最悪の再会
アルティメスが滑空を続けていた頃、コクピットの後ろにいたエルマはシートに座るルーヴェにとある疑問について話しかける。
「……そういえば、トーガ君。あなたいつから死んだってことになっているの?」
「……十年前からだ。もっとも、俺はウイルスに感染して仮死状態に陥っていたそうだ」
現在よりも十年前ということは、すなわちルーヴェ、いやルーヴェリック皇子がデッドレイウイルスによる集団感染が起きた【ロードスの悲劇】の犠牲者の一人でもあったということだ。しかし、エルマは一つだけ気になることがあった。
「えっ!? 仮死状態? おかしいわ。確か、ウイルスに感染すると数日後に死ぬ確率は絶対のはずよ。あの頃はワクチンも出回っていなかったし……」
「君の言う通りだ。……だけど、俺はどうやら五年も眠っていたようだ。その間に俺の体が大きくなっていたことも気づかなかったけど」
「え……? 私、そんなことは聞いていません! だってあの時、お兄様はウイルスの感染で亡くなったはずじゃ……!」
「!? 何だと? それは本当なのか、ノーティス!?」
「はい。間違いなくあなた様は死んだのだと聞きました。遺体は見せられないということで葬儀は後日ということに回されましたが……」
ルヴィアーナの意外な発言によって、ルーヴェは本来の自分であるルーヴェリック皇子は十年前の時点で既に死んでいたことに衝撃を受ける。ノーティスにそれが事実なのか問い質すが、返ってきた答えは同じであった。
(……やはり、あの男が……!)
その時、ルーヴェの脳裏にとある人物が浮かび上がる。
ガルヴァス皇帝ヴェルラ・ライドゥル・ガルヴァス。
ルーヴェとルヴィアーナの父親に当たるその人物が絡んでいたことに、トーガは今までようやくの確信を得ることができた。
わざわざ自分が仮死状態であることを死亡という形で隠ぺいするなんて普通なら考えるはずがない。まだ利用価値があるのではないかと彼はずっと睨んでいたのだ。
「……そのことを含めて、あの人に話をする必要があるな……」
「あの人?」
「……俺にこのアルティメスを与えてくれた人物、……そして、この世界を救う手段を完成させた天才だ」
「「‼」」
「見えたぞ。あの島だ」
ルーヴェたちは正面のモニターに映る大きな島を視界に捉える。あの島こそが彼が言う目的地であり、アルティメスを与えたとされる天才がいるらしい。
しかし、その人物はエルマにとって、因縁深い存在でもあった。なぜなら、エルマ自身が会いたくない人物でもあったからだ。
「……ようやく来たわね。あの子も元気にしているかしら……」
明かりすら点いていない真っ黒な空間にただ一つだけ大きなモニターが外の世界を映し出していた。その映像にはこの島を空から捉えたとされる羽を生やした黒い巨人が映し出され、一人の女性が椅子に座りながらじっくりと見つめていた。
また、モニターの光によって、わずかながら女性が白衣を着ていることが分かる。
「さて、迎えの準備をしますか」
女性が椅子から立ち上がると、椅子の隙間から弛んでいた白衣の裾が膝までブランと伸びる。
さらに彼女は正面にあるテーブルと一体化したパネルを片手で操作してモニターを消し、この空間の照明を点けると女性の白衣と頭にある橙色の長髪が露わになる。
そして、女性は背後にある二枚のドアに体を向け、ゆっくりと足を動かすとドアが自動で開かれ、彼女がドアを通り過ぎるとドアはまた自動で閉じられた。
さっきまで彼女が使用していたその空間に残ったのは、音すらしない静寂のみであった。
「この島は何なのですか? お兄様?」
「元々、帝国の皇族がプライベートで使用する島であって、他の者が知ることはまずないそうだ。もっともギャリア大戦以来、使われることは無くなったが……。俺もよく分からん」
「分からないって……。ルヴィアーナ様はご存じないのですか?」
「いえ、全く……聞いたことすらありません」
「仕方ないさ。これを知っているのは皇族の……父や義兄妹たちだけだ。俺とルヴィアはこれを知る機会すらなかったんだ」
トーガたちが訪れたこの島は、元は帝国の領土、いや記録すら残らない秘密の島であった。この領土の持ち主である皇族だけしか立ち入ることはなかったようだが、ギャリア大戦から人が少なくなり、最終的に無人島と化したようだ。
ちなみにトーガたちが乗るアルティメスは、島の外壁にいた。
そこは掴むところすら見当たらない断崖絶壁であり、船をも凌ぐほどの大きさを持った面積が行く手を阻むかのように立ち塞がっていた。
「まさか、ここで行き止まりというわけではありませんよね。皇子」
「察しがいいな。そろそろ頃合いだと思うのだが……」
ガコン!
