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漆黒の狩人《イエーガー》アルティメス  作者: 北畑 一矢
第1章
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降り立つ者

 ヴィハックと対峙するガルヴァス軍の戦闘が激化を辿る一方、皇宮の中央管理区画では、これまで通りに映し出されている巨大モニターを通じて、閉鎖区にて次々と変化が起きる戦況の収集に追われていた。

「ベータ部隊、ヴィハックの存在を確認、排除行動に入りました!」

「ガンマ部隊も、排除行動への移行を確認! アルファ部隊も同様に戦闘に入ったそうです!」

「デルタ部隊、今からベータ部隊の援護へ向かって下さい! え!? そこにもヴィハックを確認した!?」

「…………!」

 次々とオペレーターから部隊からの現状報告が入るが、お互いヴィハックとの戦闘に入ったため、どれも部隊が合流できる状況ではないようだ。それを耳にしながら腕を組んでいたルヴィスはいつものごとく・・・・・・・苦い表情を浮かべる一方、静かな怒りを沸々と煮えたぎらせていた。

 そこに一歩後ろの位置で彼を見守っていたケヴィルが声をかける。

「〝リザード〟相手なら、彼らだけでも十分に殲滅できます。後は冷静に、しっかりと急所を突いていけば……」

「分かっている! 今は奴らの健闘を支えることしか……!」

「…………」

 巨人と化け物による今も画面に収まり切れないほどの激しい戦いが繰り広げているのを見ていたケヴィルはチラリとルヴィスへと視線を向ける。そのルヴィスは今、非常に機嫌が悪かった。

 無意識に苦虫を潰すかのように歯噛みしており、それだけでもイライラが募っているのが分かる。その様子を後ろから見つめていたケヴィルは、その場から動かずとも自分の主であるルヴィスの心情を察していた。だが、それゆえに彼は主にかける言葉がすぐに思い浮かぶことはなく、ただ口を噤むしかなかった。


 ルヴィス達がモニターを通じて、ガルヴァス軍が閉鎖区にて繰り広げている戦闘――〝リザード〟と呼ばれている小型の・・・ヴィハックとの戦闘は徐々に、数で勝るヴィハックが優勢になりかけていた。

『うわぁあああ!』

 対峙するヴィハックの勢いに押され、ギガンテスに乗る機繰者は絶叫を上げながら、朽ちていた廃墟に叩きつけられる。その衝撃で廃墟の一部が倒壊し、粉塵と共に灰色の煙が舞う中、機繰者の正面に捉えるモニターに、先程まで対峙していたヴィハックの頭部が機繰者の目に映った。

「ヒィッ!?」

「ギィアァッ!」

 突き出されたヴィハックの前足がギガンテスの胸部に向けて強烈な平手打ちを行い、そのギガンテスを廃墟の中へと押し出す。鉄球に直接ぶつけられたかのような衝撃が機繰者に襲い掛かり、操縦席ごと激しく揺さぶられる。

「ガッ、ハッ……!」

 言葉にもならない絶叫が彼の口から吐き出され、意識が一瞬飛びそうになる。しかし、機繰者は意識を保ち、何とか持ち堪えたものの、未だに危機は去ってはいなかった。

「グッ……!」

 パラパラと廃墟の破片が空から降る中、ヴィハックが忍び寄る。何とか近づけさせないように機繰者は機体の各部にスパークが迸ながらもその右腕を動かすと、先程ヴィハックの攻撃によって手放し、地面に落っこちていたマシンガンを手に取る。そのまま銃口をヴィハックに向けようとするも、それを察知したヴィハックは左の前足で抑えにかかった。

「!」

 反撃の芽を摘まされ、動くことすらままならないギガンテス。

 その中で操縦していた機繰者は迫り来る恐怖に怯え始めていた。

(来るな! 来るな! 来るな! 来るな――)

