悪夢
母娘の再会で騒がしい雰囲気から一旦、心を落ち着けたトーガたち一同は、デスクの前で椅子に座るラヴェリアを囲むように円を描いて立ち尽くしていた。
ラヴェリアはエルマから渡されたUSBメモリをデスクに差し込み、パネルにあるキーボードを操作しながら、データをモニターに表示させていく。
「あなた方が知りたいことは、いろいろ順序というのがあるのよ。すべては十年前から始まった……」
いきなりラヴェリアの口から語られるのは十年前、すなわち【ギャリア大戦】まで遡る。それは、人類にとって思い出したくもない封印された過去であった。
ギャリア大戦の真っ只中、ラヴェリアはガルヴァス皇帝ヴェルラ・ライドゥル・ガルヴァスの前で〝あるもの〟について激しく言い争っていた。
「危険です! 〝あの兵器〟は、いったい何が起きるのかまだ解明もされていません! それを無断で……!」
「奴らを黙らせるには〝あれ〟が必要だ。何が起きるかなど、この戦いが終わった後で解明させればよい。研究員ごときが私に口答えするな」
「……ギャリアニウムを大量に使用した〝グラントミサイル〟は、直径だけでも一キロ圏内の障害物を消滅させる破壊力を持ちます。つまり、どの国の首都も簡単に墜とせるレベルの禁断の兵器です。それを地上に落とせば……国そのものを消滅させることもできるのです! どうか考えをお直しください!」
ガルヴァス帝国が開発した新型爆弾であるグラントミサイルに何らかの危険性を伝えようとラヴェリアは皇帝に使用を控えるよう進言していた。
ギャリアニウムは非常に高いエネルギーを含まれているため、兵器として活用されてもおかしくない。しかもこれが人殺しのために使われることなど彼女にとって看過できるものではなかった。
「フン。お前の許可など必要ない。これ以上食い下がるなら、貴様をギャリアニウムの研究チームから外れてもらう。いいな」
「なっ……‼ お待ちください! もしも我々にも被害が起きたら……」
「その時は、貴様が何とかしろ。それだけだ」
「…………!」
彼女を研究チームから外すということは、徹底とした抗戦を中止させるつもりはないことを意味していた。
身分以上に重く感じる皇帝の一言によって、反論を却下されたラヴェリアは何も言いだすことのないまま口を閉ざした。これ以上何も言っても、目の前にいるこの男は聞く耳すら持たないのだと理解するしかなく、皇帝に背を向けつつその場を去っていった。
そのグラントミサイルは皇帝の指示によって開発され、アジア連邦に落とそうと動こうとしていたが、これを使用する機会は突然消失することとなった。
研究チームから外れ、自身の研究室に戻ったラヴェリアは、今まで研究していたギャリアニウムのデータを目に通しながら見返していた。モニターに表示されていたのはギャリアニウムの実験を進めていた時のものである。
その中に収められていたとされる一つのデータを見て、ラヴェリアは苦い顔と共にため息をついた。ラヴェリアの瞳が、モニターに映る液体状のギャリアニウムの中に、太陽に浮かび上がる黒点のような不純物である黒い何かが捉えていたのだ。
彼女は一層、不安を募らせる。この黒点が何をもたらすのか想像することも難しく、言葉にも表せなかった。
その不安は、とある異物の乱入によって、現実のものとなる。
アジア連邦の領土にて両軍がせめぎ合っていた時、巨大な塊である隕石が宇宙から飛来し、青と白しかない大空を横切りつつ大陸に落ちてきたのである。
落ちた場所は奇しくもアジア連邦の領土。今ガルヴァス帝国とアジア連邦の軍隊が対峙していた戦場に横入りするかの如く地面に激突、周囲にあった両国の軍勢は瞬く間に半数が消滅する結果となった。
さらに隕石が落ちてきた影響で、直径が一キロの大きな窪みを持ったクレーターを作り出し、地表を焼け野原と化した。しばらくの後、その異様な光景を目にした両軍は戦う姿勢すら失い、この瞬間から止まった時間の中から戻ることが少なくなっていった。
それを知った皇帝ヴェルラはすぐにアジアに留まっていた軍を撤退させ、各地に点在していた部隊にも戦闘を中断し、しばらく様子見の態勢を取ることにした。
隕石が地表に落下したことに動揺していた各国のトップたちも、この後に何が起こるのか警戒しながらガルヴァスとの睨み合いを続ける。
侵攻するための地面がボロボロとなった今、わざわざ危険を冒すことは無意味であることに理解していたのだが、それは自分たちも同様のためか一歩も動くことすらなかった。皮肉にも侵攻から国を守れたといっていいだろう。
