を飛行艇から見ていたラヴェリア達三人は地上をルーヴェ達に任せ、自分達がやるべきことのためにそのまま皇宮に向かっていった。




