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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)

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   オスロ=ドル=ブレーメン


 憤怒と共に宣言した。


「ッッッッ!! 内輪揉めと静観していたが最早これまで!!」


 都の内部で混乱に紛れて同胞の救出をと影に動いていたが、そのようなことをしている場合ですらなくなった。

 刀剣を抜き放ち、天へ掲げて宣言する。


「我らカラムトラ!! 憎むべき愚王へ向けて宣戦布告するものである!! 皆の者ッ、我らが同胞を救い出せ!!」


 すぐさま巫女を通じて散っていた友軍全体へ指示が広まり、戦場の後背にて繰り広げられる悪辣極まりない行いの前へと姿を晒す。

 我らが居るぞ。必ずや我らが救い出す。


 しかしこちらは少数。

 未だこのような行いに加担する者たちは多く、思うようは突破できぬか……!


 せめて小僧に叩き折られた一振りがあれば。

 恨みはすまい。

 不覚はワレ自身のもの。

 決して小僧如きにくれてやるものか。


 届かぬのか。


 あぁ、ワレ自身が加担した。


 こうなることが分かっていて推進した。


 世を乱す悪鬼の再臨を許してはならない。

 その為になら我が手を汚すことさえ厭わぬと。


 だがどうだ。

 この、目の前で行われている悲劇の数々は。

 汚れているのは我が手ではない。

 苦しんでいるのは我が身ではない。


 断罪はいずれ受けよう。


 だがせめて、今だけは思わせて欲しい。


 彼らを助けたい。

 届いてくれと……!


「っっ、報いだと言うのか! 届かぬことを認めろと! ワレ如きには過ぎた思いだとでも言うのか……!」


 落ちていく。

 この手が落とした。

 最後の最後が白き者の手によるものだとしても、最初にその背を押したのはワレに他ならない。


 顔を覆うな。

 せめて目に焼きつけよ。


 手を伸ばして、最後まで、



「王都守備隊六番隊第十八分隊ッ!! フーリア人を援護しろ!!」



 炎が駆け抜けていった。

 無数の刃を越え、幾つもの火の粉を散らせながら、辿り着いた者が居る。


「彼らを助けろ!! 我らの罪でっ、これ以上失わせるな……!!」


 何が起きている?

 誰があの者を助けた?


 どうして。


「信じてくれた者が居るのです」


 金髪の、碧眼を持つ青年が言う。


「巫女を名乗るフーリア人の女が、我々に各所の状況を知らせてくれたのです。おかげで必要な場所へ必要な人材を送ることが出来た。各所で迷いを持っていた者たちの説得にも、動けずに居た者の背中を押すことも……我らが王の言葉を届けることが出来た」


 恥を秘めた顔で、手を伸ばされた。


「助けましょう。この心は、もうそれを望んでいる」


    ※   ※   ※


   ヒース=ブリンガム


 王都の一角でフーリア人たちを追いやっていた連中へ、魔術も使えないまま立ち向かっていた。


「お前ら恥ずかしくないのかよ! 王様の声が聞こえないのかよ!」


 届かない力で、それでも訴えることだけは止めずに。


「それはやっちゃいけないことなんだ!! もう止めなくちゃいけないことなんだ!! そんくらい分かれよ!!」


 服を掴み、足を引っ張り、手にしがみ付くしか出来ないけど。


 外套の奥から薄暗い目を向けてくる大人に向かって、その首元にある十字天秤の意味だって知っているけど。


「っ!」

「わあ!?」


 振り払われる。


 転んで、でも睨みつけて、それよりもずっと強い気持ちがぶつかってきた。


「お前たちに何が分かる!? 我が子をなぶり殺しにされた親の気持ちが分かるか!? あいつらがやったんだ! 奴隷を不憫に思い、食料を分け与えていた優しい息子を、あいつらは文字通り八つ裂きにしたんだぞ!!! 同じ人間なんかであるものかっ! あんなことの出来る人間が居るものか!! 奴らが一人残らず地上から消え去るまで我々は戦い続けなければならない!!!」


「だったら今……! 同じ事やってるアンタはなんなんだよ!!!」


 叫べば、首を掴まれ、締め上げられた。

 咳き込むことも出来ない。


「憎いんだよ!! 許せないんだよ!! 毎夜夢に見るんだよ……! あの子の手を拾い上げ、あの子の足を拾い上げ、あの子の頭を拾い上げ、そうして、袋へ詰め込んで持ち帰るんだ。せめて人の形を取り戻してやりたいって、家の中であの子を並べ直すんだ。するとあの子が言うんだ。痛いよ。痛いよお父さんって。助けてよって……!」