 目の前に、操縦席の正面のモニターに映る、赤黒い化け物が機体を馬乗りにし、機繰者を、ギガンテスを見つめる。

 機繰者が見逃してくれと言わんばかりに言葉を心の中で並べ続けるが、その言葉が伝わるはずもなく、ヴィハックは右の前足を上げ、ギガンテスの胸部を強く掴んだ。

「!!」

 機繰者の正面のモニターが真っ黒に映る。一瞬助かったと錯覚するも、それはただ彼の未来が訪れることを先延ばしにしているに過ぎなかった。それを表すかのように、ヴィハックは右の前足で掴んだギガンテスの胸部を無理やり引き剥がし始めていた。

「! クソッ……!」

 何やらメキメキッと操縦席全体に音が鳴り響いていることを知った機繰者は、ヴィハックが自分を剥き出しにさせようとしていることに気づくと、先程までの怯えを抑え、慌てて操縦桿を握り出した。

 機繰者は何度も操縦桿を動かし、空いている左腕を駆使してヴィハックを引き剥がそうとするも、あちらもその意図に気づいたのか、掴んでいた前足をその左腕を抑えにかかった。

 このまま拮抗するかに見えたが、その瞬間、ヴィハックの頭部が宙に舞う。

「!」

 宙に舞った頭部が地面に転がると、先程まで抑えつけていたヴィハックの身体が横に倒れていった。その後ろからまた別のギガンテスが現れた。その手には近接武器であるバトルアックスが握られており、刃先にはヴィハックの体内に流れる黒血がついていた。

『しっかりしろ!』

『! ガルディーニ卿……!』

『世話を焼かせる……!』

『す、すみません……! 助かりました!』

 一歩遅れていれば機繰者の命が失ったところを助け出したガルディーニ。

 その助けられた機繰者に向けて、厳しい言葉をかけるが、助けることができたことに内心ホッとしていたようで、肺に溜まっていた息を吐いていた。

「動けるか?」

『少し機体にダメージが入ったようで、稼働には支障をきたしておりませんが……!』

「……なら後退しろ。 今の貴様では、我々の足を引っ張りかねない」

『!……イエッサー!』

 何とかギガンテスを起き上がらせる機繰者をよそに、今の状態を観察したガルディーニは後退の指示を出す。彼の意図を理解したのか、機繰者は反論することもせず、すぐさまこの場を去っていった。

 機体が万全ではないものがこの場にいるだけでも、かえって邪魔になるだけである。突き放すかのような言い分ではあるが、ある意味軍人としての厳しさのある言葉でもあり、単純に的を射た発言であった。

 無理に命を散らすこと、そして、満足に戦えない者がこちらにも飛び火が降りかかることを、彼らは身をもって知っているからだ。知っているからこそ、この言葉がより際立つのである。

「!」

 ダメージを負ったギガンテスがヘカトンケイルへと後退していくのを、レーダーで確認していたガルディーニだが、その正面に別のヴィハックの反応を捉える。いや、正面だけでなく左右からもまた別のヴィハックの姿が廃墟の上や間から現れた。

 そこに自身の近くにいた三機のギガンテスと合流するが、既にヴィハックに包囲されていた。

「囲まれたか……!」

(そんなに強くはないが、こうも集団で襲い掛かってくるとなると……!)

 確かに〝リザード〟はシュナイダーとタメを張れる程度だが、一体だけでは、対処はそんなに難しくもない。ただ、常に数を伴って襲撃してくることから、数体は倒せたとしても、その後から湧き出てくるため、難易度も必然と高くなる。特に今回は百体も襲撃してきたことが、ガルディーニ達にとっては苦痛でしかなかったのである。

「フッ!」

 バトルアックスがヴィハックの頭部へと振り落とされるが、その寸前で躱され、ヴィハックは後方へと飛び、距離を置く。

 その後、ギガンテスを見据えるヴィハックの開いた口から、透明な唾液が地面に垂れ流される。だが、その液体はシュナイダーの装甲を容易く溶かす強酸に似た元素が含まれているのか、地面に触れただけでもドロドロと溶かすと同時に、低い音と共に小さな煙を立てていた。

 それを見ていたガルディーニは舌打ちをし、アックスを構えて改めて警戒する。

(コイツら、前より・・・強くなっている……? まだ・・進化しているというのか?)

