ガルヴァス帝国
続けての投稿です。
美しい青が広がる大空を自由に飛び回る一羽のカラス。
不吉を呼ぶに相応しい、漆黒に塗れた二枚の翼を広げ、向かい風を逆らうがごとく突っ切っていくそのカラスは今、眼下にある都市を視界に捉えていた。
大陸全土の三分の一を保有する超大国――【ガルヴァス帝国】。
国全体に多大な影響をもたらす高い経済力と技術力を持つと言われ、過去に多大な功績を上げた優秀な科学者をいくつか輩出しているという。その国の中枢を担うのが帝都【レディアント】だ。
複数の高層ビルが都市部のあちこちに立ち並び、その街並みには近未来的なイメージが投影されており、いかにも技術の発展が行き届いているのがよく分かる。
また、ビルの直上には太陽の光を都市のエネルギーに変える太陽光パネルが設置されており、しっかりと科学の進歩や技術の発展が形となったものが所々に表れていた。
その帝都の様々な建物が立ち並ぶ繁華街にて、多数の一般人が行き交う中、隣接された建物の間に生まれた、暗くて細い脇道に、一人の少年――ルーヴェ・アッシュが隠れていた。
ルーヴェは誰からにも目に入ることなく、建物の壁面に背中を預けながらスマホで誰かと連絡を取っていた。
『――じゃあ、着いたのね』
「ああ」
『ちなみに、〝《アルティメス》〟は?』
「もちろん、近くに隠してある。簡単には見つからないさ」
『そう。あとそれと、まさか油を売っていないでしょうね?』
「……何のことだ?」
通話越しにいる相手からの質問に、ルーヴェは一瞬だけ押し黙る。しかし、相手は彼の反応を逃さなかった。
「昨日の戦闘データを見させてもらったけど、ガッツリ見られているんじゃないの?」
「……別に関係ないだろ。どの道、俺達が動くことは確定なんだから」
『それもそうだけど、向こうも警戒するはずよ』
「それこそ関係ないって。俺達の目的はただ一つなんだからさ。今は、俺なりにやらせてもらう」
『……まあ、いいわ。あなたはあなたの目的を果たしてちょうだい。皆も既に動いているから』
「……わかった。そろそろ切らせてもらうぞ」
通話を切り、スマホをポケットに入れた後、ルーヴェはこの場から離れ、人々が行き交う歩道へと歩き始める。その歩道に出ると空から光が差し込み、彼に光を与えた。
「……さて……」
一息が付いた後、ルーヴェはある方角へチラリと目を向ける。その視線の先に、この街中でただ一つ、抜きん出ていた建物があった。
この都市のど真ん中で一目を引かせる巨大な王城。近未来的な見た目の繁華街とは異なり、その城はどこか西洋的な外観だ。大国という名に恥じない程の荘厳たる雰囲気が醸し出されており、この帝国の中心と言っても過言ではない。
「…………」
視線の先に見据えるその王城を、ルーヴェはその場で立ち尽くしたまま、じっと見つめていた。
どこか寂しげな、昔を懐かしむような想いが彼の目に宿っており、その立ち姿は儚い。その想いを胸に仕舞うように気を取り直したルーヴェは軽く目をつむると、王城に背を向けて、ようやく繁華街の中を歩き始める。そして、彼と同じように歩道を歩く一般人らと混ざるように、そのまま人混みの中へと消えていった。
その帝都より大きく離れた郊外に進んだ地区には、【ニルヴァーヌ学園】と呼ばれる、帝都の中心部にも劣らない広さを持った学校が存在する。その学校内にある教室にて、ここに通う少年少女達は授業を受けており、学園生活を満喫していた。
「はぁ~、ダルイ!」
「みっともないよ。それ……」
「だってさ~、教師の言っている言葉が入っていかないのよ! ちょっと、簡単にしてほしいわ~。アンタ達もそう思わない?」
「……それは……」
「…………」
学園の中心に建てられた校舎の近くにある丸型の白いテーブルを囲むように四人の女子学生が椅子に座っている。その中でただ一人、カーリャ・マルクがそのテーブルに頭をつけながらダラリとしており、他の二人であるイーリィ・パルシア、そしてルル・ヴィーダにも質問を投げると、それに応えた彼女達の反応も芳しくなかった。
だが、カーリャの右隣にいたエルマ・ラフィールは、すぐに彼女の言葉を訂正させる。
「ちゃんと予習しないからよ」
「教科書でも難しい言葉がズラリと並んでて、頭が処理しきれないっての! ただでさえ、あんなものを動かすためとはいえ……!」
「…………」
「別にいいんじゃない? どうせ私達はあそこで戦わされるんだから……」
「「「!」」」
「そもそも、ここはそういう所なんだし……しっかりと受けた方がいいよ」
