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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第四章(上)

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 新学期が始まった。

 デュッセンドルフ魔術学園は昨年の騒動など何処吹く風と新たな入学生を迎え、街中で起きた戦闘による破壊の痕跡へ新たな化粧を施すことでいつも通りの風景を生み出している。

 一部では街路が崩落し、広々と敷地を占有していたウィンダーベル家の別邸などは、まだしばらく傷痕を晒すことになるだろうが。


 学園前に広がっている貴族街を迂回し登校すると、街中を行くより遥かに注目を感じた。

 元より顔は売れている。かつては学園で最も高位の貴族であったし、実力や成績においても他の追随を許さないほどの結果を叩き出してきたウィンダーベル家の元嫡男だ。あまり政治的な動きに加わらなかったことで遠巻きにされていたが、ある意味で当時以上の警戒を向けられているように感じる。


 肩掛けの荷物を背負い直し、衆目の中を歩く。

 そうしてある意味、予想通りの展開が起きた。


「おやおや、平民のハイリア様ではありませんか」


 ぞろりと立ち並ぶ人の群。

 平民という言葉を殊更強調し、道を塞ぐ一団に人が遠のいていく。


 飛び込むにもやや遠い、それだけの距離を残しながら男は言ってきた。


「アンタはご存知ないだろうがね、この道の中央を歩いていいのは貴族だけと決まっているんだ。高位の者が居れば当然道を開けるし、平民など歩いていようものなら切り伏せられても仕方の無いこと」

 腕を組んだまま指で道の端を示し、

「大人しく身を縮めて端を歩いていろ。慈悲は今回限りだ」

「そんな校則があったとは知らなかったな」

「ふふっ、校則ではないよ。世の理だ」

 男は、確かに覚えがある。

 学園で第二位の小隊を率いる、北方の島国からの留学生。

 幾度かの競い合いと、ウィンダーベル家の影響力に乏しい土地だからというのもあって、以前から突っかかってくることもあったが、

「英雄などと呼ばれてのぼせ上がるのも分かるが、分を弁えろ。既に『王冠』は手元を離れ、ウィンダーベル家の名も、ふふっ、屋敷をあれだけ好き勝手に破壊されて無様を晒しているんだからな。先ほどもアンタの小隊の平民が我が物顔で歩いていたから――」


 構わず歩いてその前に立つ。


 先ほども。

 それは一体どういうことだ?


「何をした」

「………………ぅ、ぁ」

「どうした。聞いているだけだ。何をしたか答えてもらおう」


 ただ道をあけろと言われただけなら構わない。

 端を歩けというのなら、威信を背負う身である以上頭を低くすることは難しくとも、譲歩出来る範囲で配慮はしよう。殊更強情を張って諍いを起こすような短慮は威信とも言えない。だが、


