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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第四章(上)

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 慣れ親しんだ詰め所からまた一人、荷物を背負って出て行くのを見送った。

 理由や今後の展望については説明したが、少なからずショックを受けている者も居た。

 切り離したのではないとしても、この心地良い結束の中で過ごして居たかったのは俺も同じだ。


 だがここで止まるな。

 もっともっと先へ。

 お前たちはとうに俺の手を離れている。

 あの内乱で誰よりも俺が思い知った。

 だから、いずれこうしようと考えていた。


 拡散しろ。

 技術を、知識を、思想を、理論と合理性を、感情と直感と夢想すら含めて、積み上げてきた成果とノウハウを広め、新たな需要と観点からの再出発を経て、ここに居ては達し得ない多様性に身を投じていこう。


 俺たちの力は今や誰もが欲する。

 知識の独占は、その知識が生み出す効果を絶大にする。

 知らないことは、知らないことさえ知らぬ者にとって致命的な隙を生む。

 それこそ当代最強と言われた男でさえ膝を屈するように。


 だが最早彼らは敵ではない。

 ここから先、あらゆる勢力が味方になっていく。

 国際大会、その為の協議を土台として、更なる世界の広がりと、頚木を作り出す。


 いざ協調しようとした時、互いの思考さえ理解できないのでは意味が無い。

 共通認識を構築したいんだ。状況への対処と思想について、一定以上理解し合えてこそ効果は最大に近付く。たかが百人にも満たない集まりの中だけで高度な戦術が育まれたとして、精鋭としての遊撃が可能という以上にはなれない。それこそ万を越える軍団にとっては些細な変化にしか届かないのだから。


 一礼して詰め所を出て行くくり子を見送った。

 今後も皆との連携は維持する。

 けれどまずは、この大会で出せる成果を追求したい。

 目の前に目標があり、受け皿となる無数の集団があるからこそ、需要に応じることで平時以上の変化を引き出せる。


 別に自分が大会からは離脱しようなどと考えていない。

 そんなのは、一番に飛び出していったヨハンへの裏切りだ。

 アイツはこれから人を集め、向かってくるだろう。かつてやろうとしていたみたいに。


 俺もまた一から人を集める。

 ただし人数は大きく絞ることにした。

 当然、主戦力となるような者の申し出は断り、さてどうしようかと考えていたのだが。


「じゃじゃーん!! さあハイリア様! お邪魔虫はみーんな去っていきましたねっ! もう我慢なんてしなくていいんですよっ、この私セレーネちゃんといちゃいちゃする準備は整いました! さあ私をハイリア様の新しい部隊の一員に……!」


 言葉通りじゃじゃーんと飛び出してきたセレーネが、効果音と同じくらいじゃらじゃら身に付けたアクセサリーと一緒に飛び跳ねる。


「ふむ」


 顎に手をやって思考する。


「分かった。いいぞ」


「ふーっ、いつもならクソヨハンとオフィーリアさんが邪魔するとこだけどっ、もー二人は出て行ったからご安心を――あれ?」


「一人目の仲間はお前に決めた。よろしく頼む」


 ピシリと固まったセレーネが手だけを握っては開き、やがて首を傾げる。


「あれー?」

「嫌だったのか?」

 いつも好意を示してくれていたことは知っている。ただ元気良すぎて対処に困るから落ち着け落ち着けと言ってきた事実はある。

 アンナやオフィーリアといつも三人で騒いでいる時、中心にいるのは必ずといっていいほどセレーネだ。これで結構気遣い屋なのも知っている。ふむ、なら確かに今までのことは俺を励ます為であったりした可能性もあるのか。そうだとすれば悪い事をした。

「そうか、だったら仕方ない。別の者を探――」


「ちょっと待ったぁぁああ!?」


 待った。

 しかし大きく開いた手を見せ付けてくるセレーネは鋭い動きとは正反対に目を泳がせて、


「え? ちょっと、え? いいの? いやいいんですか!?」

「お前さえよければ力を貸してくれ」

「出来れば、結婚してくれ、って言い換えてみて下さい」

「さて一人目を早く探さないといかんな」

「うわあごめんなさい調子乗りました!? へへっ、雑用ならこのセレーネちゃんにお任せくだしゃんせっ。炊事洗濯掃除と肩揉みにお背中流しと夜のお供まで何でもっ、いえ本当になんでもやる覚悟は出来てますのでっ!!」