彼女達の会話から、学生相応とは思えない言葉が出てくる。
しかもその言葉が出るたびに、四人の表情は険しいものとなっていき、雰囲気も重いものとなっていった。何かが見え隠れしていることは確定だった。
「分かってる……分かってるけど……」
「まあ、あなたの成績では、他の学科でも生かしきれるとは……ちょっと」
「……バカにしてる?」
「そ、そんなんじゃ……!」
イーリィがポロッと出した一言に強く反応したカーリャは、丸まっていた背中を正し、すぐに彼女に突き刺すような視線を向ける。すると、当の彼女も困惑しながら否定するものの、カーリャの眉は、ピクピクと吊り上がり、険悪なムードと化していた。
しかし、そこに「パァッン!」と乾いた音が鳴り響き、両者はそれに注目する。
「「!」」
「そこまで! 二人共、ケンカしない」
「でも……」
「バカ騒ぎなら、他所でやって。本当にみっともない……」
「ルル……!」
その視線に向けられたエルマはというと、両手を合わせていた。不穏な空気を感じ取ったエルマは両手を叩いて二人を制止させたのである。それでも、カーリャが食い下がるものの、一方でそれらを見つめていたルルも不機嫌そうな表情で、カーリャを止めようとした。
しかし、心許ない言葉に聞こえたのか、カーリャはルルに矛先を向けてきた。
ちなみに、イーリィはカーリャとケンカが起こりそうなところをエルマが止めてくれてホッとしたのだが、今度はカーリャがルルを睨んでおり、またも険悪な雰囲気となろうとしている所を見て、それを止めようと慌て始めていた。
「だ~か~ら~」
すると、三人のいがみ合いを見ていたエルマは無言のままいきなり椅子から立ち上がる。その彼女から発する異様な気配に三人は一斉に、視線を向けた。
「ケンカはやめなさい!」
――ゴン! ゴン! ゴン!
「「「!?」」」
突然脳天にチョップで叩かれ、三人はテーブルに伏せる。そのチョップをかけたエルマは、両手を払いながら軽くため息を吐いた。
「さっさと、行くわよ。授業始まるから先に行くわ」
テーブルに伏せる三人に向かって、エルマは置いていくように去っていく。
「何でこんな目に……!」
「っていうか、私まで……?」
「…………」
その一方で残された三人はというと、チョップによる痛みが引かないのか、ずっとテーブルに伏したまま、愚痴を零し、無意味な時間を過ごしたことを後悔した。
「私達も行こうか……」
「「うん……」」
帝都レディアントの中心部にして、繁華街に囲まれた巨大な王城――【ガルヴァス皇宮】。
全高だけでも高層ビルに匹敵しており、国のシンボルである国旗や、天高く伸びる塔にも似た数本の柱が建てられていることもあってか、見た目は宮殿に近い。
ところが、一応、城ではあるものの、その外周にある城壁の存在から堅牢な要塞にも見えなくない。しかもこの城壁を含めて、皇宮の壁面に使われている材質がいかにも硬そうな外観であることから、さらに外側の繁華街と同様、近未来的な技術が使われているのが分かる。いつ敵が攻め入ったとしても、そう簡単には落ちないだろう。
何せ、このガルヴァス皇宮が帝国にとって無くてはならない、重要な拠点であるため、守りを固めるのは当然である。高い技術力を持つからこそ、その偉大さがより伝わってくる。
元々、ここは超大国へと統合される以前よりも存在し、帝国を手中に収め続けていたとされる、ある一族のために用意された〝御旗〟なのである。その内部は豪華な仕様となっており、一般の建物とは趣きが異なる。その一族が使用するに相応しい造りであり、まさしく選ばれた者――人の上に立つ者のみが踏み入れることのできる、〝異次元の世界〟が広がっていた。
皇宮に設けられた一画――その広く作られた空間に、金髪の青年と壮年の男が向かい合うのだが、その二人からは剣呑とした空気がこの部屋中に澱んでいた。
「……で? どのくらい進んでいる、ケヴィル?」
「予定より十五パーセントほど進んでおらず、未だに進捗が……」
人一人が使うにはあまりにも広い机と椅子に座る金髪の青年は今、自分と対面しているケヴィル・モゼスの報告を聞いて、不快に思ったからかガタンと椅子から立ち、手を強く握りしめたまま机に叩くと、彼に怒りをぶつけてきた。
「バカモノォ!! そんなくだらないものを聞きたいわけではないことが、何度言ったら分かる!!」
「申し訳ありません!! こちらが不甲斐ないばかりに……」
青年を不快にさせてしまったことにケヴィルは申し訳なさそうに顔をしかめた。対面している相手が自身の主として仕える〝皇族〟なら尚更だ。
