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短いけど。ゆっくりとね。
歯車が軋みをあげて歪んでいく。
空を覆いつくす程に広がり続けていたセイラムの翼が、三つの柱を失い、どうしようもなく崩壊していくはずなのに。
それでも落ちないのは、まだ一つ残り続けているからか。
それとも、全て失って尚も執着し続ける聖女の妄執故か。
複数の世界に跨って自己を増殖させ、致命的な状況へ陥ったなら他世界からの干渉という形で俺達を圧倒しようとしてくるセイラム。
彼女を追い詰めすぎるのは危険だ。
一方で、倒し切れなければ未来はない。
既にこの世界はセイラムとの戦いを始めている。
俺が望んだ。
皆が賛同し、ここまで来た。
あるいは心の底から同意なんてしておらず、国や組織や、自身の責任ある集団を率いる者として従う道を選んでいる者も、居るだろう。
未だ、途上にあるこの道をどう進めばいいのか。
緋色の炎はその先を示さない。
なら誰が。
主人公ではなく、主役達ではなく、ましてや俺個人などですらなく。
あの日、声をあげた人々が。
いずれ声をあげる誰かが。
今を生きる者達ですらない、名前すら持たない者の産声こそが。
人は心に黄金を持つ。
ヴィレイという男を見捨て、自ら憎悪に焼かれ、一時は諦めに逃げた身であろうと敢えて言い続けよう。
それこそが百万本の花宣言から始まる俺達の望みだ。
未来へ。
いずれ産声が怒りや悲しみに染まるのだとしても、希望はあったのだと伝えよう。
人身を売り買いし、尊厳を冒し、自らを上等と飾る道具とした、悪しき時代を終わらせる。
奴隷貿易、その根幹となる制度を排するのだと、まずはそこから始めようなどと、いつか軽く言ってのけたこの口で。
結局他者に価値を見出そうとしない者は切り捨てるしかないと、どうしようもない相手は居るのだと、証明されて尚も。
芽生えた差別は消えない。
千年の時を超えて受け継がれてしまう。
だからこそ。
なあ、セイラム。
俺達は歩んできたよ。
お前にとっては嫌悪すべき感情を携えて。
矛盾を纏いながらも歩んできたよ。
※ ※ ※
青の魔術光が大地を吹き荒ぶ。
『弓』を司るティリアナ=ホークロックを、クレア=ウィンホールドが討ち取って。
『剣』を司るミシェル=トリッティアを、ヨハン=クロスハイトが討ち取って。
『盾』を司るヴィレイ=クレアラインを……仮に俺が討ち取ったとしておこう。
残されているのは『槍』を司るアーノルド=ロンヴァルディア。
始皇帝と謳われ、この大陸西方と東方とを貫く大帝国を生み出した男。
彼の用兵は見事だった。
最初から自分だけが残ることを想定していたのか、様々な策を巡らせ、地形を利用し、不意を打って、時に戦況を逆転させてくることさえ、あった。
だとしても、残された『影』はすべてが『槍』の術者のみ。
戦術で戦略の差を埋めることは出来ない。
世界を均したセイラムの秩序を守る側である以上、どうしようもなく。
「足元を固めろ!! 牛歩の如く踏みしめてッ、城壁を築くが如く攻め寄せろ!!」
セイラムの魔術は使えなくなった。
けれど、聖女の補助が失われただけで、力そのものは最初からソコにある。
自ら手を伸ばし、掴み取るのであれば、今は細いながらも行使は可能。
不足していた武具もフィラントの合流によって十全とはいかないながらも確保されつつある。
足の遅い『槍』は弓などの遠距離攻撃が苦手だ。
マスケット銃の攻撃程度なら青の魔術光が受け止めてしまうが、では空からの矢の雨に意識が向いた所へ足元が吹き飛ばされたなら?