「そん、なの……、だからって、だからって同じことを返しちゃいけないよ……っ。だっておじさん、そんなに辛いって分かってるのに、同じ辛いのを、あの人たちに与えたら、そんなの……かわいそうだよ……っ」


 締め上げてくる手に、指に、手を重ねた。


「くるしいよ……お願い…………、もう、やめよう……?」

「っっ!?」


 驚いた顔で飛び退き、自分の両手を見詰める。

 震えた声は、やっと、泣き声に変わった。


 そんな姿を見たからなのか、皆の相手をしていた教団の人も、力無く座り込んで、呆けてた。


 この人たちが現れると、怖いことが起きるから、怖い人だから近寄るなって教えられた。

 でも、皆理由があったんだ。

 苦しんでたんだ。

 そういうことを、ようやく知った。


 離れた所で、同じように縄に繋がれたまま呆けて立つフーリア人の人たちが居た。


「もう大丈夫だよ。俺たちが助けて――」

「ッッッッッ!!!!!!!!」


 悲鳴だった。


 近寄った俺に怯えて、悲鳴をあげて、首を絞められる。

 なんか、首絞められてばっかりだ、俺。

 おかしくて、笑っちゃう。


 フーリア人のお爺さんは、ぼろぼろと涙を流して、何を言ってるのかも分からない言葉でぶつぶつと呟いてた。


 あぁ、拙いな。

 息、出来ないや。


 ハイリアみたいにやってみたかったけど、まだまだ全然だめなんだ。


「悔しい、な……」

「ううん。アンタは良くやったと思うよ」


 枯れ木みたいな手を掴む人が居た。

 お爺さんと同じ、浅黒い肌。

 風に揺れるのは真っ黒な髪で、その女の人は、お爺さんに向けて何かを言った。


 ゆっくり、力が抜けていく。


 手が離れて、顔を歪ませて、泣き出したお爺さんの隣で膝をついたお姉さんが、にんまり笑って頭を撫でてくれる。


「よくやったね。いい男じゃん、アンタさ」


「と、当然だっ! 俺の父さんは王都守備隊の分隊長なん、っ、ごほっ、ごほっ、~~!!」


「ふーん」


 鼻先をつつかれてカッと顔が熱くなる。


「なんなんだアンタはっ! 男に対して失礼だぞ!」


「男を名乗るなら、もうちょっと締まりのある宣言が出来ないとねぇ?」


 咳が出たのは本当だから、そう言われると何も言えない。

 黙りこむと、もう一度鼻先を突かれて、お姉さんは笑う。


「坊や、名前は?」

「っ!」

 思わず笑顔に見惚れていたなんて絶対言えない。

「な・ま・え」


「ヒース=ブリンガム! 俺はいずれ、あのハイリアを倒す男だ!!」


 するとお姉さんはちょっと驚いた顔をして、

「へぇ」

 楽しそうに笑った。


「またメルトに怒られそうだなぁ」


 そうして姿勢を正し、膝を折り畳んだまま足を揃え、たしか正座とかいうフーリア人の作法を取った。


「私は、フィオーラ=トーケンシエル。ハイリア様に身も心も捧げている、彼専属の奴隷なの」

「っっっっっ!?」


 どうやら、戦う理由が一つ増えたみたいだった。


    ※   ※   ※


   ビーノ=ラインコット


 王城内部より波及した悪辣非道なる行いによって、我らの正義は儚く散った。

 私自身で以って見定めたつもりではあったが、まだまだこの身の未熟を感じずにはいれらんか。


「ん……? 宰相は既に討たれていると? ならば王都守備隊を、この狂気の作戦を取り仕切っているのは誰だというのだ……?」


 敗走する中、有能なる我が密偵たちが集めてくれた情報を元に分析する。


 未だ健在である『王冠』は我が目にも映っている。

 今や城中の守備隊すら無視し、己が力をひたすら誇示せんと振舞う傲慢さには覚えがある。


「クレインハルト……、先だって反乱を起こしたあの狸めの息子か……」


 領主代行の座を譲り、学園運営に引っ込んだ父が話していたのを思い出す。

 父の元で学び、育まれ、それでもあのような蛮行に出るとは。


 愚かしさも極まれりよ。


《愚かそのものなアナタにだけは言われたくないでしょうね》


「その声はティア! おのれ裏切り者めがっ、今更おめおめと顔を出して許されるとでも思っているのか!」


《別にアナタに許されるかどうかはどうでもいいんだけど》


 はぁ、と頭の中へ通じてくる声でため息をつく。

 中々器用なものだな。


《そろそろ、見えてくると思う。王城の北、セイラムを封じた地点から大樹が伸びだしてきてるから》


「…………ティア、お前まさか」


《神様の器だとか言われ、薬で自分を壊して、そうして空っぽの抜け殻になっていた私を助けてくれたのはアナタだったから。馬鹿なのも仕方ないか、くらいには思ってあげられる》