 ここで本当に明日まで逆立ちしておいてくれって言ったらやるんだろうか。

 いや、スカートでされても困るし、パンツはくり子で間に合っているし。


「いまえっちな想像しましたね!!」

「いやしてないな」

「二人っきりですよ?」

「とりあえずこの話終わるまで逆立ちしておいてもらっていいか」

「ごめんなさいアレ苦手なんですすぐ腕がパンパンになっちゃうので許してくださいっ」


 あまり筋トレをしないことは知っているし、女の子らしい細腕を抱いて怖気付くセレーネへ頷きを一つ。

 予想通りの引き際だが、今一つ訂正しておくべきことがあった。


「安心しろ、雑用として引き入れたつもりはない。お前にはもっと重要な役割がある」

「っ!? つまり……! 今夜の寝屋を共にしろということですね!!!!」


 いつまで経っても下ネタから抜け出さない元一番隊二軍の少女へ結構過酷な事実を突きつけた。


「セレーネ=ホーエンハイム。お前には、俺の小隊におけるエースになってもらう」


「………………ん?」


「お前が主力だ」


「えー………………」


「さ、とりあえず準備運動をしたら組み手だ」


「やっぱりドサクサに紛れてくんずほぐ――!」

「ふざけていると関節外すくらいはするからな」


 にっこり笑う。


「いいな?」

「はい」


    ※   ※   ※


 翌日の放課後、詰め所にて改めてセレーネと合流した俺は言った。

「よし、今日は新入生を見て回ろう」

「待って! 待ってハイリア様っ! 私もう今日を生きてこれたのが不思議なくらい全身ばっきばきでして! 今日はどうかお慈悲をいただけないでしょうか!」

「なんでもすると言ったじゃないか」

「まさか本当に関節外されそうになるとは思いませんでしたともっ!?」

 手加減をしていたらふざけて絡み付こうとしてくるからだ。

「セレーネ、君は運動神経がいい。センスもある。だが持続力が足りないしすぐ飽きる。多芸は結構だが、器用貧乏ではいけない」

「まさか本当に私を主力に鍛え上げる気だったとは思いもしませんでしたとも……」


 なんでもするって言ったからな。

 なので素直に無邪気に笑って、


「ははっ、頑張れ」


「うわぁ……」


 うわぁとはなんだうわぁとは。


「これが苦難を与えてくる張本人じゃなかったら今の笑顔で堕ちるというかもうすでに堕ちてるんですけども! あぁ素敵な笑顔、惚れてもいいですか?」

「あぁ、構わない。その弱みに付け込んでトレーニング量を三割り増しにするからな」

「私そっちの趣味は無いのっ、それはどっちかというとアンナだからっ! でももう目覚めた方がラクになれるんじゃないかなぁって思い始めてます……!」

 仲間のいらん情報を漏らしてくるセレーネだが、ちょうど話に出たので問うてみる。

「……彼女はまだ目を覚まさないか」

「はい」


 急にトーンが落ち着いてくる。

 あれだけ仲良くしていたのだから心配で当然か。


 内乱でピエール神父と交戦し倒れた者の中には、彼女のように目を覚まさないケースが幾つもあった。

 魔術は、術者同士の精神状態に大きく影響される所がある。

 剣で斬られたとして、そのままの傷口になるかと思えば浅く済んでいたり、極端な話じゃ掠めただけで両断されてしまうこともある。切断、打撃、反射、貫通とそれぞれに加護があり、それらの加護から身を守る為に魔術光がある。魔術光が濃いか薄いかだけでは判断しにくいようだが、勇猛な者と臆病な者では効きが違うとでも思えばいいのか。内乱の最中でマグナスに率いられた軍団が敵包囲を中央突破で押し潰したと聞いたときには首を傾げたが、勢いに乗って攻め込んでいる側は損耗しにくく、怖気付いて逃げの思考に取り付かれてしまえばかすり傷が致命傷に達することもある、というのであれば決して馬鹿には出来ない要素だ。


 俺自身、ジークとの戦いで自爆同然に上空から破城槌を叩き付けたことがある。ともすれば小隕石の衝突にも等しい破壊を受けて原型を留めている理由が、あの時自ら口にした言葉通りだとして、可能ならより具体的な因果関係を導き出したいとも思う。