だが、その一時の安堵は緊張から解放させるための単なる緩みであることにはすぐに気づくことはなかった。それは空から降ってきた隕石によって出来たクレーターに、人とは明確に異なる存在が隠れていたことに誰も見向きすらしなかったのだから……。
その数日後、悪夢はやってきた。
「ん? 何だ、この反応は……?」
アジア連邦の大地に留まっていたガルヴァス軍は、とある一画にて軍部を形成していた。
その中の一人の士官がクレーターの中心部をレーダーで観測していた時、妙な反応が一ついきなり浮かび上がったのである。隕石が落ちた中心部、つまり隕石の中から現れたことになるのだ。
現場を指揮する司令官に向けて報告を行おうとしたその時、その反応は急速に数を増やし、中心部を覆いつくしていき、さらに周辺をバラバラに散らばるようにレーダーの観測範囲、すなわちクレーターの外側まで広がっていった。
「反応、さらに増大、我々がいるこの場所に猛スピードで来ます! 一刻も退避を‼」
レーダーを切り替えて、彼らがいる地点にまで足を延ばしてきた数十の反応は、瞬く間になだれ込んでいった。
急な出動でガルヴァス軍は慌てながらもその反応と対峙できるように補給を終えていた十数もの戦車を一列に並べていく。
『聞こえるか! 直ちに停止せよ! さもなくば実力を行使……?』
一台の戦車の中にいた一人の兵士が地平線から来る反応に向けて注意喚起を行う。だが、彼の目に映ったのはそんな常識が通用することのない異形の存在、ヴィハックであった。
「ギッシャアァアアーー‼」
数十本の歯をむき出しにするヴィハックは数十もの数で一面を黒く染め上げ、目の前にいる獲物をその場で捕らえようと本能に赴くままに四本の足をひたすら動かしていた。
まるで獣のように動くその姿を見た兵士は言葉が通じる存在ではないとすぐに理解し、周辺にいた戦車に向けて迎撃の準備を促した。
「総員、迎撃せよ! アレを近づけてはならん! 何が何でも通すな‼」
「イ、イエッサー‼」
その指示の下、戦車の砲身から砲弾を絶え間なく発射させ、圧倒的な数で黒い波を作り出すヴィハックに向けて着弾させていく。そのうちの数体が爆風で空中に舞い上がり、地面に打ち付けられるものの、お構いなしに突き進んでいく。
その波は次第に砲弾の雨をすり抜け、ガルヴァス軍との距離を縮めていく。軍は距離を詰めないように砲弾を撃ちながらキャタピラを動かして後退するが、波のスピードが上回り、引き離すどころか逆に追い詰められていった。
異形が生み出すその波は戦車を飲み込み、後方にいる軍部に直撃する。ヴィハックは戦車を袋叩きにし、軍部にいた人間たちを貪るがごとく食らい尽くしていった。
世界の中でも高い軍事力を誇るガルヴァス帝国が蹂躙される様は誰が想像できたのだろうか、異形が過ぎ去った後、生き残っていたのは戦車の中に留まっていた兵士だけとなっていた。兵士たちが見たその光景は、まさに地獄絵図であった。
兵士たちは理解した。あの生物は、地球に存在するものではないと。
「ヴィハックは……地球の生物ではない⁉」
ヴィハックが地球ではなく宇宙から飛来した異性体であることにルヴィアーナたちは驚愕していた。トーガから人間を捕食する存在であることを聞いていたが、この事実に関しては全くの予想外であった。
「ええ……。大戦中に落ちてきた隕石の中から突如として出現したことから、異性体であることが分かったのよ。アジア連邦を中心に、ガルヴァス帝国にも襲い掛かってきたわ」
「‼ なぜ私たちの国に……⁉」
「……連中は、体内にギャリアニウムを貯め込んでいることが分かったのよ。簡単に言えば、食料と言っても過言ではない。そして、アジア連邦やガルヴァス帝国もそれから抽出させているギャリア鉱石を多く発掘させている……!」
「つまり、奴らはギャリアニウムを食らうために行動していたってことだ。つまりギャリア鉱石もまた、この地球に存在するものではない、ってことだ」
「「「‼」」」
ヴィハックがギャリアニウムを食らうということは、ギャリア鉱石も人類が生まれる前から存在、いや地球に激突し、大陸に埋もれていったことになる。
その事実を知ったエルマたちは途方もない話に目を大きく見開いていた。
「タイタンウォールを建造させたのも、侵攻を阻むためのものだろう。そして、ギャリアニウムが最も使用されているのは昼から深夜にかけて。となると、奴らに居場所を教えているということだ」