「もし、俺の仲間に手をあげたのだとしたら……」


「っっっ――!」


 尻餅をついて脚を振るわせる男に、ふと自分の手が伸びていたことを知る。

 軽く握って、振って、降ろす。


 急激に周囲の視線を感じた。


 学園の中で居心地が悪いなどと初めてだったかもしれない。

 軽く嘆息し、割れた人の壁を抜けていく。自然と道が開き、ある者は男のように腰を抜かし、ある者はこちらの目を避けて俯いた。

 かつてのような羨望とも違う、怖れと忌避を感じる様子だが、今はいい。


「ハイリア!!」


 人の壁を抜けていった後ろから、また男の声がする。


「俺はアンタに勝つぞ! 自分だけが特別だと思い上がるなッ!!」


 答えることなく、小隊の詰め所へと向かった。

 何かあったのであればそこに情報は集められている。


 どの道、新入生以外は入学式が終わるまで自由時間だろう。


 去年はアリエスの入学を祝い、ジークとヴィレイとの邂逅があった。

 忘れもしない、あの時動けなかった自分と、貰った拳の味は、ここ最近じゃあよく思い出す。


 今年、幻影緋弾のカウボーイでは語られることの無かった二年目の学園がどうなるのか。

 ティアによって伸ばされた期限でどこまで出来るか。

 未来は、結末は、どうなっていくのだろうか。


 辿り着いた先で、どれほどの犠牲を――


    ※   ※   ※


 「くり子」

 詰め所へ入って一番最初に目に付いたのが彼女だった。

 栗色の髪がくりくりと癖っ毛になっていて、名前にもクリの字を持つ彼女を今や多くの仲間がそう呼んでいる。

 かつて拾った本一冊から独自に言語一つを学び読み書きを覚えたという卓越した解析能力を持ち、俺自ら望んで手足となってくれるよう頼み、直属の部下となった少女だが、


「ひゃあっ!?」


 声を掛けた途端に飛び上がり、広げていた何かを必死に掻き集めて、抱えたまま逃げ出そうとして失敗した。


「うわ――ぶっ!」


 少女として中々に出してはいけない声を出すくり子がひっくり返ってパンツを丸出しにしているのをスルーして近寄り、

「落ち着け、俺だ」

「だから駄目なんですぅ……!」

 なぜだ。


「とりあえず身を起こせ。鼻は大丈夫か? ん、鼻血は出ていないな。骨にも異常はなさそうだ」


 手を貸して向き合った少女の鼻をさする。

 顔面ダイブなんてすれば骨に異常があってもおかしくはない。


「頭を打った訳ではないだろうが、うん……とりあえず横になれ。いいな? 椅子を並べただけで悪いが、身体を冷やすといけないからな、俺の上着ですまないが、あぁ脚を覆ってやる方がいいか。うんうん、それじゃあ何か暖かいものを持ってきてやるからそのまま――」

「あのハイリア様こそ大丈夫ですか……?」

「何か不自然なことでもあったか?」

 不意に奇声をあげて転倒し下着を晒す淑女への正しい接し方は流石に俺も心得がないのだが、そんな相手から気遣われるようなことはない筈だ。

「……本気で不思議そうにしないで下さい」

「それよりどうしたんだこの御菓子の山は。朝食は必ず摂るようにと言ってあるが、御菓子飯というのは感心しないな。たしか教会が支援してくれている集合住宅で暮らしているから、食事面はそれなりに充実していた筈だ。朝食前に来たのだとしたら、今後詰め所でもちゃんと食事が摂れるようにするべきか……皆の頑張りは嬉しいが、根を詰め過ぎて倒れてしまっては元も子もないだろう」

「待って。待って待って待って下さいハイリア様。なんですか、なんかちょっと変というかある意味でいつも通りなんですけど、というか必死に隠そうとしたのをさらっと見抜かないで下さい」


 とりあえず寝かせたくり子の脚が冷えないよう上着を被せ、しかし話途中で飲み物を取ってくるのもいけないかと留まる。

 ぷっくりしてきた頬を摘んでやりたくのを堪え、少し気持ちが緩むのを感じた。


「大丈夫、なんですか?」

「お前の方こそ大丈夫か? 女性に対して言うべきことじゃないと思うが、疲れや辛さを誤魔化すのが食に出る人も居る。キチンと栄養を摂らなければ回る頭も回らなくなるじゃないか」

「わーっ、わーっ、ホント駄目ですよソレッ! もぉぉぉぉっっっ……! ホントは朝ごはんも食べてきたのにここで色々やり始めるとつい手が伸びてしまうなんてっ!」

「前は痩せすぎていたくらいだからな、少し丸みが出た方が可愛いぞ。皆もつい餌付けしたくなるんだろう」

 ぽんぽんと頭を撫でると、じんわり頬に朱色がにじみ出てくるが、素直に恥らっているだけのくり子じゃない。

「嬉しくないですっ! 女の子に太れとか言っちゃ駄目なんですーっ!」

 手を叩き落とされ、けれど負けじと伸ばすから、ムキになって何度も叩いて押しのけようとしてくる。

 そんなこんなで癖ッ毛がすっかり弾けてきた。まあ姿勢的にもくり子が俺をどうにか出来る筈もなかったのだが。


「それで……」


 自分の事はさておきと、改めて問うてくる。


「大丈夫ですか……? あの、ちゃんとここに居ますよ? 居なくなったりしませんから、安心してください?」


 言われている意味が分からなかった。

「そうだな」

 だから笑って乱暴に頭を撫でる。

 くり子はまだ心配そうにしてきたが、俺が本当に気を抜いているのを知ってしばらくされるままにしてくれた。


 流れで小隊の者が二番隊と揉めたらしい話を聞いてみたが、どうにも暴力沙汰にはなっておらず、すんなり脇に避けて終わったというだけらしい。多少腹立たしい言葉も投げ掛けられたとのことだがとりあえずは安心した。


