プロローグ
お久しぶりです。これより「アルティメス」始まります。
闇。
音は響かず、何かを目にすることも感じることもない、何もかもが真っ黒な景色。
前に踏み出しても、手を伸ばしても、決して光が届くことのない〝無〟の空間。
その闇だけが広がる世界に、彼(?)は目を覚ました。
(……ここは……)
視界がボンヤリとする中、いきなり辺り一面が黒く染まっているのを見て、彼(?)はようやく意識をハッキリとさせる。そして、周囲を見渡し、自分が今、闇だけが支配するこの空間にいるのも理解した――のだが、なぜここにいるかは彼(?)自身、よく分からなかった。
加えて、自分の身体が今どうなっているのかも分からず仕舞いであり、黒く染まっていて何も映らないためか、情報として頭に入ることもなく、その何も映ることのない闇の中こそが、今、彼(?)が見ている世界であった。
(……〝僕〟は、確か……)
改めて何もない周囲を見渡して、ようやく状況を飲み込んだ〝僕〟は、ここに訪れるまでにあったことを思い出そうとする。
(!)
すると、たくさんの〝絵〟が〝僕〟の前に現れ、流れるかのように次々と通り過ぎていく。その絵を見ていくうちに、彼(?)はどこか既視感を感じた。
(? これって……)
自分ではない誰かと遊んでいたり、自分より身体の大きい人が隣で何かを教えたりと、どれも見覚えがあり、絵にしては少しリアルすぎる。しかし、その顔だけがスッポリと抜けていて、よく分からない。
また、絵というよりは景色そのものを切り取った写真に近く、まるで自分が目にしたかのようなものであり、彼(?)は自身を苛もうとする奇妙な感覚が頭の奥底に響き始めた。
(!?)
内側から棘に刺されるような痛みが走り、〝僕〟は今見ているのが本当に幻覚なのかと疑う。また、ここに来てから何かを感じることさえ無かったはずなのに、なぜか痛みという感覚があるのか、〝僕〟は意外にも気づいていなかった。
そのまま自分で問答を繰り返しているうちに、彼(?)自身が求めていた答えである一枚の絵が現れ、〝僕〟はそれに目を向けた。
(ッ――!)
その絵を目にした〝僕〟は驚愕し、何一つ言葉を口にすることができなかった。
その理由は、その絵に描かれていたのが彼(?)にとって、決して幻ではないと裏付けるものであり、自分がここに来るまでの、〝最後の瞬間〟とも言えるものであったからだ。その絵こそが、まごうことなき〝現実〟であると彼(?)自身に突きつけていた。
(……〝僕〟は……!)
その〝現実〟を前にして、彼(?)は悔やむような感情を露わにする。
全てを諦めても仕方がない、これ以上前に進むことなど不可能だと、言わずとも理解してしまう現実が目の前に現れたのである。しかも自身の終わりが近づいていることの証であり、それに身を委ねるという、決して免れることのない選択肢だけがこの絵に込められていた。
(…………)
その最後の絵を見て、理解が追い付かない〝僕〟は放心状態となる。だが、その突きつけられた〝現実〟は今も彼(?)の前に現れたままであり、それが偽りを与えることをしない。
当然、そこから出される答えは誰の目でも明らかであり、全てを諦め、それに従うのが自然だ。その偽りのない〝現実〟を目にして、放心状態となった彼(?)は、それに委ねようとした。
その時、闇の奥から何かが漏れていることにふと気づき、〝僕〟はそれに目を向けると、闇とは対照的なものが現れた。
(! あれは……)
光。
闇を照らす真っ白な光。
色すら持たない、その一筋が道標のように前へと差し込んでおり、それに導かれるように彼(?)はゆっくりと前に進んだ。さらに光を掴もうと、見えることのない自分の手を伸ばしていく。
(ッ――!)
届きそうで、届かない。それでも彼(?)は光を求めて手を伸ばす。すると、今まで目の前に広がっていた闇が眩い光に包まれ、その光へと進んだ先には――。
「ん……?」
閉ざされていた瞼が上がり、〝僕〟は光に向かって伸ばしていた〝手〟の甲を視界に捉える。しかし、その掌から漏れ出す光が視界に入り、彼(?)は思わず目を閉じてしまった。
「ッ――! …………?」
眩い光に当てられ、視界がボンヤリとする中、彼は伸ばしていた掌を見て、どこかおかしいと違和感を感じた。さらにはその手から伸びている腕や反対の腕も見て、その違和感はより確かなものとすると、思わず上体を起こした。
「!?」
上体を起こした先に〝僕〟は自分の下半身を目にするが、先程と同様の違和感を感じ取り、愕然とする。
目の前にあるのが正真正銘、自分の身体であるはずなのに、なぜか彼(?)には違う身体に見えたようだ。というよりも、骨格の関係上、自分の顔と背中以外しか見えないからこそ、確認しようがないのだが。
例え、自身の記憶よりも一回り大きくなった少年の姿こそが今の自分だと自覚していなくても。
(どういうことだ……!? 本当に、〝僕〟の身体なのか……?)