 もしかしたらそれが、今アンナを始めとした十数名が昏睡状態に陥っている原因かもしれないのだから。

 沈黙が過ぎたか、と言葉を作ろうとした。


「へへんっ、大丈夫ですよっ! まー私としては眠ったままのアンナにヨハンがえっちなことをしないかどうかが心配というか、流石に目を覚ましたら一線越えてたなんて話は聞きたくないですしねーっ!」


 突き抜けるような明るさで笑うセレーネに、俺も少し力を抜いて笑う。


「はいっ、それでは今日は新人探しでしたね! 張り切っていきますよおお!! ――ガク」

「まあ……筋肉痛も度が過ぎると眠っていても痛いからな」


 まずはセレーネのストレッチに付き合ってやり、それから新人探しと相成った。

 他と比べて出遅れたのは言うまでも無い。


    ※   ※   ※


 すっかり新入生の居なくなった一年生教室を巡っていく。

 廊下は広く、中央には絨毯が張られ、壁際には生けた花や絵画が飾られていて、最近の質素な生活に慣れてきた身としては少々目に眩しい。

 上から回ったきたから、今はようやく一階だ。低くなった景色を眺めつつ二人歩く。


 夕暮れにはまだ遠いものの、やはり完全に出遅れており、殆どの生徒が攫われた後だった。

 隣で元気良く喋り続けるセレーネを適度にいなしつつ、稀に見つけた生徒へ声を掛けてみたが、話半分で逃げられること多数。

 思い上がりでもなく、本当はもっと手軽に集まると思っていた。内乱の英雄なんてネームバリューもあるし、ウィンダーベル家の御紋は無くともホルノス女王との繋がりも強い。目当てに集まってきた者をふるいに掛けて人数を絞っていくつもりだったから、少々予定も狂いそうだった。


「私としてはこのままハイリア様と二人っきりで毎日密室でくんずほぐれずしててもいいんですけどねっ」

「俺としてはこのままだと翌週までに君の関節をほぼ全て外すことになるだろうから困っているんだがな」

「ああっ愛が重い!」

「友愛か」

「情愛でもいいんですよ?」

「悪いがない」

「ざくうっ!?」


 本当に槍で刺されたみたいに仰け反るセレーネを置き去りに進む。

 すぐ追いついてきたと思えば上目遣いで小首を傾げ、人差し指を頬へ立てる。にこーと、素晴らしくあからさまな仕草だった。


「王都に居る間の話だが」

「はいはいはいっ、私に会えなくて寂しかったんですね? 私は毎日ハイリア様の事を想ってましたっ!」

「今後の事も考えてとウィンホールド家のご党首に誘われて何度も社交界へ顔を出しだんだ」

「お堅いハイリア様が出てくるとあって皆注目してたんでしょうねぇ。ッハ! そこでもう既に一号二号と言わず十号くらい行っちゃいましたか!? 私何号でもいいんでっ! ほんのちょっと愛してもらえればそれで!」

「本気で得物を狩りに来ている女性というものの怖ろしさを知ったよ」

「…………」


 たぶん、今の俺の顔が相当に酷かったんだろう。

 散々話を流さされながらもめげなかったセレーネが言葉を失うくらい、そんな表情になるくらい、凄かった。


「……なにされたんですか」

「よく尻を触られた。こちらが強引に引き剥がさないと服の中へ手を入れようとしてくるし、集団で部屋の角へ追い込まれてその場で襲われかけたこともあるし、純朴そうな雰囲気だった年下の子には薬を盛られたし、政治的に暴力的に脅しを掛けられたり、実際に腹いせで嫌がらせにまで発展した場合もあった。あぁ、本当に凄まじかった。宿を取れば花束と俺の似顔絵で埋め尽くされた部屋に案内されて私の気持ちですと言われてもな」

 言うほどに壮絶な顔になっていったので留める。

 というか言い過ぎか。

 日頃あけすけなことを言ってくるからつい話し過ぎた。


 一息ついて、これでは彼女の行動を批判しているだけだと気付く。


「まあなんだ」


 言葉を探す。

 その間に何かを言おうとするセレーネへ指を立てて牽制し、生けてある花を見た。小さな花弁を一杯に広げる黄色い花。なんとなく彼女と同じイメージだ。明るく元気な、大輪の華。話の振り方が悪かった。気遣わせたい訳じゃなかったんだが、何か詫びが出来ればと考えた。