トーガの推理はおおむね正しかった。
要するに首都を囲むタイタンウォールは閉鎖区との境界を作るためのものではなく、ヴィハックの襲撃から守るためのものであったのだ。しかも閉鎖区はヴィハックの進行を遅らせる障害という役目にもなっている。
それらを知ったエルマたちは揃って苦虫を潰したような表情になっていた。
「だからシュナイダーの製造に力を入れていたのですね。しかもシュナイダーをはじめとした軍用兵器にはギャリアニウムを使用している……」
「人々の暮らしにも活用されていますから、どうしても中止にすることはできませんね……。それこそ、パニックになってしまいます」
「…………」
ルヴィアーナたちが祖国の事情に隠された真実を知って、暗い表情を取る中、エルマは他とは別の考えをしていた。
「どうしたのですか、エルマさん?」
「……ずっと聞いていたけど、デッドレイウイルスの話が一つも出ていないのはどうして?」
今までの話の中でデッドレイウイルスが蔓延されていた経緯が出ていないことに訝しむエルマ。彼女の言う通り、ルヴィアーナたちもお互いの顔を見て、納得し始める。
だが、ラヴェリアは予想していたかのように言葉を発した。
「……それはこれから説明するわ。……他言できない内容ばかりだけど」
「?」
当時、ヴィハックがアジア連邦とガルヴァス帝国の間に位置する海を越え、帝国の領土になだれ込んでいた頃、各地で全力を持って対応していた。
「報告を申し上げます! 首都の北上にいた第一次、第二次防衛線を突破され、第三次防衛線がギリギリの状態で踏ん張っています! ですが、破られるのは時間の問題かと……!」
「…………!」
伝令役から現場の状況を聞き入れた皇帝ヴェルラは、生まれつきか老衰で白く染まった眉を吊り上げ、拳を固く握りしめていた。
「……グラントミサイルの使用を許可する」
「なっ……! あれを我が国に落とすことは絶対に認められません! あそこにはまだ我が軍が……!」
「ならば、他に方法はあるのか……?」
「…………!」
「全軍に通達し、全力で奴らを足止めせよ。これ以上の侵攻はあってはならん‼」
「イエッサー‼」
その後、軍は戦闘機に乗せた多数のギャリア鉱石を北上にある大地に落とし、ヴィハックをそこに引き付ける。ヴィハックの習性を利用した作戦である。そして、作戦の最終段階であるグラントミサイルを投入し、多数のヴィハックは殲滅された。
後は北上を隔離させて残存していたヴィハックを掃討できれば、隕石の落下から始まったこの騒動を鎮静できると思っていた……はずだった。
その翌日、帝国をはじめとした各国にて新型のウイルスが確認され、死者を生み出していったのだ。そして、現在に至る。
「それがデッドレイウイルス……。じゃあ、ウイルスが確認されたのって……」
「ガルヴァス帝国、つまりミサイルを落とした爆心地からよ」
「! そんな……!」
「……ギャリアニウムは一定の熱量を帯びると、そのエネルギー内で黒い成分を生み出すの。その成分を詳しく調査してみたら、人体に有害な成分であることが分かったのよ。……ギャリア鉱石は一つ間違えれば、生物そのものを絶滅できる代物というわけ」
「「「…………!」」」
「…………」
ラヴェリアから飛び出した衝撃の事実にトーガを除くエルマたち一同は、誰も言葉を発することができなかった。扱いを間違えれば人類に牙を剥くという効果があることを知って頭の中はガツンとハンマーにぶつけられ、文字通り衝撃を通り越して真っ白となっていた。
「俺もそれを聞いたときは、間違いだと思った。だが、博士の研究データを知ったことで無視することができなくなった。それに、ミサイルを落とさなければヴィハックに絶滅されていた可能性もなくはない」
「‼」
「……どのみち地獄生きだったというわけさ」
ヴィハックによって喰われるか。ウイルスに苦しみながら死んでいくか。ラヴェリアはどちらも人類の命に関わる事態という究極の二択に迫られていたということだ。想像できない苦しみにあっていたのだろう。
「それなら分かりますが、なぜ博士は帝国を去ったのですか? ウイルスのワクチンを完成させたあなたが……」
「! だったら、お父さんだって……」
「そのお父さんが原因だったのよ……」
「え……?」
その時、ラヴェリアの目には一粒の涙が零れていた。