 過去にこの襲撃を体験していたガルディーニは、目の前に捉える化け物が強くなっている・・・・・・・ことに疑念を感じていた。これまでこの怪物を討ち取ってきたがゆえに、その強さを計れるといってもおかしくないだろう。もっとも、その言葉を誰かに信じてもらえるのか分からないため、敢えて口には出そうとしなかった。

 同様に、巨人達を囲むように見据えるヴィハック。

 頭部に位置する血の色に似たその目は、見るものをただの〝餌〟にしか見ておらず、ただ、人間など取るに足らない存在として見下しているのが見て取れる。

 その餌として見られていたガルヴァス軍に、数体のヴィハックが今にも飛び掛かろうとしたその時、

「――ったく、ダラダラやってんじゃねえよ」


 ――ドゥーーン!


 その冷ややかな声と共に、一筋の閃光が青黒い虚空に輝いた。

 美しい青と白が混ざりながらも穢れのない光が一直線に伸び、そのまま唾液を垂らし続けるヴィハックの頭部を上から貫いた。

「!?」

 一瞬何が起きたのか理解する間もないまま、意識が闇に塗られていったヴィハックは下から来る爆発に包まれ、身体をひっくり返される。背中から仰向けに倒れたヴィハックの頭部は爆発で吹き飛ばされたのか無くなっており、四本の足が動くことはもうないと、誰の目も明らかだった。

「…………!?」

 その一瞬の出来事を目にしたガルディーニはいったい何があったのか分からずにいた。数秒前までは健在だった怪物が突然倒れ込んだことに理解が追い付かなかったのだ。

 ガルディーニだけではない。この場にいた誰もが、ヴィハックですらそれに反応し、両者は狭まっていた視界を横に広める。その後、視界を上に向けるとガルディーニは目を見開き、白く美しく映る月を背後に構えていたものを捉えた。

『な……なんだ、あれは!?』

 それを大地の上から見上げるギガンテスの機繰者。

 援軍が来たのだと思っていたのだが、レーダーにはただ、「正体不明(No Data)」という未確認を表す単語だけが表示され、自分達の援軍ではないとすぐに判断された。

 突然レーダーに反応を捉えたことに驚きがあったものの、中央管理区画にてその反応を知った女性オペレーターが場所を特定してみると、その座標に衝撃を受けた。

「え!?」

「どうした!?」

「あ……アルファ部隊の直上(・・)高度五百メートル(・・・・・・・・)の座標に正体不明の反応を確認しました……」

「!? もう一度行ってみろ!」

「……高度五百メートルの座標に正体不明の反応を確認! すぐに映像を切り替えます!……?」

 女性オペレーターはその反応があった場所を解析、映像を映そうとコンソールを操作する。一瞬、動きが止まるが、すぐに再開してその最後と思われるコマンドをクリックするとその映像が映し出された。

 大画面のモニターに映し出されたのは背中に翼を生やした巨人。さらに映像が拡大されると、その漆黒に濡れた姿が露わになり、ルヴィス達はさらなる衝撃を受けた。

「「!」」

 ギガンテスの、騎士の甲冑に合わせた巨躯とは違い、美しく映えるような細身と、自分達が見るシュナイダーとは明らかに異なるデザインだ。

 特に背中から生えた二枚の翼や、そこから小さな青い光の粒子が蝶の鱗粉のように舞い散っており、漆黒の機体に輝きを与える。

 青黒い夜のさらに白い雲が流れ込み、その合間から月光が差し当たる中、巨人は月をバックに悠然と空に浮かび上がり、頭部と思しき箇所に存在する二つの鋭い目が赤く光ったまま、地上を見下ろしていた。