身体の変化にまたも理解が追い付かない〝僕〟は、もう一度自分の身体を見渡すも、本当に自分のなのかと改めて疑う。自身の視界を覆う髪、自身の記憶よりも長い手足と、あの時と比べても、一体何があったのかと疑問が次々と頭の中に浮かび続ける。
しかし、自分の目に映っているものが紛れもない現実だとようやく理解することに至るが、一つだけ疑問が頭の中に残っていた。
(少なくともあの時、〝僕〟は……)
彼が目を覚ます前、あの絵を目にして、現実に起きたことだと理解していたのだが、本来なら、この場で目を覚ますことなど、なかったはずだ。ところが、彼はここにいる。
なぜそうなったかは今でも分からず仕舞いだ。ただ、考えられるとすれば、目の前に広がった光に向かって手を伸ばしただけだと言っても、信じてくれはしないだろう。だが、自分が今を生きていることが、〝現実〟のものだと改めて実感する。
「…………?」
そう考えているうちに、彼はようやく自分がどこにいるのかに気づき、眠っていた時と同様に周囲を見渡す。
無機質な壁面で四方に囲まれた空間に、光をもたらす照明、そして、先程まで仰向けとなっていた自分を支えていたベッド大のカプセルと、まるで何かの隔離施設にいるかのような雰囲気を少年は感じ取った。
ただ、自分が眠りにつく前のものとは雰囲気が似ているものの、少しだけ違う所があった。それは、自分が仰向けとなっていたのがベッドではなく、身体を半永久的に保存することのできるカプセルだったからだ。もしかしたら長い間、ずっとここで眠っていたに違いないと少年は確信する。
そして、透明なカバーが上げられたカプセルから降りようとすると、この空間の壁面の一部となっていた
二枚の扉が開き、奥から一人の人物が入ってきた。
「!?」
タイミングを見計らうかのように入ってきた白衣を纏った女性に、少年は警戒心を強くする。その一方で、あちらは先程目を覚ました彼を見て、ニコリと笑みを浮かべた。
「ようやく目が覚めたのですね……〝 〟」
「? あなたは……?」
「そんなに警戒しなくても、って、分かるわけないか……。あなたはまだ、目を覚ましたばかりなのよね」
「……何か、知っているのか?」
「少なくとも、あなたよりは、ね……」
「…………」
その柔らかい口調から、敵意はないと女性は説明する。しかし、少年の警戒心は強く、彼女の言葉を未だに信じることができなかった。それを察すると、彼女は質問を変えてきた。
「……じゃあ、今あなたは――何が知りたい?」
「…………?」
「別に悪い意味じゃないわ。ただ、リクエストに応えてあげたいだけよ」
質問を変えてきたことに、少年は一度首を傾げるものの、今何をすべきなのかを考える。その間があった後、彼は自身の考えを口にした。
「……なら、自分の身体に何が起きているのか、今、世界はどうなっているのか、アンタは誰なのか……僕が知りたいことを〝すべて〟知りたい、それだけだ」
少年の強い思いに、女性はまた不敵な笑みを浮かべた。
「……意外と欲張りなのね、あなたは」
ある時から氷漬けとなっていた少年の人生は今一度解放され、新たなスタートを切った。それは、大いなる狩りを始める、幕開けであった。
そして、時は流れ――。
黒と青が入り混じった空の上に昇る月。
その月は夜の主役と言わんばかりに白く輝きを発し、眼下に捉える大地に彩りを与える。一方で更地となっていた大地は空と同様に暗く、辺りも黒く染まっていた。
文明の名残とも言える建物だった廃墟の近くに、一つの〝影〟が走る。さらにその奥から二つの人影が猛スピードで横切り、その先を行く〝影〟を追っていた。
『目標は移動中。もしかしたら、この先に何かあるかもしれない。そちらは?』
『こちらも同様。別ルートでも姿を確認。今追跡している最中だ』
『あまり深追いはするな。できるだけ距離を保ち、キリがいいところで戻ってくれ』
『Yes Sir』
人影の正体である一人の男が、別の場所にいて行動を続ける部隊の仲間に通信で指示を出しつつ、廃墟が立ち並ぶ道を引き続き移動し始める。その彼らが行く道に付いた足跡を確認しながら、その道を通った〝影〟を追いかけた。
男の仲間がいる別の道のりにも足跡があることから、どうやら、この大地に妙な何かが住み着いているのは確かだ。その何かを追い詰めるため、男は部隊を率い、この大地に足を踏み入れていたのである。
ただ、その道のりの上を移動する人影にしては、あまりにも大きすぎる。しかも人間の足では出せる速さではなく、人影が通った後には道のりの上から砂埃が舞っていた。
――戦略用人型兵器 《シュナイダー》
全高だけで15メートルは軽くあるこの巨人は、両手にはマシンガンを、背中にも少数の武装を携え、足を浮かせたまま大地を駆け抜ける。