「?」
何もない絶壁から妙な音がした。エルマは音がした方向である絶壁に凝視する。ただ、それが耳に入っていたのかどうかは分からない。
「来るぞ」
すると絶壁に変化が起きる。それは岩肌の一部が、アルティメスすら素通りできるほどの長方形にも似た大きさでせり出し、上部へと展開されると目の前には奥行きを感じさせる道が現れた。
「な、何ですか、これ……!?」
「お迎えってことさ」
絶壁に隠された道の行く先が何につながっているかは理解できない。これを初めて見た三人は驚きを隠そうとせず呆けていた。ルヴィアーナにあたっては、珍しいものを見たかのように目をキラキラと輝かせているが。
その道のりはまるで入って来いと誘いにも似た意図を感じさせるような造りではあるが、トーガにとっては当たり前のことであった。
アルティメスが岩肌の先を通り、ヘリポートにも似た足場に立つといきなりガコンッ、と足場が動き出す。また、せり出していた岩肌は元の場所に戻るように動き、何事もなかったように断崖絶壁に戻っていた。まさか絶壁にこんな機能が隠されていたとは夢にも思わなかったのだろう。
アルティメスを乗せた足場はカタパルトにも似た構造となっており、稼働している様子から最近動かされていたことが窺える。
ようやく足場が止まると今度はアルティメスがその先を歩むかのように足を動かし始めた。その先には大きな扉のようなものが立ちはだかっており、アルティメスがそこに近づくと扉にあるセンサーが赤く光り、手を付けていないにも関わらず左右に開き出す。
「「「‼」」」
するとトーガたちの目には巨大な機械が並ぶ銀一色の広い空間が広がっていた。眼前に広がるこの光景にエルマたちも、今日何度目かも分からない驚愕に包まれる。
そして、三人はここがシュナイダーの格納庫であることが一目で理解できた。
そんな彼らの心境を無視して、トーガはそのままアルティメスを進ませると左端に何かが立っていることに気づいた。
「!」
「? 一体何を……って!?」
トーガの視線と同じ方向に目を向けたルヴィアーナが見たのはアルティメスと同じシュナイダーであった。
色は鮮やかでもない紫に染められており、頭部や肩の形状が丸みを帯びているのが分かる。さらに足の先端や背中から伸びる翼が所々に尖っている部分も見受けられ、アルティメスと同様、これまでのシュナイダーとは一線を画していることは明らかであった。
また、アルティメスとは姿形が全然似ていないのだが、ほんの少しだけ面影がある。おそらくトーガが乗るアルティメスを基に造ったことは間違いない。
「もしかして、アレも……?」
「アスクレピオス……完成させていたのか」
「あのシュナイダーの名前ですか?」
「そうだ。ただ、これを操縦するアドヴェンダーをまだ見つけていない。話によるとコイツにはこの世界を変える力を持っているらしい」
「世界を、変える……」
未だに眠り続ける紫の巨人を見て、トーガを除いた一同は、可能性に秘めたシュナイダーに目を逸らさずにいた。心あらずと言ってもよい。
トーガはアルティメスの足を動かし、アスクレピオスと正面に向かい合う形でアルティメスよりも高い場所にある鉄骨やクレーンなどがぶら下がったドッグに収まる。
するとその足元にある昇降機の台が鉄骨を経由してアルティメスの胸部にあるコクピットまで上がった。
「みんな、降りるぞ」
トーガの言葉にエルマたちはその言葉に沿うように頷く。コクピットの上部にあるハッチが開かれると四人はルヴィアーナから順に外に出る。
アルティメスの胸部の上に立ったトーガたちは台に移動し、昇降機にあるスイッチを押すと今度は足元まで降り始め、台は元の位置に収まった。
四人は台から降りて足を地につけるとトーガはエルマたちに向けて「こっちだ」と促しつつ、この格納庫へと続く出入口に足を進み始め、そのまま入っていった。
格納庫を出て、舗装された道を進むトーガたち四人の前に二枚の自動ドアが塞ぐ。トーガがその前に近づくとドアの上部にあるセンサーが光り、ドアが左右に開かれた。
そして、四人がその先を歩むと白衣を着た一人の女性が彼らを待ち望んでいたかのように手をヒラヒラしながら立っていた。