「そのようなお前になることを避けるべく私は救い出したのだ!! 何をしている……! 問題があるのなら私に話せ! 必ずやお前を救い出してみせる!」


《この世で一番安心できない言葉をありがとう。っ、ああ鬱陶しい……! 重要、なのは……こ、こ、から》


 ティア。

 ティア=ヴィクトール。


 我が……、我が……なんなのだ。


《ラ・ヴォールの焔を……ハイリアに………………、でないと学園が、っ、大変な……こと、に》


「ティア!!」


《通り……道、に、なる……もの、は――全部、危、険…………だか、ら》


 途切れた。

 それでも最後に、彼女の言った言葉だけは心に刻み付けた。


――いずれ、セイラムが溢れ出す。


 急がねばならない。

 しかし困った。


「諸君、私は急用ができた。戦闘は一時中断し、道を空けてはくれないだろうか」


 この半包囲、どのようにして抜ければいいだろうか。


    ※   ※   ※


   ハイリア


 王都守備隊の大半が離反したことによって、敵戦線は崩壊した。

 フーリア人らの捨て身の攻撃も、彼らの後方を固めていた守備隊自身が人質らの救出に当たったことで収束へ向かいつつある。

 カラムトラの参戦によって、彼らの中からこちらへ巫女の存在を明かし、援軍を求めてきた者が居たことで、限り無く被害は抑えられた言えるだろう。

 助けに回ったのが同属出会った事で無駄な混乱を避けられた場面もあったという。

 陛下の声が届けられ、未だ抵抗を続けていた守備隊も諦めたようだった。



 それでも、犠牲は出た。恨みは残った。



 ビジットの繰り出したこの行動によってようやく人々は彼らと助け合うことを覚え、命すら賭して守ろうとした。

 この上ない一歩を確かに踏んだ。


 だが、


 だが……!


 許される筈がない!


 これだけのことをして、結果手を取り合えたからと言って、今や首謀者として名が広まりつつあるビジットが無罪放免になることなど絶対にありえない。

 『王冠』(イントリーガー)。刻み込まれた王の印が示している。

 クレインハルトの血を引く、ビジット=ハイリヤークが玉座に在ることを、誰の目にも明らかなほどはっきりと。


 どうしてだ、ビジット。

 どうしてここまでしなければならなかった。

 他にも手はあった筈だ。


    ※   ※   ※


   ビジット=ハイリヤーク


 人は学ぶだろう。

 少しずつだが知識を築き上げて、変化していくだろう。


 だが同時に、すぐに忘れてしまう生き物だ。


 説法で改心する人間なんていうのは少数だ。

 もしかすると、その場限りでは大勢が涙を流して納得するかもしれない。

 そして寝て、目が覚めると、日常の中でそれを忘れていく。


 正しさだけで人は導けない。

 激しい怒りでもまだ足りない。


 嫌悪感。

 生理的な憎悪とも呼ぶべき拒否反応に到って、ようやく意識に刻まれる。

 あるいは生涯忘れ得ない恥であってもいい。


 他に……方法がない訳じゃなかった。


 例えば物語で、子どもが身近に触れるような童話を用いて、それを連綿と語り継ぐことで幼い感性に刻み込み続け、百年の後に成就することもあるだろう。

 人間五十年も生きれば死ぬ。世代交代によって古い考えは駆逐されて、かつての常識が禁忌に変わる。


 だがそれじゃあ間に合わないだろ。


 一人一人に影響を与え、少しずつ変えていく方法では、お前の望む状況は整わない。

 国や民族や文化によって考え方は様々だ。お前にすぐ賛同出来る所もあれば、受け入れがたい所だってある。

 そいつを尊重し、信頼する限り、そうそう簡単には足並みが揃わない。

 巧遅より拙速が尊ばれることもある。目的に応じ使い分けは必要だろう?