 しかしウィンダーベル家の威光が消えたことでの影響はやはり大きいか。

 既に幾人も引き抜きの話を貰ったとの報告があり、身分や立場や金銭などであしらうのも難しい案件が出てきてるらしい。

 以前なら一薙ぎに出来た話も、今の俺では制限が大きく、生活や将来を考えれば決して悪い話ばかりでもないというのが、皆の長としてはやはり悔しさがある。


「大会……?」

「はい」


 続けて出た話題には首を傾げることとなった。


「知りませんでした?」

「いや……あぁ、先に詳細を聞こう」


 くり子が身を起こして椅子へ腰掛けているので、俺はその隣に座って話を聞く。

 彼女の脚にはまだ上着が掛かっていて、手慰みか、襟首を何度も指先で撫でている。


「デュッセンドルフには元々、小隊間の模擬戦が出来るだけの敷地が多くあるじゃないですか? だからここを会場として、学園内外を問わず参加者を募る大会が近く開かれるそうなんです。例の留学生とか、留学元との交流も考えてのことらしいですけど、取り上げられたラインコット男爵さんの財産とか、結構すごめのものが商品になっているみたいですよ」


 なるほど。

 男爵の私財を取り上げたのはホルノスだ。

 それを商品に出来るという時点で、これはホルノス主導で行われる大会と捉えればいい。

「王都を出る以前から話には出ていたんだが、大会はきっと前フリだろうな。デュッセンドルフの総合実技訓練は昔から熱心なファンも居たし、今後に向けての動きと絡め易い。呼び込んだ他国の代表者に対する大規模なプレゼンと考えてもいい」


「こういう大会をもっといっぱい企画するってことですか?」


「一つ一つを個々が進めていくのは費用が掛かり過ぎる。だから様々な種類の競技を数ヶ月に渡って執り行う、大規模な大会だ。似たようなものは古くから島国の方にもあったそうだし、あちらとも協力して事を進めている。父上の集め回った親族がこれらに深く絡んできているし、一国二国の話じゃない。この意味が分かるか?」


「開催するとなったら、もっともっと協議していかないといけませんよね……。十か二十か……どれだけの規模になるかも分かりませんけど、今までにない程多くの国が絡む。だって、これは国同士の威信を懸けた一つの勝負の場にもなるし、他国から情報や技術を得るまたと無い機会にもなるし、当然ホルノスは凄まじい負担を被ることにもなるけど、開催中は世界中から……それこそ内乱の折に集まってきたウィンダーベル家が多くの財を落としていったみたいに、膨大な人が行き来して、とんでもない利益を生むかもしれない……?」


 疑問で締めくくられたのは、もし失敗すればただ大きな負債だけが残ることになるからだ。今の時代ではまだ、ちょっと想像しにくいことなのかもしれない。

 もしホルノスを蹴落としたいと望むなら、参加を表明しておきながら反故にすればいい。複数国で連携して行えばそれこそこの国を締め上げるのに好都合だろう。だから思考は続く。そうならない為の鬼手を俺たちは所有している。


「留学生の受け入れはその第一歩ということだったんですね」

「五十点」

「むむっ、ええと……それじゃあ……うーん、こういうのは得意じゃないです。数字とかの方がまだ楽ですよぉ」


 とにかく、そう遠くない内に、このデュッセンドルフであらゆる国々の術者が集まり、覇を競い合う総合実技訓練……いや、国際試合が行われる訳だ。

 まだ大々的に告知されていないことから察するに、内々に話が通っている特定の国から呼び寄せる形を取り、主な参加者やサクラとしての役割を学園生が行うのだろう。あくまでプレゼンとして、こういうことになりますよと示すものだ。元より国際色は豊かだしな、うちは。

 そして当然、参加するのにある程度の選定や条件はあるだろうが、そこに学園で承認された小隊などという条項が加わる筈もない。


 それならば、大会の効果をより高める為にも、ここがカードの切り時か。


 予定通り、と言い換えてもいい。


    ※   ※   ※


 放課後、他の小隊が新入生へ果敢に勧誘を行っているだろう時間に、俺たちは一切の接触を断ったまま集結していた。

 既に卒業し、学園生でない者も居る。半年近くの空白があることで、俺のように半年程度の補修を終えれば卒業というケースもあるようだが、金銭的な問題などで修了の証明だけ貰って学園を出た者も少なくないという。


 クレアのように離れた場所で活動している者にはもう随分と前に詳細を記した文と一緒に通達を終えている。


 デュッセンドルフ魔術学園で最たる成績を収め、内乱への介入によって勇名を高めた一番隊を今、


「――以上だ。すべては次の夏季長期休暇に最大限の成果を齎す為」


 皆の長として、宣言する。



「本日を以って、この小隊を解散する」







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