その女性は肩まで伸びた橙色のロングヘア―に、トーガより少し背が高く、見た目でもトーガたちより年上に見えなくもないが、むしろ若々しい。
その女性がトーガに話しかける。
「ようやく来たわね、皇子。……今はトーガと言うべきかな?」
「約束通り連れてきた、ラヴェリア博士。まあ、もう二人ついてきたけど」
「構わないわ。それに知っておいた方がいいと思うし」
トーガの後ろにいたルヴィアーナたちは彼女を見て、どこか思い当たるかのように首をかしげる。一方、エルマはなぜか彼女を一目見るといきなり目を背けていた。
「こんにちは。私は、ラヴェリア・ベルティーネ。トーガの支援者よ。まさか、ルヴィアーナ殿下まで来るとは思わなかったわ」
「いえ。私もいろいろ聞かなければならないことが多々あるので……」
「ということは、もしかして……」
「そういうことだ」
皇女殿下が何かを知りたいこと、自分に訪ねてきたことを聞いて、ラヴェリアはそれだけで彼女の目的を察する。トーガもそれを示し合わせるように同意した。
「もしかして、シュナイダーの開発を務めていたとされるラヴェリア・ベルティーネ博士ですか? どうして、こんな辺境に……」
「え⁉ そうなんですか? じゃあ……」
「ちょっと、いろいろあってね……。まあ、皇族と反りが合わなかったと言っておくべきかな……」
既に調査を進めていたとされるノーティスに自身の素性を公にされたラヴェリアは諦めるように息を吐いた。彼女こそがトーガの言っていた天才である。
その天才はというと、急に明後日の方向に顔を向ける。その表情に辛い過去を思い返したのか苦い顔が表に出ていた。
「まあ、それは後にして――ちゃんと私と顔を合わせなさい、エルマ」
「…………」
「…………?」
ラヴェリアの呼びかけに一向に応じないエルマ。そのことにルヴィアーナは二人の顔を交互に見て、訝しむ。一方、トーガも二人を見て、何も言おうとはしなかった。
その近くにいたノーティスはトーガに話しかける。
「……知り合いなんですか? お二人は……」
「知り合いというより、二人は――」
「トーガ君」
トーガが何かを言おうとしたその瞬間、エルマはそれを邪魔するかのように低い音で言葉を遮った。ただ、その声色には乱暴さが含まれており、普段の彼女からは想像できないほどの気配を発しているのがよく分かる。
「どういうことなの? なんでこの人が……!」
「博士から言ってきたんだ。君に会いたいって。せっかく会わせたのにその言葉はないんじゃないのか? この人は――君の母親なんだろ?」
「!? 母親!?」
「うそ……」
隣で聞いていたルヴィアーナたちも空いた口が塞がることはできなかった。なぜなら、目の前にいる人物が、再会した時にトーガが連れていた人物と血縁関係だったとは思わなかったのだから。しかし、それをよく思わない発言が飛び出る。
「別に会いたくないわよ。私を捨てたアンタなんか、母親じゃない……!」
「「!?」」
「…………」
エルマはラヴェリアに対して恨みにも近しい殺気をむき出しにする。本当は、手紙を見た時点で差出人が彼女であることを既に察していたのだが、この場で見て一層、怒りを露わにするかのように拳を握り締める。
その様子を見ていたラヴェリアも申し訳なさそうに悲壮な表情を取っていた。しかも、口からは何も言えないのか、閉ざしたまま沈黙を続けている。
「だったら、なんで会おうとしたんだ? 分かっていたなら、あの場で断ることはできたはずだ」
「……あなたが言っていた通り、断ったとしても病院で疑われるだけよ。それにいろいろ言いたかったし、私の体に起きていることを説明できるというならね……」
「エルマ……」
「なんで今更……!」
目の前にいる人物を是が非でも母と思わないエルマを見たトーガたちは心配そうに彼女に向けて憐れみを抱き、二人の確執はもっと深いところにあるのだと容易に想像できた。
母娘の再会は最悪なものとして果たされることとなったのだが、ラヴェリアは娘に対して隠していることがあった。それは、あまりにも残酷な真実が彼女を追い詰めることに繋がっていたのだ……。