 いずれ必要にもなってくるんだろうが、今はより即効性のあるものでまず目を覚まさせる。

 極大の興味を引き、激しい感情の揺さぶりによって確かな存在感を留め続ける。


 それでこそ国は大きく舵を切れる。

 反対派の意見を圧殺し、正義を謳って、利益を抽出出来るようになる。


 この場に集まった世界中の眼を最大限利用しなくてどうする。

 すまし顔で、他人事と傍観する奴らですら嫌悪を抱かずにはいられない事実。

 世界中で当たり前に行われてきた悪だ。


 もしお前の考えの通りになって、聖女なんぞと戦うことになるのなら、彼女に連なる無数の敵と戦うことになるのなら、中途半端な戦力じゃ届かない。

 相手が待ってくれるならいいさ。だが一方的に現れる敵を迎え撃つってんなら少しでも急げるようにしておかなくちゃいけない。


 それを達成するのにお前が手段を選んじまうなら、こんなことにも考えが及ばないなら、こっちで引き受けてやるしかないじゃねえかよ。


 俺には王冠が刻まれている。

 結局どこにも届かなかったちっぽけなモンだが、


 なあハイリア。

 お前は俺の夢も、背負っていってくれるか……?


 そしてルリカ。

 お前が歩もうとする道は、こういうものなんだ。

 覚悟をくれてやる。もう二度と、逃げ出す自分を責めなくていいように。


    ※   ※   ※


   ハイリア


 玉座に腰掛けたまま、ビジットは待ち構えていた。

 もう『王冠』の魔術は消えている。

 いかに強大な上位能力といえど、手足となる歩兵なくては機能しない。


 王都守備隊を引き連れた陛下とも合流し、青褪めた彼女の手を取り、歩んできた。

 小隊の皆は固唾を呑んで見守っている。

 救出されたフーリア人らから、巫女を名乗る者が数名同道している。

 ウィンダーベル家が呼び寄せた世界各国の代表者も、この行く末を確かめに来ている。

 彼らの情報筋から、宰相を討ち取ったとの話も入った。

 敵対しておきながらしれっと加わってくるオラントには正直呆れる他ない。

 だが彼の暗躍によって多くの犠牲が免れ、救出の目処が立ったという事実は多く報告されていた。


 もう、この戦いで残る状況はここだけになった。

 遅れ、近衛兵団が到着する。何故か教団の人間まで、その場に顔を出していた。


 彼らの先頭に、俺と陛下が立っている。


「よう」


 ビジットの声は澄み切っている。


「初めて座ってみたが、どうして玉座ってのは奥に引きこもってるのかねぇ」

「っ――!」


 握った小さな手に力が入る。


「兄さんっ、わた――」

「お前は正統な王の血を引いている訳じゃない。血の繋がりすらない。ごっこ遊びの延長で、兄だなんだと遊んでいたに過ぎない」


 吐息。


「ここからじゃ何にも見えなかったよ。何一つ、届かなかった。それでも欲しいってんならくれてやるさ」


 玉座から立ち上がり、こちらに背を向けて立つビジットを見て思う。


 お前は……俺の望みを、知って……。


 後ろに続く者たちを感じる。

 彼らの全てが出来事の単純な部分だけを見てはいないだろう。

 急ぐ意味は別としても、狙いに、願いに辿り着いた者は居る。

 けれど全てじゃない。許せないと叫ぶ者は居る。そして俺はこれから、そういう者たちをも背負っていかなければならない。やらなければならないのだと、覚悟を決めて、向かい合っていかなければならない。


 だがっ、ビジット……!

 違うんだ……!


 俺は、たった一人の少女を救いたくてこの戦いを始めた!


 幸せに終わった物語の背後で絶望と苦しみの中で死んでいった少女こそを救いたいと願ったんだ!!


 今、ここでお前を見捨て、いずれ願いを成就したとして……その背後にお前の屍が転がっていたのでは、何もせず彼女を見殺しにするのと何が違う!?