「止めてくれという話じゃない。単純に、多少の事では動じないくらいにもう慣れがあると、そう言いたかっただけだ」

「つまりもっとしてくれって話ですねっ! 分かりましたではもう抱きついちゃいますからねっ! いきますよー!?」

 しかし立てた指は未だ俺たちの間にある。

「それと一つ」

 歩きながら花瓶へ手を伸ばす。


「お前たちだけは特別だ。何があろうと信頼しているし、愛情というならそうだな……俺は皆のことが大好きだよ」


 そっと花を髪へ差し込んでやる。

 真っ赤な彼女の髪に黄色い花はよく映える。

 けれど何かで留めている訳じゃないから、あんまり激しく動くと落ちてしまう。気をつけることだ。


「っ…………!」


 そういう感情があるかと問われたら、考えたことは無かったし、多分、もう十分過ぎるくらい手に余っている。余裕もない。だがほんのちょっとでいい、なんて言わせるのは嫌だ。俺は、皆に対してかなり甘えているつもりだ。言動が短慮になっているなと反省はするが、後悔はしていない。応えられるかは確かに別だし、無責任なのかもしれないが、もっと欲張ってくれても構わない。軽口を叩きあっているようで楽しくもある。

 不誠実か、思い、まあいいかと開き直る。

 甘えているんだからな。


 カァァァァッと熱と朱を帯びてきたセレーネを見る。

 あれだけ下ネタを降り続けてきた癖に、随分と初心な反応だ。

 時折アリエスにしてやると嬉しそうにするから、良いと思ったんだが。


「今はソレで勘弁してくれ」


 あんまりそちらの雰囲気になっても困るので額をつつく。


「あたっ」

「はは」

「もおおお……っ! もお! もおおですよハイリア様っ!」

 やりすぎたかな? 難しいものだ。

「よし、新人を探すぞ。ここからは作戦を変える。俺が出ると萎縮させてしまうようだから、主な勧誘はお前がやるんだ。頑張れエース兼勧誘係」


「なんかどんどん仕事増えていくんですけどー!!」


 元気良く泣き真似をするセレーネを置いて進む。

 ここが最後の教室だ。

 扉へ手を掛け、少し止まる。

「どうかしましたか?」

「いや」

 開けた。


 開けて、続いて噴出した魔術光に意識が切り替わる。


「……え?」


 事態を理解しきれていないセレーネを庇い立ち、改めて教室の中を観察した。


 生徒は二人しか居なかった。

 一人はどこかで見覚えのある男。

 男は伸ばしかけた手を硬直させ、引きつった顔でこちらを見ている。

 もう一人は、夕陽の中でも燦然と輝く金髪の少女。どちらも制服を着ているから生徒で間違いは無い。

 ただ、女は既に魔術を使用しており、膨大な青の魔術光と、巨大な剣とも槍ともつかない武器を男へ向けていた。

 愁嘆場と呼ぶには敵意が強すぎるし、戦っていたにしては男の姿が情けなさ過ぎる。


 女がこちらに気付いた。


 その表情の変化は凄まじく、もし矛先を向けられていたら臨戦態勢を取ったかも知れない。

 明らかな敵意……だろうか。強く睨まれ、口を固く引き結んで腕を振る。武器が、魔術光が消える。

 つり目の少女がつかつかとこちらへ歩み寄り、身を引く俺をじっくりと観察してきた。


「ハイリア=ロード=ウィンダーベル」

 存外に澄んだ声だ。

「いや……もうウィンダーベル家からは除名されているが……」

「ふんっ」


 脇を抜けていくのを見送って、どうしたものかと首を傾げる。

「セレーネ、今のは――」

「えっ? あ、はいっ? いやぁ急に庇われて胸がきゅんっとしちゃってましたねっ! 何があったんです?」

「役に立たないな」

「ざくうっ!?」


 仕方ないので取り残されたもう一人の男へ投げ掛ける。

 あぁやっと思い出した。


「どうかしたのか」

「あ、あぁ、ハイリア……様」


 迷い、付け加えた敬称には敢えて反応もしない。

 この男も確か『槍』の術者だったな。


「それが、勧誘をしていたら急に……」


 彼こそ、幻影緋弾のカウボーイにて俺以上のやられキャラ、主人公を目立たせる為のお膳立て。

 そう。


 この男、去年の新学期初日にてティア=ヴィクトールに素気無くあしらわれ、庇い立ったジーク=ノートンにボロ負けしたあのフィリップ=ポートマンなのだ!!!!!





忘れてるよい子は第三話あたりを見直してみよう!!!!!!!!!!

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