加えて装甲は騎士の甲冑に似せており、鎧がそのまま大きくなったかのような外観――まさに巨大なる騎士だ。建物の高さに届くほどの大きさを持った騎士がこの重々しい雰囲気のある大地を駆け抜けていたのだ。
その騎士の胸部――操縦席に座っていた男達は、操縦席の正面に位置するレーダーにて北上する一つの反応を捉えながら追いかける中、その内の一人が声をかける。
『もしかして、巣に近づいているんでしょうか?』
『あり得るな。進むたびにだんだん反応が強くなっていく。ここら辺が潮時かもしれな――』
そのまま北上する一つの反応がより強力な反応を示す場所に向かっていることを知った二人は、一旦そこで止まり、自分達の居場所へと引き返そうとした。しかし、その周辺の廃墟に身を隠していた〝何か(・・)〟が駆け抜け、二人に襲い掛かる。
『!』
『離れろ!』
それに気づいた二人はすぐにその場から離れ、間隔を空けると、その間に〝何か〟が降り立ち、雄叫びを上げた。
「ギィアァアア!」
その雄叫びは獣のそれに近いのだが、どこか不快感のある声であり、品というものが欠片もない。見た目も四本足の獣ではあるが、どの生物に当てはまるどころか、この世のものとも思えない姿だ。
しかも見ただけでは分かりづらいが、口を開けながらこちらを睨んでおり、まるで獲物を捉えるかのような視線を向けられている。まさに化け物という呼び方が相応しい。
『こんなところで見つけられるなんて……!』
『クソッ! どこにも反応は……! !?』
男がレーダーで自身の周辺を確認していると、突如として複数の反応が一斉に表示され始めた。しかもその地点は廃墟が集中する場所であり、ずっと警戒はしていたのだが、反応を捉えることはなかった。
しかし、現実はそれとは真逆であり、先程のと同じ化け物が次々と現れる。おそらく、群れと共にじっと身を潜めていたのだろう。しかも気づかぬうちに、化け物の群れは二人を包囲していた。
『いつの間に……』
『待ち伏せか……! 他の隊に連絡を――』
『来ます!』
『!』
この場を脱出するため、男は自分達と同様に動いていた部隊の仲間に救援をもらおうとしたのだが、間髪入れずに一匹の化け物が飛び掛かってきた。
『チィッ!』
自分の元に化け物が迫っていることを知った男は、シュナイダーの両手にあるマシンガンをその化け物に向ける。操縦桿の人差し指に位置するボタンを押すと、それに連動させたマシンガンの引き金が引かれ、銃口から多数の弾丸が発射された。
発射された弾丸はそのまま空中に漂い続ける化け物に直撃し、その場から落下する。化け物は空中で無防備となったためか、身体中をハチの巣にされ、次第に息絶えた。
それが引き鉄なのか、他の化け物も一斉に襲い掛かり始め、二体のシュナイダーはこの場から脱出すべくマシンガンで応戦し始めた。
戦闘が行われている地区から遠くに離れた所から、一つの〝物体〟が移動していた。
その速度は戦闘機並みの速度で滑空しており、おそらく数分で戦場に着くレベルである。ところが、その物体は戦闘機のそれではなく、人の形に近かった。
「…………」
滑空を続ける飛行物体の中でただ一人、黒いスーツを着た少年が操縦席に腰を掛けて正面と左右に映るモニターで地上を見渡していた。そのモニターの下に位置するレーダーにて、戦場となっている地区を確認しながら、既に臨戦態勢へと意識を向けていた。
――キィーン!
「!」
しばらく移動していると少年の頭の中に何かが響いてきた。レーダーのその先、すなわち戦場となっている場所に近づくと、一旦空の中で停止する。
「さて……」
停止したその場から地上にて戦場となっている地点をレーダーで探ってみると分散されていた位置を特定し、彼は握っていた操縦桿を動かして機体を再び移動させる。
そのまま一番近くにある戦場に辿り着いた少年は、機体の右手に持つ銃に似た武装を地上に向け、モニターを通じて照準を合わせる。
「さあ、狩りを始めようか」
そして、掛け声と共に少年は引き鉄を引き、向けていた銃口から一筋の閃光が放たれた。
空から降り注いだ閃光が化け物の頭部を貫き、さらには化け物の身体ごと地面を吹き飛ばした。
『『!?』』
いきなり自分達の傍で爆発が起きたことに二人は一斉にその地点に目を向ける。すると、爆発があった場所から煙が上がり、加えてその近くにあった化け物の死骸が転がっているのを目にして、驚愕する。
しかもシュナイダーに襲い掛かっていた化け物も、一体何があったのかと動きを止め、周囲を見渡す。そのうちの一体が空を見上げると何かを見つけたのか、唸りを上げた。
「ギィアアア!」
それに乗じて、他の化け物も空を見つめ、そこに映る何かを目にすると、同様に鳴き声を発する。シュナイダーに乗る男達も空へ目を向けてみると、思わず身体を硬直させた。
『!?』
『なっ……何だ、アレは!?』
目を大きく見開く彼らが目にしたのは、彼らにとって常識の外に存在するものが空の上で佇んでいたのだった。