 あぁそうだ。犠牲は山と積み上げた。

 エリックもまた、逝ってしまった。

 分かっていたことだ。

 闘争を利用する限り、絶対に犠牲は出る。

 それでも誰一人として死を強要され、見殺しにはされていないと思えた。

 誰もが必死に生きて、その道が戦いへ連なり、望みによって駆けて、果てるのであれば――。


 誤魔化しと誹られても仕方が無い。

 こんな終わりは嫌だと、思わずにいられない結末もあっただろう。


 都合のいい願いだと分かっている。


 それでも俺は、お前に死んで欲しくは無い。


 戦いで死んでいった誰一人として、死んで欲しくはない。


 救える命であるならば、救われてほしいと願う。


 助命を請えるだろうか。

 それは、ビジットが命懸けで見せた、そして築き上げてしまった屍に泥を塗る行為だ。

 反フーリア人思想の追滅をホルノス主導で行ってこそ、後へと繋がるのだから。

 ここで借りを作れば、彼らは容赦無くこちらの権利を削り取りに来る。


 どうすれば…………。


 動けずに居た。

 そんな俺を陛下が一度見上げ、泣きそうな顔を隠して前を向いた。


「ビジット=ハイリヤーク」


 手が離れていく。

 駄目だと思い、続くが、ビジットの背中を見て、また言葉を失う。


    ※   ※   ※


   ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト


 もし、


 もし、兄さんが、また助けてと合図を送ってくれるのなら。


 それが付いてきてくれた人たちへの、ハイリアへの、裏切りになるとしても、私はまた泣き叫んで助命を願ったのに。

 多くの権利を譲り渡すことになっても構わない。

 玉座なんていらない。

 兄さんに居て欲しい。


 だけど、後ろを向いた兄さんは、虐殺の大罪人ビジット=ハイリヤークは、小さな採光の窓から空を眺めたまま何もしない。


 こうなることは、助けてとけしかけた時点で分かっていた。

 フーリア人の犠牲を減らした一方で、ただ敵を殺すだけに留まらない救助を強いられた兵からは多くの犠牲を出した。

 助け出した者から返り討ちにあったなんて話まである。やむを得ず交戦した結果、命を奪うことになり、それを見たカラムトラというフーリア人たちの集団と戦いになったということも、ある。


 ううん。

 もっともっと前、私が政治を放り出し、何もせず塔に篭っていた時から犠牲は沢山出ていた。

 出ていたのを知っていて、見ないふりをして、逃げ続けていた。


 私の選択は常に犠牲を生み続ける。


 でも、この声を聞いて、駆けていく人たちを見た時に、少しだけ……覚悟は決まったから。


 ハイリアの手を抜け出して、前に出たら、すぐにまた隣に並んでくれた。

 裾を掴みたくなるけど、今はいい。


「アナタが、フーリア人たちを利用する作戦を指示したのね」


「あぁ」


「私たちは、二度とそんな過ちを繰り返さない」


「あぁ」


「私たちは、アナタのした行為を決して認めない」


「あぁ」


「私たちは…………っ」


 駄目だ。

 泣いたら、駄目だ。


 ぼやけるな。


 息を整えろ。


 決然と言い放てないで何が王だ。


 なのに、


 どうしても、言葉が出ない……!


 だって、兄さんは私の兄さんだもん。

 血の繋がりがあるかどうかなんて関係ない。

 初めて人と触れ合った気がした。

 初めてこの人になら甘えていいんだって思った。

 こっそり会って、遊ぶのが楽しくて堪らなかった。

 ずっとそうして居られるなら叱られたって怖くない。

 まだ一緒に居たい。もっと色んなことを話すべきだった。もっと色んなことを話したいのに。


「ったく、しゃーねえなぁ……」


 吐息を聞いた。

 もしかしてと思った。

 ダメな私を分かって、助けてと、言ってくれたなら、


「偽王ルドルフは常に玉座とそこへ続く道を赤の絨毯で敷き詰めさせていたそうだ」


 その髪が揺れる。

 あの日触れた感触が蘇り、なのに表情だけが見えないまま、


「……玉座は常に血に濡れている。そういう意味なんだと、ようやく分かった」


 そうして眺めていた小窓をもう一度見やって、


「褪せたちまったな……」


 振り返る。

 袖を捲り上げ、腕に取り付けた何かをこちらへ向け、


「あぁ……さよならだ」


    ※   ※   ※


   ハイリア


 仕込み銃!?

 黒色火薬と、その運用方法の研究で生み出され、ヨハンら一部の者が使用している武器を、どうしてビジットが……?


 咄嗟に庇い立ち、しかし遅れて、撃つ筈もないと気付いたが、俺の動きに応じる者たちが出てしまった。


 矢が放たれる。

 剣を手に飛び込んでいく者が居る。


 その向こうでビジットが、してやったりと笑っているのが見えて、伸ばした手は何も掴めず、そして――






















































「BANG!!」






















































 幻影緋弾がひた走る。

 緋色の魔術光を纏ったカウボーイが、掛かる全ての攻撃を振り払い、俺たちの前に立ちはだかる。


「HA! 悪いな皆ァ!!」


 枯れ草色の髪を靡かせて、カウボーイハットのツバを摘んで目元を覆う。

 口元には笑み。


「その昔、ウチの親父がコイツの親父の世話になったんだよ。まー船にただ乗りさせてもらってた程度らしいんだが、恩は恩だ。アンタ達にとっちゃ大罪人だろうが、そうそう見捨てる訳にぁあいかねえだろ? あぁ、いかねえよ」


 心の底から楽しげに、力強い瞳でこちらを見た。



「俺の名はジーク=ノートン! 文句あるなら掛かってきやがれ!!」






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