 その巨人から解き放たれている存在感が地上から捉えるガルディーニ達や、皇宮のモニターで見ているルヴィス達を圧倒させる。ところが、ただ一人、それとは異なる衝撃に打ちひしがれていた。

「この反応、まさかシュナイダー・・・・・・……!? いや、でも……!」

 空間ディスプレイにて巨人の正体を至らせる女性オペレーター。

 その理由は、生命反応というより、彼女がいつもレーダーで捉えているシュナイダーやヴィハックといった強力なエネルギー反応に似ていたからである。だが、彼女が気づいたのはその反応を捉えた位置・・だった。

「どうした!? まだ、何かあるのか……!?」

「あり得ない……! あのシュナイダーがいる高度って……!」

「?」

 ちょうど彼女の上に立っていたケヴィルが声をかけるが、たどたどしい言葉を並べ続ける彼女の様子はあまりにおかしく、耳に入っていない。その様子を訝しんだ右隣の男性オペレーターは彼女が見ているレーダーに目を移すと、

「なっ!? そんな、バカな……!?」

 彼女と同様に衝撃を受け、信じられないような表情を浮かべた。

 そして、その女性オペレーターの口から出た言葉は、あまりにも衝撃的なものだった。

地上から・・・・高度五百メートル……上空・・……!?」

「!? ……殿下、アレはまさか……!」

「…………!」

 オペレーターの口から出た衝撃発言に、ケヴィルは空に浮かぶ(・・・・・)シュナイダーの正体に勘づく。それは彼とその主が戦闘直前まで目を通していた映像にあった巨人だ。その巨人と姿が被っていたのである。

 その彼と同じく感づいたルヴィスは、度重なる衝撃に感情を失ったのか我を忘れ、ただ目の前のモニターに映る、漆黒の巨人に視線を送るのだった。



「思ったより数が多いな。まあ、〝餌〟に釣られて集まって来た、ってのが正解か」

 〝神〟の名を持ち、青黒い夜空に浮かび上がる漆黒の巨人、《アルティメス》。

 月の光に照らされて露わになったその姿は、光と相対するかのように黒く染まっていることも含めて、美しくも恐ろしさを滲ませる。

 背中から生えた二枚の翼は、天から現れたこともあって、その細長いシルエットは黒に染まった天使にも見えた。その天使から放たれた矢が今も地上に蔓延(はびこ)る、醜い怪物に制裁を与えたのだ。当然、その制裁を与え、この巨人を操っていたのがルーヴェである。

「…………」

 そのルーヴェは、アルティメスの二つの眼を通して、上空から眼下に捉える地上の様子を正面にあるモニターから見つめていた。

 地上にて未だに続く戦闘もそうだが、これだけの数のヴィハックに苦戦するのも仕方がないだろう。

 本来なら、黙って静観することが正解かもしれないが、もしもここで展開するガルヴァス軍を抜け出し、ヘカトンケイルの傍まで来たならば話は別だ。今は奴らに滅ぼされる・・・・・・・・わけにはいかない・・・・・・・・のである。その思いに耽ったルーヴェは、ため息をついた。

「……仕方がない。手助けするか」

 ルーヴェは左の操縦桿を前に倒し、アルティメスをその場から移動させる。その移動先はもちろん、ヴィハックとガルディーニが対峙している閉鎖区だ。先程と同様にヴィハックを潰すつもりである。

 大きな羽を持つアルティメスが重力に任せて落下するその様はさながら、まるで一匹の鳥のようだ。否、鳥そのものである。しかし、それは鳥ではなく、獲物を狩ることを使命とする《狩人》だ。

 対するヴィハックは餌であるギガンテスから離れ、空からやって来るアルティメスへと視線を移し、態勢を整える。やがて両者の距離は縮んでいき、激突するまでの時間はそうかからなかった。

 そして今、彼の狩り・・が始まろうとしていた。


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