いやそもそも、機動力の無い『槍』を処理するのであれば堀や沼や川を使えばいい。
選ばれた力ですらなく、土を掘り、積み上げていく、それだけの繰り返しで奴らは詰む。
時間は掛かった。
それでも確実に戦線を押し返し、俺達は。
自らの背後に日常を取り戻して、整備して、時に助け合い、反発することもあったけれど。
武器が量産された。
行き渡る為の物流網が自然と出来上がった。
裏切りや工作を経て一時的に麻痺はしても、時間を掛けて元通りになる。
気付けば。
戦いによって荒れ果てていた大地に、草花が生い茂り始めていた。
そんな日に、枯れ草色の髪を纏めたカウボーイハットの青年が、俺の元へやってきた。
「アーノルドを追い詰めたらしいな」
「ジーク……相変わらず魔術は封じられているままか」
ヨハン達と一緒に、エルヴィスの側で行動していると思っていた。
そちらは現在、王手を掛けに北上を続けている。
やや勇み足であるのは確かだが、あのミシェル=トリッティアを正面から打ち破った功績を思えば安易に無謀とは言えないだろう。
こちらの筆頭貴族としてはあのワイズ=ローエンが居るし、漏れ聞いているだけでもプレイン=ヒューイットの戦績も極端にヨハンへ劣るとは言い切れない。
まあ、ウチのヨハンが上なのは確かなのだが。
と、いけないいけない。
小難しい話は置いておくとして、一先ずジークには状況説明をしてやろう。
確かに彼の『銃剣』があったなら、ここを瞬く間に落とすことも可能だったろうが。
「制圧後、かなり手を入れた砦のようでな。魔術以外での搦め手、こちらが今までに見せた戦術まで吸収して利用してくるせいで時間が掛かりそうだ」
「あぁ、パッと見そんな感じだろうな」
「それで、こちらも最前線の一つとはいえ、敢えて俺のところへやってきた理由はなんだ」
ジークの腰に下がった短銃を見る。
魔術が封じられている為の代替武器ではあるのだろうが、元の『銃剣』を知る者からすればあまりに弱い武器。
それだけがジーク=ノートンを支える強さではないのは百も承知だが、現実的に前線で戦い続けるにはあまりに危険な状態と言えるだろう。
今更、ではあるものの。
俺としてはジークに下がっていてくれた方が、万が一を考えなくて良いのも事実。
救出されたフロエ達が前線へ出ようとしている事実も悩みの種だが、俺の思うままに操るというのもセイラムと変わりがない。
「まあなんだ」
と、彼にしては珍しく、前置きを挟み込み。
「相談、って奴だな。アーノルドは難所とはいえ時間の問題。てことはやっぱり、そろそろ本格的に本命への手段を考えなくちゃいけねえ」
「セイラムか」
「実際どの程度の策を持ってる? それを聞いた上で判断しようとは思ってるんだが、決定打に欠けるようなら俺なりの手段を予め提示しておこうと思ってよ」
いきなりやったらナニされるか分からねえからな、なんて笑いながら言ってくる。
まあ最悪手足を切り落してでも動きを封じようとした身だ、疑いは甘んじて受け入れよう。
ただ。
「無限の可能性を引き寄せるセイラムに対して、絶対的な攻略法など存在しない」
「俺の『銃剣』による時間の引き戻しを除けば、だろ」
やはり、その提案か。
確かに殺されても殺されなかった可能性を引き寄せて復活するセイラム相手に、確実な勝利を目指すのであればジークのセーブ&ロードを活用するのが一番だろう。
俺は奴の腕……黒の魔術光を僅かに吐き出す、封じられた力を見る。
あの男もそれを承知しているからこそ、真っ先に封じたんだろう。
ある意味で俺の望み通りではあるが。
「だとしても、極端な方法へ頼るつもりはない」
「具体的に」
「チェスは苦手だったか?」
それが答えさ。
最初から手勢の種類も配置も平等ではないし、討ち取るべき王の位置さえ後出しで変更される。
そんな相手に対して有効な手段はもう、極めつけに単純な方法しかない。
「詰みへ持っていくってことか」
「盤面を埋め尽くす。物量頼りで、地道に整備を重ね、退路を封じ、致命を遠ざけ、一歩一歩制圧していくだけだ」
今この地に集まっている戦力で、それが出来ないとでも?