ガルヴァス帝国第二皇子、ルヴィス・ラウディ・ガルヴァス。彼はこのガルヴァス帝国を統治する、いわばこの国の頂点とも呼ぶべき一族、【ガルヴァス皇族】の一人であり、ガルヴァス帝国皇帝ヴェルラ・ライドゥル・ガルヴァスの次男である。
ガルヴァス皇族は、優れた容姿と聡明な知性を持ち、高貴なる出で立ちを振舞うその姿は美しく、自分達と同じ、この国で暮らすガルヴァス人からも注目を集めており、誰もが羨む憧れと言っても過言ではない。
また、帝国には皇族の他にも数十もの貴族を擁し、その貴族達を皇族らがまとめ上げている。当然、ケヴィルも貴族の一人であり、伯爵の地位を持つ。
元々、皇族が貴族制度と呼ばれる身分に応じた規律の実施で、貴族という身分が生まれたのが始まりである。それにより、この国は皇族が頂点に君臨するという、完全な縦社会と化していた。
少なくとも一般の民衆よりは地位が高い貴族達は、皇宮より遠くに離れた場所、すなわち、帝国の至る所に、それぞれ領土や権利が与えられている。その恩義というものもあって、皇族に付き従っているのだ。
それ故に、皇族には逆らうことができず、貴族の一人でもあるケヴィルがこうしてルヴィスの前で頭を下げていることから、上下関係がハッキリしているのが分かる。誰一人として力のある者に逆らうことが無為に等しいことだと知らしめていた。
「フン……! しかし、これ以上失態を重ねれば、留守を頼まれた〝兄上や姉上〟に申し訳がつかん。何かいい手を打たないとな……」
「ハ、ハイ……」
「……ところで、例の件は?」
「ハッ……! こ、こちらにございます」
ケヴィルは左手に抱えていた携帯式のタブレットを操作し、ルヴィスに差し出すかのように見せる。それを受け取ったルヴィスは、タブレットの液晶画面に映る画像を一目見ると、瞬時に眉を吊り上げた。
「! これは……!?」
その理由は、ケヴィルから寄越されたタブレットに、何やら黒い〝人型〟のようなものが映り込んでいたのである。それを目にして、ルヴィスは警戒するかのごとく表情を険しくしていた。
「先んじて出動させた偵察隊が捉えたものですが、間違いないかと……」
「…………」
ケヴィルの話によると、昨晩、とある場所に向かっていた偵察隊が襲撃され、それを何者かに助け出されたようだ。偵察隊のメンバーが偶然それを目にし、情報として持ち帰ろうと画像として残したのである。
ルヴィスは表情を険しくしたまま、タブレットを指でなぞって、切り替わる画像を凝視する。どれもそれにまつわるものであるのだが、どこかブレている印象があり、その時の時間が夜に達していたため、姿が分かりにくい。加えて、〝何か〟と交戦している時には、画像に収められていないことが特に目立っていた。
あまりにも煩雑なものを見せられたのか、ルヴィスは興味を無くすがごとくタブレットを机の上に置き、本人は無言のまま、後ろの椅子に深く腰を掛けた。
「……これに関しては、よくやったと言うべきだろう。だが、本当に正しいのか、これは?」
「申し訳ございません! 情報が不確かなものでありまして、これが一番印象にあるものだと……」
不機嫌そうな顔をするルヴィスの指摘に、ケヴィルはすぐさま頭を深く下げ、謝罪した。
そもそも、タブレットに表示された画像はどこかボヤけた印象があり、正確な情報や詳細が伝わってこない。それを見せられたルヴィスが不満を漏らすのも致しがたいだろう。
ただ、帝国の優れた技術で解析できたのではないかと怪しまれるところだが、どうやら映し出された画像が偵察隊――帝国所有の航空機や戦略兵器であるシュナイダーから撮影されたものであったため、今の画像が精一杯のようだ。
それもあってか、ケヴィルはルヴィスの前で口に出すことを躊躇っていた。不用意な発言が、自らの首を絞めかねないことを、彼は重々承知していたのである。
「……もういい。頭を上げろ」
「ハッ!」
ケヴィルの謝罪を聞き、机に肘をつきながら顎を乗せたルヴィスは退屈そうにため息をつき、今も頭を上げるケヴィルに顔を見せるよう、指示を出そうとする。
「…………」
ただ、その際に彼は先程、机の上に置いたタブレットに映るものをチラリと見ており、興味を無くしたと思いながらも、それに映るものに関してはやはり気にせずにはいられなかったようだ。
なぜなら、その画像に映る場所こそ、彼らが最も頭を悩ませるものだったからだ。
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